一度でも多く弾きたい――“ノルウェーの妖精”ヴィルデ・フラングが熱い気持ちで臨んだふたつの協奏曲

ヴィルデ・フラング   2016/06/29掲載
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 “ノルウェーの妖精”は、じつに明るく楽しげに音楽を語るキャラクターだった。2009年にシベリウスのヴァイオリン協奏曲などを弾いて、EMIからCDデビュー。その後も数枚のCDや来日公演などでファンを増やしてきたが、そのペースはけっして周囲の景色に目もくれないほどの激走というわけでもない。キャリアを築きたい20代の音楽家としてはマイペースすぎるような気もするが、それだけに出来上がったものは本人が納得できるクオリティなのだろう。
 2016年2月にリリースされた新譜には、やや意表を突くエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトベンジャミン・ブリテンのヴァイオリン協奏曲を収録。どちらも1930年代から40年代、世界が経済恐慌や紛争・戦争などで震撼していた時代の曲だが、曲の性格はまったく違う。ヴィルデ・フラングはそれぞれの曲に魅了され、熱い気持ちをもってレコーディングに臨んだという。
――近年、フラングさんのような若い世代のヴァイオリニストがコルンゴルトの協奏曲を弾くようになりました。
 「初めて聴いたのは、たしか9歳か10歳くらいでした。最初はまったく理解できず、頭の中に“?”マークが浮かぶほどでしたけれど、ヤッシャ・ハイフェッツが演奏している有名な録音を聴き、自分も弾きたいと思うようになったのです。ヴァイオリン協奏曲としてはロマン派最後の作品と言えるでしょうし、映画音楽を素材として構成されているせいか安っぽい音楽だと批判されたこともあったようですが、血が通った素晴らしい曲ですよ。素晴らしいメロディが次から次へと続きますので、弾いているときは自分もヴァイオリンと一緒に歌っている気分ですし、空を飛んでいるような気分にさえなりますから。もっとたくさんのヴァイオリニストがレパートリーに入れて、スタンダードにするべきだと思います。この曲をまだ聴いたことがないという方がいらっしゃったら、“お願いだからすぐに聴いてみて!”と言いたいですね」
――その一方でブリテンの協奏曲は、コルンゴルトとまったく違ったキャラクターです。
 「コルンゴルトは響きがとても豊かで、大きな海のようですし、指揮者がオーケストラに対して絶えず“シーッ、音を抑えて”と言わなくてはならないほど。でもブリテンの曲は不安と絶望に満ちたドラマで、第3楽章などは死と戦うヴァイオリニストみたいな気分になります。オーケストラの響きは天国を見せてくれるけど、自分は白鳥の歌を奏でるみたいで息も絶え絶えですし、結局は手が届かない。最初にこの曲を聴いたのは18歳のときでした。ラジオで聴いたのですが、本当に強いショックを受けましたよ。それまでにもブリテンの作品は〈青少年のための管弦楽入門〉や『ピーター・グライムズ』、それから今でも大好きな〈無伴奏チェロ組曲〉などいくつか聴いていましたが、ヴァイオリン協奏曲を聴いたときには“こんな曲があったの?どうしてみんな弾かないの?こんな素晴らしい曲なのに!”と興奮したのです。それはコルンゴルトも同じなのですが、まったく違った2曲のコントラストが面白いと思いませんか?」
photo: ©Marco Borggreve
――今回もご自分が望んでの2曲だと思いますが、フラングさんのCDはまだ数枚ですし、冒険的な選曲だという印象も強いです。
 「協奏曲のソリストとしてさまざまなオーケストラに呼んでいただきますが、ベートーヴェンブラームスの協奏曲も素晴らしいですけれど、私はブリテンやコルンゴルトを一度でも多く弾きたいと思っています。応援のフラッグを振っているような気分ですね。もちろんレコーディング・スタッフは、もっとたくさんの人が聴いてくれる曲を……と考えているかもしれません。でも私ときたらクリスマス・プレゼントに最適という曲は選ばないし、これからもバルトークの協奏曲やジョルジュ・エネスコの弦楽八重奏曲はどうかしらと思っているくらい。スタッフはとても辛抱強く私に付き合ってくれていますから、私は本当に恵まれています」
――このインタビュー前に、FMラジオの番組(生放送)でノルウェーの民族的な曲を弾いたとうかがいました。クラシック以外の音楽も聴きますか?
 「エラ・フィッツジェラルドビートルズボブ・ディランの曲が好きです。古い音楽ばかりで、おばあちゃんみたい(笑)。それからパコ・デ・ルシアは私のヒーローですね。ヨーヨー・マのようにボビー・マクファーリンと共演したり、シルクロード・アンサンブルのようなグループで弾いたりすることに憧れます。私自身は今のところクラシック音楽の枠内で活動していますが、ダンサーや画家、写真家など、素晴らしいアーティストと一緒に新しいものを生み出してみたいという願望がありますので、チャンスを待ちたいと思います」
取材・文 / オヤマダアツシ(2016年5月)
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