山中千尋、レコード・デビュー20周年を記念して、新録を含むバラード・ベスト・アルバムを発表

山中千尋   2021/12/14掲載
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 2001年10月にCDデビューを果たし、ニューヨークを拠点に世界各地で旺盛な音楽活動を展開してきた、日本が誇るジャズ・ピアニスト、山中千尋。2020年3月に帰国してからはコロナ禍で国内に留まっているが、10月末から各地でホール・ツアーを開催。11月6日には東京・すみだトリフォニーホールで「デビュー20周年記念コンサート」を成功させた。そんな彼女から20周年記念盤として、キャリア初となるバラード・ベスト・アルバム『Ballads』が届けられた。
Best Album
山中千尋
『Ballads』

UCCJ-9233(初回限定盤)

山中千尋『Ballads』linkfire
――バークリー音楽院を卒業後、日本の人気ジャズ・レーベル「澤野工房」からリリースされてセンセーションを巻き起こしたファースト・アルバム『Living Without Friday』から、もう20年になるんですね。
「あれ以来いろんなことを学んできたので、ここまで長い道のりだった気もするけれど、時間って本当に、歳を重ねれば重ねるほど早く進んで、どんどん過ぎ去っていくものですね」
――最新作『Ballads』は過去のアルバムからの13曲に、ソロ・ピアノで新たにレコーディングした3曲を加えたコンピレーション盤ですが、一枚を通して何か“祈り”みたいなコンセプトを感じました。
「コロナ禍でコンサートがすべて延期になった頃、ずっと家に籠もってバッハとかを練習していたんです。なので、新録3つのうちセロニアス・モンクの曲(「ルビー・マイ・ディア」)は、彼ならではの素晴らしいメロディが伝わるように意識して弾いたのですが、あとの2つ、〈ダニー・ボーイ〉と〈アイ・キャント・ ゲット・スターテッド〉は偉大なバッハの4声のコラールからインスピレーションを得てボイシングをしたりして、教会音楽のような気持ちで演奏しました」
――モンクの〈ルビー・マイ・ディア〉はアルバム『モンク・スタディーズ』(2017年)に収録されていた、疾走感があるヴァージョンも好きでしたが、ゆったりとした今回の新録もいいですね。
「ありがとうございます!」
――そして〈ダニー・ボーイ〉とフランク・シナトラの名唱で知られる〈アイ・キャント・ゲット・スターテッド〉はやはり“歌もの”だから曲から“想い”があふれてくるというか……。
「昔エド・シグペン(※オスカー・ピーターソン・トリオの名ドラマー)と一緒に演奏する機会を得た時、ものすごい速さでバラードを弾いたら“この曲の歌詞を考えたら、そのテンポはあり得ないよ”と言われたことがあって、今になってその言葉が身に沁みます。歌詞のあるものは、メロディの裏側にある世界を大事にして弾きたいなと思います」
――今さらですが、山中さんには文学的な才能がありますよね。オリジナルの曲名やアルバムのタイトル名にしても、言葉選びのセンスが抜群ですし。そういえば2020年、老舗の文芸雑誌『文學界』(文藝春秋刊)11月号の総力特集「JAZZ×文学」で、ベースを弾く社会学者の岸政彦さんと対談をされたり、短編小説「フェイシング・ユー」を発表されていたのを拝読しましたよ! とくに創作はジャズのことを題材にしつつも、現代文学として素直に楽しめました。
「昔、一度だけ小説のクラスに通ったこともあるんです……すぐに辞めてしまいましたが。子どもの頃から空想したりお話を作るのが好きで、母に“将来、作家になりたい”って話したら“とても食べていけないからピアノもやりなさい。そうだ、ピアノで挫折したらそれを書けばいいじゃない”って返されて、何てこと言うんだろうと思いましたが、母には藝大のヴァイオリン科を出て流行作家になった森瑤子さんのイメージがあったみたいで(笑)。そんな森さんにはとても及ばないとしても、私なりに書けるものを追究して、これからも創作は続けたい。個人的にはボルヘスやオクタビオ・パスのようなラテン・アメリカの作家の、マジック・リアリズム的な作品に惹かれます。あと昔の尾辻克彦(赤瀬川原平)さんの作品とか、(同じ頃に亡くなられた)稲葉真弓さんも好きですね」
――あの対談で岸さんもジャズの「論理に還元できないところが面白い」と仰ってたし、山中さんの「フェイシング・ユー」でも語り手であるアドリブが苦手な美咲が、コード進行やフレージング、スイングなど蘊蓄を語りたがるトランペット吹きの敬太に「暗号みたいなことばかり言ったり、吹いたりするんじゃなくて、わたしの心をじかにつかんで、揺さぶってみてよ」って最後に言い放つ場面がとても印象的でした。今回の『Ballads』にも通じると思います……たんなるお気に入り曲を集めたベスト盤じゃないし、音的に面白いってだけじゃなくて、メッセージが浮かび上がってくるというか……。
「ふだんのアルバムでもバラードは少なめですが、とりあげる時にはメロディだけで世界を完結させるつもりで弾きます。いろんな人のバラード演奏からも影響を受けていて、たとえば〈フォー・ヘヴンズ・セイク〉(2007年の『アビス』収録)はウェス・モンゴメリーのギターが本当に素敵。ギターもピアノも声のように音を長く伸ばし続けることはできない儚いものだからこそ、旋律を紡ぐことで歌の持つ本質を表現できたらいいなと思っています。もっとも〈キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・ユー(君の瞳に恋してる)〉(2011年の『レミニセンス』収録)は本来バラードではないのだけれど、ビートの刻み方が私にとってゆったりとしたイメージのあるガムラン音楽ぽいので、その雰囲気でカヴァーしました」
山中千尋
――オリジナル曲にも“歌心”を感じました。「オン・ザ・ショア」(2014年の『サムシン・ブルー』収録)は夕日の浜辺で聴く鎮魂歌みたいで。
「親子でメキシコ旅行に行った時、母が自分の誕生日だから着物を着たいって言い出して、気温が40度くらいあるなか、レストランのコテージで食事したんです。暑くて帯が苦しくて“レコーディングまで間がないのに、何で私は母に連れ出されてこんなところにいるの? でも、カリブ海って何て穏やかで、美しいエメラルドグリーンなんだろう”って思いながら、生まれた曲(笑)。ベニー(・ベナック三世 / tp)とジェリール(・ショー / sax)がすごくロマンティックに吹いてくれた」
――「コート・イン・ザ・レイン」(2016年の『ギルティ・プレジャー』収録)の“コート”は“coat”ではなく“caught”のほうですね。
「バルセロナに行った時に、ガウディ作のグエル公園で雨に降られて、でも日本と違って誰も傘をささないし、遠くに虹が見えて綺麗だった。そんな“雨につかまった”人々の情景を思い描きながら書いた曲です」
――「オーリンズ」(『サムシン・ブルー』収録)はニューオーリンズのことですね。
「はい、よく行きました。素晴らしいミュージシャンたちがいっぱいいる、いろんな文化が混在するあの雑多な街の魅力を音で表現したかった。これもちょっと内声が動くので、今から思えばバッハの対位法を使って書いていますね」
――最後の2曲〈アバイド・ウィズ・ミー〉(『モンク・スタディーズ』収録)と〈サンキュー・ベイビー〉(『ギルティ・プレジャー』収録)は、それぞれ初出のアルバムでもラストを飾った曲だから、今回はグランド・フィナーレってかんじです。
「〈アバイド・ウィズ・ミー〉はモンクの『モンクス・ミュージック』(1957年)の冒頭を飾る曲で讃美歌がオリジナル。終わりだけど、ここからまた何かが始まる予感と、私にとっては音楽=信仰である、みたいな想いも込めました。〈サンキュー・ベイビー〉はゴダイゴが音楽を担当した70年代終わりのドラマ『西遊記』のサントラから。悟空が三蔵法師に叱られたり(破門を言い渡されたり)した時に流れるこの曲が大好きで、(作曲者の)タケカワユキヒデさんに許可をもらって演奏させていただきました。英語の歌詞が意味する“自分の居場所がみつかるまで歩き続ける”気持ちで」
山中千尋
――山中さんのそういう選曲、大好きです。デビュー盤の『Living Without Friday』でも中島みゆきさんの「砂の船」(1982年の『寒水魚』収録)をとりあげていましたし。
「好きな曲をみつけてきて自分でアレンジするのもジャズの醍醐味のひとつ。歌詞はないけれど、ピアノで伝えたいものがあるなら、それが私の“スタンダード・ナンバー”なのです」
――今後も山中さんの音楽を楽しみにしています!
「ご期待ください(笑)。これからも面白いもの、心をかき立てられるものからインスピレーションを得て、自分の魂を込められる楽曲を作っていきたい。それと〈フェイシング・ユー〉でも描いたみたいに、まだまだジャズ・シーンは“男社会”なところがあるので、繊細さもそうだけれど、女性らしい芯の強さや気品なども音楽を通して表現したいなと思います」
――2022年はどんな年にしたいですか?
「しっかり練習の時間をとって、あらためてピアノと向き合う年にしたいのと、ニューヨークに一度帰りたい。今回は初めて日本でのレコーディングになりましたが、向こうで待ってるチームのみんなとも早く会いたいです。世界中どこでも好きな場所で演奏ができる日が早く戻ってくることを祈るばかりです」
取材・文/東端哲也
Photo by Hibiki Tokiwa
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