大ヒット曲「亜麻色の髪の乙女」など、数多くカヴァー曲を歌い継いできたシンガー・
島谷ひとみ。彼女が今回、昭和音楽史が誇る作詞家・吉岡 治氏による楽曲
「真夜中のギター」(1969年発表/歌:千賀かほる)をカヴァー。今年5月に逝去した吉岡氏のトリビュート・ソングとして、この名作を後世に残したいという発案のもと、彼女に白羽の矢が立ったのだという。優しくてファンタジックな楽曲は、リアルタイムで聴いた世代にはとても懐かしく、初めて聴く世代には新鮮に響くはず。ぜひ耳を傾けてみてほしい。
――私は島谷さんと同年代なんですが、「真夜中のギター」は私たちの両親世代にとても愛された曲だそうですね。
島谷ひとみ(以下、同)「そうなんです。すごくヒットして、当時は誰もが知っている曲だったみたいで。実際に私も、子供のころ父がよくギターで弾いてたので、それに合わせて歌ったりしていたんですよ」
――そんな思い出の歌をカヴァーすると聞いたときは、どうでしたか?
「すごくうれしかったですね。この曲はすごく優しくて、疲れたときに聴けば涙が出てしまうというか、どこか気持ちをふっと緩めてくれるような温かさがあって。私がカヴァー曲をいいなと思うのは、昔の歌って夢や想像がすごく膨らむような、いい意味でぼんやりした歌詞が多いと思うからなんです。今回もまさにそんな曲だったし、グッと涙が出そうな優しさがあるなっていうのが印象的でしたね」
――ところで、今回のカヴァーはオリジナル(歌:千賀かほる)とはまた違ったアレンジや歌い方になっていますよね。
「そうなんです。オリジナルは独特な節回しで歌われているんですが、私はわりとシンプルに。寂しげだったり儚げに歌うんじゃなくて、明るく元気に、という方向で歌いましたね」
――オリジナルとは別のアプローチだけに、難しかった部分もあったのでは?
「ええ。こういうしっとりした曲だからこそ、みんながふっと前向きな気持ちなれるような“説得力”のある歌い方で……とオーダーされたときは少し悩みました。でも、“説得力って何だろう?”と思ったときに、目の前にひとり人を置いてみたら? と言われて。その人を励ますとしたら、どうする? というヒントをもらって、そこからイメージを組み立てていった感じでしたね」
――なるほど。それにしても、この名曲はリアルタイムで聴いていた世代にはどう響くんでしょうね。
「例えば、定年退職を迎えたり、これから老後を過ごすという方々には、改めて聴いて“なんだか懐かしいなぁ”と空を見上げてもらうきっかけになったら。青春時代や、頑張っていたころを思い出してほしいなって思います。うちの父は私がカヴァーすると知って、“あぁ、そうか〜。母さん、そういえばあのギターどこやった?”って、昔を振り返ってくれたりして。そういう発言が、私は客観的にすごくうれしかったんですよね」
――たくさんの中高年の方にとって、“あのころ”を振り返るきっかけになっていきそうですね。
「実際に周りのスタッフでも、“俺、ハモれるぞ”とか“昔、ギターで弾いてた”っていう反応をする人が多くて。そういうコミュニケーションのきっかけになっていくのが、すごくいいなぁって思うんです」
――曲が世代をつなぐ懸け橋になる、と。そういう意味では、今の若い世代も島谷さんのカヴァーで曲を知る人が多いと思うんです。そのあたり、歌い手の心情としてはどうですか?
「カヴァーって、私はいわゆる家具や洋服で言うヴィンテージや骨董品みたいなものだと思っていて。磨けば必ず光るし、いいものは時代がめぐっても絶対にいいんですよね。新しく作品を生み出すのも大事ですが、いいものをまた光らせるというか、もう一度空気に触れさせたいと思える曲が世の中にはいっぱい存在していて。カヴァーをやるときは、みんなが聴いて幸せになったり、楽しんでくれるような曲を伝えるきっかけになれたら……という想いで私は歌っていますね」
取材・文/川倉由起子(2010年9月)