――前作からガラッと雰囲気が変わりましたね。
「変えたいとは最初から思ってたんですよ。同じことを続けても仕方がないし、頑張って新しいことをやろうとすること自体に価値があるじゃないですか。過去2作で、豪華なゲストに参加していただいて勉強させていただくみたいなフェーズを経て、今回はまず自分のやりたいことを決めて、そこに向けてメンバーを集めていく、みたいな方法で始めてみました。外に向かって開いていくというか、みんなはこういうのが好きかな、とか考えて設計するみたいなやり方じゃなく、今回は自分の好きなことを――まぁどっちも好きなんですけど、これまでメジャーではやってこなかったことをやって、みんなに好きになってもらえるか試してみたいな、とは前から思ってたんです。今回は広告の仕事とかアニメの仕事が横で走ってたりしたこともあり、アルバムは自由に作ってもいいよと」
――外仕事と自分の作品でバランスがとれているわけですね。
「『クラシカロイド』っていうアニメのためにアルバム1枚分くらいJ-POPを作って、それもめっちゃ楽しい仕事でした。そっちでポップなものが昇華されて、自分のアルバムがこういう感じになったのかもしれません」
――それでブルージーさや憂いが前面に出てきたと。
「そこを新鮮って言ってくださる方もいらっしゃるんですけど、メジャー・デビュー前とかデビュー前後にBandcampでリリースしていたものはわりとこういう雰囲気なんで、僕らとしては違和感はないんです。もともとやっていたことに、J-POPを作る中で学んだことを合わせてみた感じですね」
――どのへんが前からやっていたことで、どのへんが最近学んだことですか?
「昔は〈CHANT #1〉とか〈SHOPPINGMALL〉みたいな曲には歌詞を乗せなかったんですよ。J-POP的なものを作ることでコミュニケーションというか、歌詞って頑張ってちゃんと書けば伝わるんだなぁ、って勉強したんで、いい意味でも悪い意味でも音に頼らずにやろうと考えるようになったし、逆に〈WHAT YOU GOT〉みたいに、ダンス・ミュージックっぽいドラムや1番を何回も歌う構成みたいな、あんまりJ-POPにはないようなことをやってもそれっぽい体裁を保ててる、そのバランス感覚みたいなものは勉強の成果かなと思いますね」
――「WHAT YOU GOT」はすごく印象的で、ビートはハウスなのかな? ちょっと僕は特定できないんですが、上ものはディスコっぽくて、途中にトラップっぽいブレイクが入ってくる。あんまり聴いたことないタイプの曲です。
「前作で
小室哲哉 さんとやった〈Throw your laptop on the fire〉がまさにそうなんですけど、よくわかんないっていうのはいいことだと思ってて。あんまりわかりやすすぎるのは奥行きがないと思うんですね。〈CHANT #1〉も、デジタル・クワイアみたいなこともできるんですけど、“
ボン・イヴェール みたいだね”って言われるのはイヤだなって思ってもうちょっとグチャッとさせました」
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――ご自分で歌う曲が増えたのはなぜですか?
「別に深い意味はなくて、曲ができてみたらひとに頼めないのが多いなって思ったぐらいのことなんですけど。全体的に自分が思ってること、考えてることがいっぱい出てるんで、これをひとに預けるのは無責任な気がして自分でやってみたというのと、あと自分が歌う曲がないとライヴで困るみたいな、現実的な理由もちょっとあります(笑)」
――デビュー当時、あまり歌うのは好きじゃないって仰っていましたよね。
「今もそうです。ただ今回はデモをちゃんと作らなきゃいけなかったので、マイクを買い替えたりして、自分にプレッシャーをかけて臨みました。高いマイク買ったんだから歌わないと、ってオートチューンを切って始めてみたんですけど、ものの1時間ほどで断念しました(笑)。エフェクトをかけるっていうのはある意味、別ものとして扱えるよさがあるんですよね。人に歌ってほしいのも、自分が歌うのが嫌だという以上に、後から聴きたいのに自分のヴォーカルだと聴きたくないじゃないですか」
――ご自分の曲をよく聴かれるんですね。
「めっちゃ聴くっすね、僕は。自分の曲は基本的に日記的な色彩が濃いので、思ったことを曲にして置いといて、後から聴いて楽しむというのが基本的なスタイルです。曲にするとわかるんですよ、あぁこのときはこんなこと考えてたのか、って。あと、アルバムを作るときは必ず過去作を全部聴きます。自分の言ってることを復習して、あんまり齟齬がないように作りたいっていうのもあって。過去作ったものや言ったことって残ってるんで、あんまり違うことを言うのは失礼だと思うんですよね」
――なるほど。「SHOPPINGMALL」を筆頭に、ブルージーというか、攻撃的というか、ネガティヴという……。
「攻撃的って言う方がめっちゃ多いんですけど、別に攻撃的なことは言ってないと思うんですよ、歌詞をちゃんと読むと。“バンドはクソだ”とかひとことも言ってないのに、バンドを揶揄してると思うその人の心が歪んでんじゃないの? って思います(笑)。まぁそういうのが面白さでもありますけど、どっちかっていうと物悲しさというか、よくわからない部分みたいのが大事なんですよ。“あの新譜 auto-tune 意味無くかかっていた”って歌ってますけど、自分もかけてるわけですし。例えば商店街が潰れるのはよくない、でもショッピングモールがなくなっても困る。そういう時代に生きてるんですよね。音楽も同じで、データのほうがいいって言う人もいれば、CDやレコードのほうがいいって言う人もいる。気持ちはわかるけどレコードも物によっては音悪いやん、って僕は思いますけど、でもレコード買ってるし。そういうアンビヴァレントなことっていっぱいあって、そこからみんな主観で選んでるのがポスト・トゥルースってことだと思うんですよね。想像力でそれらをどうにか糊づけできないかなと思ったのと、あと、このフワッとした時代の空気みたいなものを残しておきたいなっていうのが、今回、意図したことです」
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――たしかに“わからない”という言葉がアルバム全体に頻出しますね。
「例えばラッパーは“わからない”って言うと、言うことなくなっちゃうじゃないですか。だからとりあえず何かに噛みつく人もいれば、おしゃれな言葉でお茶を濁す人もいる。どっちも悪くないと思うんですけど、自分の場合は、このわからなさとちゃんと向き合ってみよう、みたいなのがテーマでした。わからない、よくなる気がしない。そういう気分のときに、そこから逃げるんじゃなくて、それをちゃんと見つめて、何かできるか試してみよう、っていう」
――政治や社会問題に直接的にコメントするミュージシャンもいますけど、tofuさんの場合はそれを見た自分の気分を言葉にするほうが得意?
「それもありますし、聴く人に制限をかけたくないので、どう思いましたか? ぐらいにとどめておきたいんです。だから想像力を持って聴いていただかないといけないんですけど、そうしてもらえるアーティストにならないと長くやっていけないんじゃないかなと思ってて。特定のことばっかり言うようになったら、その期待に応えるだけの機械みたいになってしまうんじゃないかと。それよりも今の雰囲気とか気分を的確に形にできるほうがいいし、それは最低限できてないと、自分的にはよくないなって思いますね」
――以前“個人的な話なのに誰かが自分のことだって思うのがポップスだと思う”って仰っていたと思うのですが、そこへチューニングする際に抽象性を高めていくみたいなことなんですかね。
「それもあるかもしれないですね。ただやり方はいろいろあって、例えば一緒に〈水星〉を作った
オノマトペ大臣 は必ず場所の名前を出すって決めてるんですよ。そうすることによって想像力を刺激する方法もある。ただ自分にはそれが向いてないっぽいんです」
――何か理由があるんでしょうか?
「特定の場所への執着がないんだと思います。僕は生まれも育ちもニュータウンで、土地柄みたいなものがない一般化された場所なんで。今は街中に住んでますけど、神戸神戸って言うのも、愛着というよりはそうすることによって何かが見つかるかもしれないってことのほうが大きいんです。ここにしかないユニークなものより、どこにでもある同じものを探すほうが得意というか、好きなんじゃないですかね」
――さっきのポップスの法則みたいなものはどこで学んだんですか?
「パーソナル云々に関しては
宇多田ヒカル さんですけど、基本的にそうだと思うんですけどね、ヒット曲って。で、そういうやり方から一歩出てみたのがこのアルバムなんですよ。今回は“わからない”っていう言葉が繰り返し出てきてたりして、J-POPの歌詞っぽくはないよなって思います。J-POPの時代が何十年か続いて、そろそろエエ感じで次の言葉とか出てこないかなって思って作ったアルバムでもあるんで。もしかしたらこれがいいって思ってもらえる時代が来てるかもしれないし、と」
――たしかに歌詞もアルバムの構成も、ある意味でJ-POPっぽくはないですね。
「インストと歌ものの区別があんまりないとか。曲名だけではわからないようになってるのも初めてのやり方なんですよ。全部大文字で揃えて、フィーチャリングもいるかいないかブックレットを見ないとわからないようにしてあります」
――ポストJ-POP的なものへの模索でもあると。
「ポスト・トゥルースがテーマですしね。まぁ“ポスト何々”って言い方はあんまり品がよくないなとは思いますけど。何かの後って言い方だと次に行けないじゃないですか。それで何かいい言葉ないかなと思ってたどり着いたのが“FANTASY CLUB”なんです」
――“FANTASY CLUB”という言葉に関しては少し入り組んだ構造になっていますね。
「そうなんですよ、ややこしいんですけど。人生で最初ぐらいに好きになったシカゴ・ハウスの曲がPierre's Fantasy Clubの〈Dream Girl〉で、曲名も気に入ってたんです。それを使ってまず雑誌『ポパイ』で連載をやる。1年で打ち切りになる。それとは関係なく、いい言葉だからという理由で〈FANTASY CLUB〉という曲を作る。で、アルバムを作るときに『POSITIVE』のデモで作っていたその曲を入れたいなって決まって、アルバム・タイトルを考えるときに、これをそのまま昇格させちゃおうと」
――かつ、「FANTASY CLUB」という曲はインストで、“FANTASY CLUB”という言葉が出てくるのは最後の「CHANT #2」ですよね。
「1曲目のリプライズとして最後にスクリューでラップを入れることは決めてて、“こういうことでした”みたいな感じで出しました。漫然と音楽を聴くのが当たり前になってる時代に、漫然とせずに1時間聴いてもらえるものを作ろうというのもテーマだったんで、通して聴かないと結論に到達できないみたいにしたくて、アルバムを通して同じ主題や言葉が繰り返し出てくるようにしたり、糊づけ作業として〈WHAT YOU GOT〉の次の曲〈WYG(REPRISE)〉をわざわざ後から作ったりしました」
――「SHOPPINGMALL」という曲名はtofuさんがニュータウン育ちということとつながる気がしますが、ショッピングモールにはどんなイメージがありますか?
「自分の中に根づいてる感じですね。僕らの世代にとっての商店街みたいな。おじいさんになったら“イオンをなくすな!”って言ってるかもしれません(笑)。神戸のニュータウンは駅ごとにモールを作って、そこを境界にして南北に分けて学校を二つ作るっていうのが標準的だったんですよ。今でこそロードサイドにも大きいのが建ってますけど、昔は街が駅中心にできていたので、めちゃめちゃ慣れ親しんだ場所なんですよね」
「砂漠のオアシスみたいなものなんで、誰でも興奮すると思いますよ(笑)。あれは地方に行く理由ができるのがいいなと思ってやってるんです。東京以外に行く理由が今ほんとないんで。実際に行ってみると眺めはどこも同じなんですけど、行くこと自体が大事かなと。神戸ですらもう誰もアーティストなんて来ないし、そういうのって住んでる人からしたら寂しいじゃないですか。情報がネットに上がれば上がるほどどんどん東京一強になっていくし、若い人は減っていく。その中でショッピングモールは希望だと思いますよ。人が集まる唯一の場所ですから。それが物悲しいって人もいるでしょうけど、なくなったらもっときついじゃないですか。だから一方的に批判もできないし、かといって均一化はやっぱりよくないし……みたいなところからこのアルバムができてきたわけです」
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――アンビヴァレンスをそのまま出すという話ですね。
「フェイク・ニュースみたいな現象を踏まえて“信じたいことを信じればいいじゃん”(〈CHANT #2〉)って歌ったりとか。僕らは“インターネット時代の寵児”みたいな言われ方をして出てきたわけですけど、フェイク・ニュースの話って僕らが受けた恩恵の裏返しだと思うんですよね。だからある程度、作品で答えたかったんです。別にいいとも悪いとも思わないけど、それを信じる人がめっちゃいる時代になったんだな、とは思います。その人たちに、ちゃんとした判断をしろって言うのは無意味ですよね。そこでどうしたらいいのか、みたいなところが、今回の制作のスタートだったりもします。こんな時代だけどいいものを作りたい。じゃあ“いい”って何なんだ、“本当”って何なんだ……という哲学的な問いみたいなものを、楽しめる形で出せるのが音楽のいいところだと思いますね」
――話がそれますが、tofuさんがソロ・アーティストとしてデビューされたとき、僕は意外に感じたんです。作家とか、あるいは小室哲哉さんや小西康陽 さんみたいに歌う人と組んでやっていくのかなって勝手に予想していて。 「前に
Seiho さんとしゃべったんですけど、なぜ俺はひとに任せられないのか、ってけっこう自分でも考えてたんですよ。で、最近、それは愛着の問題だってことに気づきまして。ひとに任せると社会性が出てきて、自分の記録としての力が弱まっていくんです。それはシンガー・ソングライター的な心理でも多分にあって、歌やルックスに自信があったらガンガンやってるだろうなと思うんですけど、それがないがゆえにねじれてしまったみたいな(笑)。ネットとかでプロデューサー的な目線みたいなのが変に育ってしまってるので。『HARD OFF BEATS』を見たSeihoさんが、“お金があったら何を人に任せて何を自分でやりたい?”って訊いてきて」
――おお、いい質問ですね。
「俺は“編集は自分でやりたいから撮影は任せたい”って答えたんですけど、Seihoさんは“でもtofuくんはその逆のほうが向いてるよね”って。それは俺もわかってるんですけど、絶対にそこを任せたくないんですよね。なんで任せたくないんやろ……って考えたら、愛着やったんですよ。インターネットで始めた人って全員、スタートはひとりなんです。ひとりじゃなくなることって全部“任せる”作業なんで、甘えとか放棄と思ってしまうんですよ。僕がウェブサイトをメジャー・デビューしてもひとに任せないのは、任せたくないからなんです。それはぶっちゃけマイナスの点と言ってもいいんですけど、そもそも分担の概念がなくて、自分でやらないと手柄だと感じられない。それは我々世代の、これから表面化していく問題なんじゃないかと思いますね(笑)」
――最後にジャケットのイラストですが、ボート置き場の風景ですか?
「艇庫っていうんだそうです。ずっとジャケの絵を描いてくれてる山根慶丈さんが高校時代ボート部だったらしくて、久々に艇庫に行ってみたときの写真から描いたらしいです。アルバム・タイトルと、6割ぐらい完成した音と、あと“今回はオシャレで”というだけのリクエストでドンピシャの回答をくれて、やっぱり長いこと一緒にやってるとわかってくれる部分もあるんだな、って感動しました。本当に紙に絵が描いてあるかのような印刷になってますので、ぜひチェックしていただきたいですね」
取材・文 / 高岡洋詞(2017年5月)撮影 / 黒岩周作