90年代後半にテナーサックス1本で
バッハの『無伴奏チェロ組曲』を録音して大反響を呼んだ
清水靖晃が、サックス5本とコントラバス4本による『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』を初演したのが2010年のこと。それから5年、ついに
全曲録音盤が完成した。
小節構造はそのままに、新たな旋律を書き加えたり、リズムを変えたりして大胆に編曲された『ゴルトベルク変奏曲』。ときにサックスはアナログシンセのような音色で跳ね踊り、コントラバスが四つ打ちのごとくズンと響く。そしてバッハの音楽からアフロビートやアラビア音階、はたまた路地裏に流れる歌謡曲が聞こえてくる――。このような驚くべき音楽がいかにして生まれたのか、清水に話を聞いた。
――2010年にすみだトリフォニーホールで初演されて以来、録音を待ち望んでいたファンも多いと思います。そして昨年(2014年)、やっとサラマンカホールでの録音が実現しましたね。
「初演後もずっと、少しずつ楽譜に手を入れ続けてきました。毎日違う形で聞こえてきちゃうので、バルセロナのガウディの教会じゃないけど、いつまでたっても完成しないんですよ(笑)。とはいえ、本当に細かい部分をいじってるだけなので、編曲の背骨となる部分は変わっていないのですが」
photo ©Yuji Hori
――編曲のイメージを膨らませるときは、バッハの楽譜と向き合うのでしょうか。それとも録音された演奏を聴いたりするのでしょうか。
「ひととおり全部やりますね。まず譜面を見ながら頭の中で解体するという方法がありますが、MIDIで打ち込んで、聴いてみて、それを崩していくという方法もとったりします。MIDIファイルにすると音の動きがグラフィックで見えるので、よく分かるんですよ。そうそう、グラフィックといえば、このアルバムのジャケットは“あみだくじ”をイメージしてデザインを依頼しました。『ゴルトベルク』の音のつながりって“あみだくじ”みたいでしょ?」
――そうやって清水さんが練り上げた編曲をパート譜に書き起こして、アンサンブルのメンバーに渡す。そして全員でリハーサルを重ねながら完成させていくとのことですが、メンバーとの“合わせ”の中で編曲が変わることもあるのでしょうか?
「パート譜を渡した時点で編曲自体はほぼ固まっていますが、譜面で表わせないところってありますよね。たとえばトリルの歌い方とか、クレッシェンドやディミヌエンドの微妙なニュアンスとか、弾くときの様子とか。こまかーい部分まですべて譜面に書き込んでいったら真っ黒になっちゃうので(笑)、そういった部分はリハーサルの中で作り上げていきます。ですから、僕らの音楽は“記譜と不記譜の中間ぐらい”と言えるでしょう」
――カノンの部分などはとくに、サキソフォネッツの4人それぞれのキャラクターがはっきり出てきて楽しいですね。
「メンバーの顔を思い浮かべながら編曲してますからね。“ここはもう絶対に東君だろう”とか“ここは林田君の独壇場だ!”とか。ひとりひとりの持ち味っていうのは、大切にしています。なかでも第27変奏はとてもうまくいって、そのへんがいちばん出せたかな」
――アクセントを変えたり、内声部に隠れていた旋律を強調したりして、清水さんたちが“ほら、ここを聴いてごらん”とリスナーに指し示して見せてくれているように感じます。
「“僕にはこう聞こえたよ”ということを伝えたいんですね。楽譜の読みを替えるというか。たとえば、僕はバッハをミニマル・ミュージックとして捉えているところがあります。すごく精巧な数式としてできてはいるんだけど、アフリカのポリリズムにも通じる鏡像が出てきたり、どこを切っても金太郎だったり。バッハは、音楽が形式として固まる以前の細胞を引き継いでいると思うんです」
photo ©Yuji Hori
――でも、どんなに意表を突く編曲が施されていても、音楽はけっしてバッハらしい“品格”を失っていないように聞こえます。アルバムのライナーノーツでもおっしゃっていましたが、舞台がヨーロッパの宮廷から江戸城に移っただけで、そこでは変わらず優雅な宴や儀式が繰り広げられているという。
「僕の音楽の基本になっているのは、自分が“似合う”と思うところのエレガンスですね。日本人は特殊な宗教観を持っているでしょ? 仏教も神道もあって、いろんな神を信じてる。いい加減と言えばそうだけど、僕はそこに独特のエレガンスを感じるんですよ。だから音楽をやるときも、“せっかく日本人なんだから”という感覚を大切にしています。その時点で、ドイツ音楽の原理主義的な“バッハはこうであらねばならない”といったところから、もう自然に逃れることができている。そこのところは自由なんですよ。せっかく日本人なんだから、それを活用しない手はないと思うわけです」
――清水さんは“バッハ×サックス×空間の三角関係”というテーマを長年にわたり探求し、ご自身を“空間職人”とおっしゃっていますね。今回の『ゴルトベルク』でも、サックスであることを忘れてしまうようなユニークな響きを聴くことができますが、それはまさに“空間職人”のなせる業ではないでしょうか。
「僕は楽器そのものよりも、空気が振動して音が響いていく空間の方に興味があって、空間を楽器だと思っているところがあるんですよ。だからステージでサックスを吹いているときも、自分と客席とは、その間にある空間でつながっていて、そこは振動しているんだと思いたい。自分の身体が膨張して、空気の中に溶解していくようなイメージです。そういった感覚に気づいたのは、『Cello Suites 1. 2. 3』の第2番を大谷石の石切り場で録音したときでしたね。今回は録音もコンサートも音楽ホールですが、隙あらばまたヘンな場所で演奏してみたいと思ってます(笑)」
――来たる5月には、東京オペラシティ コンサートホールにて『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』の再演コンサートが開催されます。
「アルバムにはない、コンサートだけの面白い仕掛けを考えたりしています。やっぱり、誰よりも自分が楽しみたいですからね」
2015年5月24日(日)
東京 初台 東京オペラシティ コンサートホール開場 13:30 / 開演 14:00[曲目]
J.S.バッハ / 清水靖晃編曲(5サキソフォン, 4コントラバス版):
ゴルトベルク変奏曲 BWV988[チケット]
S 6,500円 / A 5,500円 / B 4,500円
チケットスペース 03-3234-9999 / ぴあ(P 257-364)0570-02-9999 / e+ / ローソン(L 38680)0570-084-003 / 東京オペラシティチケットセンター 03-5353-9999 / 東京文化会館チケットサービス 03-5685-0650[お問い合わせ]
チケットスペース 03-3234-9999