漫画雑誌『ガロ』でデビューして以来、『生きる』『黒寿司』など強烈な印象を残す数々の漫画を発表してきた特殊漫画家、
根本敬が、まさかの絵本『亀コロ』(P-Vine Books)を出版! しかも原作は
クレイジーケンバンド(以下、CKB)の
横山剣で、CKBの名曲「亀」と「コロ」を絵本化したものだという! かの“幻の名盤解放同盟”での活動はもちろん、文筆家としても異彩を放つ鬼才が、“SOUL電波”で通じ合う最良の原作者を得て踏み出した絵本という新世界。そこに込められた思いと、真摯に表現と向き合ってきた画業の性(さが)を語った。
剣さんとはシンクロニシティというより“SOUL電波”を介して無意識に交信し合っていると思うことが多々あります
──そもそも剣さんとはいつごろからお知り合いなんですか?
根本敬(以下同) 「もともとは、80年代から幻の名盤解放同盟の活動を裏方として支えてくれた蔵真一郎という男がいて、彼が90年代に“横浜にすごい奴がいる”って教えてくれたんですよ。知り合ってみたら、お互いの趣味以上に、もっとドロドロ、グチャグチャっとしたところで、非常に交わる部分が多々ありましてね。それはもしかして、最近のCKBのファンの方にとっては、あんまり好まれないところかもしれないけど(笑)。よくあるのは、俺が何か考えてることがあると、ほぼ同時に剣さんがメールを送ってくる。あるいは、ちょうど俺が考えてたことの現場に剣さんがいて、そこをフィールドワークしてた、とか。まさにそれは“SOUL電波”。シンクロニシティというより“SOUL電波”を介して無意識に交信し合っていると思うことが多々ありますね」
──それはもう、知り合った当時から?
「剣さんとなら、話が早い! 他の人だったら1から説明しなくちゃいけないところを、いきなり9か10で始められる。あるいは、いきなり結論に達しちゃう(笑)。まあ、出会う前から“SOUL電波”の交感はしてたんでしょうね(笑)」
──お互い、どこからその電波が来ているのか気がつかなかっただけで。
「そう。ちょっと出会う順番が違っちゃっただけでね。何となくこの人と会いたいなと思ってると、会うときは絶妙のタイミングで会えるものですよ。精子と卵子みたいに(笑)。うまく着床すればコラボレーションみたいな、何かひとつのかたちになったり」
──しかし、9や10から始まる会話って、一般的には解読不可能でしょうね。
「そうですね。お互いに話もあっちこっちによく飛ぶし、アイディアが急に100個ぐらい同時に浮かんだりするしね(笑)。剣さんの歌詞だって、“何なんだろう、これ?”って思うような意味不明なところはたくさんあると思うんですよ(笑)。でも、みんなが“何なんだろう?”って思う、まさにそういうところが俺と剣さんが共有してるところだと思いますね。新作の
『ガール!ガール!ガール!』にもそういうフレーズがたくさんあるしね。〈因果者の歌〉とか〈宇宙からのメッセージ(日本語訳)〉とか(笑)。俺と剣さんの会話を知らない他の人にはわからない(笑)。そういう意味では、CKBのメンバーのみなさんの演奏って、剣さんの頭の中の世界を翻訳してわかりやすく伝えてくれる作業だと思うんですよ」
──逆に言うと、剣さんと根本さんの関係は翻訳不要なわけですね。
「三軒茶屋のフジヤマ・レコード(レコードショップFUJIYAMA)みたいなアカシック・レコード店が宇宙のどっかに存在して、で、そこで“誰がこんなもの買うんだろう?”と思える、どうしようもないレコードやCDを売ってて、俺はそういうのを買ってる人間で、でも2枚しかなかったレコードの残りの1枚を誰かが買っていた。それを“あ、あれ! 俺以外に誰が買ったんだろう、って思ってたら、剣さん(根本さん)だったのか!”みたいにお互いに確認し合うという、そういう関係ですね(笑)」
(C)blues interactions/根本敬
今回の絵本では、へたウマの漫画家、イラストレーターとして
ここまで来るのに30年かかったという思いも実感しました
──根本さんと剣さんのつながりをぼくが初めて意識したのは、CKBのライヴ盤にもなっている2000年のイベント〈青山246深夜族の夜〉でした。あのとき、幻の名盤解放同盟の一員として、湯浅学さん、船橋英雄さんと剣さんも交えての深夜のトーク・ライヴに登場されましたよね。 「今回の絵本に付いてるCDには、まさにあのときのライヴから〈コロ〉が入ってますよね。あの夜は幻の名盤解放同盟以外にも、
藤原ヒロシさんや佐川一政さんもいて……普通じゃ考えられない人たちがあそこに集結しましたからね。あの空気感が起こした異常な化学反応も、この本の中のCDには入っているんですよ」
「あ! あれは使いでのある発言でしたね(笑)。何か、ポンと飛び出した言葉が核心を突いてたりするんですよ」
──いつか一緒に何かやりましょうというお話も以前からあったと思うんですが、まさか絵本というかたちで結実するとは。
「まあ、この絵本への伏線として、うれしいことに去年〈亀〉のPV制作のお話があって。さらに、DVD(
『CKBMV2』)を出すということで、新たに〈コロ〉のPVを作ることになったんですね」
──「亀」のPVでは、内容についての剣さんからの特別なリクエストはありました?
「いや。おまかせでした。たまたま(制作を手掛けた)東北新社の担当の方も、昔から俺の本を買ってくれていた方だったんで、すごく話が早かった。絵コンテも、こっちのツボをわかった感じで提言してくれて。〈コロ〉の担当の方も、俺と家が近所だったんですよ。夜中のサイゼリヤとかで一緒に作業して(笑)。最後なんかサイゼリヤも夜中に終わっちゃって、“でも今、一番ノってるときだから”って、近くのマンションのエントランス・フロアで原稿をばあーっと広げて作業しましたからね」
──夜中というより、もう明け方ですよね?
「新聞配達の人が通ったら“御苦労さまですっ!”って挨拶してね(笑)。向こうも何も言えないよね、怖いもんね(笑)。しかも、そこでまた“SOUL電波”でね、そんな作業をやってるときに剣さんから励ましの電話が着信したりするんですよ。別に今作業してますって言ってないのに」
──その2本のPVが発展して絵本に至ったわけですか。
「でも、絵本の話をいただいたときに、単にPV作った原画だけでやるのは安易過ぎるんで、描き下ろしを考えましたね。文字の補足になるようなカットは、PVから一部を使ってもらいましたけど、基本的には描きおろしました。ページごとに技法も素材も違うんですよ」
──特殊漫画家と名乗られて長年仕事をされてきた中での、初めての絵本という意識はありました?
「そうですね。やりがいがありましたね。剣さんの原作というのもありがたかったですし。うちにもちっちゃい子どもがいますしね。でも、今回やってみるにあたって俺なりに絵本というものを見てみると、結構、絵本って間口が広い。普通はイラストレーションとしてありえないようなものでも、絵本だと見せ方次第で通じたりする。でも、どう話を単純化するかとか、簡単そうに見えて結構これは難しいし、文字ぎっしりの本を1冊書き下ろしたり、100ページの漫画を描いたりするよりも、結構難儀な世界だぞということが途中からわかりましたね」
──決して簡単には描けないという熱が、すごく伝わってきます。
「CKBのアートワークと言えば、フラミンゴ・スタジオの湯村輝彦さんの世界でもあるわけですから。自分も含めて、湯村輝彦さんのもたらした影響というのは、日本のカウンター・カルチャー界ではすごく大きいものがあると思いますよ。漫画を描こうと思ったきっかけは、湯村さんが『情熱のペンギンごはん』で『ガロ』に登場したことでしたから。ロックで言えばパンク。“
セックス・ピストルズ登場!”みたいな衝撃がありましたね。だから、今回の絵本では、自分としても、へたウマの漫画家、イラストレーターとしてここまで来るのに30年かかったという思いも実感しました」
(C)blues interactions/根本敬
ジャンルを問わずそれなりのところまで行く人っていうのは、人から教わらなくても自分から学ぶというか、見えちゃうんです
──最近、作品の中で、ご家族のことをよく描かれていて、今回の絵本の発売はそういう意味でも印象深く感じるんですが。 「剣さんとも共通しているんですけど、この歳になって、同じくらいのちっちゃい子どもをふたり育てているんですよ。それに関しては
宇川直宏さんが『STUDIO VOICE』でも書いてくれたんですけど、“昔みたいに外に出てドヤ街とか行くよりも、家庭の中に因果境界線があるんだ”という、まさにそういうことでね。まあ、子どもから学ぶことっていろいろありますからね」
──実際のところ、絵本である以上、お子さんにも読んでほしいですよね。
「ええ。ですから、基本的にエロな部分はないです。PV作るときも、タイトルが〈亀〉だから、どうしてもね、いろいろと考えましたけど、自粛して(笑)。でも、この本の中にも、よく見ると(パラパラとページをめくり)……、ほら(笑)」
──うわー(笑)、大丈夫ですか、これ?
「まあ、こういうのって、気づく子はそういう才能があるものでね。こっちが教えて気づかせる性質のものじゃないんですよ。学校や親が教えるものじゃなくて、自分から見つけ出すことの方が大事。俺もそうだし、剣さんもそうだと思うし、ジャンルを問わずそれなりのところまで行く人っていうのは、人から教わらなくても自分から学ぶというか、見えちゃうんです。どういう状況にあっても、そこから何かを掴んで、形にしようと思う。それがある人が表現というものに向かうんじゃないですかね」
──『亀コロ』は、どのページをめくっても濃厚で、根本さん以外には絶対にありえない絵本になってると思います。これを機会に絵本のお話があったら、またやってみたいというお気持ちはありますか?
「ありますよ。このインタビューを読まれた方は、是非いい原作を持ってきてください。意外と最近の絵本の傾向も知ってますから(笑)。アンパンマンとかドラえもんもソラで描けますしね(笑)」
取材・文/松永良平(2009年9月)