18歳のピアニスト梅井美咲のデビュー・アルバム『humoresque』が、1月27日にリリースされる。ピアノ・トリオで自作曲を中心として演奏したもので、ピアニストとしてのテクニックはもちろん、作曲家としての才能にも光を当てた作品だ。音楽大学で作曲を専攻しつつ、ジャズ・ピアニストとして鮮烈なデビューを飾った梅井美咲に話を聞いてみた。
――梅井さんは音大に在学しているんですね。今、大学一年生ですよね。
「はい、東京音楽大学の作曲専攻です」
――クラシックの作曲を勉強しているんですか?
「クラシックもやるんですけど、映画音楽の作曲を専攻しています。小学校4年生のときに、菅野よう子さんが作曲されたコスモ石油のCMの曲を聴いて、たった15秒の曲で人の心をこんなに動かせるのはすごい、と思ったことがきっかけです。そこから菅野さんのサウンドトラック作をたくさん聴いて、あとはエンニオ・モリコーネもすごく好きで、去年亡くなってしまったのがとても残念です。で、小学校のときは映画音楽の作曲家になる、という思いだけで生きていたんですけど、今回ジャズ・ピアニストとしてCDを出す、というのは、いまだに自分でもびっくりしています(笑)」
――ピアノのレッスンはクラシックから入ったんですね?
「母がピアノの先生で、家でレッスンをしていたので、赤子の私をあやしながらレッスンをしてて、ピアノの下で寝たりしていました。それで私もピアノをやりたくなって、ピアノはクラシックをずっとやっていたんですけど、6歳ぐらいからエレクトーンを始めたんですね。エレクトーンの先生がアレンジャーの方で、ファンクやR&Bをエレクトーンのために編曲されたものを聴いて、かっこいいな、と思ったんです。そこでジャズやファンク、ラテンなどの音楽を勉強しつつ、ピアノではクラシックのコンクールに出たり、という活動を小学生のころから始めました」
――16歳のときに、「Blue Giant Nights」のオーディションで選ばれてブルーノート東京に出演されていますね。ブルーノート東京のステージはいかがでしたか?
「音楽科がある県立高校に進学して、私は作曲専攻だったんですが、そこでジャズをやっている石井陽太くんと友だちになって、彼がジャム・セッションに連れて行ってくれたりしたんです。アルト・サックスとピアノをやっている石井くんと、一年上でドラムをやっている坪田英徳くんの3人で〈Blue Giant Nights〉のオーディションを受けました。ブルーノートに出たときは、ライヴ経験も2回か3回しかなかったので、“今ブルーノートに出ている”という実感がなく、逆に緊張せずにできて楽しかったです」
――とくに好きなジャズ・ピアニストはいますか?
「高校のときによく聴いていたのはブラッド・メルドーとシャイ・マエストロ、あと今回のアルバムでもピアノ・ソロで〈North Bird〉を弾かせてもらった渡辺翔太さんに影響を受けました」
――ちょっとミシェル・ペトルチアーニを思わせるところがあると思ったんですが。
「すごく好きです! YouTubeで映像を観て、会場の空気を変えてしまうような力があるところがすばらしいと思いました」
――梅井さんはピアニストと作曲家のふたつの顔を持っていると思うんですが、曲を作るときは、どんなふうにしていますか?
「ピアノを始めてすぐから、今日はこんな気分だった、みたいな即興演奏をするのが好きで、作曲は即興演奏の延長線にあったので、すごく自然なことだったんですね。曲を書くことで、その日の気分を残せるということにのめり込んでしまって。で、高校に入ってクラシックの和声法や対位法を学んで底なし沼に入って、だから大学でも作曲科に行きました。まだ未熟なところが多いですけど、これからはぱっと聴いただけで私の音楽だ、とわかってもらえるような曲を書ければ、と思っています」
――作曲家としてとくに影響を受けた人を教えてください。
「クラシックだったらラヴェル、カプースチン、ガーシュウィンですね。武満徹さんにもすごく影響を受けて、あと塩谷哲さんの弦楽器の使い方に心を動かされて、いちばん影響を受けたのは塩谷さんかもしれません。アカデミックな部分とジャズやラテンのバランスがすごく絶妙で、ああいう音楽が作れる人になりたいな、とずっと思っています」
――今回のトリオは熊代崇人さんがベースで、橋本現輝さんがドラムスですね。このメンバーはどうやって集まったんですか?
「もともと同世代の人たちと遊びでトリオをやっていたんですが、その後に熊代さんにセッションでお会いして、私の演奏を聴いて“トリオをやらへんか?”と誘ってくださり、橋本さんを誘ってこのメンバーになったんです」
――3人の息がぴったり合ってますよね。細かいところがきっちり決まっているようにも思えるんですが、綿密にアレンジされているんですか?
「トリオのための曲を書き始めたころは綿密に指定した譜面を持って行ってたんですが、お二方がいろんなアイディアを出してくださって、それがとてもよかったので、それからは簡単な譜面しか持っていかないことにしました。それで、リハーサルで“ここをこうしよう”と相談したり、何も言わなくても本番でリハーサルとまったく違うことをしてくださって、それがすごくおもしろかったりで。お二方と演奏してから、自分も少しずつですけど成長してきているような気がします」
――1曲目の「Seek」はグルーヴしまくる元気のいい曲で、次の「Prologue」「Of a river, a small murmur」は叙情的な感じですね。「Prologue」と「Of a river, a small murmur」はつながっているんですね。
「そうなんです。この2曲は通しで録音して、〈Prologue〉は即興です。それを後でトラックを分けたんですね。先行配信シングルが〈Of a river, a small murmur〉なので、アルバムを聴いていただくと、その前にインプロヴィゼーションがあった、ということがおわかりになると思います」
――次の「Teeny-weeny-socks」で、ピアノ以外の高い音が聞こえますね。これはチェレスタですか?
「グロッケンです。最初にピアノを弾いて、そこにグロッケンを重ねて、ほかにみんなでいろんな小物楽器を遊び感覚で入れて、その楽しい感じが出ていると思います」
――5曲目の「Doodle(interlude)」は30秒の短いトラックで、ピアノやドラムの音が加工されていますね。これは?
「安藤康平さん――MELRAWさんですね、がレコーディングに遊びに来てくださって、〈Doodle〉はもっと長くてレイドバックした曲だったんですが、その白熱した部分だけを切り取って、エンジニアさんに安藤さんがいろいろ提案して、それで結局、安藤さんのサウンドになってしまった、という(笑)。それがすごく面白かったので、インタールードとして入れましょう、となりました」
――そんなに長いCDではないけど、いろんな工夫があるのがいいですよね。
「アルバムを通して聴いたときに、次の曲も聴きたい、って思ってほしかったので、それぞれの曲で違う雰囲気になるような工夫をしました。緩急がつくように、と」
――さて、これから梅井さんはジャズ・ピアニストとしてだけではなく、いろんな可能性があると思うんですけど、どんな音楽を作っていきたいですか?
「今回はジャズ・ピアノ・トリオでアルバムを出させてもらったんですけど、ピアノだけじゃなくて、もっといろんな形で自分の音楽を提示できればいいな、と思います。私、最近すごく好きなのが角銅真実さんの『oar』で、初めて聴いたときに“なんて自由なんだ!”って思ったんです。私もピアノ・トリオだけではなく、自分の音楽を表現する選択肢をもっともっと増やしていきたいな、と思っています」
取材・文/村井康司