約17年ぶり(!)となるソロ・アルバム『ヘイト船長とラヴ航海士』を2月20日に発表する鈴木慶一。プロデューサー曽我部恵一との綿密なコミュニケーションを経て作り上げられた今作は、幾重にもコラージュされた音と音の隙間から、“アーティスト・鈴木慶一”の本質が静かに浮かび上がってくるような、きわめてパーソナルな色合いの強い作品に仕上がった。世代を超えて共鳴しあう、2人の“Keiichi”に話を訊く。 ──そもそも、お2人が接点をもったキッカケは?
鈴木 「僕が出演したテレビ番組にゲストで出てもらったようなことはあったんだけど、ちゃんと話をしたのって、2006年に日比谷野外音楽堂でやった
ムーンライダーズ30周年ライヴの後だよね?」
曽我部 「そうですね」
鈴木 「でも、僕の中で曽我部くんは、ずっと気になる存在ではあったんだ」
──
サニーデイ・サービスの頃から、なんとなく引っ掛かっていたんですか?
鈴木 「引っ掛かりはありましたね。サニーデイが
『東京』っていうアルバムを出したときに流れてた映像で“これ俺じゃん!?”って思うようなものがあったんだよ。曽我部くんがチェックのシャツ着てピアノを弾いてる映像だったんだけど、その後ろ姿が、若い頃の僕にそっくりだったんだよね。そういう抽象的なところから興味を持って」
──一方、曽我部さんは慶一さんに対してどんな印象を持ってたんですか?
曽我部 「最初は、
はちみつぱいですよね。
『センチメンタル通り』ってアルバムが本当に大好きで。最初に聴いたとき“俺の心のレコード”って感じがしたんですよ。自分の感情がそこで歌われてるような感覚を覚えて、ものすごく近しい感じがしたんです。で、そこから、ムーンライダーズのアルバムも発表順に聴いていって」
──そもそも、今回、アルバムを一緒に作るようになったキッカケって、たしか飲み屋で一緒に飲んだときに……。
鈴木 「飲み屋は重要だよ(笑)。そう。最初のキッカケになったのは、さっき話題にのぼったムーンライダーズ30周年ライヴの3次会。“ソロ・アルバムを作るんだったら、誰かプロデューサーを立てた方がいいね”なんて話をしてたら、隣に座ってた知り合いの女性が“目の前にいるじゃん”って。そこに座ってたのが曽我部くんだった」
──たまたまだったのか、必然だったのか(笑)。
曽我部 「いやいや、偶然が呼んだ必然だと思います(笑)」
鈴木 「で、“曽我部くん、やってくれない?”ってお願いしたら、“いいですよ。そのかわり追い込みますよ!”って。そのまんま、ばったり倒れて彼は爆睡しちゃったけど」
曽我部 「あのときは自分が追い込まれてました(笑)」
鈴木 「曽我部くんは爆睡。俺は泥酔って感じで(笑)。まあ、それから、実際、動き出すまで、しばらく時間はかかったけどね」
──レコーディングはどんな感じでスタートしたんですか?
鈴木 「作業の初日、曽我部くんが、アナログ盤をいっぱい持ってきたんだよ。でも、ちょうど、うちのオフィスのプレイヤーが繋がってなかったから、曽我部くんが配線を繋ぐところからスタートして」
曽我部 「それから一緒に何枚かレコードを聴いてるうちに、“手始めに1曲作りますか”みたいなノリになって、それで朝までかけて、1曲作ったんですよ」
鈴木 「誰かと初めて一緒に曲を作るときとか、最初は、ある程度、探り合いをするんだけど、彼とのレコーディングでは不思議とそれがなかった。俺がデータ作ってる間、曽我部くんはソファーでガーッて寝てるし(笑)、かと思えば、その逆もあるし(笑)」
曽我部 「ものすごく自然な感じでしたね。高校の先輩と一緒に作業してるような感覚というか」
──じゃあ作業も割とスムーズに?
鈴木 「一晩を共にすると(笑)、だいたいお互いのことが分ってくるんだよ。その後は大量にデモを録って、音源のデータを全部、曽我部くんに送って。そうすると曲のサイズを大幅に変更したものが送り返されてくるんだ。で、また、それが、すごくいいんだよね。俺の癖である、A→B→C→D→E→Fまで作っちゃうようなものがギュッと縮まっていて」
──曽我部さんは、どのようにして作業を進めていったんですか?
曽我部 「いただいたデータをパートごとに一旦バラして、ベースと慶一さんの歌とか、曲の中にある核の部分だけを最初にくっつけて、そこにいろんな要素をエディットしていきました。ラッキーなことに、ほとんどの曲に歌詞が乗ってなかったんですよ。だから曲を刻むなら今だと(笑)」
鈴木 「曽我部くんから受けた最初の質問が“なんで歌詞がないんですか?”ってこと。僕も33年間ずっと反省してるんですよ(笑)。歌詞がいつも最後になっちゃうことに関して。だから今回は、なるべく早く歌詞を書こうと思って。スタジオに入ると曽我部くんが、プロトゥールズで曲をエディットしている。その間、僕は歌詞を作るわけだよ」
──慶一さんの頭の中で歌詞のイメージは、ある程度、固まっていたんですか?
鈴木 「〈おー、阿呆船よ、何処へ〉という曲の音源を曽我部くんに渡したら、“all right船長”ってコーラスが付いて戻ってきたの。これは作品の真ん中に船長とか船を据えるのがいいなと思って。とはいえ以前、ライダーズで“大洋を航海する”みたいなイメージをもとに作品を作ったことがあったので、今回は河だなと。ちっちゃい船で二人の阿呆が河を下ってる感じがいいんじゃないかと思ったんだ」
──曽我部さんはプロデューサーとして、慶一さんのどういう部分を引き出そうと思ったんですか?
曽我部 「慶一さんのパーソナルな歌っていうか、弾き語りをしているような慶一さんの歌が欲しいなと思ったんですね。
ジョン・レノンの
『ジョンの魂』とか、ああいう素朴な感じを目指しました」
鈴木 「ムーンライダーズのリード・シンガーみたいなところから、曽我部くんは僕を解放してくれたね。ムーンライダーズはいろんな人が曲を書くから、相手の要求に応えて、曲ごとにいろんな歌い方を試さなければいけないんだ。それが今回は、自分の曲ばっかでしょ。で、歌詞も自分だから、歌いまわしの面でも、シャウトしないというか、今回はソフトに歌ってみようと思ったし」
曽我部 「ライダーズだと、労働者の合唱系のガーッっていうコーラスがあったり、僕もあの感じは大好きなんですけど、ソロ・アルバムを作るにあたっては、やっぱり慶一さん自身のことが慶一さんの声によって歌われているのがいいんじゃないかと思って。歌に関しても、僕は今回、まったくディレクションしてないですからね」
鈴木 「そのかわり1番録って止めて、2番録って止めてとか、そういうやり方じゃなくて、まるまる1曲、歌ってくださいっていうやり方だったから、実は、これがかなりのプレッシャーでね(笑)。だから真剣勝負的な部分もあるんだよ。慣らし運転が一切できないから」
曽我部 「そのぶん一発目からオッケーになる可能性も高いんですけどね」
鈴木 「それはライダーズでは考えられない。あと、常に曽我部くんが全体のトーンを気にしてくれていたのも大きかった」
──それは言葉にすると、どういう感じなんですか?
曽我部 「いくつかポイントがあるんですけど、今回のアルバムにはレコードのサンプリングだったり、ドラム・マシーンだったり、いろんな音が入ってるんですけど、基本的にはそれらを全部アナログ的な質感で統一したいなって思ってたんです。たとえば僕の頭の中には、蓄音機でSPをかけてるところで、慶一さんがそれに合わせて歌ってるようなイメージがあって。そういうノスタルジックな空気感を念頭において作業を進めていったんです」
──今後、お2人でライヴも行なうということで。それはどんな感じになりそうですか?
鈴木 「CDとは変わるでしょうね。たぶん少人数でやる感じになると思うけど」
──アルバムの曲は、ほぼ全曲やる感じで。
鈴木 「そのあたりは難しいですね。どうしようかな。珍しくも、今年に入ってから、すぐに考え出したんですけど」
曽我部 「当初は僕がワンステージやって、次に慶一さんが出てきて、数人のミュージシャンとやってるところに、僕が入ったり出たりっていう感じで考えてたんですけど、全体がショーになってるような感じも、また面白いかもしれないし。そのあたりを、これから慶一さんと詰めていこうと思います」
鈴木 「じゃあ今晩あたり、飲みながら、打ち合わせしとく?」
曽我部 「そうですね(笑)」
取材/藤本国彦(2008年2月) 構成/編集部 イラスト/小田島 等
通常のCDのみならず、SA-CD、SA-CD5.1chが1枚のディスクに収められた三層CDとしてリリースされることでも大きな話題を呼んでいる今作。おまけにモノラル・ミックスのアナログ盤まで作ってしまうというんだから、両者の音響に対するコダワリたるや、いやはやなんとも……。
「アルバムを作るにあたって、“(収録時間を)アナログ盤のサイズにしたいですよね”って話を最初、曽我部くんにされたんだよ。46分で収まるぐらいのサイズにね。で、その収録サイズだと、どうやら三層CDにすることが可能だということが判ったんだ。それから一気にダビング量が増えていった(笑)。5.1chを想定してるということもあるけど、今回は、語りとかSEとか、楽器ではない要素がたくさん入っていて。ステレオ・ヴァージョンでは、そういった要素を逆相を使って手前に出したりしてるんだよね」
(鈴木)「今回のアルバムには、いろんなテクノロジーが混在してるんです。たとえばレコードから拾ったローファイなスクラッチ・ノイズが入ってるようなサンプリング音源を、プロトゥールズのプラグ・インを使って位相を変えて、180度以上に広げたりしていて。もともと2 chの段階で、相当ステレオっぽくしてあるんで、5・1ch対応のスピーカーで聴くと、それがさらに広がっていて、音響的にも、すごく面白い作品に仕上がっていると思います」
(曽我部)『SMALL MERCIES』
フラ・リッポ・リッピ 「フラ・リッポ・リッピっていう80年代の北欧のニューウェイヴ・グループがいて、彼らの2ndアルバムが、すごく良いんですよ。今回のアルバムを作るにあたって、“こんな感じでどうですか?”って、まず慶一さんに提示したのが、この作品でした。特徴的にはエリック・サティのようなピアノが入りつつ、割と無機質な淡々としたビートの上に、じっくり歌ってる重めのヴォーカルが乗っていて、かつ全体的には、すごくミニマルな雰囲気が漂ってるっていう。何の影響でいつ作られたものなのか、あんまりよくわからないような……。でも、すごく興味深く聴ける作品なんです。今回のレコーディングでは、慶一さんの素朴な歌をいかに際立たせるかがテーマだったんで、そういった意味でも、いろんなヒントを与えてくれた一枚です」
【鈴木慶一TOUR'08“Captain and First Mates”】
公演日:2008/3/15
地域:大阪
会場:心斎橋クラブクアトロ
開場:17:00
開演:18:00
料金:税込4,500円
ゲスト:曽我部恵一
問い合わせ先:SMASH WEST / 06-6535-5569
公演日:2008/3/16
地域:愛知
会場:名古屋クラブクアトロ
開場:17:00
開演:18:00
料金:税込4,500円
ゲスト:曽我部恵一
問い合わせ先:名古屋クラブクアトロ / 052-264-8211
公演日:2008/3/30
地域:福岡
会場:福岡百年蔵
開場:17:00
開演:18:00
料金:税込4,000円
ゲスト:曽我部恵一
問い合わせ先:BEA / 092-712-4221
公演日:2008/4/4
地域:東京
会場:渋谷Duo Music Exchange
開場:18:00
開演:19:00
料金:税込4,500円
ゲスト:曽我部恵一
問い合わせ先:SMASH / 03-3444-6751
公演日:2008/4/11
地域:北海道
会場:ジャスマックプラザ ザナドゥ
開場:19:00
開演:19:30
料金:税込4,000円
ゲスト:曽我部恵一
問い合わせ先:SMASH EAST / 011-261-5569