バロックとモダン、両方のスタイルの楽器を自在に弾きこなすヴァイオリニスト、
佐藤俊介。バロックではオランダ・バッハ協会とコンチェルト・ケルンのコンサートマスターを務める一方、モダンでもオーケストラとの共演や室内楽などで世界中から引く手あまた。彼のなかには、ふたつの世界を分ける境界線すら存在しないのかもしれない。
そんな佐藤をフィーチャーしたコンサート・シリーズ〈佐藤俊介の現在(いま)〉が、彩の国さいたま芸術劇場にて2015年から年1回のペースで開催されている。ラストとなる
第3回目は2017年2月11日。“20世紀初頭、花ひらく三重奏(トリオ)”と題し、クラリネット奏者のロレンツォ・コッポラ、ピアニストの
小菅 優とのトリオを中心としたユニークなプログラムを展開する。このコンサートの聴きどころについて話を伺った。
――佐藤さんほど“いま”をしっかり捉えておかないと、次の瞬間には別の地点でまったく違うことをしていそうな音楽家も少ないと思います。
「勝手なんですね(笑)。このシリーズは全3回ですが、3つのコンサートを並べてどれだけ違うものにできるかという目標が最初からありました。自分に対してのチャレンジでもあり、自分のいろいろな面をお客さまに見ていただきたいという気持ちもあり。第1回目はダンスとのコラボレーション、第2回目はピリオド奏法によるドイツ・ロマン派の室内楽、そして第3回目はヴァイオリン、クラリネット、ピアノの三重奏。どれも僕にとっては新しい実験といえる内容ですが、今回はとくに初めて挑戦する曲が多くなりました」
――ヴァイオリン、クラリネット、ピアノという編成はめずらしいと思うのですが、なぜ今回、この組み合わせに焦点を当てたのでしょう?
「はじめに“20世紀前半”という時代をテーマにしようと思いをめぐらせていたんです。2度の世界大戦があり、さまざまな文化が流入してきて、芸術においても新しい試みが生まれる一方で、まだ古い前世紀の余韻も残っていたりと、20世紀前半は非常に混沌としていて面白い時代です。そしてヴァイオリン、クラリネット、ピアノという3つの楽器のために書かれた曲というのは、この時代になってはじめて登場するんですね。1910年代から30年代にかけて、この編成の曲が集中的に書かれました。数は少ないですが、どれも名曲ばかりです」
――たしかにミヨーの「ピアノ、ヴァイオリンとクラリネットのための組曲」は完成度が高いというか、美味しいところがギュッと詰まったような曲ですね。ハチャトゥリャンの「ヴァイオリン、クラリネットとピアノのための三重奏曲」もエキゾティックで魅力的です。 「ミヨーの組曲は、もともと『荷物を持たない旅行者』という戯曲のために書かれた音楽が原曲になっています。ストラヴィンスキー自身の編曲による『兵士の物語』の三重奏版も、同じくストーリーがベースにある音楽ですね。ハチャトゥリャンの三重奏曲は、アルメニアの民族音楽の香りがします。今回はこの3つのトリオ作品と、同時代に書かれた2つのデュオ作品(
ベルク〈クラリネットとピアノのための4つの小品 作品5〉、
ラヴェル〈ヴァイオリン・ソナタ〉)を組み合わせてプログラムを作りました」
――ロレンツォ・コッポラさんとは初共演になりますか?
「オーケストラでご一緒したことはありますが、室内楽での共演は初めてです。彼はヒストリカル・クラリネット奏者として
フライブルク・バロック・オーケストラをはじめ多くの古楽アンサンブルと共演して活躍していますが、そちらのフィールドだけにとどまらず、ものの見方がとても幅広くてオープンなかたです。ピリオドだモダンだという前に、まずは音楽家であるというか。人間的にもとても素晴らしいかたなので、いつか必ず共演したいと思っていました。小菅 優さんとコッポラさんはおそらく今回が初対面になりますが、小菅さんと僕は15〜16歳くらいからの友達です」
――今回は、作品の時代に合わせた楽器が使われるそうですね。
「コッポラさんは“このプログラムにふさわしい楽器を1本持っているから、それを使おう”と言っていました。20世紀初頭に使われていた特殊なクラリネットというのがあるそうです。ピアノは1887年製のニューヨーク・スタインウェイを使います。ヴァイオリンはガットとスティールの混合の弦を使おうと思っています。まだ両方の弦が共存していた時代ですから」
――20世紀前半は、奏法のうえではどんな特徴があるのでしょう?
「新しいスタイルとして、客観的に音楽や芸術を見ようという流れが生まれたんですね。それまでは演奏者が自分なりの解釈で、“ここはたっぷり弾きたいからテンポを遅くしよう”とか“ここはエキサイティングだからスピードを出そう”と自由に弾いていたのですが、それが許されなくなっていった。“客観的にものを見て、楽譜に書かれていないことはやらない”というように音楽作りも変わっていった時代です。これは僕の個人的な考えですが、世界大戦やナショナリズムの高揚を経験した人々は、感情とか主観的なものの見方に不信感を抱くようになった。ひょっとしたら、そういったことが芸術の分野にも影響していたのかもしれないと思います」
――なるほど、それは興味深い考えですね。コッポラさんと小菅さんも、それぞれどんなふうにこの時代を捉え、自分なりの解釈を持ってくるかが楽しみです。
「それは僕もとても楽しみにしているところです」
2017年2月11日(土・祝)
埼玉 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
開演 15:00
正面席 4,500円 / バルコニー席 3,500円 / U-25 1,500円
メンバーズ: 正面席 4,100円
※U-25: 公演時、25歳以下の方対象 / ご入場時、身分証明書をご提示ください。
※バルコニー席はステージが見づらいお席です。予めご了承ください。
[曲目]
ミヨー: ピアノ、ヴァイオリンとクラリネットのための組曲 作品157b
ベルク: クラリネットとピアノのための4つの小品 作品5
ハチャトゥリャン: ヴァイオリン、クラリネットとピアノのための三重奏曲 ト短調
ラヴェル: ヴァイオリン・ソナタ ト長調
ストラヴィンスキー: 組曲『兵士の物語』(三重奏版)
[出演]
佐藤俊介(vn) / ロレンツォ・コッポラ(ヒストリカル・クラリネット) / 小菅 優(p)
※お問い合わせ: SAFチケットセンター 0570-064-939
※彩の国さいたま芸術劇場休館日を除く10:00〜19:00
※一部IP電話からは、ご利用いただけません。