「アワーミュージック」
相対性理論というバンドの存在が知れ渡ったのは、2007年のこと。自主制作で発表された
『シフォン主義』が話題を呼び、「何やらライヴが凄いらしい」というインターネット時代ならではの凄まじい口コミ力とも相まって、奇妙なバンド名とその存在は瞬く間に広まった。以降、彼らの存在はそこかしこで語られることになり、それは今も続いている。
彼ら自身が“ポストYouTube時代のポップ・マエストロ”と自らを謳うだけあり、ネット上でさまざまなポップ・ミュージックが文脈を問わずフラットに視聴できる世代ならでは……ともいうべき、時代を超越した普遍的メロディのオンパレードに、まずは多くのロック愛好家がやられた。そんなバンドの声を司る、
やくしまるえつこという“ヤンデレ”なオーラがビンビンのフロント・ウーマンの存在も、たいへんにキャッチーだった。
『シフォン主義』
2007年6月に完全自主制作盤として発表
。ライヴ会場と通販のみの販売ながら4,0
00枚を売り上げ、翌年5月にリマスター盤
が全国流通。
虚空を見つめ、視線を泳がせるように呆然と歌う彼女のヴォーカリゼーションは、シティ・ポップを換骨奪胎してアニソンと歌謡曲を詰めたような、ナチュラルでありながら独創的なものである。しかし、そんなケレン味をサラリといなす“脱オルタナ化”した、暑苦しくなく、しかしヒリヒリとした何やら“気になる”アレンジも気が利いている。ニューウェイヴを通過した世代のハートを射抜くアナログな実験性と、現代的な感覚で言う折衷主義的ハイブリッドなサウンド。そしてオタク文化にも近接する、ほんのりとダークで嗜虐的な歌詞。その舵取りを、一手に引き受けているらしいベースの真部脩一(作詞 / 作曲 / アートワークほか担当)という人物は、一体何者なのか。そんなやり取りも、ネット上で盛んに行なわれた。
『ハイファイ新書』
2009年1月に発表された初のフル・アル
バム。インディーズ作品にもかかわらず
オリコンアルバムウィークリーチャートで
異例の初登場7位を記録。
何故、相対性理論の存在が盛んに語られるのかといえば、彼らはライヴ以外のメディア露出を一切行なわない活動を貫いているからである。その奇妙な、しかし実に戦略的な活動スタイルこそ、彼らからどことなくインテリジェンスな芳香が漂う由縁だろう。セールス的にも好調で、批評家筋の評価も高い彼らが、未だに日本のロック・シーンで独立独歩、唯我独尊の特殊な立ち位置のままいられるのは、そんなところにも由来しているはずである。
そんな相対性理論がこのたび、
渋谷慶一郎とコラボレーションしたトリプル・シングル
「アワーミュージック」をリリースする。相対性理論と渋谷との交流はいつごろから行なわれていたのか。2009年9月、真部が急病で倒れた際、渋谷が彼の代役を務めてイベントに登場したことがあったが、本盤の制作進行を考えれば、それ以前から熱心な交流が行なわれていたのではないか。
「アワーミュージック」発表にあわせCDJ
ournal.comに提供されたアーティスト・ヴ
ィジュアル。さまざまなサイトに別ヴァージ
ョンが提供され話題を呼んだ。
東京芸大出身の電子音楽家で、国内外の有望なアーティストを紹介するレーベルATAKの主宰でもある渋谷が、相対性理論とのコラボレーションに用意した箱庭。それは、自身の作品である
『ATAK015 for maria』だった。この作品は、2008年に亡くなった渋谷の愛妻mariaに捧げられたピアノ・ソロ作で、「sky riders」、「our music」、「BLUE」が複数のアレンジで収録されていた。このたびリリースされる「アワーミュージック」では、相対性理論によってバンド・サウンドと歌詞、そして歌声が与えられ、「スカイライダーズ」、「アワーミュージック」、「BLUE」として生まれ変わっている。見事に相対性理論カラーに染め上げた「スカイライダーズ」、しっとりとしたメロディと軽快なリズム・セクション、繊細な渋谷のピアノが鮮やかに絡み合う「アワーミュージック」、粉雪のようなやくしまるの歌声と、温もり溢れる渋谷のローズ・ピアノが優しく融け合う「BLUE」。どれも至極と呼ぶに相応しい、豊潤なポップ・ソングである。そして、これまで楽曲の意味性を問わずクールに歌われてきたやくしまるの歌声が、本作ではどこか儚く切なく聴こえるのは、絶対に気のせいではない。渋谷とのピアノのみで歌われた「sky riders(vo+pf)」、「our music(vo+pf)」にそれは顕著だが、その理由は当然、この先も語られることはないだろう。
ムームのメンバーでもあるHildur Guonadottirが参加した「BLUE」のストリングス・バージョン、そして
坂本龍一とのコラボレーションでお馴染みのアルヴァ・ノトによる「our music」のリミックスなど、それぞれが実にピュアで美しく、最後まで耳に心地よい音響空間を生み出している。特にこの2曲は、やくしまるの歌声が実は電子音響と高い親和性を誇ることを雄弁に物語っており、実に興味深い。
2010年代の幕開けを意識せざるをえない、新時代のポップ・ソング集となった本作。相対性理論がこれから先どのような風景をシーンに描き出すのか。これまで以上に注目していきたい。
文/冨田明宏