ILL-BOSSTINOおよびO.N.Oのソロは出ていたとはいえ、THA BLUE HERB(以下TBH)名義のアルバムとしては2012年の『
TOTAL 』以来7年ぶり。2017年秋に開催された日比谷野外音楽堂での20周年ライヴ以降、スタジオにこもって孤独な作業を続けてきた彼らが、全30曲2枚組に及ぶ大作『
THA BLUE HERB 』をついに完成させた。5作目のオリジナル・アルバムにして、過去最高の濃度を誇るその内容について、ILL-BOSSTINOに語ってもらった。
――あまり軽々しくこの表現を使うべきじゃないとは思うんですが、今回のアルバム、TBHのこれまでの作品のなかでも最高傑作だと思うんですよ。
「僕もそう思います」
――アルバムに向かって動き始めたのは、2017年の20周年ライヴからですよね。
「あそこでそれまでの区切りをひとつつけられたという感じです、今となってはね。あのライヴを超えたあと、次に乗り越えるべきヤマとしてアルバムが浮かび上がってきたという」
――2枚組というアイディアは最初から?
「最初からありましたね。まあ、やってないこと、そしてやり残してることを考えてみたら、2枚組のアルバムだなと。どうせやるなら挑戦したいんでね。野音もそうだったし、ずっとそうやって続けてきたんで」
――今回ほどボツになったビートと言葉が多かった制作もなかったらしいですね。
「実際は2枚分以上の素材があったということですよね。気づいたら2枚分の長さになってて、このままやったら3枚組になっちゃうと思って作業を止めたぐらい。制作期間は今までと変わらないんだけど……だから、頑張ったということじゃないですか。まだまだいけるってことです。それを知れたから良かったです」
――それを知りたかった?
「そうですね。自分たちはライヴのプロフェッショナルではあり続けてきたけど、ここ数年音源制作の車輪は完全に止めていたので、それを回すところから始めてるんですよ。でも、トップスピードに入ればいくらでも作れた。今回は曲数も多いぶんリリックのトピックも増えるし、トラックのヴァリエーションも今まで以上(O.N.Oに)求めたので、その意味では今までになかった表現もあると思います」
――今回、初期のヒリヒリとした表現が戻ってきた感じがしたんですよ。DISC 1、とくに「介錯」や「AGED BEEF」あたりには、目の前の状況をバッサバッサと斬っていくかつてのBOSSさんを思い出しました。
「ソロ・アルバム以降の4年でヒップホップを取り巻く状況もだいぶ変わりましたよね。聴く人も増えたし、プレイヤーも増えた。それに対して思うことはたくさんあるわけですよ。Twitterでそのことをつぶやく人もいるけど、僕はやっぱり自分の曲で言わなきゃいけないと思ってたし、そういうモチベーションはずっとキープしてましたね。中央のシーンが向かうところに自分たちはいるかというと、昔からいないし、今もいない。だったら、自分たちがどこに向かっているのか、かっこいい楽曲で提示する以外、方法はないと思ってるんで。〈介錯〉など前半の数曲はそういう感じですね。自分がどんなヒップホップを志向しているか、最初に言っておかないと」
――世代交代が進むなかで、ひとりまたひとりと脱落していく同世代のラッパーたちに対する思いもそこにはありますね。
「ありますね。僕がラッパーとして優れているから2枚組を作れたわけじゃなくて、頑張ったから作れたと思うんですよ。まだ47(歳)なんでね。司会業だとか審査員、ヒップホップのなんたるかについてツイートしてるだけの同世代の人たちには、“音楽創って勝負しようぜ”と普通に言っておいたって感じっすね」
――「THERE'S NO PLACE LIKE JAPAN TODAY」や「REQUIEM」には社会に対する憤りがより具体的な言葉で綴られています。とくに鬼気迫る「REQUIEM」には圧倒されました。
「〈REQUIEM〉はそうですね。録り終わったときに自分でも越えられた気がした。こういうところまで踏み込まないと、ひとつの音楽として形にならないですよね。この曲は戦争に行ってた世代に少しでも聴いてほしいと思ってます」
――「A TRIBE CALLED RAPPER」なんかは普段以上にわかりやすく韻を踏んでいますよね。
「リスナーに30曲聴かせるためにはどうすればいいかという意識もあったけど、僕自身、レコーディングしていて飽きたくなかったんですよ。この曲のフロウは今の気分ですね。僕も負けず嫌いなんで、若いラッパーには負けたくないし、もっとうまくなりたいです」
――自分と社会の関わりについてラップしたDISC 1に対し、DISC 2は社会に生きるさまざまな人々の人生が語られていますよね。「HEARTBREAK TRAIN(PAPA'S BUMP)」では男性の苦悩が語られ、「UP THAT HILL(MAMA'S RUN)」では対となる女性の立場から語られています。
「そうですね。DISC 1のほうは今までっぽいといえば今までっぽいトピックが中心だけど、DISC 2はこれからのTBHかもしれませんね。僕がどういう人間なのか語ったあと、皆に対しての歌という流れになってると思う」
――今までの作品のなかでも、TBHのライヴを観たあとに感じる感覚にもっとも近い感じがしたんですよ。さまざまな物語や風景を見せたあと、最後にある境地に到達するという。
「そう思いますよ。野音のライヴと同じぐらいの曲数だけど、僕自身、これぐらいの長さで音楽を楽しむのが好きなんだと思う。最後は笑って終わるという。そういうところが今回のアルバムには出てるんじゃないかな」
――DISC 2、13曲目の「今日無事」にはまさにこの曲数だからこそ到達できる深みと高みがあるんじゃないかと。
「今回は僕らも大変だったんですよ。O.N.Oに求めるものも厳しかったし、自分自身に対しても厳しかった。〈今日無事〉はレコーディングの最後のほうに録ったんですけど、まさにリリックの通りの心情だったんです」
――今後の活動についてはどうお考えですか。
「これからはライヴですよね。ここに入ってる曲はまだ作り終えたばかりで、いちばんまっさらな状態。ここからライヴで磨かれて、どんどん良くなっていく。その意味では、制作としてはひとつの頂上だけど、楽曲としてはまだ折り返し。まだまだこれからですね。このアルバムでTBHのことをみんなにもう一度知ってほしいし、“これがTBHです”というアルバムができたという自負もある。その意味でも『THA BLUE HERB』というタイトルしかなかったんですよ」
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取材・文/大石 始