80年代半ばにニューヨークのフォークのメッカ、グリニッチ・ヴィレッジから登場した
スザンヌ・ヴェガは、デジタルな音が支配的となっていた音楽界にアコースティック音楽への再注目をもたらし、その後続々と登場する女性シンガー・ソングライターたちの旗手ともなった。
早いもので、85年の
『街角の詩』から今年でデビュー25周年。メジャーを離れてインディペンデント・アーティストとなったスザンヌはその25年間の全レパートリーをアコースティックな小編成で再録音し、主題別の4枚で発表するシリーズ“クローズ・アップ”に着手(日本ではインペリアルよりリリース)。最初の2枚
『ラブ・ソングズ』と
『ピープル&プレイシズ』が発売された(日本のみ限定で2枚同梱盤もあり)。ニューヨークのスザンヌに電話をかけて、話を聞いた。
――今あなたがいるところはデビュー時に25年後にいるだろうと想像した場所ですか?
スザンヌ・ヴェガ(以下、同)「そうね、予想通りのこともあれば、そうじゃないこともあるわね。つねに曲を書いて、ツアーを続けていると想像していたけど、それはその通りね。すごく変わってしまったのは音楽産業よ(笑)。私はレコードやCDがずっと売れ続けると思っていたから、誰もCDを買わなくなって、無料で音楽を手に入れるようになるとは想像すらしなかった。それが大きな違いね。でも、私は自分の大好きなことをやり続けている。ツアーに出て、人びとの前で歌うことに今もわくわくするし、たぶん残りの人生もやり続けるでしょうね」
「ええ、まさにそう。16歳のときの夢はレナード・コーエンのようになることだったの。だから、彼が70代半ばになって、これまで以上の大観衆を前に歌っているのを観るのは興味深いわね」
――“クローズ・アップ”制作の理由の一部は現実主義によるものと理解しています。インディ・アーティストとなった今、自分の曲のカタログを所有したいわけですね。でも、もちろん、芸術的な理由もあるんでしょう?
「ええ。とても親密な形で自分の曲を再創造してみたいし、それをみんなも楽しんでくれると考えたの。多くの曲は80〜90年代の時代特有のサウンド・プロダクションが施されているから、親密な雰囲気のアコースティック・ヴァージョンでそれらをあらためて発表してみたかった。私の好きな偉大なソングライターのレナード・コーエンや
ボブ・ディランの曲だって、同じ部屋でその歌だけを聴いてみたいとよく思う。コーエンの声とギターはいつだって大好きだけど、(レコードの)プロダクションがいいと思わないこともある。だから、私の場合もこういったヴァージョンをみんなが聴いてみたいんじゃないかと思ったの」
――主題別に4枚となるシリーズで、第1巻は『ラブ・ソングズ』という題名ですが、典型的なラブ・ソングはほとんどないですよね?
「ないわね(笑)。その定義は、私が愛する誰かについて書いた曲ならラブ・ソングということ。その中に愛する意思がある曲、愛についての曲ならね。明らかに古典的な”愛しているわ!”という曲はないわ。大半の曲は欲望や切望を、誰かのもっとそばにいたいという感情を歌っている。かなり広い意味のラブ・ソングね」
――時代とともに曲の意味が変わることがあります。デビュー・アルバムの収録曲で『ピープル&プレイシズ』で再録音した「女王と兵士」はイラク戦争以降、多くの歌手やバンドに取り上げられるようになりました。何か新しい意味を加えて歌っていますか?
「私は書いた時と同じように歌っていると思う。意味は受け取る聴衆の方で変わるのであって、私は新しい意味を付け加えようとはしていない。意味はコンテクストで変わるのね。年上の世代はあの曲を60年代フォークの反戦歌の流れを汲む曲として聴いているし、若い世代は近年の社会問題を歌うソングライターたちの動きと関連づけて聴いてくれる。自分の書いた歌が時代を超えて、また新たな居場所を見つけられるのは素晴らしいことだわ」
――残り2枚について教えてください。
「第3巻は『ステイツ・オブ・ビーイング』で、変わった曲が入るの。〈ブラッド・メイクス・ノイズ〉とか、もっと過激で内面的な曲ね。それで“存在の状態”という題名なのよ。第2巻のストリングスを使ったクラシカルな編曲に対して、たぶんテクノ・フォーク的になると思う。第4巻は『ソングス・オブ・ファミリー』で、4枚の中で一番フォーキィな作品になる。ストレートなフォークね。家族についてのアルバムで、母、父、弟、娘、夫、元夫についての歌が入るわ」
「(笑)夫と元夫はないと思うわ。娘は最近の私の作品でバック・ヴォーカルをたくさんやってくれているのよ」
取材・文/五十嵐 正(2010年9月)