ウィーン・フィルのソロ・ハーピストを務め、退団後はソリストとしてますます活発に活動しながら、世界的指揮者やオーケストラ、スター歌手たちとの共演を重ねてきた
グザヴィエ・ドゥ・メストレ。我が国でも“ハープの貴公子”の名にふさわしい見目麗しき舞台姿と驚異のテクニック、幅広い音楽性でファンを魅了してきた。今回の日本公演では4月にリリースした最新アルバムと同じく、オーストリアのピリオド楽器による室内オケ、
ラルテ・デル・モンドとともに、
ヴィヴァルディや
マルチェッロらバロックの巨匠たちのヴァイオリンやリュート、オーボエのための楽曲を巧みなアレンジで演奏。聴衆を17世紀ヴェネツィアの夜の世界に誘った。
グザヴィエ・ドゥ・メストレ(以下、同)「今回はヴェネツィアの作曲家たちによる名協奏曲の数々を採り上げましたが、あまりにバロック音楽的な一枚になるのを避け、ヴェネツィアという街の幅広いイメージを捉えてみようと思いました。個人的には暗くて謎めいた夜の雰囲気が好きです。昼間は明るすぎるし、観光客も多いですからね(笑)」
――薄明かりのなかで浮かび上がる光と影のイメージが、煌びやかだけれども、どこかクールなハープの音色に重なります。
「その点では、たとえばヴィヴァルディ『四季』からの〈冬〉がうまくいったと思います。雪が降る灰色の空の感じや、氷やつららの割れる音、頬にあたる冷たい風の感覚などが表現できた。それでいて、どこか神秘的な雰囲気も醸し出されていますし。じつは、あまりに有名な楽曲なので最初は乗り気ではありませんでした。でも編曲が素晴らしくて! お馴染みの曲が、ものすごく新鮮な姿で目の前に現れた気がしました」
――共演のラルテ・デル・モンドとの息もぴったりです。
「このプロジェクト自体、最初からこのオーケストラの協力を得て構想を膨らませてきたものです。芸術監督の
(ヴェルナー・)エールハルトさんには以前、ほかのプロジェクトでご一緒した時に、私のアイディアを話していました」
――もともとオーボエやヴァイオリンのために書かれた協奏曲をハープで演奏するのは、ある意味チャレンジですよね。
「もちろん私の発想としては、
J.S.バッハがヴィヴァルディやマルチェッロの協奏曲を鍵盤楽器用に編曲したものが最初にありました。でもバッハの編曲そのものを使いたくはなかった。もっとイタリア的な部分を活かせないかと思ったのです。とくにゆっくりとした楽章におけるレガートを活かしたくて、さまざまな動きや装飾で工夫して、長いメロディ・ラインを表現しています。かなり練習もしましたよ。でもピアノよりはハープの方が直接手で弦に触れられるぶん、ラインを繋げやすいかもしれないですね。まあ、ちょっぴり特殊なテクニックを要しますが(笑)」
――アルヴァーズ作曲の「マンドリン」は、最初からハープのために書かれた楽曲だとか。
「彼は19世紀の名ハープ奏者で、
ベルリオーズをして“ハープのリスト”と言わしめたヴィルトゥオーゾだったとか。この曲はヴェネツィアで聴いたマンドリンに感銘して書かれたもので、出だしこそきわめてマンドリン的なのですが、だんだんハープらしい美しさが感じられる構成になっていて、大好きな曲です」
――ゴドフロワ作曲の「ヴェニスの謝肉祭」もアルバムのなかでいいアクセントになっています。
「まるで
パガニーニの『24のカプリース』みたいな難曲で、しかも24の変奏が全部ひとつに詰まっているようなすごい曲。ハープ演奏の難しさを体現したような作品ですが、あたかも謝肉祭で使われるさまざまな種類の仮面のように、歓びや哀しみなどいろんな表情が浮かび上がるところが面白いです」
――アルバムごとに違う世界を紡ぎ出し、また、つねにいろんなアーティストと共演を重ねられています。次にハープでどんな世界を聴かせてくれるのか、ファンはいつも楽しみにしています。
「ハープの新しい側面を見せるだけでなく、私自身の違った面を皆さんに知ってもらいたいのです。新しいテーマに挑戦するのはほかでもない、自分のため。ひとつの型に収まりたくはないんです。人生は短いですからね。これからも探求心旺盛に興味が向くまま、新しい世界を広げていきたいです」
――大学などで後進の指導にもあたられていますが、若い演奏家にいつも言うアドバイスは?
「“ただのハープ奏者になるな、音楽家たれ”とよく言っています。優れたテクニックは目標ではなく、偉大な音楽を表現する手段のひとつに過ぎないことを忘れるなと。そして、自分らしさを追求して欲しい、他人のマネではなく。……簡単なことではありませんけどね」
取材・文/東端哲也(2012年5月)