走り続けるtha BOSS、2作目のソロ・アルバム完成

tha BOSS (THA BLUE HERB)   2023/04/12掲載
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 昨年には結成25周年を迎えたTHA BLUE HERBのILL-BOSSTINOことtha BOSSが2作目となるソロ・アルバム『IN THE NAME OF HIPHOP II』を完成させた。2019年にTHA BLUE HERBの2枚組アルバム『THA BLUE HERB』を作り上げると、2020年にはTHA BLUE HERBのEP『2020』を、2021年にはdj hondaとのコラボレーション・アルバム『KINGS CROSS』をリリースするなど、コロナ禍をものともせず走り続けてきた。そのうえ15曲ものボリュームのソロ作まで制作していたとは、あいかわらずのハードワーカーぶりである。
 本作ではBACHLOGICやINGENIOUS DJ MAKINOら多彩なビートメイカーに加え、5人のラッパーをフィーチャー。ZORN、YOU THE ROCK★、SHINGO★西成、JEVA、さらにはかつて楽曲上でビーフを繰り広げ、数年前に和解が報じられたRHYMESTERのMummy-Dが参加している。1曲ごとに異なるライフストーリーが刻み込まれたソロ2作目。50代を迎えてもなお歩みをゆるめることのないtha BOSSにインタビューを試みた。
New Album
tha BOSS
『IN THE NAME OF HIPHOP II』

TBHR-CD-039
TBHR-CD-040(2CD)
――今回のアルバム、昔からのファンにはたまらないものがありますね。
 「いやー、嬉しいです。僕もすごくいいものができたと思ってます」
――ソロとしての前作『IN THE NAME OF HIPHOP』が出たのが2015年10月で、それから7年半の時間があったわけですけど、その間ソロとしての次回作を作るという考えは常に頭の中にあったのでしょうか。
 「ソロの後、THA BLUE HERBで2枚組のアルバム(『THA BLUE HERB』)を作って、その後に2曲入りのシングル(『ING/それから』)まで出していたので、O.N.Oとは極めた感じもあったんですよね。ま、コロナ禍でも5曲を作ったり(2020年の『2020』)、O.N.Oとの関係は当然続いてるんですけど、そこまでやったから次は他のビートメイカーとやりたいなと。そういう気持ちになりましたね」
――その間にはdj hondaさんとのコラボ作もありましたけど、あの作品を作った影響もありましたか?
 「dj hondaさんとのアルバムと今回のソロアルバムはほぼ同時進行だったんですよ。むしろ今回のソロのほうを先にやってて、途中からhondaさんと関係性ができて一気にやることになったんです。だから、影響されてると思いますよ。hondaさんとの制作の反動もありますし」
――どういう反動?
 「hondaさんは大先輩だし、音もハードだし、1対1でバチバチした曲を15曲作ったから、ソロアルバムではまた違う視点からの曲を作ろうと思った」
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tha BOSS
――今回の制作はいつごろから始まったのでしょうか。
 「一番最初のRECは2019年のアルバム(『THA BLUE HERB』)が終わってすぐだと思います。O.N.Oとの制作やhondaさんとの作品が終わってからソロの制作に戻ってきた感じですね」
――リリースまで3、4年かかってるわけですよね。ここまで時間をかけて、しかも断続的に作品を作ったのは初めてなんじゃないですか。
 「確かにそうですね」
――THA BLUE HERBの場合、ある期間集中して制作に臨むスタイルですよね。だからこそその期間のドキュメントという側面がある。でも、今回はもっと長い時間が流れていて、そこが今までの作品とは違う感じがするんですよ。
 「なるほど、それはあるかもしれません。結果的に出すまで3年ぐらい時間がかかったっていうだけではあるけど、各人との因縁も含めたら長いですからね。そこは大きく作用しているかもしれないです」
――フィーチャリングしてるラッパーもそうだし、ひとりひとりのビートメーカーもそうだけど、それぞれとのストーリーが詰め込まれていますよね。短編集みたい感じというか。
 「THA BLUE HERBとは違ってひとりひとりビートメーカーが異なってるし、そのぶんカラフルにはなりますよね。なおかつリラックスした雰囲気を作れてる。でも、みんな年齢関係なしに実力のある人たちだから、失礼のないようにちゃんとやらせてもらうっていう緊張感は参加してくれた人数分あったわけで、それはそれで楽しかったけどシビアな仕事でした」
――かつてのビーフを知っている長年のファンであれば誰もが驚くのがMummy-Dさんとの「STARTING OVER」です。
 「シローくん(宇多丸)もJINくんももう何年も前から友達になってて、Dくんだけタイミングがなくて。2016年に(福岡のフェス)サンセットでRHYMESTERと一緒になったときに初対面だったんですよ」
――そうだったんですね。
 「その後、2020年に渋谷で一席作ってくれた人がいてね。一緒に酒を飲んでがっちり仲良くなった。帰るころには曲をやることが決まってたね」
――テーマはBOSSさんから提案したんでしょうか。
 「そうだね。Dくんと呑んだときは居酒屋で待ち合わせたんだけど、俺もすごくワクワクしながら店に向かったし、Dくんも“今日はすごく楽しみにしてたんだ”と言ってて。店に行くまでのお互いの気持ちを曲にしようと提案して、それはいいね、と」
――最終的に合流して乾杯する流れになってるわけですね。
 「そういう終わり方になってるよね。俺が(ラップを)入れたあとにDくんが入れたものを送ってくれたんだけど、良かったですよ。エモかった。こんなにエモくくると思わなかった。今回全員火花散らすようなパフォーマンスしてくれてるけど、そん中でも一番Dくんが感情を発露してくれてる。いい曲になったなと思います」
――考えてきたことを吐露しつつ、お互いにエールを送っている。今回の作品のハイライトのひとつだと思います。
 「BOSSってやつは今もあいかわらず札幌でやってて、なんなら最近YOU(THE ROCK★)ちゃんとつるんでるらしい、しかも今のタイミングでついに俺に客演のオファーがくるとか、そのへんのことはDくんが一番感じるわけじゃないですか。そういうなかでどういうパフォーマンスをするか、その面白味や重みが分かったうえでのフロウでありリリックですからね。ずっとエンターテインし続けていて、人の注目を浴び続けてきたラッパーの自覚のあるラインっていうか。さすがだなと思いました」
――それにしてもまさかBOSSさんとDさんが一緒に曲を作る日がくるとは。
 「そうですね。でも、YOU(THE ROCK★)ちゃんとももうやったし、キャリアのどこかで関係性がこじれたラッパーとの修復というか、落とし前をつけるというのはキャリアの中盤にいる自分としては大きなテーマだからね。Dくんとはやっぱりいつかやんなきゃと思ってましたから」
――落とし前をつけるうえでは、酒を飲んで和解するだけじゃなくて、一緒に曲を作らないといけない?
 「(即答で)それ以外はないですね、ラッパーである以上は」
tha BOSS
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――YOUさんとは前作に収録された「44 YEARS OLD」で共演し、2021年にはYOUさんの復活作『WILL NEVER DIE』もTHA BLUE HERB RECORDINGSからリリースしたわけですけど、今回も「DEAR SPROUT」でフィーチャーされています。ただ、悲痛でさえあった「44 YEARS OLD」とはだいぶ違いますよね。
 「違いますね。やっぱり彼のアルバムを経てますからね。あのとき本当にずっと一緒にいたから、めっちゃ仲良くなった。〈44 YEARS OLD〉のときは今回のDくんに近い関係性だったけど、そこからここまで来たかって感じだね。安心感がすごくある。TOSHIKI HAYASHI(%C)くんのトラックも影響してるのか、力が抜けてるし」
――柔らかくて、前向きな曲ですよね。
 「そう、いいですよね」
――この「STARTING OVER」と「DEAR SPROUT」が象徴的ですけど、全体的に一人ひとりのラッパー、ビートメイカーと語り合うような感覚がありますよね。酒を酌み交わしてる感じというか。
 「そうかもしれませんね。ヒップホップの旅をしている間に出会った各地の友達と、酒を飲んだり音楽を聞いたりする延長で曲を作っている感覚は大いにありますね」
――SNS上の繋がりからオファーするのではなく。
 「そういう人はひとりもいないね。TOSHIKI HAYASHI(%C)くんみたいに“いいビートメイカーいない?”とスタッフに聞いて、そこから一緒にやった人もいるけど、TOSHIKI HAYASHI(%C)くんにしたって同じスタジオに入ってご飯を食べて、結局友達になってるわけでね」
――同じ夜をどれだけ過ごしたか。BOSSさんはそこしか信じていない感じもしますね。
 「ま、ずっとそんな感じですね。全然変わらないし、いつも通り」
――BOSSさんはパンデミックやウクライナ情勢によって世界がディストピア化するなかで“希望”を歌うことの難しさを感じることはないんでしょうか。その難しさを口にするアーティストは決して少なくないと思うんですが。
 「全然難しく感じないですけどね。俺の周りなんか全然大丈夫ですよね。みんな常に突き抜けてますよ、がっつりね。51(歳)になって、コロナぐらいで迷ってたらここに座ってないですよ。“そんなことより楽しもうぜ”っていう意識のほうが圧倒的に強い」
――力強い言葉ですね。
 「ま、確かにこの国がどれくらいやばいところにきてるかってこととか、クソみたいな政治家のこととか、大いに危惧するところはありますよ。今回もその点について触れている曲もあるし、俺なりに言い切ってはいるけど、そこに囚われてる感覚はもうないですね。『2020』を作ってたときはまだ迷ってたし、どこに行けばいいんだろうって思ってたけど、もう次にいこうぜっていう感じです」
――『2020』以降の数年間で突き抜けられた?
 「そうかもしれないですね。各人が送ってくれたビートに鼓舞されたところもあるのかもしれない。ポジティヴなところにビートが連れていってくれたというか、客演で参加してくれたラッパーも含めみんなの熱意に応えるっていう使命で頑張れた気はします」
――「SOMEDAY」でフィーチャーされたSHINGO(★西成)さんもまさに突き抜けた方ですよね。
 「SHINGO★西成はいいですよね、最高です。やってることと歌ってることがあれだけ一致してる人間はそういない。西成の雰囲気がある曲を作れて良かったなと思います」
――それぞれの街の空気が入ってるのもこのアルバムのおもしろさですよね。
 「ヒップホップですよね。自分がどこから来たのか、きちんと表明しているのがラッパーだなと思うし」
――「LETTER 4 BETTER」にフィーチャーされたZORNと「STARS」に参加したJEVAもそれぞれのローカルを背負ったラッパーです。
 「僕のアルバムだってことすら忘れてしまうぐらい自分の世界を作ってるし、ZORNのヴァースは何度聴いても完璧、パーフェクトだと思う。JEVAも瑞々しさが際立ってて、超フレッシュなヴァースを残してくれた」
――JEVAとはどういう経緯で繋がったんでしょうか。
 「2019年に名古屋のJB'Sってハコでライヴをやったときに、俺らから“JEVAを入れてくれ”って頼んだんですよね。YouTubeであいつの曲を観てたんだけど、それが好きでね。一緒にやって友達になった」
――JEVAといえば、「イオン」(2017年)は衝撃でした。ロードサイドのイオンをテーマにこんな曲が作れるのかと。
 「俺も〈イオン〉でJEVAのファンになったんですよ。中央ではない場所でヒップホップをやっている。そこもいいですよね」
――大都市の煌びやかな世界でも裏社会でもなく、ありきたりな暮らしをどうありのままラップするか。彼らのそうしたスタンスはBOSSさんがやり続けてきたことでもありますよね。JEVAさんも今回のアルバムで“銃もハスリンも縁のないような平凡さ ありのままで良いってBOSSが言ったんだ”とラップしていますが。
 「その通り。ただ、影響を受けてるのはお互いさまだから。俺もJEVAから影響を受けるし」
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――あえていえば、いわゆるフックアップではない、と。
 「まったくないですね。僕的にはみんな友達っていう感じだね。友達と作った曲を紹介するよ、知らなかったら彼の〈イオン〉を聴いてみなよって感じです」
――3曲目「サウイフモノニワタシハナリタイ」は言うまでもなく宮沢賢治「雨ニモマケズ」の一節“そういうものにわたしはなりたい”から取られているわけですが、THA BLUE HERBの「AME NI MO MAKEZ」を重ね合わせるファンは少なくないと思います。
 「アルバムのなかでもこの曲が最初にできたんです。北九州のINGENIOUS DJ MAKINOは“このビート、BOSSに合うと思うよ”って時々送ってくれるんだけど、そのなかの1曲がこれで。本当にびっくりするぐらいドンピシャきちゃって、すぐ録ったんだ。録った以上は出したいなというところからアルバムを作り始めたようなもんで。ある意味、この曲のビートが一番最初に俺を動かしてくれた」
――ところで、BOSSさんは宮沢賢治のどこに惹かれているんでしょうか。
 「なんだろうね?宮沢賢治の生き方に惹かれてるというわけではないと思うんだ。まあ、言葉のセンスだよね、やっぱり。俗物である俺にもわかる言葉の美しさ。そんな俺をも殺せる言葉の寂寥感というか。独特ですよね」
――ラストはDJ CELORYさんプロデュースの「YEARNING」。このビートがまた……最高ですよね。
 「最高です、本当に」
――“無いなら創る 居ないならなる”というフレーズが繰り返されますが、このメッセージはTHA BLUE HERBの最初期から変わらないですね。
 「本当にそうだね、そう思います。なんていうか……40歳になったころは自分と同世代のラッパーがいなくなったことをラップしてたけど、そこからさらに10年経ち、51になって。でも、まだまだやりたいし、まだまだできる。世の中どんどんぶっ壊れていってるけど、は?って感じ。何言ってんの?みたいな。そういう感じです」
――なるほど。
 「でも、かつての俺がひらめいて、俺が口に出して、俺が行動したからこのアルバムもあるし、THA BLUE HERBもあるし、なんならすべてのライヴもあるっていう意味では、バタフライエフェクトじゃないけど、誰かひとりの小さな思いつきや行動がどういう結果を招いて、どういうところまでいけるかっていうのを、人生そのもので更新し続けてきたわけで。札幌に住んでて、自主制作で、後ろ盾が無くてもここまでやれてる。そうである以上、おまえにできない理由があれば言ってみろぐらいの感じをずっと提示し続けていく。それがヒップホップだと思ってます」
――「YEARNING」では“無いなら創る 居ないならなる”と繰り返されるわけですけど、最後のフレーズで“無いなら創れ 居ないならなれ”とリスナーに対して言葉が向けられます。
 「俺のやることはここで終わりだし、次はアンド・ユーってことだよね」
――お前らの番だ、と。
 「そういうことですね」


取材・文/大石 始
撮影/持田 薫
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