キング・クリムゾンの
DGMレコードのエンジニア / プロデューサーであり、
ロバート・フリップの片腕として知られるデイヴィッド・シングルトンはフリップと出会う以前に実験的なレコードを出していた経験を持つアーティストでもあるが、さきごろ“
ザ・ヴィカー”名義によるソロ
『ソング・ブック第1章』を発表した。音楽業界の内情を皮肉とユーモア混じりに描いたストーリー仕立ての作品で、クラシカルなストリングスと複数のゲスト・ヴォーカルをフィーチャーしたきわめて英国的なチェンバー・ポップ・アルバムだ。アルバムのほか小説、コミック(作画は息子のベン)などをメディア・ミックスしたプロジェクトとして、今後も継続していくようである。
――今回のプロジェクトの経緯を。
「10年ぐらい前、ロバートとふたりでスタジオで世間話をしてる時、音楽業界ってほんとにおかしな所で、ぶっ壊れてる部分とかヤバイ所が一杯あるのに、それを描いた小説や映画ってあまりないよねって話をしていたら、ロバートが“みんな君が書くのを待ってるんだよ。君が書くべきじゃないのかな”と言って、それがすべての始まりだ」
デイヴィッド・シングルトン
――音楽業界のおかしな部分とは?
「キング・クリムゾンの楽曲の権利関係で年がら年中レコード会社と訴訟沙汰が起きていてね。最大の問題は、アーティストがレコード会社やマネージメントから正当なお金をもらっていないということだ。じつにおかしな、興味深い業界だ。でもこうして作品化することで、ネガティヴなエネルギーをポジティヴに変えることができる。それをやりたかった」
――裏方として長いことやってきて、今回自分のプロジェクトを手がけてどうですか。
「もちろんプロデュースという行為自体は同じだけど、今回の制作でエキサイティングだったのは、まっさらなキャンバスに自分の思い通りの絵を描くことができたこと。曲作り、アレンジからミックス、マスタリングまで全部自分一人でやることになったので、ちょっとストレスにはなったけど、でもとてもいい経験だった」
――その過程でなにか新しい発見は?
「作っている最中には気づかなかったけど、完成したものをあらためて聴き返してみると、たしかに“こういう自分もあったのか”と気づいた。これは鏡みたいなアルバムだと思う。15歳ぐらいまでクラシックしか聴いたことがなかったんだけど、今になってその時の知識や経験が出ている。ストリングスの使い方とかね。
ビートルズや
ポール・サイモンのような素晴らしいソングライターの影響も出ている。最大のポイントは、自分ってこんなにイギリス人なんだって、音楽を通してあらためて気づいたってことかな。それはアメリカ的でないという意味なんだ。最近のポップ・ミュージックはブルースやジャズをルーツに持つ音楽が多いけど、この音楽に関してはそういう要素はほとんどない」
――ポール・サイモンの影響は?
コミックを手がけた息子のベン・シングルトンと
「たしかにポール・サイモンはアメリカ人だ(笑)。でも彼は最高のソングライターだから(笑)。作曲家として
マッカートニーとサイモン、ふたりのポールにすごく影響を受けたんだけど、ふたりは対極にあると思う。マッカートニーはたぶん夢の中でも曲が書けちゃう天才。でもサイモンはもう少し職人的というか。ある意味建築家的というか、練って練って考えぬいて素晴らしい曲を書いてくる。自分はソングライターとしてポール・サイモン的だと思うので、音楽性というよりは方法論として共感できるんだと思う」
――本作付属のDVDには5.1チャンネル・ヴァージョンも収められていますが、ロック / ポップ系のサラウンド・ミックスとしては、際立って音が良いと思いました。
「ロバートに強くサラウンド化を勧められたんだ。ドルビーの人にも、これまでのベストと褒められたから、うまくいったんだろう。普通のヴォーカル + バンドという編成では、前からしか音が聞こえないから、そもそもサラウンド化することに無理がある。でも今回はチェロだのホーンだのがいて、四方八方から音が聴こえても不思議じゃない楽器編成だから、そういう意味で向いていたんだろうね」