演歌とソウルを融合した新ジャンル“エンソル”で
クレイジーケンバンドの
横山 剣をはじめ、耳の肥えた音楽好きを中心にクチコミで話題を集めている神戸在住の黒人アーティスト、
フレディー。今回の特集では、かねてからフレディーに注目してきた下井草 秀、安田謙一の両氏によるインタビュー&コラムと、彼の音楽に注目している3組のアーティストからのコメントを通じて00年代の終わりに突如現れた注目の新人(?)フレディーの魅力をたっぷり紹介したいと思います。なお、本人による動画コメントをご覧になっていただいた上で、この記事を読んでもらえれば、ミーナサン、ミーナサン、愛しさアップすること間違いなしですネ(フレディー調)。
【インタビュー】
フレディー、波乱万丈のミュージシャン人生を語る!
フレディー。といっても、エイズで没したロック・シンガーでも、ホッケー・マスクをかぶった殺人鬼でもない。演歌とソウルを融合した新ジャンル“エンソル”を標榜する、神戸在住の黒人アーティストである。そう聞いて、どうせキワモノでしょと眉に唾を付けた読者も多いだろう。だけど、ちょっと待って! 一度でいいから、彼のデビュー盤「関西空港」を聴いてほしい。その魅力に打ちのめされることはまず間違いないのだから。
フレディーは、1962年、米国南部アラバマ州に生まれる。故郷のバーミンガムは、アフリカ系人口が70%を超え、公民権運動の中心地としても知られた都市である。しかし、フレディー自身が物心つく頃、すでに黒人差別は沈静化に向かっていたという。
「もう、全然、平和。いい思い出ばっかりね。小さい時から、いろいろなミュージック聴きました。教会ではゴスペル、プレイした。『ブルース・ブラザーズ』のムービー、観たことありますか? あんな感じね。フレディー、ハード・ロックも大好きだった。
エアロスミス、
テッド・ニュージェント、カンザス……。
キッスの真似みたいなバンドも組んだよ。歌舞伎メイクにハイヒールでね、全員黒人なのに
キッス。白人生徒、どう思ったかなあ(笑)」
ハイスクール卒業後は、海軍に入隊し横須賀基地に赴任。フェンスの内側でも趣味としてバンドを組む。5年が経って除隊。その半年後に予定していた帰国までの軽いアルバイトのつもりで、誘われるままプロのミュージシャン業へと乗り出す。が、折しも80年代半ば過ぎのバブル黎明期。仕事はいくらでもあった。ディスコやクラブのハコバンを皮切りに、その才能を見込まれ、メジャーなフィールドでの活動がみるみる増えていく。
「よーく儲けた。楽しいし、自由! メニー、メニー、いろいろやったね。ソニーのCMとか、ラジオのジングルとか。
中村雅俊のバック・ヴォーカルやった。
アイ・ジョージのアルバムでギター弾いた。すごいいいアルバムだけど、リリースしなかったね。
ジャネット・ジャクソンが日本に来た時は『夜のヒットスタジオ』のバック・バンドに呼ばれた。
シェリル・リンは、ライヴのエンジニアやったね」
そう。彼は、ギター、ベース、ドラム、キーボードを弾きこなすプレイヤーであり、プロデュースやエンジニアなどの裏方仕事にも通じたマルチな才人なのだ。八面六臂の東京ライフをエンジョイしながらも、93年には神戸に拠点を移すことになる。
「80年代の日本、クレイジーね。もう、ほんとに忙しかった。7 days a week。休みは日曜の夕方しかなかったね。でも、バブル終わった(大笑)。だんだんだんだん少しずつ景気悪くなっていった時、友達から、神戸に仕事あるよと誘われた」
2005年からは、尼崎駅前にある健康ランド「あま湯ハウス」にてライヴ活動を開始する。種を明かせば、実はここ、フレディーの奥方の実家が経営している施設なのだった。
「おじいさんおばあさんに、演歌を歌わなければならないと言われた。すごいプレッシャーだったね。毎週毎週、演歌のカセット・テープ持ってくる。“これ、ちょっと勉強して”。で、次の日になるともう、“できる? できる?”(笑)」
この千本ノックは、アラバマ出身のアフロ・アメリカンに演歌精神を注入することとなる。
「歌手もギターも、面白ーい! ほんとに素晴らしい。軽く扱うことできない。特に、スロー・ソングのヴィブラート面白いよ。好きな曲は、〈高瀬舟〉と〈島原の女〉ね。雰囲気としていいなあ。ほんまにセクシーやなあ」
さまざまな演歌に触発され、フレディーは日本語によるオリジナル曲の制作に舵を切る。その最初の試みが水商売っぽい黒さを漂わせたリズム演歌「ちょっと待って」。そして第2弾が今回のCDのリード・トラック「関西空港」となる。“ぼくはこの日を残念ながら待っていた”といった、英語直訳のような独特の日本語詞が耳に残って離れない。
「これはノンフィクション。家族3人でハワイに旅行しようとしたけど、フレディーだけ仕事入って行けなかったね。関西空港で家内と娘、見送った。淋しかった。その淋しさを消すために、何とかしないと思って、麦の焼酎飲みながら、この曲作ったね。すごいフィーリング、エモーションをつかまえたと思った」
ヒップホップのビートに乗せて紡ぎ出された三味線のよく似合うオリエンタルな旋律は、気がつけば洗練されたスウィート&メロウな境地に達し、最高のせつないエクスタシーを継続させる。ぴんから兄弟とアイズレー・ブラザーズ、日米を代表する2組の芸能兄弟の魂が太平洋を遠く隔てて共鳴するがごとし。
この奇跡に、老若男女のリスナーは胸を震わせることだろう。掛け値なしに、必聴としか言いようがない。
取材・文/下井草 秀(2009年10月)
【コラム】
フレディーと逢ったその日から
フレディーの名前をはじめて知ったのは2009年の3月。神戸元町のレコード屋さん(……今年、残念ながら13年の歴史に幕を閉じました……)PITSの店長の安本くんからのメールで「こんなのを見つけました」と、米国のCD通販サイト「CD BABY」の『関西空港』(自主製作盤)を教えてもらった。1分足らずの試聴で、即、購入。すると1週間足らずで商品が届いた。
「関西空港」は、かつてイラストレイターの河村要助がフレディー・フェンダーについて書いた短くて美しい文章を思い出させてくれた。カップリングの「ありがとう」のまっすぐな名曲で、SEで使われた電話の声に「ファースト・クラスやー」なんて興奮してしまった。安本くんに感動を伝えると、「えっ、買ったんですか(笑)」とのリアクション。そりゃ、買うとも。これを見逃すときそれは、バットを置く日だ。置く日だ慕情だ。
この素晴らしい曲を誰かに伝えたい。発作のようにCDを焼いた(こらこら)。家のパソコンのCDドライヴが故障していたので、近所の漫画喫茶のPCで数枚コピーし、まずは、根本 敬さん、クレイジーケンバンドの横山 剣さん、にお送りした。ちょうどライヴで来阪したカーネーションの直枝政広さんにも手渡すことができた。打てば響く。それぞれの方たちからすぐに確かな熱い反応が返ってきた。
フレディーが毎週2回出演している、JR尼崎駅前の健康ランド「あま湯ハウス」に行ったのは4月。昼2時からのムームー姿の(完)熟女たちを前に、ゆるさ満開のカラオケ・ステージを堪能した。
ウイングスの「心のラヴソング」、
ナット・キング・コール「アンフォゲッタブル」、
アル・グリーン「レッツ・ステイ・トゥギャザー」そして「関西空港」。終演後、声をかけると「CDベイビーで買った、神戸の人」と言われた。あ、本人が配送してたのか。聞けば、(僕と同じ)神戸在住だという。早いわけだ。話しこむうちに誕生日が“2日”違いの同い年だとわかった。さすがにただならぬ縁を感じだ。膣カンジダ。一日でこのパフォーマーに、さらに人間そのものの魅力に惚れこんでしまった。
健康ランド「あま湯ハウス」でのダウンホームなライヴ風景。
その後、あれよあれよ、の展開。Pヴァインからのデビューまで、まさに嵐のようなスピードでありました。
新装『関西空港』がどれだけ売れるかは正直、まったくわからないけれど、“この歌が気にならないはずがない”という人、全員の耳には届いてほしいな、と思う。
うまくいくと、2010年にはフレディーのフル・アルバムが……待ってるーよー。
安田謙一(ロック漫筆)
【コメント】
ピープル・ゲット・フレディー
横山 剣(クレイジーケンバンド)「アリガトー」を聴いたら物凄い名曲で泣いちゃった。
神戸のフレディーさん、一体どんな人なんだろう?
と興味津々だった。
そしたら昭和63年に横浜で出会っていた。
実に21年ぶりの再会でした。
しかし、フレディーさん、天才です!
イイネったらイイネ!
Profile: クレイジーケンバンドのヴォーカリスト。2009年8月に発表したメジャー・デビュー・アルバム『ガール!ガール!ガール!』はアルバムウイークリーチャート4位を記録! 12月23日(水)にはANAインターコンチネンタルホテル東京、12月25日(金)にはパンパシフィック 横浜ベイホテル東急にてクリスマス・ディナーショー〈CRAZY KEN BAND SUITE 009〉を開催。大晦日には恒例の横浜BLITZにて恒例の年越しライヴ〈SAYONARA 009 CRAZY KEN BAND SHOW〉を開催。
■クレイジーケンバンド・オフィシャルサイト:
http://www.crazykenband.com/ 直枝政広(カーネーション) 勝手に夜空が広がって星々が激しく煌めくような、そんな曲はたいてい良いにきまっている。「関西空港」には、かつて手作りマルチ録音作品に生きたジョニー・ギター・ワトソン直系ともいえる箱庭ファンクの遺伝子を感じた。書割りの夢幻の空の下で綴る私小説ならぬ“私ソウル”という趣で、濃密な“ひとり”サウンド・スケイプの太い筆致や立派な骨格に似合わぬ極細のセンチメンタリズムが魅力。玄関口の温度をもって、かけがえのない身近な愛を痛いほどに見つめた「ありがとう」における感動は家族たちのMCによって脳内でさらに立体化されるが、ありのままを伝えようとするじつにリスペクタブルな“私”視点には思わず胸が熱くなった。さらに、愛の瓶詰めを睨みつつ懸命に翻訳されたようなぎこちない日本語の意外なおもしろさやピュアな字余り感のある言葉のセレクトも愛おしい。フレディーの作った海苔弁は宇宙の磯の香りがするのであった。
Profile: カーネーションのヴォーカリスト。11月25日に3年ぶりとなる待望のニュー・アルバム『Velvet Velvet』を発表。また同日にはコロムビア時代のアルバム7タイトルの再発&前身バンド“耳鼻咽喉科”の限定ボックスの発売も。12月11日(金):大阪シャングリラ、12月12日(土):京都拾得、12月23日(水・祝):東京O-WESTにてアルバム発売記念ツアーを開催。
■カーネーション オフィシャル・サイト:
http://www.carnation-web.com/ 根本 敬(特殊漫画家) 4月、初めてフレディーの「関西空港」を京都の宿で聴いたら朝9時まで寝られなくなり、その日は真夏日で、一日中ボンヤリする頭の中をフレディーが駆け回り今日に至る。出来れば羽田から盛岡へ飛ぶにも、関西空港からワザワザ盛岡へ飛びたい。こういうのが贅沢で私の中のセレブな部分だが、なかなか理解されないが、フレディーに一発で反応するひとに一瞬に全部通じます。
たとえマイファミリー「私ダケ」置いてコロンビアへエメラルド採掘旅行へ行くとも、無事帰国を信じその日まで「関西空港」で唄いギターを弾き、忠犬ハチ公顔負け、いつまでも家族を待ち続けるフレディーの立ち居振る舞いは頼もしい! 息子(中1)が言った。「このカラオケで〈亀〉歌えるね」「それがSOUL電波というもんだ!」と私はこたえた。