――2009年の春先にニューヨークに行ったんですけど、ものすごい人気でしたね。
キップ・バーマン(vo、g/以下同) 「ありがとう。じつはそこまでよく覚えてないんだけどね(笑)」
――ちょうどあのとき、あなたたちはブルックリンの“ベルハウス”やマンハッタンの“ケイクショップ”でショウをやっていたと思います。ここ数年、ニューヨークのシーンがホットだとよく言われますけど、それを象徴するようなライヴ・ハウスにあなたたちは支持されている印象がありますね。
「ありがとう。今、君が名前を挙げてくれたところはたしかに活気があるよね。不思議だよね、どの会場も一見ライヴ・ハウスかクラブかさえもよくわからないようなところなのに(笑)。でも、そういうところでも、熱心な音楽好きの人たちが何かしたいと思うところから、実際に何かが始まるんだと思う。僕らや
クリスタル・スティルツら、スランバーランド・レコーズ所属のバンドもすごく世話になってるよ」
――ラインナップも、実際はニューヨークのバンドだけじゃないですもんね。僕がケイクショップに行ったときは、スウェーデンのアーティストのショウケースみたいなことをやってましたし。
「そうそう。あそこ、北欧と脈があるみたいだよ。それに限らず、世界中のバンドが出演しているよね」
――逆に、2000年代はじめにホットだった“バワリー・ボールルーム”とか“マーキュリー・ラウンジ(ストロークスを発掘したライヴ・ハウス)”みたいなところが大バコになった印象がありますもん。
「バワリー・ボールルームは、今はグループ企業になってて、いろんなライヴ・ハウスのブッキング・エージェンシーになっているほどの影響力があって、マーキュリー・ラウンジはイギリスからのツアー・バンドがほとんどだよね。実際、彼らがシーンを活性化させたわけだけど、それに刺激されて、さらにアンダーグラウンドな層を君がさっき言った若いハコが掘り起こしている。好循環だと思うよ」
――で、そのニューヨークで話題だったアルバムが、日本でも密かなヒットになっていたのは知ってました?
「そうらしいよね。ライヴのチケットも売り切れていてビックリしたよ」
――シブヤケイ(渋谷系)サウンドを思い出す人が多いから、と言われていますけど。
「それはよく言われるし、僕も10年くらい前、日本の音楽シーンに興味があったんだ。ねえ、『ベイコクオンガク(米国音楽)』って本、覚えてる?」
――はい。もちろん。渋谷系のバイブルみたいな雑誌でしたよ。まさか読んでいたんですか?
「うん(笑)。マニアックなCD屋とかで売ってたよ。(指で厚さを示して)これくらいのヴォリュームがあってさ。しかも、内容がマニアックなんだよね。
プッシュ・キングスって覚えてる(笑)?」
――はいはい(笑)。大きく取り上げられてました。
「すごかったよね(笑)。アメリカでは知る人ぞ知るバンドだったのに、あの雑誌だとセレブみたいな扱いだったろ。あれで日本には随分興味を持ったんだ」
――ネオアコ的な音楽には、その本から入ったわけではないですよね?
――それ、僕も思っていたんですよ! あなたたちは“ネオアコ・リヴァイヴァル”みたいな言われ方をされていますけど、音の作りはどちらかと言うと、スマパンの2ndアルバム
『サイアミーズ・ドリーム』みたいだと思っていました。
「まさにそのアルバムだよ! あのアルバムに収録されてる
〈トゥデイ〉のPVにあるアート感覚が僕の影響源なんだ。あのバンドってグランジの枠で語られがちだけど、それであると同時に、すごくイギリス的なシューゲイズなサウンドも表現できてただろ? ああいう感覚を持ったバンドは当時はほかにいなかったよね」
――あの感じのまま行けばよかったんですけどね。
ビリー・コーガンが黒服着てノスフェラトゥみたいになってからはどうです?
「うーん(苦笑)、どんなに才能のある人でも全盛期は永遠には続かないからね。でも〈1979〉は最高の曲だし、今でもすごくハッとするような曲を作る時があるからね。いずれにしても大事な存在なのはたしかだよ」
取材・文/沢田太陽(2010年2月)