1960年代末から70年代にかけて一世を風靡したプログレッシブ・ロック。たとえば
キング・クリムゾン、
ピンク・フロイド、
イエス、
ジェネシス、そして
エマーソン、レイク&パーマー(EL&P)などなど。イギリスから続々と登場したこうしたグループは世界的に影響を与え、ロックだけでなくクラシック、ジャズ、ブルースといったさまざまな音楽的要素を集めた知的なアルバム・コンセプト、ジャケットの独自なアート性などで常に話題となっていた。
――以前から「タルカス」をクラシックのオーケストラで演奏したいとおっしゃっていましたね。ようやく実現しました。
吉松隆(以下、同)「19世紀末にいわゆる国民楽派が登場して、クラシック音楽の中に民俗音楽的な要素が入ってきました。その動きはずっと続いていたはずなんだけど、20世紀の作曲家たちがあまりに前衛的な作風になっていったために忘れ去られてしまった。でも1960年代にはロックが盛んになると同時に、たとえば
黛敏郎さんが〈BUGAKU〉という作品を書いて、それこそ1000年以上も前の日本の“ダンス音楽”を現代に蘇らせた。そういった動きをもう一度振り返ってみる企画は面白そうだよねという話を東京フィルの人たちとしていたんです。で、
ドヴォルザークの〈アメリカ〉(弦楽四重奏曲)を現代風にリミックスした版を作り、黛さんの作品も一緒に演奏しようと。それでコンサートがシリーズ化できたら、いずれ〈タルカス〉もオーケストレーションしてみようという計画でした」
――ところが、全部一緒になっちゃったと。
「今回ライヴ録音されたコンサートは、東京フィルの“新・音楽の未来遺産”というシリーズの第1回目として企画されたものでした。ところがチケットの売れ行きがなかなか伸びず、もしかしたら第2回目はないかもという雰囲気になってきたので、ここでやらないとまたチャンスがなくなってしまうかもしれないと思い、大変だったけど〈タルカス〉のオーケストラ版も作ってしまいました。結果的にコンサートは大盛況だったのでほっとしましたが(笑)。というわけで、アルバムには〈タルカス〉だけでなく、このコンサートで演奏された〈BUGAKU〉〈アメリカ Remix〉〈アトム・ハーツ・クラブ組曲第1番〉も入っています」
今回のアルバムは、EL&P『タルカス』のジャケットを実物の
模型で再現したという懲りよう。その“リアルタルカス”を手に
する吉松氏
――「タルカス」の魅力をプログレッシブ・ロックを知らない世代に伝えよう、という気持ちも強かったんですか?
「もちろんアルバムがリリースされた時代から好きだというオールド・ファンも多いけれど、意外に若い人も聴いているようですね。僕としては、単に懐古的に昔のロックを聴いてもらいたいというのではないんです。こんなに面白い作品があって、しかも、もともと
キース・エマーソンはこの曲を一種のシンフォニックなものとして書いていると思ったんですよね。本来、交響曲なんだと。クラシックのオーケストラで演奏するには、この〈タルカス〉は最適ではないでしょうか」
――イギリスからこうしたロックが出てきたというのが面白いですよね。
「おそらくイギリスのロック・ミュージシャンたちにはクラシック音楽に触れるベース、背景があると思う。子供時代から聖歌隊にいたとか、家族の誰かがクラシック音楽をやっていたとか。反抗的な部分も持っているけれど、根底にはじつはクラシック的な要素が常にあったんじゃないかな。とくにEL&Pにはそんな感じがありますね」
――「タルカス」も、あらゆる音楽の要素が詰まっている作品です。
「たとえば20世紀初頭の
ストラヴィンスキーやその後の
バルトークなんかが、民俗音楽の野獣的なバーバリズムをクラシック音楽の世界の中に持ち込んできた。そしてそれを60年代末に復活させたのがこの〈タルカス〉なんだと思うんです。クラシカルな音楽と野性的な音楽の融合。そこに、
グレッグ・レイクの個性でもあるバラード系の、聖歌のようなメロディ性の豊かな音楽が加わっている。そのあたりのミックスされた面白さという点で〈タルカス〉は傑作だと思います」
――オーケストレーションも大変だったと思いますが、演奏も苦労が多かったのでは?
「基本的にクラシックの演奏家って、ほとんどロックを知らないですからね。でも、ソロ・コンサートマスターの
荒井(英治)君は、自身の参加している
モルゴーア・クァルテットでキング・クリムゾンの〈太陽と戦慄〉や〈21世紀のスキッツォイド・マン〉を演奏したりしていて、その点で彼がいるならできそうだという思いはありました。実際にリハーサルでもいろいろとオーケストラに指示をしてくれて、彼の協力なしには演奏はできなかったでしょうね」
――この録音を聴いて、キース・エマーソンもとても喜んだそうですね。
「彼としても、本当はこんな風にオーケストレーションがしたかったんじゃないかなと想像します。実際にはなかなかクラシックのオーケストラがやってくれるような作品じゃないと思うけど、でも、今回の編曲は本当にやってよかったと思っています」
取材・文/片桐卓也(2010年6月)