THA BLUE HERB “STILL RAINING, STILL WINNING / HEADS UP” CM
――震災のときはどちらにいらっしゃったんですか。
ILL-BOSSTINO(以下同) 「札幌にいたんだけど、絶望感に支配された毎日でしたね。ああいうことが起きれば誰でも否応なく何かを考えると思うけど、極限状態の閉塞感みたいなものが被災地以外にも充満してたと思うし、被災地の人たちとは比べようもないけれど、僕も苦しんでた。この国にとって1945年以降はじめて生きることへの価値観が大きくひっくり返された気がしますね」
――震災前の段階で2012年の活動のイメージはあったんですか?
「春ぐらいにはアルバムを出そうと思ってたんだけど、それぐらい。僕らの場合、外部から受けるインスピレーションを求めて活動休止するわけですよ。1年間ライヴもやらず、制作に集中させてもらう。だから、どのアルバムもその活動休止期間中に考えていることが反映されるわけだけど、震災後のパニックから重圧や苦しみを音楽でどうひっくり返していくか、そういう方向に気持ちが切り替わっていったね」
――昨年はY to the ONEさん(ILL-BOSSTINOとの縁も深い函館のラッパー)も亡くなりましたよね。
「うん、そのことも大きく影響してる。それはもう避けられない。昨年はこの国のいたるところに死が滲んでいた。ヨネ(Y to the ONE)だけじゃなく、札幌の大切な仲間もひとり亡くなってしまった。札幌に縁のある大先輩も亡くなった。絶望とどう折り合いをつけるか、死をどう越えていくか。そういう心情が次のアルバムには影響してると思う。昔は生きることばかり考えてたけど、2011年を通して死を避けられないことが分かってきたし、死が特別なものではなくなってしまったんだ。……ただ、時間が経ったからこんなことも話せるんだと思う。1年前のことをようやく喋れるようになった。喋れるようなるために沈黙してきた。“これからどう生きていくんだ?”というメッセージを発することができる時期にようやくきたんだと思う」
――では、今回のシングルに収録された「STILL RAINING, STILL WINNING」「HEADS UP」という2曲は死を乗り越えたもの?
「いや、乗り越えようとしている段階と思う。乗り越える過程にいるというか」
「うん、僕もそう思った。録音したものを聴いてみたら声のテンションがすごく高くて、部分的には枯れちゃってるところもあったんですよ。今までだったらNGにしてたんだけど、この2曲に関してはOKにした。それくらい気持ちを優先した。自分でも<SHOCK-SHINEの乱>とか<RAGING BULL>みたいな初期と同じ声をしてると思いますよ。アルバムはもっとトータルで大きな世界を描こうとしてるけど、この2曲は“第一声”ということもあるし、止まっていたものを動かすためにテンション高くレコーディングしてましたね」
――「HEADS UP」は震災以降の感情がストレートに描き出されていますね。
「最近、友達から“<未来世紀日本>とか<路上>みたいなファンタジーの世界はもう書かないの?”って言われたことがあるんですけど、考えてみると、1年前はファンタジーだったことが今や現実になってしまったわけですよね。そういう中で直接的な言葉も発するべきだろうという思いもあって。比喩も使わず、そのまま書こうと」
「僕もリアルタイムでこの曲を聴いてたけど、今じゃないと分からない曲だと思う。この1年を通して知り、学んだこと、つまり日常にある死は彼らにとっての日常でもあったんだろうし、これからの日本ではこういうことも歌われていくんだろうとは思う。これからだよ、日本のヒップホップは」
DJ DYE、ILL-BOSSTINO、O.N.O
――このシングルを皮切りにしてTBHの<PHASE4/第四段階>がスタートするわけですけど、それに向けてO.N.Oさんと話し合ったりはしたんですか?
「いや、ないね。相変わらず“1曲1曲を格好いいものにしていこう”っていうことだけ。O.N.Oちゃんが僕のリリックに反応してそういう音を作ってくることもあるけど、“PHASE4はこういこう”みたいな話は一切してない。もちろん作業のプロセスの中では“こういうテンションのトラックを作ってほしい”みたいには言うけど、それぐらいだね」
――さっきラップのテンションの話が出ましたけど、O.N.Oさんのトラックを聴いてテンションの変化は感じました?
「O.N.Oちゃんのトラックは常にテンションが高いからね(笑)。今回に関しては深みも増してるし、トラックも間違いなくPHASE4に入ってるよ。僕も何度も驚かされたからね」
――そして、先にはアルバムが控えているわけですね。
「いつもそうなんだけど言葉的にも音楽的にも、現段階の僕らのベストになりますね。ひとつの考えやイメージをどう表現するか、そこはかなり深く考え抜いてる。ラッパーなんてたくさんいるし、いい作品を作ってる人もいっぱいいるけど、はっきり言って、“ラッパーならここで声を上げなければいつ言うんだよ?”っていう時代。そこで1年間音楽制作だけに費やしてきた僕たちが辿り着かないといけないレベルがあるんですよ、やっぱり。今回はそのレベルのアルバムです。人生のなかでそう何枚もアルバムを作れるわけじゃないから、1枚1枚残るものにはしたいと思ってます」
取材・文/大石 始(2012年1月)