上原ひろみの新作『
ライヴ・イン・モントリオール』は、コロンビア出身で在ニューヨークのハープ奏者、
エドマール・カスタネーダとのデュオによるライヴ盤である。知る人ぞ知る超絶技巧の南米ハープの使い手との大胆にして細やかな丁々発止は、まさしく新鮮にして超ジャンルな広がりと甚大な訴求力を持つ。その出会いから現在までを、一時帰国した彼女に訊いた。
――さっそく
エドマール・カスタネーダとのデュオ・アルバムのことをお訊きしたいと思います。彼は16歳の時にボゴタから出てきて、ずっとニューヨークに暮らしているんですよね。過去に接点はなかったのですか。
「去年まではまったくありませんでした」
――それが昨年6月の〈モントリオール・ジャズ・フェスティヴァル〉で。
「そこで初めて出会いました。同じステージだったので、私がトリオで出演する前に彼がソロでやっていて、それを袖から観ていたんです」
――2014年1月に彼がゴンサロ・ルバルバカと来日して、ブルーノート東京でデュオ公演をやったことがあったんです。ぼくはそれを観て驚いてしまった。たまたま同じテーブルになった方がクラシックのハープ奏者で、その人もあまりの技巧にびっくりなさっていましたね。彼の弾くアルバ(南米ハープ。クラシックのハープより小さいが弦の数は多い)の演奏は、トラッドでもクラシックでもなく、即興はバンバンやるし、ベース音も出せちゃうし、ほんとにびっくりしました。
「教えてくださいよ、そういう情報(笑)」
――そういう意味ではフェスって意義がありますね。
「そうなんですよね。お客さまにとっては知らないミュージシャンを知るきっかけになるし、ミュージシャンにとってもそれは同じですね」
――モントリオールでエドマールを観て、どんな部分に魅力を覚えたのでしょう。
「私はそれまでハープに対して無知でした。だからまったく前情報がないまま、勝手にオーケストラでの流麗なハープを想像していたんです。ところが、エドマールの場合はもう“パッションとリズム”っていうハープで。しかもものすごいインプロもして、超絶技巧で、とにかく驚きというか鈍器で殴られたような衝撃を受けました」
――その3週間後に共演したんですよね。ニューヨークのブルーノートで2日間おやりになったんでしたっけ?
「はい。その時はソロの公演だったんですけど、ゲストで入ってもらおうと思い立ち、声を掛けました」
――そして、一緒にやってみたら思ったとおりの化学反応があったということなんですね。
「モントリオールで“はじめまして”だったんですけど、おたがいの演奏を聴いて、ともに共鳴するような気持ちを得て、連絡先を交換し、いつか演奏しようと言って別れたんです。さすがにエドマールもその2週間後に連絡があるとは思いもしなかったと言っていましたが(笑)」
©2017 Juan Patino Photography
――そんなことがあり、今年の5月からデュオのツアーを始めたわけですね。昨年7月にブルーノートNYで初共演した時に、これはもうやるしかないみたいな気持ちになったわけですか。
「そうですね。2セットを2日間やって、“ツアーに出よう!”と。ツアーに出るのが決まってから、このプロジェクトのための曲を書き始めました」
――こういうふうにしたいねとか、いろいろ話し合ったんですか? それとも直感一発で進んでいったのでしょうか。
「まず私がハープという楽器について学ばなければならなかったですね。ハープの持つ特性とかをきちんと理解して、そしてこのプロジェクトのために曲をちゃんと書きたいという気持ちが大きかったので、ちょくちょく会ってそれを教えてもらいました。彼のライヴを観たりするなかで、曲を書き終えて彼に送り、個人練習をして、そして(二人の)リハに入りました」
――彼は自分のライヴだとどういうことをするんですか。
「ソロもあるし、トリオだとトロンボーンとドラムという編成ですね。あとはドラムとデュオとか。それから、歌の人や管楽器が3本みたいなもう少し大きな編成でワールド・ミュージック・アンサンブルみたいなこともやっています」
――それで一緒にツアーに出て、そのツアーの一環となるモントリオールで録音したというわけですね。
「そうです。ヨーロッパ、アメリカを終えてカナダに入り、オタワ、トロントと回って、モントリオールに入りました」
――アルバムを作ろうという話はあったのですか?
「最初からありました。それで私はスタジオに入るのではなく、出会ったモントリオールでライヴ録音したいと提案したんです。そしたら、“それは素晴らしいね”とエドマールから返事をもらって、レコード会社に相談したら快諾をいただきました」
――モントリオールのフェスティヴァルは特別なものですか。
「これまでに何度か(同フェスには)出演しているんですけど、観客の集中力が高く、音楽の緩急に寄り添ってくれるので、演奏している側が音楽に集中できて、一緒に高揚できる環境を作ってくださるという印象がありますね。だから、そこで録音するのは安心感がありました。そしてなにより1年前の6月30日にそこで出会ったというのが大きいです」
――ちょうど1年前なんですか。
「そうなんです。ちょうど同じ日なんです」
――録音から3ヵ月経たずにリリースされるのもいいですね、鮮度抜群で。音楽は生物ですからね。
「ライヴをやっていると、お客さまから“アルバムはいつ?”と訊かれるので、早く作って早く届けたいという気持ちもありました」
――今後の活動予定は?
「9月には南米ツアーでコロンビアとアルゼンチンとブラジルに行きます。そして10月にはまたヨーロッパに行きます」
――では、エドマールとのデュオのライヴはまだたっぷりあるわけですね。
「あと何十公演もあります」
――なぜ16歳という若さでニューヨークに向かったのか、彼に訊いたりしましたか?
「彼のお父さんがハーピストで、ジャズではないんですけど、けっこうニューヨークでも活動されていた。それでやっぱり音楽の高みを目指したかったらニューヨークだということだったみたいです」
――エドマールと一緒にやるようになってから、ハープという楽器の概念に変化はありますか?
「世の中にはこれほどハーピストがいるんだということですね(笑)。どこの街に行っても、たくさんのハーピストが観にきて、街中のハーピストが集合という感じなんです。彼の弾いているようなコロンビアやベネズエラのレバー・ハープというものから、オーケストラのペダル・ハープの人たちまでたくさんの人がきてくれます。皆、エドマールがどういうふうに自由に弾くのかを観にくる。彼が音楽にボーダーを設けないで、好きなものを全部やるところに憧れを持っているというのは、話をしていてとてもよく伝わってきますね」
――ピアノとハープって弦をハンマーで叩くか手で弾くかの違いはありますが、近いところは近いような気がしますが。
「そうですね。ハープはピアノを立てたような形ですしね。でもオクターブ数が違ったり、半音が出なかったりするところは違います。今回初めてハープでは半音が出せないと知ったんです。昨年、最初にブルーノートNYでやる時に、何かスタンダードをやろうと相談していて、〈チュニジアの夜〉をやろうと言ったら、ハープではその曲はできないと言われて、あ、そうなんだと知りました」
――彼の演奏はクラシックのハープとはぜんぜん違いますし、楽器とともに今回一緒にやって新鮮だったんじゃないですか?
「ほんとに新鮮でしたね。ハープというはなく、エドマール・カスタネーダという人とやることがそう感じさせるんだと思います。彼の音楽性、リズムだったりパッションだったりが、一緒にやっていて楽しいんです。あとピアノとハープという音色の混ざり方もほんとに美しいコンビネーションだと思います」
――アルバムの冒頭の2曲はエドマールの曲ですが、いい曲を書きますね。
「いい曲書きますよね」
――2曲目は「フォー・ジャコ」という曲名ですが、ぼくは彼が
ジャコ・パストリアスを好きだとは知りませんでした。
「ジャコを聴いて、“僕はハープでグルーヴしたいと思った”と、彼は言っていました」
――「カンティーナ・バンド」(
ジョン・ウィリアムスの映画『スター・ウォーズ』曲)は上原さんの選曲ですね。
「ジプシー・スウィングみたいな雰囲気があって、ずっと大好きな曲です。エドマールはベースやギターみたいなサウンドも出せるので、そこに私がラグ・タイムふうな感じで弾くとすごく曲の雰囲気に合うと思ったんです。曲の流れで途中からラテンというかカリプソみたいになるんですけど、そこも二人のためにあるような曲だなと思います。エドマールは『スター・ウォーズ』を観たことがなかったそうで、この曲も知らなくて、
ジャンゴ(・ラインハルト)の曲なの? と訊かれました」
©Giovanni Capriotti
――一緒にやっていて、やはり彼は南米出身、コロンビアから来た人なんだと思わせられるところはありますか。
「はい。すぐ踊るところ。よく踊っていて、それこそ(ステージの)センターでお辞儀して袖に歩く時でも踊っている(笑)。演奏しながらも踊っている。ダンスというものが彼の根幹にあって、そこは南米の人だなと感じます」
――次に収められている4曲が繋がった「ジ・エレメンツ」は上原さんの書き下ろしですね。幅広い森羅万象を一つの流れのなかにうまく盛り込んだと思いました。
「自然界の音、たとえば水の雫だったり風だったり、大地の力強さといったものを、ピアノとハープはおたがい楽器で出せるという特性があるので、それを活かしてこの曲を書きました。あとはハープの音階などを踏まえて作ったので、そういう制約のようなものがいつもの自分とは違う曲を書かせて、書き手としてもすごく新しい発見がたくさんありました」
――最後の「リベルタンゴ」は、
ピアソラの曲ですね。
「この曲は昨年のブルーノートNYでやる時に、エドマールから提案があってレパートリーになった曲です。やはりラテン圏でこの曲をやると、このうえなく盛り上がりますね。メロディを一つ弾いただけで、熱気の押し寄せ方がすごいんです。9月に、ブエノスアイレスでこの曲をやるのが楽しみです」
――上原さんはこれまでいろいろなデュオをおやりになっているじゃないですか。
チック・コリアや
ミシェル・カミロ、
矢野顕子さん……。そういう経験と照らし合わせると、今回のエドマールとのデュオはどういうふうに位置づけられますか。
「一緒にやっていて思うのは、このために曲を書きたいと感化されるプロジェクトであること。そしてこれからも書いていきたいと思っています。年齢も近いし(エドマールが1歳年長)、長くやっていきたいですね。おたがいにいろんな経験をして、要所要所でまたデュオに戻って、その時にまた曲を書くというようなことがずっと続いていけばいいと思います。ほんとにおたがい歳を取っても続けられたらいいな。70代になったとしても、今と同じ雰囲気でできるんじゃないかって、簡単に想像できるほどなんです。エドマールにまだ、その意思の確認は取っていませんけど(笑)」
――一緒に撮った二人の写真を見ると、なんか兄妹みたいですよね。
「(笑)そうですね、よく言われます」
――彼はとても嬉しそうに演奏して、ハッピーな“音楽のムシ”みたいなところがありますね。
「そう、太陽の子みたい。ほんとに運命的な出会いだと私は思っています。見たこともないものを見せてくれて、魔法使いのような人です」
取材・文/佐藤英輔(2017年8月)