便利で何でも手に入る時代だからこそ必要なこと――須永辰緒が導くジャズ最前線

須永辰緒   2017/07/26掲載
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 須永辰緒の選曲によるコンピレーション『夜ジャズ・外伝』シリーズの最新作となる『須永辰緒の夜ジャズ・外伝3 All The Young Dudes〜すべての若き野郎ども〜』が8月2日にリリースされる。『夜ジャズ・外伝』は須永がライフワークとしてきたジャズ・コンピレーションのスピンオフ企画。第3弾となる新作には、fox capture planYasei CollectiveCRCK/LCKSといったバンドの楽曲や、須永のソロユニット、Sunaga t Experienceの新曲など14曲が収められている。世界を股にかけるDJである須永は今の日本のジャズ・シーンをどうとらえているのか、新作の話も交えつつインタビューを行った。
――須永さんはもともと大貫憲章さんの門下生で、パンクやロックがルーツにあると思うんですが、DJでジャズをかけ出したのって、いつ頃、どういうきっかけでですか?
「パンクとかロック中心のDJプレイだったのが、だんだんヒップホップをかけるようになってきて、スクラッチも取り入れていたんです。で、ヒップホップのDJはレア・グルーヴもかけるじゃないですか。そうすると昔の音源を探るようになってきて、それが面白くなってきたんですよ。その頃に“オルガン・バー”っていう渋谷のクラブにプロデューサーとして参加することになったんですけど、そこで何か特徴的なことをしたかったので、DJを生音のジャズの方に寄せていったんです。それが21年前ですね」
――生音のジャズをDJでかける難しさと面白さって簡単に言うとどういうところですか?
「面白いのは圧倒的に“けもの道”なので、すべてゼロから自分で開拓していかなきゃいけないところですね。難しいのはリズム設定が立ってない曲は物理的にかけられないっていうところ。モダン・ジャズって踊らせるための音楽として今のダンスフロアに直結するわけではないので。ジャズで踊らせるってこと自体が難しいっちゃ難しいんですよ。でも僕の仕事はDJなので、お客さんに踊ってもらわないと意味がない。だから、無数にある音源の中からリズム設定が立ったものをチョイスするんです。具体的には、ちゃんとBPMが体感できるもの。たとえばBPM125以上のジャズになると4ビートでも体感的に速すぎてついていけないですね。いちばん多くかけるのはBPM110くらい。アフロ・キューバンなリズムはすごく使いやすいです。あとはメロディを重視するので、メロディアスなもののほうがかけやすい。たとえばオーネット・コールマンとかセロニアス・モンクとかは、すごくかっこいいのはわかるんですけど、フロアでかけるのはちょっと難しいんですよね。それとあまりにソロが長いと間延びしてしまって、お客さんが飽きちゃいますね」
――ずっとDJをやってきて、“昔はこれ踊れなかったけど今ならありだよな”っていう曲はありますか?
「そんな曲ばっかりかけてプレイを更新し続けているんです。なので逆説的に言うと、昔は踊れなかったけど今ならありだよなっていうのをつねに体験しているというか」
――アーティストで言うとどの辺ですか?
マイルス・デイヴィスですね。『カインド・オブ・ブルー』とかあの周辺。〈So What〉とかとくにいい。あれはド定番だけど、クラブ・ミュージックを通過した耳で聴いてようやくわかるグルーヴがある曲なんです。ジャズにグルーヴっていう概念はないけど、〈So What〉にグルーヴを見出すので20年かかってるんですよね。曲としていいのは知ってるんですけど。あれをフロアでかけて成立させるまでに20数年かかったという」
――それは須永さんのスキルがあがってきたのか、リスナーの意識が変わってきたのか、どちらでしょう?
「リスナーの耳が肥えてきたというのはあるでしょうね。やっぱりクラブ・サウンドを通過した耳っていうのは侮れなくて。ニコラ・コンテが出てきた頃からジャズとダンス・ミュージックの垣根が壊れてきて、『夜ジャズ』でコンパイルしている人たちもその流れにいたりする。僕はそういうものになじんでもらうように、連載やDJやコンピを作ったりしてお客さんとの距離を縮めつつ、相互理解を進めてきました。だから、こちらから“これどう?”って提案をしてそれを受け入れてもらうっていうのを繰り返してる状況ですね」
――ちなみに以前、DJをされる時は“波”をいくつか作ることを意識されているっておっしゃってましたが、それはミックスCDやコンピを作る時にも考えますか?
「波を作るのは選曲でも一緒ですし、曲順もDJならではの曲順になってると思います。コンピはまずリスナーをつかんで、一回温度を下げて、次にじわじわ上げていく。で、最後は寸止め。きれいに寸止めして映画のエンドロールが出るようなイメージで。これ、僕の鉄則なんですけど、ここ10年変わっていないですね。とくに最近、DJでも寸止めが好きで。イキそうでイカないみたいなね(笑)」
――1曲まるまるかけきることが多いですか? それともわりとミックスしますか?
「ミックスできるのものはミックスしますね。長い曲はかけづらいんですけど、かといって適度にソロがないとやっぱりジャズを感じないというか。テーマ、ソロ、テーマ、適度なソロ、テーマぐらいで完結する曲をDJとして選ぶことが多いんですけど、最後にテーマが出たら次の曲とミックスしますね。テーマが2回か3回出た時点で次の曲に切り替えます」
――では『夜ジャズ』の話に移りたいんですけど、“外伝”っていうことは、やっぱり本編とはコンセプトがそもそも違うということなんですか?
「外伝のほうはジャズの概念を拡大して、自分がジャズだと思える曲はジャズでいいじゃん、文句は言わせないぞみたいなところもあります。まあ、基本的には僕がジャズを感じる日本人のアーティストを収録している。それが『夜ジャズ』と違うところですね」
――音楽的な幅が広くてびっくりしました。レゲエやスカからアフロっぽいもの、フォークまで。
「そうですね。プレイ可能なものということを考えるとこういう並びになるんです。僕がジャズDJってことであれば、DJでかける曲に関してはある意味どこかジャズのエッセンスがあるだろうと」
『須永辰緒の夜ジャズ・外伝3 All the young dudes 〜すべての若き野郎ども〜』 収録曲より
――ショーケン(萩原健一)さんの「ふるさと」を最後に持ってくるのにはビックリしたんですけど。
「これ、中学生の時に聴いてた曲なんですけど、子供ながらにすごい世界観だなと思ってたので。いまだにかけるし、聴いてるし。この間ビルボードライブでライヴがあって、それも観に行ったんですけど、〈ふるさと〉ね、コンピに収録してるくらい好きなのに、サビが出て来るまで何の曲歌ってるか分からなかったです(笑)。サビが出てきて、あ、これ〈ふるさと〉か! って。原曲を崩しまくるという意味では、矢野顕子さんショーケンさんかみたいな感じですよね(笑)」
――EGO-WRAPPIN'はたびたびコンピに収録されています。
「大好きですね。まあ近しいっていうのもあるんですけど、アルバムがでるたびに次から次へと名曲が生まれるので、止まらないんですよ」
――最初に彼らのライヴを観た時の印象は?
「武道館に行く前に回収しなきゃって思いましたけどね(笑)。これは放っておくとすぐ武道館行って、とてもじゃないけど僕が手を出せるようなバンドじゃなくなるから、今のうちに自分のイベントに出てもらおうとか、早め早めにって焦ってました(笑)。CRCK/LCKSも2枚目出たじゃないですか、そろそろもうヤバいですよね。手が出せなくなる可能性がある」
――EGO-WRAPPIN'の音楽もジャズの要素があるけど、クラブ・ミュージック以降の感覚でアップデートされてますよね。
「そうですね。それでいて適度なルーディさがあって。あと、本人たちの音楽の趣味がよくわかるでしょ、アルバム聴いてると。ああ、こういうのが好きなんだろうな、わかるわかるって。だから僕は森(雅樹)君によくレコードをプレゼントするんですよ。30年代のブルースだったり、40年代のジャイヴだったり」
――レコードと言えば、新譜はなるべくアナログ派ですか?
「うん。できれば好きなアーティスト、好きな曲に関してはアナログで全部切って欲しいですけどね。CRCK/LCKSは1stのアナログ出すそうですよ。予約しましたけど」
――サブタイトルの“すべての若き野郎ども”はモット・ザ・フープルのアルバムからきてますけど、思い入れのあるアルバムだったんですか?
モット・ザ・フープルはすごく好きですよ。彼らのあのアルバムってパンクの初期衝動に近いものがあるじゃないですか。僕は相変わらずパンクが好きで7インチも買っているし、ジャズにパンクを感じることもある。秘めたアナーキーさみたいなものが共通しているというか。その辺のイメージを重ね合わせてこのタイトルをつけたというのはありますね。あとは若い子にジャズを聴いてほしいというのもあったし」
――『夜ジャズ』をコンパイルする時にエドワード・ホッパーの「Nighthawks」って画の世界観を表したっておっしゃってますけど、この画のどういうところに惹かれたんでしょう?
「偶然、古本屋でホッパーの画に出合って魅力されて。彼って都会の孤独を切り取る作家って言われるじゃないですか。賑やかな喧噪の中にいても、人間は結局ひとりなんだよっていう空虚感がつきまとう。都会ならではの空しさがあって、でも夜は深々と更けていくみたいな。『夜ジャズ』のコンパイル始める前くらいに、ああいうトーンで作りたいなって思って。〈Edward Hopper〉って曲も自分のアルバムで作ったことありますし」
――ホッパーの画を新宿や渋谷の夜と重ね合わせることもありますか?
「渋谷はがちゃがちゃして夜は好きじゃないですけど(笑)、新宿は好きですね。なんか、身を寄せ合ってる感じが。エドワード・ホッパーの画って寂しそうだけど、愛があるから。絶望してるわけじゃないんですよね。ただ、空虚を埋めるものはどこまでも空虚だという感覚がある。新宿にいる連中って、突然寂しくて自殺するような連中が多いんですよ。二丁目とか華やかな世界だけど、自殺率高かったりするでしょう? 渋谷はそういう孤独を必死にみんなで埋めようとしてる。でも、新宿のデカダンな匂いの夜の方が好きですね」
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――今回のコンピレーションは若くてかっこいいことをやっているミュージシャンをフックアップしようという意図もあったんでしょうか?
「そうですね。最近かっこいいバンドがすごく多いじゃないですか。昔はCDショップやレコード屋をずっと回って探さなきゃいけなかったものが、今やちょっと検索するとパパパっと出てくる。ただ、便利で何でも手に入る時代だからこそ、キュレーターはやっぱり必要なんじゃないかって思ってるんですよ。このコンピレーションは、『3』はとくにそうなんですけど、そのキュレーションの意味合いの方がけっこう強いですね。
――ちなみに最近のロバート・グラスパー以降のジャズの流れをどう捉えているんでしょう? グラスパーはDJとしては相当使いづらいと言われますが。
「曲によりますね。ただ、グラスパーのジャズの実践論は多分、若いミュージシャンにはものすごく勉強になるんじゃないかな。グラスパーのアルバムを聴くこと自体がテキストになってると思うんです。実際、J・ディラグラスパー以降のジャズへの理解ってすごく深まったじゃないですか。日本の若い世代のミュージシャンたちも、やりたいことはいろいろあるんだけど、どうやってやっていいかわからなかったのが、グラスパーの登場で一気にこれだったんだ! って思ったはず。WONKとかもそうですよね。あと、シティ・ポップが軽く最近ジャズ化してるんですけど、そのへんもやっぱりグラスパー以降だと思うんですよ」
――グラスパー以降のジャズでもリミックスが1曲あるとクラブ・シーンとも繋がりやすいですよね。たとえばニコラ・コンテグレゴリー・ポーターを起用したのはリミックスがあったからだろうと。
「自分たちのアーティストとしての姿勢がリミックスに表れますからね。僕らはこういう音楽やってるけど、ダンス・ミュージックをちゃんと聴いてるからね、っていう表明になる。ダンス・ミュージックのファンに向けて自分たちの音楽を聴いてほしいっていうメッセージになるというか。DJとしてはリミックスが入ってると、この人たちは我々に聴いてほしいんだなって思うから、そういう意味では判断材料にしますね」
――『夜ジャズ』の外伝はこれからもコンスタントに出そうですか?
「この勢いで若手のいい音源が集まるんだったらすぐ出ますよ。2枚目はPlaywrightさんから出してもらって、3枚目はとくに予定も何もなかったんですけど、ある日、原稿書いていて、音源溜まってんなって思って(笑)。すぐディレクターに連絡して、『3』溜まったよって言ったんですよ。そしたら出しましょうって、1日で決まりました。だから、『4』だってあっという間にできると思いますよ」
取材・文/土佐有明(2017年7月)
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