ザ・ビートルズ『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』50周年記念エディション

ザ・ビートルズ   2017/05/26掲載
ザ・ビートルズ『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』
貴重な初出音源などを追加収録した50周年記念エディションが登場
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ポピュラー・ミュージックの金字塔は
いかにして作られたか
 ジョンポールジョージそしてリンゴという4人の若き才能がせめぎ合った1966年の傑作アルバム『リボルバー』で、ビートルズは音楽的に大きく進歩し、一つの頂点を迎える。が、この時バンドは結成以来最大の危機に立たされていた。
 原因の一つは、度重なるツアーによる疲弊が極限状態にまで達していたこと。行く先々でファンにもみくちゃにされ、ステージ上での演奏は金切り声にかき消され、レコーディング・スタジオでのクリエイティヴな作業とのあまりの落差に、4人のフラストレーションは溜まる一方だった。また、ジョンの“キリスト発言”を発端に“ビートルズ排斥運動”などが起こり、場所によっては身の危険も感じるなど、不毛なツアーにほとほと嫌気がさしていたのである。
 1966年8月29日、カリフォルニア州サンフランシスコのキャンドルスティック・パーク公演をもってビートルズはコンサート活動を終了し、長い休暇に入る。それから3ヵ月後、リフレッシュした4人はアビイ・ロード・スタジオに集まり、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」と「ペニー・レイン」のレコーディングから活動を再開する。子供時代をテーマにしつつもまったく違うアプローチによって完成したこの2曲は、スタジオワークに傾倒していた4人とジョージ・マーティンの知恵を結集したような仕上がりだった。とりわけ「ストロベリー~」は、キーもテンポも異なる2種類のテイクを繋ぎ合わせ、その摩訶不思議な響きはサイケデリック・ミュージックの先駆けと言えるものだ。
バラエティ豊かなアレンジと
革新的なサウンド・プロダクション
 彼らはそのままアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の制作へと突入する。“ビートルズが架空のブラス・バンドを演じる、ライヴ・ショウ仕立てのアルバム”というアイディアは、休暇から戻る飛行機の中でポールが考えたものだった。テーマ曲で始まり、リプライズ曲からのアンコール……という構成を組み、曲間を短くして流れるような展開を作ったことで、“世界初のコンセプト・アルバム”と呼ばれる本作。実際は、テーマ曲とリプライズ曲以外、とくにコンセプトを意識して作られた楽曲というわけではなかったのだが。
 『サージェント~』の特徴は、“バンド”というフォーマットから逸脱したバラエティ豊かなアレンジと、当時のレコーディング技術を駆使した革新的なサウンド・プロダクションにあるだろう。まずアレンジだが、ライヴを意識しなくてよくなったことで、曲作りの段階からピアノやオルガン、ハープシコード、メロトロンといった楽器を積極的に演奏するようになる。そのため、ギターでは浮かばなかったようなメロディや展開を次々と思いつき、これまでにはなかったようなタイプの楽曲が増えた。アレンジの段階でもオーケストラやSE(サウンド・エフェクト)をふんだんに盛り込み、4トラックのレコーダーでは入りきらなくなったため、ピンポン録音をしたり、レコーダーを2台同時に走らせたりといった工夫が必要に。ちなみにポールのベースはレコーディングの最後に入れているため、どの曲でも異様な存在感を放っている。
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 ビーチ・ボーイズ(というより、ブライアン・ウィルソン)の『ペット・サウンズ』に大きなインスピレーションを受け、実験的なレコーディングを『リボルバー』から行なっていた4人だが、本作ではそれがさらに加速していく。「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」では、ジョンとポールがそれぞれ作った曲を繋つなぎ合わせ、間奏と後奏にオーケストラを被せた。「それぞれの楽器のいちばん低い音からいちばん高い音までを一斉に、ランダムに弾いてほしい」というポールのリクエストにより、不協和音が鳴り響くすさまじくも壮大な楽曲になった。「ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト」では、パイプオルガンの録音テープをズタズタに切り刻み、ランダムに繋げて逆回転させ“カーニバルの雰囲気”を表現。また「グッド・モーニング・グッド・モーニング」では、犬や猫、馬などの鳴き声を順番に並べてコミカルに仕上げている。さらに、レコードのランアウト・グルーヴには、犬笛や意味不明のおしゃべりを“隠しトラック”的に忍ばせるなど、遊び心も忘れていない。過去の自分たちやボブ・ディランマリリン・モンローといった著名人をコラージュのように配置した、ピーター・ブレイクによるアートワークは斬新で、のちに多くのパロディを生み出した。裏ジャケに歌詞を印刷したのも、当時としては画期的だったという。
技術を駆使した最新ミックスと
貴重な未発表テイクを収録
 本国イギリスでは67年6月1日にリリースされた本作は、「ミュージック・ウィーク」誌で23週連続、計27週間第1位を獲得した。また、アメリカの「ビルボード」誌では15週間連続第1位となり、グラミー賞でも最優秀アルバム賞ほか4部門を獲得。現在までに、全世界で3200万枚以上のセールスを記録している。『サージェント~』で、ビートルズは“アイドル”から完全に脱却し、ポピュラー・ミュージックに実験性を持ち込んだこと、ジャケットなども含めた“アートワーク”としてのアルバム作りを行なったことで、後の音楽シーンに計り知れない影響を与えた。
 さて、今回アルバム発売50周年を記念してリリースされるのが、1枚もののCDCD2枚組LP2枚組6枚組スーパー・デラックスの計4形態である。どの形態も、ディスク1にはジャイルズ・マーティンによる新たなステレオ・リミックスを収録。オリジナルの4トラック・ミックスを素材に、ビートルズのメンバーが気に入っていたモノ・ミックスを参考にしながら作業が行なわれたという。そのため、いわゆる“擬似ステレオ”のような不自然な定位ではなく、最新技術によって一つひとつの楽器が磨き上げられたように分離されている。
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 CD2枚組のディスク2には収録曲の未発表テイクと、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」「ペニー・レイン」のステレオ・ミックス + 未発表テイクを収録(LP2枚組はここから「ストロベリー~」と「ペニー・レイン」を抜いた内容)。6枚組スーパー・デラックスは、CD4枚と映像特典が収録されたBlu-ray&DVDという内容。CDのディスク2と3にはセッションでの未発表テイクを録音日順に並べて収録し、ディスク4にはアルバム収録曲や「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」「ペニー・レイン」のモノラル・ミックスなどを収録している。目玉はやはり未発表テイク。たとえば「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」の、前半(テイク7)と後半(テイク26)を繋ぎ合わせる前のヴァージョンや、『ペット・サウンズ』からの影響を強く感じさせる「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」や「フィクシング・ア・ホール」の初期テイクなどを聴くと、楽曲がスケッチ段階からどのように完成していくのか、その過程が垣間見えてゾクゾクする。
 リリースから半世紀が経った今も、聴くたびに新たな発見がある『サージェント~』。そういった意味でも、やはり本作はまぎれもなく“ポピュラー・ミュージックの金字塔”と言えるだろう。
interview
多田行德(ユニバーサル ミュージック)
コアなファンが納得、ビギナーも楽しめるものを――
日本盤の制作担当者が語る50周年記念エディション
 『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド -50周年記念エディション-』の日本盤の制作を担当された、ユニバーサル ミュージックの多田行德さんにお話をうかがいました。アルバムそのものについて、丁寧な仕事が光るパッケージはもちろん、SHM-CD仕様、日本語解説、さらに6枚組スーパー・デラックスには特典として立版古の50周年エディションが付くなど、日本盤ならではの魅力について、さらにロンドンのアビイ・ロード・スタジオで行なわれた試聴会への参加などについて聞きました。(編集部)
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――このたび発売される『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド -50周年記念エディション-』とは、どういった内容なのでしょうか。
 「まず、ビートルズがオリジナル・アルバムをこのような複数のフォーマットで出すのは、今回が初めてなんですね。“ポピュラー・ミュージックの金字塔”と評され、今も多くのバンドに愛される『サージェント・ペパーズ~』は、これまでのヴァージョンでもけっして色褪せてはいないのですが、あれから50年の時が経ち、新しい世代の音楽ファンに対してよりわかりやすくその魅力を紹介しつつ、長く愛してくださっているファンの方々にもより深く知っていただくという意味で、横幅と縦幅をより大きくしたのが今回の50周年記念エディションだと言えると思います」
――これまで『LOVE』や『ザ・ビートルズ1』、『レット・イット・ビー・ネイキッド』でのリミックスはありましたが、オリジナル・アルバムをリミックスするというのは初の試みですね。
 「はい。ビートルズのオリジナル・アルバムは、リマスターという形では2009年にステレオ・ヴァージョンとモノラル・ヴァージョンでリリースされていますが、今回のリミックスは、それとはまたべつの楽しみ方ができる作品というわけですね。『サージェント・ペパーズ~』がその第1弾として選ばれたのは、おそらくいろいろなタイミングが重なったのだと思います。今おっしゃったように、2015年に『ザ・ビートルズ1』の最新リミックス・ヴァージョンがリリースされ、その流れの中でちょうど『サージェント・ペパーズ~』の50周年とタイミングが重なったというか。これはあくまでも推測ですが」
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3Dレンチキュラー仕様でジャケットが立体的に見える
――今回のリミックスは、4トラックのオリジナルマスターを使って、ビートルズのメンバーが気に入っていたモノラル・ミックスを参考に行なわれたそうですが、お聴きになってどんな印象を持ちましたか?
 「やはり今ふうに聴きやすくなりましたよね。パンチがあって、従来のサウンドを知っている人にとってはべつの作品と思うくらいの違いがあって楽しめると思います」
――2CD仕様の未発表テイクが収録されたディスク2は、『サージェント・ペパーズ~』というアルバムがどのように作られていったのか、その過程をうかがい知れる貴重な音源集でした。
 「未完成テイクですから、歌が入っていないインスト曲もあれば、途中で演奏がストップするテイクもある。けっして聴きやすいものではないと思うのですが(笑)、ビートルズとその作品に興味があればあるほど楽しめますよね。“この曲は、最初はこんなことになっていたのか!”とか、“完成前からすでにここまでのクオリティがあったのか”とか。そこでさらに興味を持った方には、ぜひ“6枚組スーパー・デラックス”にも手を伸ばしていただけたらと思います。こちらは実際のレコーディング・セッションに合わせ、時系列で曲が並んでいるので、たとえば〈ストロベリー・フィールズ・フォーエバー〉がテイク1からどのように変貌していったのかなど、彼らの曲作り、レコーディングの過程をさらに深く楽しむことができます」
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日本盤6枚組スーパー・デラックス特典の立版古は自分で組み立てる(写真は試作品)
――ピーター・ブレイクによるコラージュのようなジャケット写真、サージェント軍曹の髭や腕章の“切り抜き”が印刷されたオマケなど、アートワークの楽しさも『サージェント・ペパーズ~』の魅力の一つだと思うのですが、今回の50周年記念エディションならではの特色は?
 「1CDと2CDに関しては、2009年リリース以降の作品で採用されているデジスリーブ仕様ですが6枚組スーパー・デラックスはケースに3Dレンチキュラーが施されており、立体的に浮き上がるようになっています。この仕様は今回が初めてですね。ボックスは当時のマスターテープを保存するケースを模したデザインで、その中に例の“切り抜き”と、ビートルズのポスター、〈ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト〉のモチーフになったと言われるサーカスのポスターとインサート、それから144ページのブックレットが同梱されています。また、6枚のディスクはホルダーに収納されていて、ディスク・ケースにはジャケット写真の別ヴァージョンが印刷されています」
――ブックレットの内容はどのようなものですか?
 「レアな写真や手書きの歌詞、当時の広告媒体の複製などとともに、英文ライナーが掲載されています。1曲ごとの詳しい解説や、レコーディング時のエピソード、ジャケットに写っている人物のプロフィールなど、文字数にしてかなりのボリュームなので、本1冊分の情報が盛り込まれていると言えるでしょう。もちろん、日本盤にはその全文翻訳をつけています」
――それはかなり読み応えがありそうですね。ほかに日本盤のみの特典はありますか?
 「6枚組スーパー・デラックスには、『サージェント・ペパーズ~』のジャケットを模した“立版古”が付いています。ビートルズの立版古は専門メーカー“Tatebanko.com”さんが、日本のアップル・コアのライセンシーを通して正式にオファーし、本国のアップルより許諾をもらって2010年から販売している既発品です。『サージェント・ペパーズ~』と『アビイ・ロード』の2種類があるのですが、今回のリリースに合わせて日本盤特典として50周年記念エディションを封入することができました。すでにお持ちの方にも満足していただけると思います」
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立版古の背面や上部のデザインは既発品と異なる
――今回、日本盤を作る上で印象的だったエピソードはありますか?
 「プロデューサーのジャイルズ・マーティンが登壇した試聴会が、ビートルズが『サージェント・ペパーズ~』のレコーディングを行なったアビイ・ロードの“スタジオ2”で行われたのですが、その現場に立ち会えたのはとても幸せでした。試聴会ではBBCラジオのパーソナリティがインタビュアーとなり、従来のステレオ・ミックス、モノラル・ミックスとの違いを、実際に“聴き比べ”しながら20分ほど解説した後に本編がプレイバックされたのですが、“ああ、ここでビートルズがレコーディングしていたのか……”と思うと感慨深いものがありましたね」
――それは至福のひと時ですね。では最後に、今回の50周年記念エディションの魅力について、あらためてお聞かせください。
 「音楽の楽しみ方にはいろいろあって、なかでもビートルズにはものすごくマニアックな方から、“これから聴いてみよう”と思っている方まで幅広いファンがいらっしゃいます。我々としては、コアなファンの方に納得していただき、ビギナーの方にも楽しんでいただけるものをお届けしたいので、今回、“1CD”“2CD”“2LP(直輸入盤仕様)”そして“6枚組スーパー・デラックス”と、さまざまな形態でリリースできるのは良かったと思っています。おそらく今の若い方たちは、たとえビートルズを聴いていなくても、彼らに影響を受けた音楽を通してビートルズと“つながっている”と思うんですよね。それを、本作を通じてあらためて感じていただけたら嬉しいです」
取材・文 / 黒田隆憲(2017年5月)
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