【グザヴィエ・ドゥ・メストレ】 ハープの貴公子が誘う、ヴェネツィアの夜

グザヴィエ・ドゥ・メストレ   2012/06/14掲載
はてなブックマークに追加
 ウィーン・フィルのソロ・ハーピストを務め、退団後はソリストとしてますます活発に活動しながら、世界的指揮者やオーケストラ、スター歌手たちとの共演を重ねてきたグザヴィエ・ドゥ・メストレ。我が国でも“ハープの貴公子”の名にふさわしい見目麗しき舞台姿と驚異のテクニック、幅広い音楽性でファンを魅了してきた。今回の日本公演では4月にリリースした最新アルバムと同じく、オーストリアのピリオド楽器による室内オケ、ラルテ・デル・モンドとともに、ヴィヴァルディマルチェッロらバロックの巨匠たちのヴァイオリンやリュート、オーボエのための楽曲を巧みなアレンジで演奏。聴衆を17世紀ヴェネツィアの夜の世界に誘った。
――最新アルバムは、タイトル(『ヴェネツィアの夜』)も素敵ですね。
グザヴィエ・ドゥ・メストレ(以下、同)「今回はヴェネツィアの作曲家たちによる名協奏曲の数々を採り上げましたが、あまりにバロック音楽的な一枚になるのを避け、ヴェネツィアという街の幅広いイメージを捉えてみようと思いました。個人的には暗くて謎めいた夜の雰囲気が好きです。昼間は明るすぎるし、観光客も多いですからね(笑)」
――薄明かりのなかで浮かび上がる光と影のイメージが、煌びやかだけれども、どこかクールなハープの音色に重なります。
 「その点では、たとえばヴィヴァルディ『四季』からの〈冬〉がうまくいったと思います。雪が降る灰色の空の感じや、氷やつららの割れる音、頬にあたる冷たい風の感覚などが表現できた。それでいて、どこか神秘的な雰囲気も醸し出されていますし。じつは、あまりに有名な楽曲なので最初は乗り気ではありませんでした。でも編曲が素晴らしくて! お馴染みの曲が、ものすごく新鮮な姿で目の前に現れた気がしました」
――共演のラルテ・デル・モンドとの息もぴったりです。
 「このプロジェクト自体、最初からこのオーケストラの協力を得て構想を膨らませてきたものです。芸術監督の(ヴェルナー・)エールハルトさんには以前、ほかのプロジェクトでご一緒した時に、私のアイディアを話していました」
――もともとオーボエやヴァイオリンのために書かれた協奏曲をハープで演奏するのは、ある意味チャレンジですよね。
 「もちろん私の発想としては、J.S.バッハがヴィヴァルディやマルチェッロの協奏曲を鍵盤楽器用に編曲したものが最初にありました。でもバッハの編曲そのものを使いたくはなかった。もっとイタリア的な部分を活かせないかと思ったのです。とくにゆっくりとした楽章におけるレガートを活かしたくて、さまざまな動きや装飾で工夫して、長いメロディ・ラインを表現しています。かなり練習もしましたよ。でもピアノよりはハープの方が直接手で弦に触れられるぶん、ラインを繋げやすいかもしれないですね。まあ、ちょっぴり特殊なテクニックを要しますが(笑)」
――アルヴァーズ作曲の「マンドリン」は、最初からハープのために書かれた楽曲だとか。
 「彼は19世紀の名ハープ奏者で、ベルリオーズをして“ハープのリスト”と言わしめたヴィルトゥオーゾだったとか。この曲はヴェネツィアで聴いたマンドリンに感銘して書かれたもので、出だしこそきわめてマンドリン的なのですが、だんだんハープらしい美しさが感じられる構成になっていて、大好きな曲です」
――ゴドフロワ作曲の「ヴェニスの謝肉祭」もアルバムのなかでいいアクセントになっています。
 「まるでパガニーニの『24のカプリース』みたいな難曲で、しかも24の変奏が全部ひとつに詰まっているようなすごい曲。ハープ演奏の難しさを体現したような作品ですが、あたかも謝肉祭で使われるさまざまな種類の仮面のように、歓びや哀しみなどいろんな表情が浮かび上がるところが面白いです」
――アルバムごとに違う世界を紡ぎ出し、また、つねにいろんなアーティストと共演を重ねられています。次にハープでどんな世界を聴かせてくれるのか、ファンはいつも楽しみにしています。
 「ハープの新しい側面を見せるだけでなく、私自身の違った面を皆さんに知ってもらいたいのです。新しいテーマに挑戦するのはほかでもない、自分のため。ひとつの型に収まりたくはないんです。人生は短いですからね。これからも探求心旺盛に興味が向くまま、新しい世界を広げていきたいです」
――大学などで後進の指導にもあたられていますが、若い演奏家にいつも言うアドバイスは?
 「“ただのハープ奏者になるな、音楽家たれ”とよく言っています。優れたテクニックは目標ではなく、偉大な音楽を表現する手段のひとつに過ぎないことを忘れるなと。そして、自分らしさを追求して欲しい、他人のマネではなく。……簡単なことではありませんけどね」
取材・文/東端哲也(2012年5月)
最新 CDJ PUSH
※ 掲載情報に間違い、不足がございますか?
└ 間違い、不足等がございましたら、こちらからお知らせください。
※ 当サイトに掲載している記事や情報はご提供可能です。
└ ニュースやレビュー等の記事、あるいはCD・DVD等のカタログ情報、いずれもご提供可能です。
   詳しくはこちらをご覧ください。
[インタビュー] 中国のプログレッシヴ・メタル・バンド 精神幻象(Mentism)、日本デビュー盤[インタビュー] シネマティックな115分のマインドトリップ 井出靖のリミックス・アルバム
[インタビュー] 人気ピアノYouTuberふたりによる ピアノ女子対談! 朝香智子×kiki ピアノ[インタビュー] ジャック・アントノフ   テイラー・スウィフト、サブリナ・カーペンターらを手がける人気プロデューサーに訊く
[インタビュー] 松井秀太郎  トランペットで歌うニューヨーク録音のアルバムが完成! 2025年にはホール・ツアーも[インタビュー] 90年代愛がとまらない! 平成リバイバルアーティストTnaka×短冊CD専門DJディスク百合おん
[インタビュー] ろう者の両親と、コーダの一人息子— 呉美保監督×吉沢亮のタッグによる “普遍的な家族の物語”[インタビュー] 田中彩子  デビュー10周年を迎え「これまでの私のベスト」な選曲のリサイタルを開催
[インタビュー] 宮本笑里  “ヴァイオリンで愛を奏でる”11年ぶりのベスト・アルバムを発表[インタビュー] YOYOKA    世界が注目する14歳のドラマーが語る、アメリカでの音楽活動と「Layfic Tone®」のヘッドフォン
[インタビュー] 松尾清憲 ソロ・デビュー40周年 めくるめくポップ・ワールド全開の新作[インタビュー] AATA  過去と現在の自分を全肯定してあげたい 10年間の集大成となる自信の一枚が完成
https://www.cdjournal.com/main/cdjpush/tamagawa-daifuku/2000000812
https://www.cdjournal.com/main/special/showa_shonen/798/f
e-onkyo musicではじめる ハイカラ ハイレゾ生活
Kaede 深夜のつぶやき
弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015