シンガー、ヴァイオリニスト、コンポーザー、プロデューサー、ラジオのパーソナリティ、報道番組のコメンテーターなど、八面六臂の活躍を続ける
サラ・オレインが新作
『Cinema Music』をリリース。この12月2日に日本公開される
映画『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』ではキャリア初の映画主題歌シンガーとなり、日本語ヴァージョンに加え、英語圏に向けた英語ヴァージョンも担当するなど、勢いに乗るサラ・オレインの真価が発揮された、多彩にして深みのある映画音楽集になっている。
――これまでもアルバムには映画音楽を収録してきましたが、今回、映画音楽だけでアルバムをつくろうと思ったのはなぜですか?
「一つのきっかけは、今年4月7日に紀尾井ホールで開催したコンサート〈シネマ・ミュージック with サラ・オレイン〉をプロデュースしたことです。せっかくだから、皆さんがコンサートを聴いたあとに持って帰れる、シネマ・ミュージックがテーマのアルバムを残したいと思いました。でも、コアにあるのは小さいときから映画が大好きということです。いまでも、新しいものも古いものも、毎週、観ています。自分にとって映画というのは、いろいろなクリエイティヴなこと、マルチな才能を活かせる場所で、私の夢は映画をつくることです。憧れは
チャップリンや
クリント・イーストウッド。監督をやるだけではなく、主演をして、スクリプトも書いて、チャップリンの場合は音楽もつくっている。そういうプロセスがとても好きです」
――サラさんは現在もマルチな活動を行なっているので、自然と映画づくりのプロセスに魅力を感じるのでしょうね。
「そうですね。よくメディアでは“歌手サラ・オレイン”というふうに出てくるのですが、それには正直、複雑な思いもあります。歌うことは、いちばん自然であり、大好きですよ。でも、それは表現の一つであり、ほかにもいろいろな形でメッセージを届けたい、作品を残したいというのがあります」
――収録曲についてうかがいます。『レ・ミゼラブル』の「オン・マイ・オウン」はヴァース(導入部分)から歌っていますが、これにはこだわりがあったのですか?
「ありました。〈オン・マイ・オウン〉というと、よく知られているあのメロディから始まるというのもあるんですけれども、1曲目ですから開幕っていう感じで、最初の話すようなところから入れたかった。やっぱり、(ヒロインの)エポニーヌの気持ちになって歌いたいので、その部分が欠けていると、そこまで伝わらないのかなと。本来、最初のところがあって本当の1曲なので、絶対に入れたいなと思いました」
――サラさんのヴォーカルは、内面の強さや激情を感じるような、力強い表現ですね。
「自分がエポニーヌだったら……愛する人がいて、でも、全然むくわれなくて、その人のために死ぬっていうくらいだったら……たぶん、こんなふうに表現するだろうなと。孤独感の叫びです」
「小さいときからムーミンの大ファンだったので、主題歌のお話がきたときはびっくりでした。日本語ヴァージョンということだったので、スタジオに入って日本語で録音したんですね。そのとき、母国語が英語なので、じつは英語でも録っちゃったんですよ。それを、使ってくださいという意味ではなく、ムーミンが大好きということを伝えるために送ったところ、英語ヴァージョンも使われることになったんです。今回の映画は世界中で公開されて、たぶん、25ヵ国語で主題歌が歌われることになると思います。そのなかで、英語圏のものと、ローカルの日本のものと、両方を担当できたことは本当にうれしいですよね。めずらしいケースだと思います」
――今回のアルバムのほかの映画主題歌と違って、「ウィンターワンダーランド」はこの曲のオリジナル・ヴァージョンということになるわけですが、表現については、どのようなことを意識しましたか?
「ムーミンが白いクリスマスに憧れるという映画の内容が、クリスマスが真夏になるオーストラリア育ちの自分には非常に共感できるので、素直な気持ちで歌えました。キーは、高いほうがムーミンのかわいらしさとか、あたたかさが表現できると思って、当初のものよりも高く変えています」
「彼とは何年か前にテレビで〈美女と野獣〉をデュエットしているんですね。それで仲良くさせていただいて、SNSでもつながっています。でも、今回レコーディングできたのは奇跡でした。今年、自分はブルーノート東京で前のアルバムのコンサート(7月22日)があったんですけれど、たまたま前の日までがピーボ(のコンサート)だったんですね。これは縁だと思って、ダメもとで聞いてみたら、OKでした。彼がブルーノート東京でパフォーマンスする日の朝、レコーディングしたんです」
――近年は音源をやり取りして、シンガーは別々に録音するデュエットもありますが、これは顔を合わせての、本来のデュエットだったのですね。
「とてもめずらしいことですけれど、今回はオーケストラも含めて、“いっせいのせ”で録りました。自分はライヴ感が好きですし、ピーボも生のオーケストラに刺激されてか、いつもとは違う節回しで歌われているんですよ。ピーボのマニアックなファンだったら、違うっていうことがわかる、とてもレアな音源だと思います。本人もすごくびっくりしていて、“いまだにこんなスタイルでやっているのは、
バーブラ・ストライサンドしかいない”と言っていました」
「私は、彼のソロの曲にもすばらしいものがあって、たまたまデュエットの曲がアカデミー賞をもらったと思っています。ただ、自分のパートを歌い上げるのではなくて、出るときは出る、引くときは引くという、アンサンブルを大事にするという意味で、デュエットがすばらしいというのはあるかもしれません。自分が毎回、違ったフェイクをすると、彼も刺激されて、合わせてくる。それで、自分もなるべく彼にぶつからないように合わせる。ジャズみたいなものだと考えてもらえればいいですね」
――「白い恋人たち」のような古い映画の音楽も選んでいますね。めまぐるしく展開する「007 Medley」はアルバムのアクセントになっています。
「アップテンポでエキサイティングな曲も入れたいと思いました。じつは、このアルバムのジャケ写もボンドガールをイメージしているんです。スパイはかっこいいですよね。いろんな国に行って、いろんな能力も必要だし、いろんな言語も話せて、というのは憧れます」
――「007 Medley」の〈ゴールドフィンガー〉は黒っぽいヴォーカルが印象的です。
「うれしいです。たぶん、皆さんには高音で歌うというイメージがあって、それももちろん、自分の一つですが、実際、地声は低いと思うんですよね。それで、そういうダークな低音の曲というのを、自分は楽しんで録音できました。演技が好きなんですよ。コスプレっていうのも、なにか違うものになりきる楽しさなんでしょうね」
――「007 Medley」では、シンガーとしてコスプレした?
「まさにそうですね。なりきったので、1回か2回しか歌っていないですね」
――最後に、映画音楽の魅力はどんなところにありますか?
「すばらしい映画を思い出せるというのがいちばんのポイントだと思います。そのときの感情だったり、感動だったり。それから、自分にとって映画音楽を採り上げる大きな理由は、タイムレスということです。今回は最近の曲も入れていますけれど、そういう曲も10年後、20年後も残っているでしょう。自分はカヴァーであっても、自分でつくる曲であっても、永遠に愛される曲を目指しています」
取材・文 / 浅羽 晃(2017年9月)