【冨田 勲 インタビュー】
今、子どもたちに伝えたい“手塚イズム”の奥深いメッセージ
取材・文/山尾敦史(2009年9月)
――今回の新しいヴァージョンについて、特徴をお聞かせください。
冨田 勲(以下、同) 「僕はいつでも、自分の音楽を誰に聴いてほしいのか、という考えが大切だと思っています。今回はとくに、小学生や幼稚園生なども含めたお子さんたちに、いちばん聴いてほしいですね。綾戸智恵さんに親しみやすい語り口でナレーションをお願いしたのもその一環ですが、あの方の歌には“あなたのために歌っているんですよ”という親近感があふれていますから、きっと子どもたちにも楽しさが伝わるでしょう。
音楽も今回は5.1chサラウンドならではの楽しみ方ができるよう、いろいろな楽器がストーリーに合わせて横や後ろから聞こえるようにしています。オーケストラのスコアに、この楽器は右で、こっちの楽器は左、なんていう指示を書き込んだんですよ。以前にLPを作ったとき、手塚治虫さんがわざわざ各場面の絵を描いてくれたんですが、今回もその貴重な原画をディスクに収録していますから、綾戸さんならではの語りといっしょに楽しんでいただけるでしょうね」
――オーケストラの各楽器がレオやエライザ、ゾウなどジャングルの動物たちや、サメなど海の生き物のテーマを担当しますが、こうした手法はワーグナーほかクラシック音楽でおなじみだと思います。これはクラシックが大好きだった手塚さんの意向も反映されているのでしょうか。
「こうしたスタイルで書いてほしいということはおっしゃいませんでしたが、クラシックに詳しい手塚さんのことですから、ピアノに向かって“チャイコフスキーのあの部分みたいなメロディがいいなあ”なんておっしゃることはありました。僕自身もちょうどワーグナーに傾倒していた頃で、あの世界観は『ジャングル大帝』の音楽にも反映されていると思います」
――いろいろな音が四方から聞こえてくるのは大人でも楽しく、冨田さんがシンセサイザーで録音された『展覧会の絵』や『惑星』を思い出す場面もありました。
「もともと僕には戦後のラジオでストラヴィンスキーやラヴェルなど、20世紀の音楽を聴きながらワクワクしたという経験があり、オーケストラの色彩感に魅了されていたんです。音楽家として仕事をするようになった時代はモノラルからステレオへの移行期でしたから、立体音響の楽しさをたくさんの人に伝えたかったんですよ。
LPヴァージョンの『ジャングル大帝』もその一つでしたが、コンサートとはまったく違った音舞台を作ってみたんです。僕が演出家で、いろいろな楽器が俳優さんという感覚ですね。ですから聴いていただく方には、その舞台を楽しんでいただきたいんです。また、ブックレットに掲載されている解説を読みながら聴けば、オーケストラを構成するさまざまな楽器の音色を聴きとることもできますから、オーケストラ入門としても楽しんでいただけるでしょう」
冨田勲&綾戸智恵。
完成発表会にて
――『ジャングル大帝』は1950年に手塚さんが漫画誌に発表されてから半世紀以上もたちますが、今年(2009年)もテレビ・アニメがリメイクされるなど、今でも古さをまったく感じさせません。その魅力や本質はどういったところにあるとお考えでしょうか。 「僕はこの作品に、とても強い“手塚イズム”の存在を感じているんです。どんなに辛いことがあっても前向きに生きるんだというレオの姿は、時代にかかわらず大事なテーマでしょうし、綾戸さんにナレーションをお願いしたのも、じつは彼女自身の体験と共通点があるからなんです。
もうひとつ、これは僕が想像していることにすぎないんですが、この作品は南アフリカのアパルトヘイト問題が起こってから2年後に書かれていまして、もしかすると手塚さんはそれを意識していたんじゃないかなとも思えるんですよ。今回のブックレットにも書いたんですけれど、もしかするとレオはネルソン・マンデラの化身かもしれません。手塚さんが直接そうおっしゃったわけではありませんが、単なる動物の物語でないことは確かですし、大自然や動物たちと人間との関係、パンジャやエライザが遭遇する残酷な運命と悲しみなど心をえぐられるようなところがあり、無菌状態で育てられがちな現代の子どもたちへ、強いメッセージを送っているような気さえします。
その一方で魚たちがレオに泳ぎ方を教えてくれる場面など、苦しんでいるときに助けてくれる仲間の大切さも描かれており、それもまた重要なテーマでしょうね。手塚作品の奥深さを、あらためて感じることができる傑作だと思います」