中川理沙(vo, p)による歌声を軸に、淡い歌世界を描き出してきた
ザ・なつやすみバンド。結成10周年記念アルバムとなる新作『
映像』は、新境地を開拓した新曲だけでなく、
ミツメや山崎ゆかり(
空気公団)、
ENJOY MUSIC CLUBらとの共演曲や既発曲の再演も収録。夏が終わり、秋が始まるこの季節ならではのサウダージなムードをまとった力作となった。中川に加え、村野瑞希(ds)、MC sirafu(steelpan, tp)という3人に話を聞いた(ベースの高木 潤は欠席)。
――結成10周年ということで、まずはこれまでの活動を振り返ってみたいんですが、バンドにとっての転機は何だったと思いますか。
中川 「やっぱり2010年にsirafuさんが入ったことと、その後にファースト・アルバム(2012年の『
TNB!』)を出したことですね。sirafuさんが入るまではバンド活動のやり方がわからなかったので、ノルマを払ってライヴハウスに出続けることしか出来なくて。そこに大人が入ってきて、どう活動していけばいいのか教えてもらったんです」
sirafu 「もともと在籍していたギターの方が抜けて僕が入ったんですけど、そこで音楽性もだいぶ変わったと思う。ギターがなくなったときに音の隙間ができて、メンバーの顔が見えるようになったんです。あと、ひとり1マイク制を導入して、みんなで歌うようになった。僕の理論なんですけど、それぞれにマイクを立てると連帯感が増すんです(笑)」
――sirafuさんが参加されている
片想いもメンバーみんなで歌いますよね。
sirafu 「そうそう。歌がうまくなくてもいいんですよ。みんなで歌うことが重要というか」
中川 「歌うことで責任感が生まれるんです(笑)」
――中川さんの話だと、sirafuさんが入って活動のスタンスも変わった、と。
sirafu 「あんまりおもしろくない話かもしれないけど(笑)、バンドって最初ギャラが入ると嬉しくて、それをメンバーで割っちゃいがちなんですけど。でも、それをプールするようにして、スタジオ代を運営費で回せるようにしたんです。そうすると練習も好きにできるし、音も変わっていくんですね。バンドは続けていくことが大事なんで、その場かぎりにやっていくんじゃなくて、そうやって次に回していくことが大切だと思うんですよ」
――バンドの運営としてはそうやって長期的に計画を立てて進めてきたわけですね。
sirafu 「終着点は考えてないですけどね。バンドが回転し続けて、少しずつおもしろくなっていくというサイクルが永遠に続けばいいと思ってるんですよ」
――2012年のファースト・アルバムは口コミで話題が広がっていき、最終的に大きなヒットを記録したわけですが、みなさんの予想を超える形で支持されたのでは?
中川 「そうですね。ラッキーだったなと思います」
sirafu 「タイミングがよかったよね。インディーが一番盛り上がっていた時期で、変わったことをやってるバンドばかりだった。
ceroもそうだし、七針や円盤で知り合った人たちも多くて、この後どうなるんだろう?というワクワク感に現場が満ち溢れてたんですよ」
――その後メジャーに移って『
パラード』(2015年)と『
PHANTASIA』(2016年)という2枚のアルバムを出しますね。メジャーでの活動はいかがでしたか?
sirafu 「もちろん恩恵はあったと思うけど、時代の流れのなかでメジャーでやる意味みたいなものがどんどん変わってきていると思うんですよ。今回のアルバムについても“今どういう出し方がいいのかな?”と考えたし、結果としてメジャーから離れて出すことになったんです」
――『PHANTASIA』以降のことでいえば、NHK Eテレ「
シャキーン!」への楽曲提供がありますよね。ついこないだは3曲目の提供曲となる「タイミング」が公開されましたが、中川さんはTwitterで“シャキーン!の曲を作るときは自由研究をしているような気持ちになります”と書かれていましたね。
中川 「『シャキーン!』の場合は毎回ディレクターさんがテーマを与えてくれるんです。それを持って帰って、“自分が子供のときはどう考えてたかな?”と振り返りながら曲を作るんです。だから、自分を見つめ直す作業でもあるんですよね。“こういうの、子供のころだったら好きだったろうな”とか考えながら」
sirafu 「『シャキーン!』で僕らのことを知ってくれた方も多いんですよ」
中川 「野外でやるときはファミリーの方も多いし、『シャキーン!』以降でだいぶ客層も変わりましたね。子供から“あの歌が好きです”とか言ってもらうこともあって。すごく嬉しいんですよ」
中川 「アイドルに楽曲提供をするのは初めてで、おもしろかったですね」
sirafu 「うん、おもしろかった。結局Negiccoには会えなかったんだけど(笑)」
中川 「私たちは結成10周年ですけど、Negiccoは15周年なんですよ。15年アイドルを続けるのはやはりとても大変で、プロデューサーさんからは“15年続けてきてよかったねという曲を作ってください”という依頼を受けまして。私たちはアイドルじゃないけど、続ける大変さは分かるので、Negiccoがいい気持ちで歌えるものにしたいなと思って」
sirafu 「Negiccoの作業と今回のアルバムの制作、それと『シャキーン!』の進行が全部重なったので、マジで死ぬかと思いました(笑)。ただ、同じ時期に作っていたので、どれも感覚としては繋がりがあるんですよ。〈ノスタルジア〉は今回のアルバムにも入れたかったぐらいで」
――で、今回の10周年記念アルバム『映像』についてなんですが、新曲と再録曲、共演曲で構成されるという変則的なアルバムになった理由は?
sirafu 「最初は10周年だし、企画モノっぽいノリで始まったんです。でも、新曲が出揃うなかでアルバム全体としてのイメージを固めていく方向になってきて」
――今回はバンドとしてのグルーヴが今までの作品以上に引き出されている感じがしましたね。
中川 「うん、私もそういう感じがしました」
sirafu 「リテイクのものはライヴで繰り返しやってきたものですからね。池田若菜(fl)やNAPPIくん(tb)といったサポート・メンバーも入った今のバンドのグルーヴ感が出てると思います。ザ・なつやすみバンドの空気感があるので、一緒にやるメンバーも誰でもいいわけじゃないし、その空気を入れたいという考えはありましたね」
――村野さんはブログで“いつももそうだけれど、今回はひときわみんなで作っている感があった”と書いていましたね。
村野 「いつも仲良く作ってますけど、今回はより仲良く作った感覚があります(笑)」
中川 「今回は誰も泣かなかったしね(笑)」
――今までは泣くこともあったんですか。
中川 「……はい(笑)。今回はあまり気張らずに、自分たちのかわいいところも出しちゃおうっていう感じだったんですよ。スタジオもいい雰囲気だったし、それが出てると思う」
sirafu 「環境がよかったんだよね。エンジニアの葛西(敏彦)さんとやったのは初めてだったけど、ストレスなく楽しくできた。あと、ドラムテックのオータコージさん(空気公団のサポート・ドラマー)はいつにも増して、曲ごとにドラムセットを提案してきてくれたりで、音作りも細かくできたんです」
――新曲、素晴らしいですよね。なかでもミツメとやった「蜃気楼」はホント名曲だと思うんですよ。ブラジルのミナス系に通じる透明感があって。
中川 「わあ、やったあ(笑)。この曲はミツメとコラボをする話が最初に出てきて、彼らのことを想定してデモを書いたんですよ。それをアレンジしてもらったものをベースに作っていったんです。川辺(素)くんに歌ってほしい言葉を考えながら作ったので、ふだんの自分にはないものが出てきてると思う。いつものなつやすみにはないサウダージ感というか」
――今回はミツメのほかに、ENJOY MUSIC CLUBを「Future Heads」で、空気公団の山崎ゆかりさんを「なつやすみ(終)」でゲストに迎えてますね。
中川 「EMCは彼らのアルバムでゲストに呼んでもらったことがあって。とても良かったので、今回一緒にやりたいなと思ったんですね。あと、空気公団が去年20周年だったんですけど、私はライヴのサポート・メンバーとして参加させてもらってるんですね。以前〈なつやすみ(終)〉を一緒にやったこともあるんですけど、ゆかりさんが歌ってくれることでストンと落ち着く感覚があって」
――「なつやすみ(終)」はかなり初期からやってる曲ですよね。
中川 「そうですね。レコーディングのときは人生を振り返るような気持ちになりました。ゆかりさんの声が持つ説得力ってすごいなと思いましたね」
sirafu 「録音では結果的にゆかりさんが全部歌ってるんですけど、自分の作った曲を他の人が歌うというのがポップ・ミュージックの基本的なあり方だと思うんです。ゆかりさんが歌うことによって、歌の持つ新しい魅力が引き出されてくるし、歌い継がれていくというのはそういうことだと思うんですよね」
――歌い継がれることで更新されていく、と。
sirafu 「そうですね。極端な話、歌詞が変わっていてもいいと思うし。……あとね、空気公団ってすごく誤解されてると思うんですよ。ハードコアなみにストイックで、表現に対して真摯に向き合っていて、僕にとってはすごく過激なグループなんです。僕らも空気公団のそういうスタンスに影響を受けている部分はあると思います」
――ザ・なつやすみバンドにもある種の過激さがありますよね。
sirafu 「アレンジに関してはすごく尖ってるものをやってるという自覚はあります。奇抜なことをやるのは簡単なんですよ。そういうものじゃなくて、尖ったことを音楽として表現していくというのは勇気がいることだと思うんです。言葉にすると格好悪いんであまり言わないですけど、自分としては過激なことをやってるつもりでいるんです」
――ラストの「バンドやろうぜ!」の歌詞は、この10年のバンド活動を振り返りながら、バンドをやる意味を噛み締めるような内容ですよね。
中川 「個性が強いメンバーなので、ぶつかることもあるし、いろんなことがあるんですよね。それでも10年続けてこれたので、そろそろバンドのことを歌った曲を作ってもいいんじゃないかと思って。このメンバーじゃないと10年も続かなかっただろうし、今後もやっていきたいなという思いで作りました」
sirafu 「ザ・なつやすみバンドはやってて楽しいし、10年も同じバンドをやれてるっていうのは幸せなことだと思うんですよ。バンドは生き物なので、続けていると空気が悪い時期もあるけど、大抵のことは後から笑い話になるんですよ。楽しいことだけだとバンドは続けられない。そういう不思議な集合体なんですよ、バンドって」
取材・文 / 大石 始(2018年9月)