前作
『Wave』以来、約3年半ぶりとなる5枚目のオリジナル・アルバム
『うれしくって抱きあうよ』をリリースした
YUKI。同タイトルの先行
シングル曲の、AOR調のサウンドと優しく瑞々しい歌声に象徴されるように、日々を生きる喜びを音楽で描ききるような、そんな作品だ。ここ2年程の間で、彼女は再び自分自身のもとに“歌”を手繰り寄せた。だからこそYUKIの心とリスナーの心がダイレクトに感じ合えるような、そんな楽曲ばかりが、最高の音と、深みのある言葉と、遊び心に乗って届けられている。心の穏やかさや豊かさを表現するこの作品は今の日本の音楽シーンに大きな刺激をもたらすことだろう。今作に込めた想いと、ここに至るまでの道のりを語ってくれた。
「自分の歌への気持ちが、ここ1、2年で変わった気がします」
――アルバム『うれしくって抱きあうよ』、素晴らしいです。
YUKI(以下、同) 「本当に嬉しいです、ありがとうございます」
――今のYUKIさんが、自分のためでも誰のためでもなく、自然と何かに導かれるかのごとく、歌を歌われているんだなっていう感じがしたんですけど。
「なんというか……、自分の体が思い通りに動く時が来た!という感じなんです。それに、自分の歌への気持ちが、ここ1、2年でとっても変わったような気がします」
――まずはご自身のルーツに向き合って書かれた「汽車に乗って」が、変化にいたる大きなきっかけでしたね。
「この曲は今回のアルバムの中でも一番古いものなんですけど、自分にとっていらない情報をまず断ち切ろう、自分の歌の世界にどっぷり浸かっていこう、という決意表明の歌だったんです。歌詞では自分のルーツに帰ることができて、自分が憧れていた歌の世界や、自分がなりたい人間像や、自分の出したいサウンドというものが久しぶりにできました。それまでは、ずっと逃げたかったんです。自分の過去とか……自分の歩いている道を消していきたかった。思い出したくないこともたくさんあって、もう、その時その時に思いつくことを、誰かの物語を、自分以外の誰かが歌っても大丈夫な歌を歌ってきたんです。でも、<ワンダーライン>を作り終えてから“これはもう終わり!”と思ったんです。それまで抑えていた自分の我というものが出てきてしまって……。だから<汽車に乗って>からは“もう自分のことを歌っていこう”と思ったんです。歌を聴いてもらうということは、やっぱり自分のことをわかってもらいたいんだ、というところに立ち返ったんです」
――そして、その後の「ランデヴー」でさらに大きな確信を得た、というのはどういうものだったんですか。
「この頃からアルバムに向けての曲作りを始めていたんです。ちょうど<New Rhythm Tour>が終わった頃で、お客さんの前で歌った時に新たなアイディアや欲や希望が生まれてきていて。というのも、私の歌は日本語で歌ってるものが多いんですけど、歌って、日本語ではなくても何を言っているのかわからなくても、いい歌や曲はたくさんあって。それは例えば……最近だったら私、ジャンベをいただいたので、それを叩くのが楽しいんですけど(笑)」
「歌ってもっともっと飛び出して、もっとはみ出して、もっと刺さるもので……」
――そうなんですね(笑)。
「そのジャンベのリズムの中にもメロディというか、流れるものがあったり。よくわからない歌詞でも、“もしかしたら両親のことを歌ってるんじゃないか”とか、そういう歌の想像力の枠がさらになくなったのが<ランデヴー>だったんです。私も音楽ファンなので、色々な方のライヴに行ったりするんですけど、やっぱりもっと自由でいいし、規制もないし、何を歌ってもいいんだと、ツアーを終えて、この曲に出会って思ったんですよね。私が何を歌うのかということを、自分自身で過剰に意識しすぎていて、それであまり自由になれていなかったのではないかと思って。歌って、もっともっと飛び出して、もっとはみ出して、もっと刺さるもので。だからもっと……と思ったら、自分のことを出すとか出さないとか、自意識を隠すとか、血や肉を入れないとか入れるとか、もうそういう問題ではなくなったんですよね(笑)。要するに“歌ってもっと心の底からの叫びでいいじゃない”と思ったんです。“このメロディにこの言葉がきちゃったんだからいいじゃない”って。もうそういうところに来てしまったんですよね」
――そうした想いが、命そのものを感じさせるような瑞々しい歌声になり、温もりや手触りを感じさせるような今回の作品に繋がって行くんですね。
「だから詞を書いていても、今を……一瞬一秒を駆け抜けるように、噛みしめるように生きてやる、ということばかりを書いていて。“あ、こんなにも私は「今」のことを歌いたいんだな”と思ったんですよね。やっぱり通り過ぎてしまう刹那の時間というか、この毎秒毎秒の、もう今ここにしかないこの時間の大切さが身に染みてわかるし、無駄にはできないんです。もちろん、時々無駄でもいいんですけど(笑)。それに気付いているだけでも私はすごく豊かだと思いますし、今思ったことを、その人にその場で言うとか、感情を伝えるとか、触りたくなったら触るとか、抱きしめたくなったら抱きしめるとか……やっぱり後悔したくないことがすごくたくさんあるから、それは今回、ことさら私の歌に表わわれているみたいですね」
――まさにそれが『うれしくって抱きあうよ』の世界ですね。
「歌詞にも書いていますけど、今の私は満たされていますし、そして音楽を作ることはビジネスではないと思っています。そして最近は“まずは健康でいられることが幸せ”だと思うんですよね。その感覚を、もっとみんなにも感じてほしいんです。少し考えれば、ただ楽しいだけの人なんてどこにもいないんだとみんなわかると思うんですけど“でも楽しそうに唄っているYUKIって何だろう?”というところから興味を持ってもらってもいいと思っているんです。だからタイトルの『うれしくって抱きあうよ』にしても、うれしくって抱きあうんだから“大好き”を通り越してるよね、嬉しくて喜ぶことから、さらに行動に移してるよね、抱きあうまでいってるよね、と思ってもらえたら。嬉しいと自分の心で思うだけではなくて、それを突き破って相手を抱きしめるというところをやっぱり感じたいし、私はそれを今感じているので。私の感じているこの世界をみなさんにも見てもらいたいですね。自分の人生が自分の力だけで動いているわけではないということに気付いてから、生かされているんだということに気付いて、ちゃんと自分をかわいがってあげないと申し訳ないというか、こんな素晴らしい命をいただいたのに、私がちゃんと明るく楽しんで“今これが最高の音楽なんだよ!”ということを伝えていかなくてどうする?という気持ちなんです」
取材・文/上野三樹