シングル「チェイシング・カーズ」(2006年)の世界的ヒット以降、インパクトのある美しいメロディとドラマティックなバンド・アンサンブルで本国UKではもちろん、アメリカでも確固たる人気を築いたグラスゴーの5人組
スノウ・パトロール。約2年半ぶり、通算6枚目となるニュー・アルバム
『フォールン・エンパイアズ』で、彼らは新たなる扉を開けた。エレクトロニックで実験的なアプローチを取り入れ、彼らの楽曲のよさを失うことなく、ポップ・ソングとしての強度をさらに上げてきたのだ。しかも本作は米西海岸での録音と環境も大きく変えている。その変化について彼らが語ってくれた。
――今回のレコーディングはロサンゼルスを中心に行なわれたんですよね?
ポール・ウィルソン(b) 「数年間ずっとツアーやら何やらが続いていたから、去年、僕らはロサンゼルスで8ヵ月のオフを取っていたんだ。それから曲作りを始めたんだけど、ギャリー(・ライトボディ/vo)がちょっとした“スランプ”に陥っていたみたいで、僕らはリハーサル室でしばらくジャムったりあれこれアイディアを形にしていた。それからマリブにある海の見える家に場所を移してね。本当に素晴らしい場所だったんだよ。家からホエール・ウォッチングができるんだよ!」
ジョニー・クイン(ds) 「それからまた僕らは場所をジョシュア・ツリー(カリフォルニア南東部)にある、
ジョシュ・オムとか
アークティック・モンキーズらが使ってきた砂漠の中にある小規模のスタジオに変えてね。日常から逃れたことで、普通のスタジオの時のような“大掛かりで素晴らしくしなくては”というプレッシャーは感じなくてすんだよ」
トム・シンプソンズ(key) 「そこがまた素晴らしい雰囲気でさ。みんなでバーベキューをしたり、焚き火を囲んでその辺にある楽器を弾いたりして。そこで過ごしているだけで胸がワクワクしてしまうんだ。あそこでは相当の曲を録音できたよ」
――ポールが“スランプ”と言っていましたが、どんなスランプだったんですか?
ギャリー・ライトボディ(vo) 「どんなジャンルであれ、作家というのは誰しも、よりよい作品を書きたいと思えば、そういった経験をするものだと思う。ただ今回はそれが僕の身に起きたってことだね。もともと僕が先にロスのサンタモニカにいて、残りのメンバーが後からやってきて作曲に取りかかり始めたんだけど、それからしばらくして本格的にスランプが悪化してしまった。それでその後、みんながちょっと手持ち無沙汰な状態が3ヵ月あったんだけど、そこで何もしなかったおかげで気持ちを整理できたね」
(C)Deirdre O’Callaghan
――新作にはエレクトロニカや4つ打ちリズムが取り入れられていて、バンドにとても新鮮な印象を与えています。
ギャリー 「みんな驚くんじゃないかな。制作前に聴いていた
LCDサウンドシステムや
フェニックス、
MGMTらのエレクトロニックな要素を持つ作品が視野を広げるきっかけになったところはあるよ。でもここでハッキリ言っておかなきゃいけないのは、今回のアルバムは決してダンス・レコードではないってこと。それらのバンドの持つ推進力やリズムの要素を抜き出し、それを自分たちの音楽に組み込んでみたんだ。だから彼らとはまったく違う音を出しているだろ? 当初は怪物を扱うみたいな感じだったけど、時間をかけて取り組んでいるうちに変わっていった。先行EPにもなった〈コールド・アウト・イン・ザ・ダーク〉は最初はまるでダンスっぽくなかったし、〈フォールン・エンパイア〉も最初は3コードだったんだよ」
ジョニー 「たしかに〈フォールン・エンパイア〉はこれまで僕らがやったことのない曲。重層的な曲は今までにもあったけど、ここまで力強いのは初めてだと思う」
トム 「個人的にガツンときた曲は〈ニューヨーク〉。最初はすごく粗削りで、ギャリーの歌とピアノが入ってるだけだったけど、初めて聴いたとき“これはすごいアルバムになるぞ”って確信した。とにかくシンプルかつパワフルだったんだよね。そこにブラスや僕らの楽器を重ねていったんだ」
ギャリー 「僕がガツンときたのはたぶん〈ディス・イズント・エヴリシング・ユー・アー〉かな。もともとはギターがジャカジャカかき鳴らされるタイプの曲だったけど、そのギターの部分をそぎ落としてピアノを入れて、それですべてが変わった。みんな〈ニューヨーク〉が重要な曲って考えていただろうけど、その後にこの曲ができて、“ものすごい曲が2つもあるんだから、あとは楽しむしかない”って思えたんだよね。だから、今まで足を踏み入れたことのない領域やエレクトロニックなこと、自分たちの“安全地帯”から少し外れたことにトライしてみてもいいんじゃないかって」
――核になる2曲ができて、そこから自由になれたと。今回、いくつかの曲で聖歌隊や、「コールド・アウト〜」でドライヴするギターを弾くトロイ・ヴァン・リューウェン(クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ)を起用していますね。 トム 「今までにないギター・サウンドを取り入れたいと思っていたところに、トロイは僕らの親しい友人だし、ロスに住んでいたのもあってお願いしたんだ。彼のスタイルがすごくよい効果を与えてくれていると思う。聖歌隊を起用したのも正解だったよ。ロスのサウス・セントラル地区にある教会の聖歌隊で、そこの指揮者がまた素晴らしくて。さまざまなハーモニーや旋律の絡み合いを自由に操れるんだ。僕がこれまでに見た中で最も素晴らしい光景だったよ」
――最後に、本作の歌詞については変化はありましたか?
ギャリー 「歌詞に関しては、間違いなく今までで最強のアルバムだと思う。家族や友人、そして僕の外側にある世界……それらが僕にとってどれだけ大切か、失う経験をしてみて、歌詞を書ける力というのが僕にとってどれほど貴いものなのか、それに気づかせてもらった。今回のアルバムは、僕の人生がどのように始まり、どこで終わったかについて描かれていると言える。出発は僕の自宅で、終着点がロサンゼルス。家からロスまでの旅路だね。このアルバムは聴き手をそういった旅に連れ出す作品なんだ。そう、だからサウンドもそうだけど、歌詞もこれまでで一番の意欲作と言えるね」
構成・文/木村浩子