SONIDO GALLO NEGRO
“Cumbia Salvaje”
かつてシュールレアリズム画家ダリがメキシコを訪れた際に、「私の作品よりシュールなこの国に居るのが耐えられない」と語ったというが、メキシコシティ発の
ソニード・ガジョ・ネグロは、そんな奇天烈を体現するインスト・クンビア・バンドだ。土着とサイケデリックが妖しく絡むアルバム、
『野生のクンビア』でデビューし、ラテンアメリカ最大級のロックフェス、〈ビベ・ラティーノ〉では9人のメンバー全員が魔術師の装束姿で、メイン・ステージのトリを飾った。往年のクンビア・ファンからヒップスターまで踊り狂わせる、謎のバンドに迫るべく、メンバーのガブリエル・ロペス(ギタリスト)にインタビューした。
――ソニード・ガジョ・ネグロ(黒い雄鶏のサウンド)という変わったバンド名の由来は?
「メキシコシティでは、日常的に呪術の祭儀のため、打ち首にされる雄鶏がいる。それはメキシコでは特に驚くようなことではないけれど、根底には神秘主義的なものがある。クンビアについても、日常にあるけれど、ミステリアスな音楽だと捉えているから、バンド名に雄鶏を使うことにした。僕たちはメキシコの日々に起こる奇妙なことにすっかり慣れてしまっているが、それをこの目で捉え続ける証人でもある。僕らの音楽は、スナップ写真を撮るようにメキシコの並外れた日常を描写しているわけだ。たとえば、ソノラ市場(メキシコシティの巨大な呪術市場で、呪いグッズや惚れ薬のようなまじないグッズ、お守り、薬草などが売られている)のような大都会にありながらも野生のパワーを持つ場所の印象を音楽で再現したいのさ」
――このバンドをやることになったきっかけは?
「2010年より本格的にこのバンドを始めたんだけど、その構想は7、8年前からすでにあった。僕らはガレージやサーフ・ロックのインスト・バンドをやっていて、そのシーンの真っ只中にいたから、ちょうど何か新しいスタイルを模索していたときに、僕らがいつも世話になっているメキシコシティの老舗文化スペース、アリシア(メキシコを代表するスペースで、ライヴや社会運動の集会も行なう。ガジョ・ネグロのメンバーたちもスタッフとして関わっている)のオーナーが1枚の海賊版CDを薦めてくれた。それは、メキシコシティのテピートというバリオ(下町)の闇市場で買ったと思われる、クンビアやトロピカル音楽のインスト曲ばかり集めたコンピで、収録バンド名などの情報もいっさいなかった。僕たちはそれをすごく気に入って、インストのクンビアを演奏しているアーティストたちについて調査するようになった。そして、そのコンピに収められていたのは1970年代に流行ったペルーのロス・ミルロスや、フアネコ・イ・ス・コンボというバンドだということに気がついた。僕たちは、ペルー・スタイルのエレキ・ギターや、エクアドルのいろんなオルガン奏者がハモンドを使っていることなどに影響を受けて音づくりをはじめた」
――あなたたちの音はチーチャ(ペルーのアマゾン地帯発祥のサイケデリックなクンビア)と捉えられることも多いけど、どう思う?
「僕たちはインストのバンドだから、歌詞が重要であるチーチャをやっているわけじゃないと思う。でも、とてもペルーっぽくて、エレキ・ギターをメインにしているチーチャっぽい音楽をやっているとは思う。結成当初から型通りのクンビアを目指していなかったけれど、オーセンティックなものと新しい音をミックスするようなフュージョン・バンドだとは思われたくはない。僕たちは先にも挙げたペルーの70年代のバンドのようになりたいんだ。彼らの音には、南北アメリカ大陸で忘れ去られつつある土着の記憶が込められているように感じる」
――それはどんな音?
「とても謎めいて陰鬱だけど、実験的で斬新な音色を古い録音で実現していた。それが彼らの狙いだったのか、偶然そうなったのかは知らないけど、そんなダークな部分が好きなんだよ。僕たちのクンビアはパーティで踊るための典型的なクンビアではなく、メキシコの都会のなかの神秘というふうに、受けとってもらいたいんだ」
――テルミンを使っているのが、オカルトっぽい印象だね。
「テルミンはエレキ・ギターよりももっと古い電子楽器で、個性が強く、退廃的な印象を与える。 僕らのアルバム『野生のクンビア』を録音中に、エレキ・ギターやベース、オルガン、ラテン・パーカッション、ホーン・セクションのほかに、何かユニークな楽器を 加えたくて、僕らの基本の音楽を極端に邪魔しないものというので、テルミンを使うのを思いついた。控えめでありながらも、特徴的だし、バンドの音にミックスするのにも、完璧だと感じた」
――ほとんどのメンバーが、ガジョ・ネグロとは別にガレージ・ロックバンドをやっていたりして、基本的には気合いの入ったロック信仰者たちだよね。クンビアのバンドをやるのに抵抗はなかった?
「結成当初からガジョ・ネグロはうまくいくと信じていたし、それによって僕たちがずっとやってきたロックバンドの活動へ悪い影響があると考えたことはない。ロックを演奏しているときと同じように楽しんでいるよ。だって僕たちはクンビアを演奏しながらも、そのへんのロックバンドよりも濃密な“ロック”をやってる意識があるからね。バンドのメンバー2人はアルゼンチン出身だけど、7人 のメキシコ人は全員、メキシコシティ北部のアラゴン地区出身なんだ。アラゴン地区はソニデロ(路上や結婚式などのパーティで演奏するメキシコの下町=バリ オ特有のサウンドシステム。メキシコのクンビアおよびトロピカル音楽の流行と普及に多大な影響を与えた)の発祥地で、望もうが望むまいが、ソニデロ文化は いつでも僕たちの生活の一部だ。でも、そこに落ち着きたくない。たとえば……僕たちは生まれながらにして、クンビアを聴いてきた。ソニデロたちの血を受け継いでいる!っていうふうにはなりたくないね(笑)。でもクンビアやその文化に敬意をはらい、理解しようとしてる。僕たちはバリオ文化を茶化したり、馬鹿にしたりするような行為はしたくないから、結成当初からそのレベルに陥らないように気をつけてきた。つまり、ガジョ・ネグロは冗談バンドじゃないんだ。僕らは魂がこもった正直な音楽をやってるつもりだし、今日では、バンドをやるのは簡単なことだけど、音楽を演奏するというのは、演奏家自身の魂を満たすことが最も重要だ。トロピカル音楽はペアで踊るための音楽だけど、聴いて楽しめる音楽であっていいと思うし、ロックのコンサートみたいに、スラムダンスを引き起こすことだってできるんだ。ああ、ところで、僕たちはラテンのペアダンスがまったく踊れないんだよ!」
――ガジョ・ネグロは当初趣味的にやっていたそうだけど、今ではかなり人気で、もう趣味とはいえないんじゃない?
「そう、ガジョ・ネグロは最初は自分たちが聴きたいクンビアをやるためのバンドだったけど、今では本腰入れてやっていかなくちゃいけなくなった。この状況をすごく楽しんでいるし、行き着くところまで行こうと考えている。僕たちのような、ロックシーンのなかのクンビア・バンドが、どのような道を辿るのかのかわからない。ただ、演奏できる機会を逃さず、アイディアが浮かぶ限り続けるさ」
――日本でもアルバムが発売されたし、あなたたちの今後が楽しみだよ。
「僕たちの音楽が、あまりにも遠い国に届いたことが、本当に嬉しい。その音楽に込められた想いを日本のひとたちが理解してくれるといいな。いま制作中の新作はもっと神秘的で、もっとダークで、僕らのバンド・コンセプトをさらに濃厚にしたものになる。ツァンツァ(シュアール族の干し首)や、アルフォンソ・グラーニャ(ヒバロ族の王)、サーカスや見せ物小屋の怪物など、興味深いテーマに沿った内容になる予定だよ。とにかく、みんなに僕たちのライヴを見てもらいたい。決して損はさせないよ。だって、僕たちの暮らすメキシコは、とても豊かで、あまりに常規を逸したことに満ちているから、その面白さを世界じゅうに共有したいんだ」