Special Interview:八代亜紀、自らの音楽的ルーツを語る

八代亜紀   2013/01/23掲載
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Special Interview:八代亜紀、自らの音楽的ルーツを語る
 18歳の時にクラブ・シンガーとしてデビューして、ジャズ・スタンダードやヒット・ソングを歌いながら“演歌の女王”となった八代亜紀。彼女は“演歌の女王”であると同時に“演歌も歌える女王”なのだ。そんな彼女の多才な魅力に迫る配信限定コンピレーション・アルバム『Mr.SOMETHING BLUE』は、昨年話題になったジャズ・アルバム『夜のアルバム』で彼女を再発見したリスナーにとって新たな喜びになるはずだ。南佳孝大貫妙子大沢誉志幸など、ポップス系アーティストが作詞や作曲で参加した『MOOD』(01年)と『VOICE』(05年)。北村英治世良譲ジョージ川口水橋孝といった日本のジャズ界の大御所たちと共演したコンサートの模様を収録した『八代亜紀と素敵な紳士の音楽会/LIVE IN QUEST』(98年)といったアルバムの収録曲を集めた本作は、演歌歌手という枠にとらわれない八代亜紀の素敵なサムシングに満ちている。
――昨年リリースされた『夜のアルバム』は、演歌やジャズといったジャンルを超えて大きな反響を呼びましたね。
 「びっくりしました。ジャズの雑誌が取材にきたり、歌謡曲の方は普段やらないブルーノートでライヴをやらせてもらったり、いつもとは違った仕事も多くて。八代亜紀の新しいスタートを感じました」
――本格的なジャズ・アルバムを作ろうと思われたきっかけは何かあったんですか?
 「ジャズは“歌手=八代亜紀”の原点なんです。そのことを知っているレコード会社から、5、6年前から話は頂いていたんですけど、なかなか実現できなくて。やっぱり、演歌歌手のイメージが強かったからでしょうか」
――ようやく念願かなったわけですね。それだけに意気込みもありました?
 「そうですね、ちょっとこそばゆいような感じでした(笑)」
――八代さんが初めて聴いたジャズ・シンガーは、ジュリー・ロンドンだそうですね。ジュリーのどんなところに惹かれたのでしょうか。
 「ジュリー・ロンドンはこれまで聴いていた音楽と全然かけ離れていて、あまりにも大人っぽかったんです。だから彼女の歌をマネようなんて思いもしなかったんですけど、レコードに“アメリカの一流シンガーはクラブで歌う”と書いてありまして。それで私もクラブで歌おう!と思ったんです。ですから、一流のクラブ・シンガーになりたい、というのが、私が歌手を目指した発端だったんですよ」
――それで若干15歳でキャバレーで歌ったそうですが、ジャズは15歳の少女には難しくはなかったですか? 歌詞の内容も大人の世界ですし。
 「歌詞に関しては全然わからなかったです(笑)。でも、リズムは好きだったんですよ。ボサノヴァとかスウィングとかビギンとか、向こうの歌のリズムがすごく好きで」
――昔の流行歌は新しいリズムを素早く取り入れていましたよね。「買物ブギ」とか「お祭りマンボ」とか。
 「そうですよね。私も“演歌の八代亜紀”になる前、デビューした頃は“流行歌手”でしたから」
――クラブではリクエストに応えて、ジャズ以外にもいろんなヒット曲を歌われたと思うんですが、そこで培った歌の力というか、いろんなジャンルの歌を歌えるのも八代さんの歌手としての魅力ですね。
 「そうかもしれないですね。ラーメンも、ステーキも好きというか、私のなかでは、どんなジャンルの曲もまったく違和感がないんです」
――どんなものでも美味しく食べられる(笑)。
 「全部オーケー(笑)」
――そういう八代さんの歌手としての多才さを知らなかった人にとって、『Mr.SOMETHING BLUE』は嬉しい発見だと思います。ここにはバラエティ豊かな曲が並んでいますが、例えば『八代亜紀と素敵な紳士の音楽会/LIVE IN QUEST』の音源は、『夜のアルバム』同様に“八代ジャズ”をたっぷり味わうことができます。演歌の迫力ある歌い方に比べて、八代さんがすごく楽しそうに、軽やかに歌われているのが印象的でした。
 「楽しかったですよ〜。ジャズを歌うときは肩に力が入らないからラクに歌えるんです」




――やはり演歌とジャズでは、歌うときの気持ちの入れ方も違ってきますか?
 「演歌は“演じる”責任感があるんです。だから歌もピシッと力を入れて歌わなきゃいけない。ジャズは逆に力を抜いてリズムに身を委ねて歌う。“素敵な紳士達”とご一緒させて頂いて、音楽を“音を楽しむ”と書くことの意味がよくわかりましたね。私達が楽しんでやっていれば、お客さんも聴いていて楽しくなるんです」
――確かにそうですね。この『LIVE IN QUEST』では、『夜のアルバム』でカヴァーしたジュリー・ロンドンの「Cry Me A River」をはじめ、ヘレン・メリルビリー・ホリディのカヴァーもされていますが、ハスキーなシンガーの曲が多いのは八代さんのイメージに合わせて?
 「そうです。自分がハスキーな声だから、そういう歌手の方の歌なら合うんじゃないかと思って」
――子供の頃は、そのハスキーな声にコンプレックスをもたれていたそうですね。でも、ジュリー・ロンドンのハスキーな歌声を聞いて、そのコンプレックスがなくなったとか。
 「そう。子供の頃は自分の声がイヤでね。15歳のとき、歳をごまかして、父に内緒でキャバレーで歌い始めたんですけど、そのとき、自分の声がエコーにのってフロアに流れたのを聞いて、初めて“良い声だ”って思ったんですよ。それで歌い始めたら、お姉さん(ホステスさん)達とお客様が立ち上がってフロアに出てきて、ダンスが始まったんです」
――八代さんの歌が、その場にいた人達の心と身体を動かした。すごいですね、歌の力って。
 「ねえ。でも、その時は偶然かな?と思って。それから後、キャバレーで歌っていることが父にばれて、すごく叱られて家を追い出されて東京に出て来たんですけど、そこで音楽学校に通いながらグループ・サウンズに入ったんです、ヴォーカルとして」
――えっ! グループ・サウンズに? それは初耳です。
 「それで渋谷に、ムーランドールというキャバレーがありましてね。そのキャバレーでグループ・サウンズのショータイムがあって、そこに出たんですよ。田舎とは全然規模が違う、すごく広いお店だったんですけど、私が歌い始めたら、また全員が立ち上がってフロアでダンスが始まったんです」
――またしても、八代さんの歌の力で。
 「もう踊れないくらい、フロアいっぱいにお姉さん達やお客さんが立ち上がって、チークダンスですよ。皆さん歌を聴いて、踊りたくなる、誰かを抱きしめたくなるっていうか」
――うわあ、聴きたかったです、八代さんのグループ・サウンズ。そのときはどんな歌を歌ったんですか?
 「内緒です(笑)。言ったら“え〜っ!”って思われちゃうから、これだけはシークレット」
――そう言われるとなおさら知りたくなります(笑)。それに女性ヴォーカルのグループ・サウンズって珍しいですもんね。ちなみに当時はビートルズとかはお聴きになられていましたか?
 「初めて買ったレコードがビートルズの〈ロック・アンド・ロール・ミュージック〉のシングルなんです。ジュリー・ロンドンは父が買ってきてくれたんですけど、バスガイドをして初めてもらったお給料で買ったのがビートルズ」
――そうだったんですか! “演歌の女王”のルーツは洋楽だったんですね。
 「幼い頃、私は父が歌う浪曲を子守唄替わりにしていて。その浪曲の持つ切ない情感と、ジャズのノリのミックスが八代亜紀の歌だっていうふうにデビュー当時は批評されていました」
――なるほど。八代さんの歌には、いろんな音楽が吸収されているんですね。『MOOD』では『夜のアルバム』でもカヴァーされた「Fly Me To The Moon」がダンス・ミュージック風にアレンジされて、そこにさらにラップが入ったりもして、すごくモダンな仕上がりになっているのにも驚かされました。
 「そうそう、あれ楽しかったです。周りは驚いていましたけど、私は何でも歌いたい人なんで。もちろん、良い歌だと思えばですけど」




――同じく『MOOD』に入っている「FUSIGI」はボサノヴァですが、これもすごく良い感じで。
 「ボサノヴァ大好きですから。やっぱり、リズムがある音楽が好きなんですよ、私。ジャンルを問わずリズムが重要」
――そういうリズムに惹かれる感覚は、子供の頃からあったんですか?
 「ありました。いつも音楽をかけてはこうやって(指を鳴らしながら身体を揺すって)ノリながら聴いていました。あと、リズムのある曲をかけて、それにノって歩く練習をしたり、そうやって自分のリズム感を鍛えたんです。リズムにノったほうが身体で覚えるんですよね。浪曲だってリズムがありますから」
――浪曲や演歌というと“こぶし”みたいなイメージがありますが、やはりリズムが大切なんですね。
 「リズムが良くないとダメ。リズム感の良い歌手は歌もうまいんです」
――『夜のアルバム』ではジャズ・アルバムに挑戦されましたが、今後、こんなジャンルの音楽に挑戦してみたい、と思われているものはありますか?
 「これまでコンサートではいつもコーナーを作って、いろんなジャンルの音楽を歌ってきたんですよ。映画音楽とかジャズ、ボサノヴァ、ロックとかもね」
――ロックもですか!?
 「〈グロリア〉とか大好きで昔からよく歌います。あとラップもやってみたけど、あれは難しかったですね。言葉を早口で言わなくちゃいけないから。ベースパートだけなら大丈夫かもしれないけど」
――八代さんのベースというのも贅沢な話ですが(笑)。そういえば八代さんは、ギタリストのマーティー・フリードマンと共演されていましたね。
 「マーティーとは相思相愛なの。そうだな、マーティーとブルース・アルバムを作るのもいいですね。ハートがちぎれるようなブルース。きっとマーティーならやってくれると思うけど、(レコード会社のスタッフに)どう? やろうよ、ブルース」
――いいですね! ロック・ギタリストにとってブルースは重要な音楽ですが、八代さんもお好きですか?
 「好きです。カッコいいですよ、ブルースは。魂を揺さぶられますから。何年か前にフィギュアスケートで、ロシアの人がブルースで滑っていてカッコ良かったな〜。泣きのギターでシビれましたね」
――ブルースと演歌は比べられることも多いですが、共通するものを感じられますか?
 「そうなの、でも音楽はどれも一緒なの。ロックも、ブルースも、ボサノヴァも、演歌も、みんな同じ。だからどんなジャンルの音楽も歌いたいんです。今の若い人の歌も好きな曲があって、AKB48の〈会いたかった〉とか演歌のアレンジで歌ったら面白いだろうなって思うんですけどね」
――八代さんの「会いたかった」、ぜひ聴いてみたいです。思えば昭和の歌番組って、演歌の方もアイドルもロック・シンガーも、みんな一緒のステージで歌っていて、それがとても豊かで贅沢な感じでしたね。
 「そうそう、今みたいにジャンルで分かれてなかった。その頃の雰囲気を『夜のアルバム』とか、今回のアルバムで思い出してもらえるといいなって思います」
――もう、八代さん自身がゴージャスな歌番組みたいです、いろんな歌が詰まっていて。では最後に、3月22日に行われるライヴについて教えてください。
 「〈JAZZ WEEK TOKYO 2013〉というイベントが渋谷ヒカリエで一週間に渡って行われるんですけど、その初日が八代亜紀なんです。ゲストに日野皓正さんに来て頂いて、ジャンルに関係なく大人が楽しめる夜にしたいと思っているので、ジャズ・ファンも演歌が好きな方もぜひいらしてほしいです」
――『Mr. SOMETHING BLUE』もそうですけど、若い世代のリスナーにも聴いてもらいたいですね。
 「もちろん。ぜひ遊びに来てくださいね!」
取材・文/村尾泰郎(2013年1月)
撮影/相澤心也
【ライヴ情報】
〈JAZZ WEEK TOKYO 2013〉
●会場:東急シアターオーブ(渋谷ヒカリエ11階)
●日程:3月22日(金)〜3月27日(水)

[出演]
3月22日(金)「八代亜紀“夜のアルバム”ゲスト 日野皓正」
開場18:30 / 開演19:00 全席指定 税込6,000円

3月23日(土)・24日(日)ピンク・マルティーニ
開場14:00 / 開演14:30 全席指定 税込8,000円

3月23日(土)・24日(日)ウェイン・ショーター・カルテット
開場18:30 / 開演19:00 全席指定 税込8,000円

3月25日(月)SOIL&“PIMP”SESSIONS Presents SOIL & “PIMP” BIG BAND Live Show
開場18:30 / 開演19:00 全席指定 税込6,000円

3月26日(火)菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール
開場18:30 / 開演19:00 全席指定 税込6,000円

3月27日(水)エグベルト&アレシャンドレ・ジスモンチ
開場18:30 / 開演19:00 全席指定 税込7,000円

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