2000年にアルバム・デビューして以来、国内外を問わず、さまざまなフィールドで大活躍。日本のジャズ・シーンをリードし続けているヴォーカリスト&フリューゲルホーン奏者のTOKUが、これまでリリースしたアルバムから32曲を厳選し、CD2枚にパッケージ。代表チューンはもちろん、多彩な顔触れ(ロン・カーター、EXILE ATSUSHI、Zeebra、SUGIZO、ゴスペラーズ、シシド・カフカ、別所哲也ら)とのコラボ曲も楽しめる新作『BESTOKU』は、話が膨らむ要素が満載だ!
――最新アルバム『BESTOKU』の収録曲はご自身で選んだそうですが、セレクト基準はありましたか?
「レーベル・サイドの要望も織り交ぜ、お世話になった方へのお礼も込めてすべてのアルバムからチョイスしました。曲を選ぶということで必然的にこれまでのキャリアを見つめ直すこととなり、自分にとってもよい機会になりました。このベスト盤をきっかけに僕の音楽を聴いてくれた方が、TOKUはいろいろなことをやっているミュージシャンだと思ってもらえるだけでも作った甲斐がありますし、長年、聴き続けてくださっている方にも十分楽しんでいただける作品だと思います。書き下ろしのセルフ・ライナーノーツもぜひ読んでいただきたいです。どうしても外せない逸話は被っていますが、オリジナル・アルバムのライナーには書ききれなかった楽曲エピソードを紹介しています」
――ベスト盤を聴き、あらためてTOKUさんが音楽の異ジャンルを自然な形で繋げた貴重なジャズ・ミュージシャンだと実感しました。
「デビューした時から、ジャズは難しいというイメージを払拭したい、ジャズをこの国でもっとメジャーな存在にしたいという強い想いがあったのは事実です。だからと言って、それが理由で他ジャンルのアーティストと共演してきたわけではありません。ジャンル関係なく、個性のあるアーティストが単純に好きなんですよ。彼らと演奏するだけで刺激を受けますし、みんな、自分のやっている音楽のルーツに造詣が深い。そういうアーティストがとにかく好きで。彼らとの出逢いですか? 楽しそうだな、面白そうだなと思って足を運んだ場所で知り合うことが多いです。僕はいわゆる下積み期間がほとんどなく、いきなり大手レコード会社から自己名義のアルバム・デビューが決まりました。そのため、当時はちょっとした焦りもあって、もっと吸収しなければとあちこちのジャズ・クラブに通い、飛び入り演奏をしていく中で数々の素晴らしい出逢いに恵まれたのです」
――いまさらですが、デビューのきっかけを教えていただけますか?
「定期的に出演していたジャズ・クラブで、よく見かける外国人がある晩、終演後に声をかけてきて。“自分はDJだ。今度、ゆっくり話がしたい”と言うので、とりあえず、ふたりで会ってみたら“お前をヴァーヴかソニーに持って行きたい”と言うんです。“これは怪しいな”とかなり警戒しましたね(笑)。しばらくして、元ソニー・レコードの方を紹介してくださり、その方が伊藤八十八さんと繋げてくれました」
――八十八さんといえば、1970年代から活躍していた日本を代表するジャズ・プロデューサー(2014年他界)で、海外のミュージシャンからも大変尊敬されていました。
「あの頃はそういうバックボーンをまったく知らなかったので、お会いした瞬間“うわ〜、業界人だ! 大丈夫かな”と不安しかありませんでしたね。その後、八十八さんが渡辺康蔵さんに“彼をよろしく”と僕のことを託し、デビュー・アルバム『エヴリシング・シー・セッド』を発表することになったんです」
――渡辺康蔵さんはジャンプ・ブルース・バンド“吾妻光良&The Swinging Boppers”を中心にサックス奏者としても活躍しているジャズ・プロデューサーです。
「そういうことも知らずに、わけがわからないままデビューしたんです、僕は(笑)」
――センセーショナルなデビューを経て、以来、ライヴはもちろん、アルバムも精力的に制作されてきましたよね。いずれもストーリーのある内容ばかりですが、たとえば、アート全般で手腕を発揮している立川直樹さんがプロデュースを手がけた作品もありました。
「立川さんとは箱根のイベントでお世話になったのを機にお付き合いがスタートしました。今もたびたび興味深いイベントに声を掛けくださるのですが、アルバムをプロデュースしていただいたのは『Dear Mr.SINATRA』(2015年)と『Shake』(2017年)です。あの方は感覚的で、そういう部分で通じるというか、話をしているだけで楽しいんですよ。それに、レコーディング中、僕が気付かないようなアイディアを出してくれて、チャレンジしてみるとその変化に驚かされたり。たまたまですが、このベスト盤には『Dear Mr.SINATRA』の楽曲がいちばん多く入っています」
――『Dear Mr.SINATRA』からのセレクトで別所哲也さんをフィーチャーした「The Lady Is A Tramp」も収められていますね。彼との出逢いは?
「いつだったかな? ちょっと忘れちゃいましたけれど、じつは別所さんがパーソナリティを務めているラジオ番組『J-WAVE TOKYO MORNING RADIO』によくゲストとして呼んでくださるんです。ふだんから僕の曲を頻繁に紹介してくれていて、妹から“今日もかかっていたよ”とたびたびメッセージが届く。僕は夜型なので朝の番組をリアルタイムでなかなか聞けないんですが(笑)。それはそれとして〈The Lady Is A Tramp〉で別所さんが披露してくれたパフォーマンス、本当にすばらしいですよね。ステージ・アクターの部分がしっかりと出ていますし、とても好きなトラックです。レコーディングも楽しかった」
――ロン・カーターをフィーチャーした「Fly Me To The Moon」もベスト盤に入っていました。
「アルバム『Dear Mr.SINATRA』のレコーディング準備を進めていた頃、ちょうどロンの来日公演があり、1日、スケジュールをいただけることになりました。ふたりだけでのレコーディング、嬉しかったですね。彼との共演は2002年6月にリリースした僕のサード・アルバム『ケミストリー・オブ・ラヴ』以来。このアルバムでは全曲、ロンが弾いてくれたんですよ」
――アメリカを代表する音楽プロデューサー、ジョン・サイモンが手がけたアルバムでしたよね。
「ジョンは多彩なアーティストの作品をプロデュースしていますが、よくロン・カーターを起用しています。要はジョンのお気に入りベーシストのひとりなのです。でもまさか『ケミストリー・オブ・ラヴ』のベースに“ロンはどうかな?”と提案されるとは思ってもいませんでした。もちろん、異存はありません、ふたつ返事でOKです。実際、ロンの演奏はほんとうにすごかった。どの楽曲もここぞというところでバンド全体に刺激を与えるフレーズを弾いてくれて……。僕が世界でいちばん好きなベーシストです」
――筒美京平さん作曲の「Autumn Winds」も懐かしかったです。
「京平さんは2020年にお亡くなりになってしまいましたよね……。この曲はミニ・アルバム『ウィンズ・オブ・チェンジ』に収録したのですが、2002年の発売当時、クリス・ペプラーさんがDJをされているFMラジオのカウントダウン番組『TOKIO HOT100』でチャートインした嬉しい思い出があります。たしか50位以内、いや40位以内だったかな、いずれにしても、ジャズ・アーティストの曲が100位以内に入るなんてめずらしいなあと思いましたし、名作曲家の書くメロディはやはり日本人の心を捉えるのだと身に染みました。感謝しています」
――ベスト盤に入っているほかの楽曲についても細かくエピソードを伺いたいのですが、TOKUさんがお書きになったライナーノーツを読む楽しみに残しておこうかと(笑)。さて、9月23日にはブルーノート東京でアルバム発売記念ライヴが開催されますね。
「アルバム『BESTOKU』の曲を“今の形”でお届けしたいので“今一緒にやりたいミュージシャン”と演奏します。ぜひ、多くの方に目撃してほしいです」
――今後の活動も気になります。
「やりたいことは山ほどあるんですよ。そのうちのひとつが海外に行って現地のミュージシャンたちとクリエイトすること。それを形に残していきたいですね。とくにヨーロッパはもう少し掘り下げたいな。アメリカでしたらナッシュビルに行ってみたいです。さまざまなミュージシャンがいますし、本場のブルーグラスをナマで聴きたくて」
――ブルーグラス?
「親父がブルーグラスをやっていたので僕も好きなんですよ。マンドリンの巨匠、デヴィッド・グリスマンにはぜひお目にかかりたいし、バンジョー奏者でベラ・フレックの師匠、トニー・トリシカのライヴも観たい。トニー・ライスが亡くなったと知った時は、もっと早くナッシュビルに行けばよかったと本当に後悔しました。人生は一度きりですし、何が起こるかわかりません。生きているうちにいろいろなことをやりたいですね」
取材・文/菅野 聖
Photo by Itaru Hirama