新しい高橋 優の強烈な自己主張『STARTING OVER』

高橋優   2018/10/23掲載
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 高橋 優が変わった。いや、蘇った。デビュー8年で大ホールを満員にする実力と人望は着実に積み上げた。しかし彼の内面では、“このままでいいのか?”という疑念がふつふつと沸騰していた――。2年ぶりの6thアルバムは、『STARTING OVER』=再出発という意味深なタイトルに包まれた、全16曲74分に及ぶ、新しい高橋 優の強烈な自己主張だ。葛藤の日々を乗り越え、再び歌うことを選んだ男の本音を聞こう。
――前作からちょうど2年。振り返ると、どんな日々でしたか。
 「穏やかな2年間だったと思いますね。幸せなことがたくさんありました。それが良くなかったんですね、たぶん」
――え? と言うと。
 「30歳を過ぎて、落ち着いた感じになってきちゃってるかな?ということが、自分の中で最大の危機感だったんですよ。穏やかさとか、丸みがかってきてる自分の感覚とか、幸せを見つけられたような勘違いをしたことに対して、疑念や嫌悪感がずっと続いていて、何を書けばいいかわからない時期がけっこうありました。タイアップのお話があって、テーマをいただいて書くことはやれてましたけど、自分の中から“こういう曲を書きたい”と思って書くことは1年近くなかったです」
――うーん。そんなことがあったとは。
 「かっこいいと思う人、面白いと思う人って、年齢は関係なく、少年のようだったり、ワクワクしていたり、吸収する姿勢があるじゃないですか。そういう先輩方は僕の周りにもたくさんいるけど、その中で“でも人生なんてこんなものでしょ”とか、言いがちになっていた自分がいて。もしかして、疲れてたのもしれないですけどね。そこから、このアルバムの制作が始まったんです。穏やかさからの脱却というか、“いや、まだ何一つやれちゃいなかった”ぐらいのところから、もう一回始めようという感じでした」
――それを聞いてから言うわけじゃないけれど、今度のアルバムはとてもエネルギーを感じたんですよ。前のアルバムはもう少し、それこそ穏やかな表情が目立っていて。
 「優しさがありましたね」
――そうそう。自然体の感じがしたけれど、今回は明らかに拳を握りしめていたり、これが言いたいんだという意思を感じる曲が多い。どこかのタイミングで、前を向くきっかけがあったわけですか。
 「そうですね。“ああ、こういうことかな”というものがだんだん見えてきて、怒りとか疑念とか、言いたいことが見えてきた時に、“この蓋を開けたらまためんどくさい高橋が出てくるぞ”というのがあって」
――めんどくさい高橋ね(笑)。
 「パンドラの箱を開けてしまうかもしれないけど、シンガー・ソングライターで生きていくのはこういうことだろうというものが見えてきて、その箱を開けたらボロボロと曲が出てきました。そこからは何の迷いもなく、むしろ言い尽くせない、底なしに言葉が出てくる感じでした」
――たとえばアルバムの6曲目に入ってる「いいひと」って、表面上は優しくて穏やかな人が、心の底にはとんでもない怒りや闇を隠しているという曲じゃないですか。やっぱりそういう人だと思いますよ、高橋 優って。怒りとか疑念とか、なかなか表には出しにくい、でもリアルな感情をえぐってくれる。
 「これは僕のことですと言っちゃうと、嫌われると思うんですけど(笑)。〈いいひと〉に関して言うと、スタッフの人に提案されたというエピソードがあるんですよ。彼は“いい人ですね”と言われてうれしいと思ったことが一回もないから、“高橋 優が書く〈いいひと〉という曲を聴いてみたい”と。確かに僕もその人のことを〈いいひと〉だと思ったことがなかったんですよ。その言葉に人生を感じて、書いてみようと思ったのがきっかけです」
――ほおー。なるほど。
 「でも自分で書いていることなので。もしかしたら、自分のエッセンスも加わってるかもしれない」
――というか、これは誰しもに刺さることな気がする。人にそう思われている自分とは違う自分を、腹の底に隠しているということは。
 「面白いのは、ライターの方とお話しすると、“こんなことを思ってる人がいると思うと怖いです”と言う人もいるんですよ。そういう人は、ほんとうに〈いいひと〉なんでしょうね。偽りの〈いいひと〉は、“誰もが思ったことありますよね”と言う」
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――すみませんね(笑)。
 「でも偽りの〈いいひと〉のほうが、共感できるような気もするんですよね。たぶん僕が腹黒いからなんでしょうけど」
――あはは。そこまで言う。
 「でも腹黒さを覚えることは決して悪いことだとは思ってなくて、アウトプットの仕方だと思うんですよ。ピュアな気持ちで相手を傷つけることのほうがよっぽど残酷だと思う」
――ハッとするような曲がいっぱいあるんですよね、今回。個人的に気になる曲を挙げていくと、13曲目の食べ残しの歌とか。こういう毒っ気のある皮肉を、軽やかなアコースティック・サウンドに乗せて歌うのが、“ぽい”と思った。
 「〈leftovers〉ですね。最初は食べ残しの歌を作ろうと思ったわけじゃなくて、どんな商品でも、何ヶ月かに一回、新発売をするじゃないですか。ニューモデルを更新していかないと、充電器の形が変わって使えなくなったり、ケースが変わって入らなくなったりする。でも頑張ってついていけば、機能性は高いし、もっと便利になっていく。そこに対して、ずっと疑問が尽きないんですね」
――同感です。
 「ケータイとか、どんどん更新し続けて、それがないと生きていけないってみんなが言う。でも、こういう機能もある、これも使える、ああ幸せだなって、僕はあんまり思わないんですね。むしろ“これしかない”と言われてた時代のほうが幸せだったという考え方もあると思うと、いろいろあるから幸せなんじゃなくて、その中で自分の大事なものを見つけて初めて幸せだと思うんですよ。今はケータイをパッと開くと、どうでもいい誰かのゴシップとかを見せられるし、お店に行っても、食べたくないものをおいしそうに感じたり、買いたくないものを買わされたりしてはいないか。それで結局食べ残して、使い捨ててはいないか。そういうところから〈leftovers〉=食べ残しという言葉が出てきた気がします」
――わかりますね。大いに。
 「怒ってるわけじゃないんですけどね。自分も新しいケータイが出たらワクワクするし、買い替えたいと思うけど、その一方で、もしも今ポケベルの時代に戻ったらどうなるんだろう?とか思う。便利なアプリによって、自分の生活が本当に潤う人はどれだけいるんだろう?という、そこらへんの疑念が尽きなくて、本当に欲しいものを自分から手を伸ばして探すことを書きたいなと思っていた気がします」
――その思考は、1曲目の「美しい鳥」にも感じますね。ある人は、美しい鳥をその美しさの描写で伝えようとする。またある人は、その値段がいくらなのかで判断しようとする。同じものを見ても、価値観によって大きく変わる。
 「〈美しい鳥〉に関しては、本当にいいものをいいと言える感覚を忘れちゃいけないということだと思います。みんながいいと言っているからいい、というものに流されると、ちょっと寂しいですよね。あなたがワクワクする理由は、数字とか、世間の判断とは違っていてもかまわない。そこに純粋な感動があればいい。それを“高ぶる感情を知っているか?”という歌詞に集約しました」
――「aquarium」も、すごく気になる曲。10年前の自分と今の自分とが対話しているような、不思議な感覚になりました。
 「それ、誰かにも言われたな。“10年前になりたいと思っていた自分に今なれてますか?”と聞かれて、なってますと答えられない人って多いと思うんですよ。“まだ途中です”と言えるならまだしも、あきらめましたとか、特になりたい自分はなかったとか、そこから逃げてしまうと、夢がなくなってしまう。何かに憧れてそこに向かうのは、すごく素敵なモチベーションになると思うし、かつてそれがあったはずなのに今はどうした?という人をお見掛けすることが、最近増えた気がしていて。そこで自分自身に立ち返った時に、10年前にどうなりたかった?と思ったことと、自分はどう生きてきたか?ということと照らし合わせることをしたかったんですね」
――その問いに、今の高橋 優はどう答えますか。10年前になりたかった自分になれているのか。
 「なれてないですよ。ある程度なれた部分もありますけど、まだまだ。なれたと思ったら、この曲は書かなかったと思います。そこには戸惑いがあって、ズレがあって、それでもなお胸を張って“いやいや、まだまだ”と言ってる自分がいる。そういう戸惑いの部分と、大海原で泳ぐ魚と水槽の中で泳ぐ魚との対比を、比喩として歌っててみたかったんですね」
――ああ、それで「aquarium」=水族館なのか。
 「水族館でマンボウを見て、思ったんですよ。あんなにでかいから、でかい海で泳ぐ方がいいじゃないですか。しかもガラスという概念がないから、ガラスにぶつかり続けるんですよ。それで傷ついて死んじゃうから、水槽の中にビニールを張って、そこにぶつかりながら泳いでる。それを見た時に、すごい絵だなと思ったんですよ。我々ももしかしたら、見えないビニールの中でぶつかり続けてるのかもしれない。自由に生きてますよと言いながら、会社の偉い人の言うことは忠実に聞いたり、誰かが作ったある種のルールの中で生きてるのかもしれない」
――ああ。はい。
 「さっきの、ケータイがないと生きていけないというのもそうかもしれないし。じゃあ自由って何だ?と思うんですね」
――その感覚は、このアルバムの根底を貫く思想だと思いますね。君が本当にほしいものは何か。本当に信じているものは何か。それを16曲かけて徹底的に掘ってる気がします。何というか、いやあ……蘇りましたね。
 「死んでました? 俺」
――そういう意味じゃないけど(笑)。曲が出てこない時期は、ある意味死んでたのかもしれないですよ。でも今日話を聞いて思いました。最初の頃の高橋 優に戻りましたね、いい意味で。
 「そうそう。でもよくわからないのが、レコード会社の人たちは、僕がこういうふうに思い悩んだりすればするほど、すごいうれしそうに接してくるので」
――あはは。どういうこと?
 「それはこっちのセリフですよ。“どういうこと?”ってみんなに言いたい(笑)。僕は幸せになっちゃ駄目なのか?って」
――ある意味そうじゃないですか(笑)。怒りや疑念をなくした高橋 優は高橋 優じゃない。
 「でも自分自身、その危機感はあるんですね。怒りや疑問や、自分が立ち止まって考えることは世の中に満ち溢れていて、些細な会話のやり取りの中にいくらでもあるんですよ。そこでいちいち立ち止まってると、嫌われちゃうじゃないですか。だからそれをスポンジのように吸収して、歌にして吐き出す。ものを作る人はみんな、それをやってるんじゃないかなと思うんですよね。それに目をつぶれるようになって、“うん、人間なんてそんなものさ”とか言って、あきらめちゃえば、いつでも終われるレースだと思うんですよ」
――その代わりに、何も感じないし、何も表現できなくなる。
 「しなくても良くなっちゃう。それでも心のどこかで“自分が一番まともなはずだ”とか思ったりする、怒りや自己主張があるから、こうやって歌なんか歌ってるのかなと思うんですけどね。せっかくこうして歌わせてもらえる場所にいさせてもらってるし、そういう自分のややこしい、自分でもあきれるほどの生命力や、怒りの起爆剤がまだまだ溢れているので。今回のアルバムの中では、その起爆剤がいっぱい爆発して、花火のようにバンバン打ちあがってると思うので、ライヴもすごく楽しみだし、僕のことを前から好きだった方は、“うわー、高橋のめんどくさい部分がいっぱい出たな”と思われるんじゃないかと思いますけど。それを笑って楽しんでもらえばいいのかなと思います」
取材・文 / 宮本英夫(2018年10月)
Live Schedule
高橋 優 LIVE TOUR 2018-2019「STARTING OVER」
www.takahashiyu.com/live/
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