山村響(ひびく)は声優であり音楽家である。音楽活動をする声優はめずらしくないが、彼女の場合、2020年から音楽活動は所属事務所のマネジメント外で行なっており、作詞・作曲はもちろん、CDの通信販売やライヴのブッキングまでみずからこなす完全セルフ・プロデュースのインディペンデント・アーティストなのがユニークなところだ。
その体制でのリリース第2弾となる5曲入り『town EP』(2021年9月発表)は、ファンキーでキュートでアダルトな、彼女が言うところのチル・ミュージックが詰まった好作品。前作の3曲入りシングル「Suki」(2020年4月)ともども、歌声もメロディもサウンドも快適で、都市生活者の喜怒哀楽を綴ったほろ苦いリリックもすばらしい。
これら計8曲のセルフ・プロデュース作品について、山村自身に1曲ずつ語ってもらった。声優としてのキャリアを含む彼女の仕事全般については
別媒体(FREENANCE MAG) で聞いたので、そちらもぜひ読んでみていただきたい。
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先日、ライヴにお邪魔したとき 、2020年より前の曲を歌わない理由をMCで説明されていましたよね。2010年のCDデビュー以来、歌のキャリアも十分ありますが、「Suki」以降のセルフ・プロデュース路線は別物みたいな感覚なんでしょうか?
「そうですね。その直前にTOKYO LOGICさんという音楽制作会社と組んで作った『Love Magic』(2018年)と『Take Over You』(2019年)の制作を通して、ようやく自分のやりたいことが見えてきた感があったんです。キャラクターを背負うんじゃなく山村響として歌うときは、自分の言葉で届けたいなって。悩んだ末に"全部自分でやってみよう"と思って、2019年の5月ごろからDTMの勉強を始めました」
――アレンジャーにクレジットされているのはappleCiderさんですが、サウンド面にも山村さんのご意見がある程度、反映されているんですね。
「はい。前作の〈Suki〉はDTMを触り始めた直後に作ったので、たとえば〈カラメル〉は使いたいリズムとコードと仮歌を入れたのを作って、それをappleCiderさんに渡して肉づけしたりコード進行を整えたりしてもらいました。〈▶はじまりのまち〉は先にメロディができたので、鼻歌で聴いてもらってアレンジの方向性を決めてもらって、そこに"こういう音を入れたい"とか"こういう雰囲気にしたい"とか、隣でうるさく言って作っていただきましたし、〈Rudder feat. 西山宏太朗〉みたいに、先にアレンジをしてもらってわたしがメロディと歌詞を乗せた曲もあります」
――「Suki」のときより『town EP』では制作スタイルが洗練されてきている?
「前作も隣でああだこうだ言うスタイルではあったんですけど、より研ぎ澄まされたと思います。〈Suki〉の曲は全部、家で歌を録って、コーラスも自分でわからないなりに考えて録って整えてもらいましたけど、今回はスタジオで録ったので、より本格的に作れたかなって感じですね」
――ぜったくんがお好きなんですよね。
「ある 日YouTubeのおすすめに出てきたのを見て"なんだこれは!"と衝撃を受けたんです。曲もいいし、トキチアキさんのアニメも見たことないタッチだし。ぜったくんって、日常のいろんなシーンを切り取って曲にしてるじゃないですか。肩肘張らない感じで、東京の街で生活しながら毎日を生きてることが透けて見えてくるのがめっちゃ好きです。ラップもつぶやきっぽくて、邪魔はしないんだけどすっごく入ってくるし、歌詞も想像を刺激する感じなのがすてきだなと思って」
――ほかにはどんな音楽がお好きですか?
「最近はkiki vivi lilyさんが大好きで、『town EP』を作ってたときは彼女の『Good Luck Charm』をめっちゃ聴いてました。曲がすごくいいし 、聴き心地がよくて。最近はそういうチル・ミュージックをよく聴く傾向がありますね。若いころはバンド・サウンドが好きでしたけど、無意識のうちにケツメイシさんとか、ラップ・ミュージックもよく聴いてたんです。自分がこういう楽曲を作るようになったときに思い出しました」
――シングル「Suki」の3曲と『town EP』の5曲、計8曲について、作った順にひとつひとつお話を聞かせてください。
「最初は〈Suki〉でした。appleCiderさんに"曲は誰だって作れる。鍵盤で指を3本使って、ドミソからスライドしていって、気持ちいいって感じるコードを4つ選べば、それでループできるから"って言われて作った曲です(笑)。なるほどと思って好きな響きを探して、後から考えたらIV-III-II-I進行だったんですけど、何度も弾いてるうちにメロディと歌詞が出てきたんです。"これはできるかも"と思って携帯で録ったのが始まりでした。仮歌を録って聴いてもらったら、"めっちゃいいね。このままアレンジしちゃおう"って言われて、勢いでワン・コーラスできちゃった感じです。その後に本歌を録ったんですけど、仮歌のほうが雰囲気がいいからそっちを採用しました。ただ、そのとき使っていたヘッドフォンが開放型だったので、クリックの音が微妙に入っちゃってて(笑)。極限まで聞こえないように音をいじってもらいました」
――山村響セルフ・プロデュースの第1弾がこの曲なんですね。
「そうなんです。自分ではピアノ一本の王道バラードみたいなイメージだったんですけど、appleCiderさんに"もっと面白い音やヴォーカルのカットアップを入れたり、ビートもヒップホップっぽい質感にしたら、いい感じのチル・サウンドになると思う"って言われて。予想外のアレンジでしたけど、めちゃくちゃはまりました」
――サビの音を伸ばすところのヴォコーダーが気持ちいいです。
「最初は生声のイメージだったんですけど、"ヴォコーダーとかかけると超よくなるんよ"って言われて、半信半疑で聴いてみたら、たしかに生では出ない雰囲気が出るんですよ。今まではずっと生声、生音主義みたいなところがあって、ライヴも絶対にフル・バンドがいいとかこだわってたんですけど、いろんな形で音楽を作っているうちに面白いやり方がいっぱいあることを知って、"昔のわたしだったら絶対イヤだって言うけど、めっちゃいい。これでいこう"ってなりました。この間のライヴでも、ドラムとキーボードだけお願いして、あえて同期を多めに使ったりしましたし」
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――音楽観が変わってきているんですね。じゃあ、次に作ったのがシングルだと1曲めに入っている「カラメル」ですか?
「はい。星野源さんの〈さらしもの feat. PUNPEE〉に影響されて作った曲です。好きな和音のループを作って、ヒップホップの要素が入った楽曲をいろいろ聴いたりしながら、見よう見まねで。ものまねは得意なんですけど、それで終わらないように、自分のなかにうまく落とし込めたらいいなって思いながらやりました」
――カラメルの苦みと甘みから連想を広げていくような作詞をしていますよね。
「最初〈シロップ〉って曲にしたいと思ってたんです。シロップは甘い、というところから、そういえば甘い生活はできなかった苦い思い出があるな、みたいな漠然としたイメージからどんどん突き詰めていって、"真のテーマはシロップじゃないな、何だろう……カラメルだ!"って思いついて、一気につながっていきました。プリンのカラメルってちっちゃいころは苦くて残したりしてたし、あんまり日の目を浴びない嫌われ者的な存在だなって思って。これはオーディションに落ちた歌です(笑)」
――"いつも選んでたやつ あんまいやつ""何故かずっと 売り切れてばっか"……なるほど(笑)。
「くやしかった気持ちを恋愛に置き換えたんです。そういう書き方をすることが多いですね。恋愛に限らず、人生って選んだり選ばれたりがたくさんあると思うんですけど、選ばれなかった未来を書きたいなと思って」
――ラストの"真夜中にやってるおいしいごはんやさん"ですが、生活音をパーカッションみたいに使っているのが面白いですね。
「計量カップに水を注いだりビールのジョッキで乾杯したりまな板をトンって叩いたり、うちのキッチンまわりのものの音を録って、それでビートを作ってもらいました。これ、実際に真夜中にやってるおいしいごはんやさんでできた曲なんですよ(笑)。2020年1月にシンガー・ソングライターの友達とツーマン・ライヴをやって、2人で打ち上げをしてたときに、"肩肘張らないで曲を作ったほうがいいんだよ"みたいな話になって、そのときに出てきたメロディを"おお、録っとこ録っとこ"みたいな感じで。"まな板の音とか入れてみたら面白いじゃん"っていうのもそのときのアイディアです」
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――そして第2弾『town EP』ですが、これは作った順番でいうと?
「〈▶はじまりのまち〉が最初ですね。わたし『ポケットモンスター』が大好きで、声優を目指すきっかけになった作品なんです。ポケモンのゲームではパーティがいろんな街を旅していくんですけど、その街をフィーチャーした曲を作りたいなと思って、ゲームの始まりの街に自分の生活や思いを重ねたのが〈▶はじまりのまち〉でした。始まるときの曲というよりは始まりを思い返す、まさに今の自分の気持ちを書いた曲です」
――この曲もラップがいいですね。"わかんない"と"いかんたい"で踏んだりとか、九州弁が入っているのが面白いです。"そうじゃ"もそう?
「"そりゃそうじゃ!"はポケモンのオーキド博士のセリフです」
――すみません(笑)。ポケモンを全然知らないので、元ネタがわからなくて。
「いえいえ。わからない方にも楽しめるように作ったつもりですし、好きな方はいろんな細かい仕掛けに気づいていただけると思います。なのでappleCiderさんにはゲームっぽい音を入れていただいたり、MVを作ってくださったトキチアキさんにも裏テーマをお伝えして、ゲームボーイを出してもらったりしたんです」
――MVもかわいいですね。
「この曲がEPの始まりでもあったし、リード曲としてめちゃくちゃ力を入れて作ったので、MVは絶対に作りたかったんです。トキさんみたいなアニメMVがいいなってずっと思ってて、作ってくださる方を探したんですけど、"やっぱトキさんがいい"となって、ダメもとでお願いしたら"ぜひ"って返信をいただけたんですよ。すっごくうれしかったし、自信になりました」
――ブックレットのイラストも全部描いてもらっていますし、トキさんのイラストがアルバムのキー・ヴィジュアルになっていますよね。
「当初はMVだけのお話だったんですけど、"アートワークもよろしければお願いできないでしょうか"とご相談したら、"ぜひやらせてください"と言ってくださって」
――最後のサビに子どもみたいな声のコーラスをかぶせているのも面白いです。
「あれもポケモンリスペクトです。昔、ポケモンの映画は尺が長い本編ともうひとつ短編の作品が併映されてて、その短編映画でポケモンキッズっていう子どもたちが歌ってた主題歌がすごく好きだったんです。当時はポケモンの歌をポケモンキッズがコーラスをしてる曲が多かったので、それを彷彿とさせたくて。あと、自分がちっちゃいころから目指していた夢の場所までようやくやってきたなっていうちょっとノスタルジックな奥行きを持たせたかったのもあって、子どもみたいな声のコーラスを入れたんです。自分で声色を変えられたので、声優をやっててよかったと思いました(笑)」
――次に作ったのはどの曲ですか?
「〈Stone Land〉です。ゲームの感覚で、旅をする順番で作っていったので、ほぼ作った順が収録順になってますね。2番めの街がニビシティっていって石の街なので、無骨な雰囲気と石っぽい硬い感じを出したいということで、四つ打ちの曲になりました」
――"堅い意志"は"硬い石"にかけているんですね。コーラスもご自分ですよね。
「そうです。〈Stone Land〉は〈▶はじまりのまち〉に比べると軽いノリで、比較的悩まずスムーズにできました。〈▶はじまりのまち〉の次の曲ということで、ちょっと息抜き的なポジションの曲として作ったんですけど、好きだって言ってくださる方が予想外に多くてうれしいですね」
――歌い出しのヴァースからSNS嫌いがわかるなと思いました。
「(笑)。基本的にあまり得意ではないです。いい部分よりイヤな部分のほうが目についてしまうことも少なくなくて(笑)。この曲は自分の置かれている状況に対するマイナスの感情を表に出して作りました。"きれいなことばかりではない世界だけど、自分はここで生きていきたいんだからしょうがない"みたいな、ちょっと皮肉っぽい感じです。病みそうだけどなんとかやっていこうっていう」
――"隣のあの子みたくはなれんわ/キラキラふわふわはようせんわ"ときて"ねぇねぇ、こっちも見ていきませんか?"ですからね。ちょっと「カラメル」にも通じるような。
「そうですね。日々の生活の中で、基本的に絶好調なときはなくて(笑)。でも、そういう精神状態のほうがいい曲ができることが多いんですよね」
――「 おてんばマーメイドの憂鬱な時間」は、さすがにポケモンを知らない僕でも、なんとなく元ネタがありそうだとわかります(笑)。
「自分のことを"おてんば人魚"って呼んでるアニメの初代ヒロイン、カスミちゃんの気持ちを表現した感じです。すごく 気が強い子で、意地を張って本当の気持ちを言えなかったり、気づけなかったり。そういう部分って誰にでもあるものだから、そこから自分なりに広げて書きたいなと思ったんです。いつもギャーギャー口うるさいけど、憂鬱になる時間だってあるのよっていう。憂鬱な感情をとつとつとモノローグで語ってる感じを出したかったので、極力声のボリュームを出さないようにして歌いました」
――ウィスパーですものね。"ねぇ自転車返してよ"というのは?
「サトシくんがカスミちゃんの自転車を借りて瀕死のピカチュウをポケモンセンターに連れて行って、そのまま自転車を壊しちゃうんです。それから彼女は"弁償してもらうまでついていくわよ!"って言って一緒に旅をするんですけど、そのストーリーへのオマージュです」
――見ていた人は完璧にわかるやつですね。
「じつはアンデルセンの『人魚姫』の物語もからめてあるんです。人魚姫は王子さまと結ばれたくて魔女と取引をして、脚を手に入れた代わりに舌を失って自分の想いを伝えられず、王子さまは別の王女さまと結婚してしまうじゃないですか。そのストーリーをふまえて、本音じゃないことを言って強がるのをやめれば、人間になって素直に会いに行けるのかなって」
――それで"泡にもなれずに"とか"人にもなれずに"と歌っているんだ。ポケモンのカスミちゃんと人魚姫を重ねるとは、すごく工夫を凝らしていますね。
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――「Rudder feat. 西山宏太朗」は西山さんと山村さんの声の相性が最高ですね。
「わたしもびっくりしました。もともと普通にソロ曲として作ったんですけど、appleCiderさんに"西山くんに参加してもらったらどうですか?"みたいに言われて。"実現したら最高だけど、個人でやってることだし、参加してくれるかな"って不安でした。だけど"言うだけ言ってみよう。ダメだったら普通にソロ曲でいいや"って思い切って連絡してみたら、"やらせてください!"ってすぐ返信してくれて。そこから西山くんの所属事務所とわたし個人とでいろいろ調整して実現しました。彼も録った直後のラフを聴いて"すごくいいですね!"って言ってくれたんですけど、本当にすごくいいものができたなと思いました」
――西山さんの「ラストランデブー」(『Laudry』に収録)に山村さんが参加したのがきっかけですか?
「そうですね。〈ラストランデブー〉のときは事務所から"西山さんご本人の希望です"って聞いて、めっちゃうれしかったです。西山くん本人からも連絡が来て、"じつは響さんの曲、好きでめっちゃ聴いてるんです"って言ってくれて。好きな音楽の方向性が似てるなと思いました。RECに行ったときも、"西山くんこのアーティスト好きだよね?""好きです! 響さんこの人好きですよね?""好き!"みたいに盛り上がったし、こっちにも参加してくれたらいいなとは思ってたんです」
――まさに"やってみなくちゃわかんない!"ですね。
「本当にそうです。これもサトシくんのセリフなんですけど、ちっちゃいときから大好きな言葉で、ずっとその精神でやってきました。今回のEPは特にその"やってみなくちゃわかんない!"精神で色んな方にお願いをしてみて、実現したことがたくさん生まれました。〈Rudder〉は人生に何度か巡ってくる絶好調の瞬間を書きたくて、ちょっと浮かれた感じにしたんですけど、西山くんが入ってくれることになって、ラップ・パートは彼に合わせて歌詞を書き直しました。"西"と"響"って文字も入れて」
――それはわかりましたが、ポケモンに無知な僕が気づかないだけで、全体に小ネタ満載っぽいですね。
「ゲームの4番めの街で船のダンジョンを探索するときのBGMをモチーフに別のメロディを作って、イントロでオマージュしてたりもしますね。"船酔いもしちゃうけど/笑って背中さすろう"っていうのは、その船のダンジョンで船酔いしてる船長の背中をすりすりしてあげると旅に必要なアイテムをもらえるっていうイベントをからめたんです(笑)」
――これもMVが作られましたね。
「もう1曲ぐらいMV的なものを出したほうがいいなと思って、どうしようかなって考えてたときに、たまたまツイッターで女の子が歩いてるアニメーションがすっごいバズってたんです(https://twitter.com/akiya_ls/status/1414790973423439873)。制作されたのはアキヤレモンサワーさんっていう方なんですけど、めちゃくちゃかわいくておしゃれで、絶対にこの曲に合うと思って。そのツイートのツリーに"MVとかアニメーションのお仕事興味あるので何かあればご相談下さい"と書いてあったので、ホームページのフォームから突撃しました(笑)。あんまり時間もなかったので、あの歩いてる女の子の感じでリリックビデオを……っていうつもりでしたけど、いろんなカットを盛り込んでくださって、とても華やかな作品に仕上げていただきました。この曲をさらに押し上げていただけたなと思います」
――最後の「"Pom"」ですが、この言葉はどこからきているんですか?
「ちっちゃいころに飼ってた子犬の名前です。すっごくかわいがってたんですけど、わたしの不注意でズボンのホックを飲み込んじゃって。手術もしたんですけど、まだ小さかったので、死んでしまったんです」
――ああ、それで"いつかどこかでまた会えたら"と……。
「ポケモンの5番めの街が、ポケモンたちのお墓がある場所なんですよ。子どものころは怖かったですけど、今考えると重たいテーマを子どもに伝えてくれてたんだなと思って、死と向き合った歌を作ってみようと。キャラクターの心情に、ポムのことだったり、近年、身近な方が亡くなった経験もしたので、その思いも重ねました」
――それなりに年齢を重ねた大人じゃないとうたえない歌ですね。
「ただ、自分なりに死に直面したときに、これは絶対的な別れではないんだなと感じたんです。目には見えなくなってしまったけど、ずっとつながっていて、会えなくなってしまったわけではないんだ、って。そういう大切な人やものとのつながりを伝えられるような、優しい曲にしたかったんです」
――CDでは最後に隠しトラックが入っていますが、これもポケモンと関係あるんですか?
「5番めの街から次の街に移動するときに地下通路を通らなきゃいけないんですけど、地下通路の曲を作っとこうかってなって、パッとできた曲です。実はゲームと照らし合わせるとまだ全部の街を旅しきれてなくて。CDを買ってくださったみなさまへ、次の街へと続くちょっとしたおまけ的な曲をサプライズプレゼントしたくて作りました。ふわふわしたサウンドが気に入っています」
――ひととおり話していただきましたけど、『town EP』がこんなにポケモンにインスパイアされた作品とは思っていませんでした。全編オマージュですもんね。
「裏テーマが"ポケモンの世界の街"なんです。裏テーマと言っておきながらここでものすごくしゃべっちゃってますが(笑)。〈"Pom"〉に対応しているのはシオンタウンっていう街なんですけど、そこで戦う主人公のライバルが、ポケモンのお墓がある場所で待ってて、彼のパーティにいたポケモンが1匹いなくなってるうえに"おまえの ポケモン しんだのか?"って話しかけてくるんです。いなくなったポケモンは死んだんじゃないかって都市伝説があったんですけど、公式に"ポケモンタワーでライバルに出会いますが、かれは何をしに来ていたのですか?""もしかすると、かれが大事にしていたポケモンに、タワーまで会いに来ていたのかもしれないわね……"というQ&Aが出て、認められたらしいんです(https://www.pokemon.jp/special/kowapoke/horrorspot/horrorspot003/)。その時のライバルの気持ちを自分の想いと重ねて歌詞を書きました」
――5曲通して、山村さんの人生から得たテーマとポケモンのモチーフが密接にからまっているわけですね。ポケモンは人生だ、と。
「はい。わたしにとっては人生です(笑)」
――「Suki」も『town EP』も負けず劣らずいいんですが、唯一の不満を言うなら、もうあと何曲かずつ聴きたかったです(笑)。
「うれしい。"ちょっと物足りないぐらいで終わっといたほうがいいよね"って思ったのもありますし、納期までに5曲が限界だったっていうのもあります(笑)」
山村響 LIVE 2021「town」より
山村響 LIVE 2021「town」より
――声優ポップスやアニメに詳しくない人にも聴いてほしいなと僕は思いましたが、山村さんご自身はどうですか?
「そうですね。アニメや声優というジャンルの垣根を超えてたくさんの方に聴いていただきたいです、すごく。わたしにとって音楽は音楽だから、声優として音楽をやる必要はないし、聴いてくださる方も声優フィルターを通していただかなくていいと思ってます。キャラクターソングは別として、山村響の名前で発表している音楽は"声優として"じゃなく"わたしとして"やってる意識なんです。もちろん世間的には声優のイメージが先行してるので、いい意味でそれを払拭していけたらいいなと思っています」
――かつては、声優活動は山村響、音楽活動はhibikuと名義を分けていましたよね。『Take Over You』をリリースしたときに名義を山村響に統一しましたが、そのあたりも関係ありますか?
「そうですね。特に名義を分けたときは完全に分けたいって気持ちがすごくありました。ただ、それって"声優として"音楽をやりたくないって思いが根本にあったからで、その思い自体は今も変わっていなくて。同じ思いを伝えるために真逆のアプローチをした感じです。山村響としてお芝居をして、山村響として音楽を作っているので、声優が音楽を作っているわけでも、ミュージシャンが声優をやっているわけでもないんです」
――どっちも人間・山村響であり、山村さん自身としてはどっちも同じくらいの情熱を傾けてやりたいということですね。
「そうなんです。"山村さんって結局どっちやりたいの?"みたいなことはたまに言われるんですよ。"先に歌手で始まった人だから、結局歌やりたいんだろうね"とか。傍目にはそう見えてしまうのもわかるから、自分のなかにあるこの感覚をうまく伝えるのってやっぱり難しいなとは思います」
――世間は人を肩書きで見ますからね。でも実際、声優としての山村さんのファンにもちゃんと届いているでしょうし、いつかかならずわかってもらえますよ。今後こんなふうにしたいというイメージはありますか?
「みなさんの前に立つときはウソがないものをしっかり届けたいという気持ちが昔からあるので、それがまずひとつ。もうひとつは、わたしには大それたことはできないと思ってるんですけど、できることは命をかけて全力で届けるので、受け取ってくださる方が少しでも増えたらいいし、曲を聴いて"よーし、楽じゃないけどとりあえず明日も頑張ってみるかぁ"って思って頂けるような、その人の背中を少しだけ押してあげられるような、そういう生き方をしたいです」
――英雄よりも、聴いてくれる人の心の近くにいられるような存在でありたいと。
「うん。そういうほうがかっこいいなって最近は思うようになりました」
――ありがとうございました。最後に言っておきたいことがありましたら。
「今はセルフ・プロデュースで小さな活動しかできてないですけど、来年以降もリリースもしていきたいですし、ライヴももっと大きいところでやりたいなって思って計画してますので、応援よろしくお願いします。今回初めて知ってくださった方も、よろしければちょっと頭の片隅にでも覚えておいていただけたらうれしいです。前作の時はほぼひとりで作っていましたが、今回は新たに西山くんやトキさんやアキヤさん、素敵な方々が協力してくださったので、この調子で一緒に旅を続けるパーティが大きくなっていったらいいですね」
取材・文/高岡洋詞