制作期間のべ4年、ついに届けられた
ASA-CHANG&巡礼のニュー・アルバム
『影の無いヒト』(写真)。作品全体を覆う不穏で混沌としたムードは、出口の見えない不況にあえぐ現代日本の“空気”をどんなドキュメント映像よりも生々しくリアルに感じさせるものだし、また、コトバと音とが織り成す彼ら独自のイマジネイティヴなサウンドは今作の完成をもって、さらなる深度に到達した感がある。時代性を明確に反映させているという意味で、極めて、まっとうな“大衆音楽集”でありながら、巷間に溢れる軽重浮薄な“ポップ・ソング”とは明らかに一線どころか、百線をも千戦をも画す『影の無いヒト』。まぎれもない“問題作”である今作を作り上げたASA-CHANGに話を訊いた。
●ASA-CHANG インタビュー
「本気で伝えようとするときの、つまずきや淀みって、実はとても美しいんじゃないかと思う」
――ニュー・アルバム『影の無いヒト』の冒頭に置かれた「コトバを連呼するとどうなる」。藤井貞和の手になる現代詩の、ごく一部を“歌詞”にしたものだそうですね。
ASA-CHANG 「藤井さんの作品に音楽をつけるのは、今回で2度目なんです。最初の詩はアルバム『つぎねぷ』(2002年)に収録した〈つぎねぷと言ってみた〉。万葉集から引用された“つぎねぷ”という上代の枕ことばの響きに、なにしろびっくりした。意味不明だけど、かわいくって」
――まじないの言葉にも聴こえますね。
ASA-CHANG 「千年前の日本語って、こんなにもエキゾチックだったんだ。〈コトバを〜〉も、同じ詩集に入っていた〈枯葉剤〉という作品からの引用なんです。“つぎねぷ”同様、読んだ瞬間、この一節を音楽にしたくなった」
――前後をカットしたことによって、さまざまな意味に取れるようになっていますが。
ASA-CHANG 「〈枯葉剤〉というくらいで、オリジナルはベトナム戦争をふまえた長い作品なんですけど、一部を抜き出すことで、“たいへんなことが起きる”の“たいへん”が、どうとでも取れるようにしたかった。ネガティヴなだけじゃない、美しかったり幸せだったりする、そんな“たいへん”もあるんじゃないか。と言いつつ、バック・トラックにザッザッザッという足音を入れて、不穏な雰囲気を出していますけど」
――聴く人それぞれに“たいへん”の解釈をゆだねているともいえる。
ASA-CHANG 「限定するのもされるのも、好きじゃないんですよね。巡礼も、編成的にはタブラが入っているけど、だからって“もろインド”には聴こえるのはかっこ悪いなと思うし。どうも自分では、そう思ってるふしがある」
――一方、アルバム表題曲の「影の無いヒト」では、文節の切り方や抑揚をさまざまに変化させることで、日本語をどこまで“音楽的”に響かせることができるかという、挑戦的な試みが展開されています。
ASA-CHANG 「40台も半ばになると、自分の喋り言葉がまったくもって流暢ではない。それどころか、感情が高揚すれば、するほど、つんのめったり、同じ言葉を何度も繰り返しちゃったりしていることに、自覚的になるんですよね。でも、それもまた“リズム”だなと。本気で伝えようとするときの、つまずきや淀みって、実はとても美しいんじゃないか。だったら、意識的にコントロールしてみたい。そう思ってしまった」
――「影のないヒト」のテキストは、本来文字として書かれたものなんですか。
ASA-CHANG 「2005年くらいには、この形のままで書き上げられていたと、他のメンバーが言ってました(笑)。実際、紙に詩の体裁で手書きされたものが、そっくりそのまま当時の形で出てきまして(笑)。漢字一字一句たりとも変えずに、レコーディング作業まですすみました」
――作者としては、“詩”なのか、“詞”なのか、どっちなんでしょう。
ASA-CHANG 「どちらでもないし、どちらでもある。書かれた言葉と同時に、自分なりのリズムの設計図もできているんです。(あらかじめ文字を書いてから)“さあ、音楽にしよう”という感じではなかった」
――こじつけめきますけど、ASA-CHANGって、日本語の50音の「か」行がお好きなんじゃないかと。
ASA-CHANG 「タブラの口伝の音色に、“Ka”と“Na”に聴こえる音があるんですよ。それでシングルにもなった〈カな〉(2004年)という曲ができた……というほど、話は単純じゃないんですけど、日本語やハングルって、一音のインパクトが強いじゃないですか。短くて強い音にいろんな意味が入っている。そういう言葉を使っている民族である以上、打楽器的な捉え方をするようになること自体、不思議じゃない気はする」
――いわゆる大和ことば、“花鳥風月”的な感覚とも違う、独特な言葉選びをされていますよね。
ASA-CHANG 「そうせざるを得ないんですよ。“花鳥風月”をポップスの歌詞に取り入れている、
ユーミンのような優れた作家と僕が同じ土俵で勝負してみても、とうていかなうはずがない。同じフォーマットを踏襲したところで、より密度の薄いものしか出てこないというか(笑)。だったら、たとえ苦しくても他の方法を模索する。自分なりの“原液”を生み出そうとモガいているほうが、ウソがなくていいと思うんですよね」
――「ウーハンの女」「家へかえりたい」と、ユニークな歌ものが中盤に置かれているのも印象的です。
――古い歌なんですか。
ASA-CHANG 「第二次世界大戦前、日本に駐在していたバートン・クレインという人が歌っていた。といってもプロの歌手でもなんでもない、商社マンか何か、とにかく日本にいたアメリカ人。持ち歌が何曲か残っていて、モンド界では超有名な曲らしいんです。“バートン・クレインの曲には触れない”くらいの勢いなんだけど、そんなの僕は知らないから、カヴァーしようかと」
――訳詞がまた、すごいですよね。〈家に帰りたい/野心がありません〉(笑)。
ASA-CHANG 「
はっぴいえんどに先駆けること、数十年ですからね(笑)。そのあたりのポップスや日本の歌謡には、おもしろいものがたくさんありますよね。“なんとかジャズ”と曲名についてはいても、実際は芸者さんが歌っているだけ、とか」
――「ウーハンの女」の愛嬌ある旋律とも、相通じる部分があるんじゃないですか。
ASA-CHANG 「スカパラをやろうが巡礼になろうが、変わりようのないこういう部分もある。そんな自己確認の現われが、〈ウーハン〜〉のセルフ・カヴァーなんです」
取材・文/真保みゆき(2009年6月)
1stアルバム『タブラマグマボンゴ』(1998年)発表後、アルバム内で展開されているサウンドをいかにしてライヴで再現できるかと、ASA-CHANGが試行錯誤を重ねた末に開発したのが、いまやASA-CHANG&巡礼のライヴにおいて、なくてはならない存在となったポータブル・サウンド・システム、“巡礼トロニクス”。
デザイン&開発原案ともにASA-CHANG自らが担当。コンパクトなボディの中にPA、ミキシング・システム、その他諸々が内臓されているため、あらゆる場所で(100Vの電気さえ通っていれば)ライヴを行なうことが可能となった。写真は“初号機”。現在は機能性、耐久性ともにヴァージョン・アップした“2号機”が稼動中!