特別対談 ピンク・マティーニ×由紀さおり

ピンク・マティーニ   2010/04/12掲載
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 アメリカ、オレゴン州で1994年に結成されたゴージャスなオーケストラ、ピンク・マティーニ。1997年、アルバム『Sympathique』をリリース以来、そのアルバム売り上げ累計は、200万枚を超える。彼らは、13人編成のオーケストラに歌姫という、まるで往年のハリウッド映画の音楽シーンを思わせるスタイルで、ジャズ、映画音楽、ラテン、フレンチ・ポップス、イタリアン・ポップス、そして日本の歌謡曲と、世界中の美しいメロディを発見、カヴァーしてきた。 
 リーダーでピアニストのトーマス・M・ローダーデールが目指すのは、オールド・スタイルの復権と、世代や国境を越えたノーボーダーの音楽。4枚目のアルバム『草原の輝き』が、3月3日、ユニバーサル ミュージックからリリースされ、さる3月10日、ビルボードライブ東京で、ワンナイト・ライヴが行なわれた。

 そのステージで彼らが、由紀さおりの「タ・ヤ・タン」を演奏、チャイナ・フォーブスが唄うと、シークレット・ゲストの由紀さおりが登場。オリジナル歌手との共演にステージも客席も大いに盛り上がった。



 ピンク・マティーニ×由紀さおり



──由紀さんの「タ・ヤ・タン」を、ピンク・マティーニがアルバム『Hey Eugene!』(2007年)でカヴァーをしています。アメリカのオーケストラが、日本の歌謡曲を“発見”したということは、僕らにとっても事件でした。さて、由紀さん、昨夜(3月10日)のビルボードライブ東京でのワンナイト・ショーに、スペシャル・ゲストとして参加されて、いかがでしたか?
由紀さおり(以下、由紀) 「すごくファミリアな雰囲気と、彼(トーマス)のサービス精神と、そしてチャイナさんのビューティフル・ヴォイス、それを取り囲む大勢のメンバーたちのファミリアな感じが素敵でした。今、日本では、バック・バンドがほとんどなくなってしまって。大人数のバック・バンドやオーケストラ──特にポップスのオーケストラは日本には今までないので、こういうサウンドを日本の人たちの演奏で聴いたことがない、ということもあって、すごくホッとしたというか、優しい気持ちになりました。とても楽しくて、スペシャルな時間になりました」
──チャイナさんは、由紀さんとご一緒されていかがでしたか?
チャイナ・フォーブス(以下、チャイナ) 「暗闇の中からキラキラのドレスで由紀さんが登場した瞬間がとても素敵でした。まるでダイヤモンドかルビーみたいに輝いて。美しい姿で、声も力強くて、それはとてもマジカルな、まるで映画のワンシーンのような瞬間でしたね。私たちにとっても、大好きな曲のオリジナルパフォーマーとこんな形で共演できるなんて、予想もしてなかったので夢のような時間でした」
──トーマスさんは、由紀さおりさんの「タ・ヤ・タン」をどこで?
トーマス・M・ローダーデール(以下、トーマス) 「10年前か12年前でしたか、ポートランドのレコード屋で発見したあのレコード(由紀さおり「夜明けのスキャット」のアルバム)のパフォーマーと、こうして今、東京でステージの上で共演できるなんて……この素晴らしさは言葉で言い表わせません。息を呑んでしまいます。レコード屋のジャパニーズ・ミュージックのセクションで、あのレコードを発見して、家に持ち帰って夢中になって聴いたあの夏の暑い日が思い出されます。僕にとっても、バンドにとっても、由紀さんと共演できるのはとても光栄なことです」
──由紀さおりさんは、ピンク・マティーニの4作目のアルバムにして、日本初お目見えのCD『草原の輝き』のライナーノーツに寄稿されています。由紀さんはピンク・マティーニをどういう形で発見されたんですか?
『草原の輝き』
由紀 「トーマスさんが見つけてくれたアルバムは今からちょうど40年前に出した私の最初のアルバムです。日本では子供の歌をほとんど歌わなくなってしまったことを残念に思って、ここ23年間は、姉(安田祥子)と一緒に、美しい日本語の歌を次世代に伝えたいという活動をずっとしていました。

 ほとんど歌謡曲を20年くらいは歌っていなかったので、由紀さおりの歌謡曲をもう一回チャレンジしようと、アルバム作りとステージを復活させるために、2年くらい前からプロデューサーの佐藤剛さんにアドバイスをいただいたりしながら、いろいろ構築していた時だったんです。

 その頃“YouTubeで由紀さんの歌をピンク・マティーニというグループが歌っている動画があるけれど知っている?”と教えていただいたんです。自分は<タ・ヤ・タン>という歌を忘れてましたので、“えっ?”と思って調べたら、<夜明けのスキャット>の次の<天使のスキャット>のカップリング曲だったんです。<夜明けのスキャット>を書いてくださった詩人の山上(路夫)さんが作詞、いずみたくさんが作曲してくださったのが、<タ・ヤ・タン>なんです。

 そして日本の若者ではなく、アメリカのオレゴン州の若者に、そのことを再確認させてもらったということによって、YouTubeで世界は実に近くなったんだなぁ、と思いました。情報の発信の仕方が多様化した中で、私の歌を見つけてくださったトーマスさんに、そしてそれを再現してワールドツアーで歌ってくれたチャイナさんに、とても感謝しています」
──トーマスさんが由紀さんのアルバムをアメリカの中古レコード屋で発見して、由紀さんがピンク・マティーニをYouTubeで発見する。まさに、音楽がノーボーダーになってきたということでもあります。
由紀 「日本の音楽シーンというのは、アメリカの影響も大きいと思うんだけれども、全部音を埋めるんです。一小節の間に、“♪タタタタタリタリタリタリ”という風に、音が突き刺さる。そういう音楽が大半を占めている中で、例えば、<♪タ・ヤ・タン>の一音一音の中の合間の余白というのかな。チャイナさんは、これを埋めないで歌うでしょう。それは彼女の歌唱力が可能にしていると思うんだけれども、そういう歌を歌える日本の人がいないんです。日本語が本来持っているニュアンスと、若い人の音楽は違うんですね。

 ピンク・マティーニの皆さんは、そこに着目してらして、若い世代のトーマスさんとチャイナさんが、日本に持ってきてくださって、昨日は、ソノダバンド(http://sonodaband.jp/)のメンバーたちがそれを見ていてすごく感激していました。何しろライヴでのトーマスさんのサービス精神の盛り上げ方、これはやっぱりドンカマ(ガイド・リズム)を使ってやっているライヴではないんです。

 お客様全員が、チャイナさんが歌っている姿を見て、彼らの弾いている音を感じながらコラボレーションしている。人間の皮膚感覚で、ライヴを楽しんでいる。それがいいですよね」
──それが音楽の楽しみ方ですよね。
由紀 「本来音楽の楽しみ方は、ステージのみんなが楽しんで演奏している姿に、客席の皆さんが引き込まれて、一緒になるというのが原則。ピンク・マティーニは、それをきちっとやってらして。私は、小さい時から歌を歌っていて、大人の歌い手になる時に、ダンスホールやキャバレーでこういうダンス・ミュージック、ラテン、スタンダード、シャンソンなどを勉強して歌っていたんです。

 だから、最後のナンバー<ブラジル>のときに、ステージに上げてもらって、マラカスをシャカシャカ鳴らしたでしょう。これ私、修業時代やっていたのよ。それをまた仲間に入れていただいた時に、“原点に戻った”という感じがすごくしたんです。ちょうど私が歌い手になりたいと言って、ステージでビッグ・バンドの専属歌手で歌っていた時を思い出して、とても幸せでした。すごく楽しかった。自分もドンカマを使わないステージをやろうとする時なかなか難しいんですよ。それを気持ちいいと思ってくれるミュージシャンに出会うのがちょっと今の日本は難しい」
トーマス 「今、おっしゃってくださった言葉は……今までいろんな方から頂いた言葉の中でも最高のものです。僕らが言ってもらいたい最高の形の賛辞、それを由紀さんから今いただいた、という思いです」
由紀 「嬉しい〜(拍手)」
──ピンク・マティーニの演奏で由紀さんが「夜明けのスキャット」を歌う姿を見てみたいです。ぜひ、このコラボレーションを続けてほしいですね。
トーマス 「今、泉のようにアイディアがわき上がってきています」
由紀 「彼らが作っているのは、ハート・ウォーミングで温かい音なんですよ。これだけいろんな機械が発達して、いろんなことを我々の代わりにやってくれる時代に、彼女はヴォイス、彼はピアノ、みんながそれぞれ自分の肉体で表現している。歌う人が変わればピアノのサウンドも違うじゃない? 私はいつもイヤモニを使っていないんだけれど、以前“それで2時間半歌えるのはすごい”って言われたことがあるの。でもそう言われるのって音楽の本質からしたら、間違いじゃないかしら」
チャイナ 「トーマスは実はステージ上にモニターを置いていないんです。彼はステージ上では完全に自分の耳に頼っているんです。そして彼の希望としてはバンドの全員がモニターなしにお互いの音を直接拾い合うようにしたいんですけど、それはさすがに不可能なのでステージモニターを置いています。これ以上言うとまた彼に火をつけてしまうので、もう何も言わないけど(笑)」
トーマス 「モニターだと残念ながら実際起こっていることとズレが生じてしまうように感じるんです。モニター自体が人工的な音だし」
由紀 「久しぶりの感じだったのが、トランペットとかトロンボーンのお二人が演奏しているでしょう。トロンボーンがソロのときには、トランペットが一歩二歩下がる。ステージでセッションしている時に相手を尊重するステージングは、教えられることではなくて、自然に成り立つんです。そういうことは当たり前なんだけれども、今、日本の音楽界にはそういうシーンがない。昔、私がジャズやなんかを勉強していた時には、トランペットがソロをする時はそっと立つとか、そういうシーンはあったけれども、今はみんな動いていて。そこがまた新鮮だったし、素敵ですね」
チャイナ 「トーマスはバンドを始めた頃から、お互いがステージ上で、できるだけ距離感を縮めるように指示していました。だから私のすぐ後ろにドラムスがあるし、どんなに大きいステージでも結局、みんなが近くで演奏し合ってるんです。“あまり広がるな”、“お互いの演奏に耳を傾けてリスペクトし合おう”とトーマスは言ってきました。このように彼はバンドをリードしてきて、実際にメンバーたちもこの方向性を理解してきたと思います。このようにお互いを尊重しながらステージの上に立つべきだと今はみんなが考えていますし、トーマスがこの方向性を大切にしてきたのはとても重要だったと思います」
由紀 「彼女の声は音色がいろいろあるのよ。ちょっとクラシカルなニュアンスの声で歌う、1曲目の<黒蜥蜴の歌>の出だしは、また素晴らしいですし、そして、その時の彼のピアノのヴォリュームが、実にいいんですね。お客さんはそこまで気付いていないかもしれないけれども、それが心地いいの。ふっと、ふたりが寄り添うし、競い合う見せ方もあるけれども、やっぱり私は音楽って尊重しあうことだと思っているので、彼らの音作りのベーシックは私の考える音楽の原点に近い感じでしたね。これからいろんな世界に出ていくと思うけれど、次はどういう外国の音楽にチャレンジしたいというのはあるのかしら?」
チャイナ 「ロシア語はまだやっていないですね。ロシア語は楽しそう」
トーマス 「いつもエスペラント語で曲を書いてみようと言ってるんですけどね(笑)。とても面白いと思うんですよ。グローバルな言語になり得たけど、どこかで頓挫してしまったこの言語が。辞書をどこから買ってくるか、あるいは全世界に5人くらいはいるであろうエスペラント語を話す人を探そうと思ってるんですけど、ちょっと難しいですね(笑)」
由紀 「私はモスクワとハバロフスクで歌ったことがあるんですけれど、ロシアでも若い人は昔のロシアの歌を歌っていなくて。今、日本の懐かしい歌謡曲を彼らがピックアップしてくれたのと同じように、ロシアの古い民謡も彼らのサウンドの中には絶対ジャストフィットすると思う」
チャイナ 「スウェーデン語も割と歌に向いている言語だと思うので、スウェーデン語の歌も面白いかもしれないですね」
トーマス 「ポール・モーリアの曲でスウェーデン語に訳されたものがありますよね」
由紀 「ポール・モーリアさんが十数年前に日本で3ヵ月くらいツアーした時に、<恋は水色>という日本で流行った彼の曲を一緒にコラボレーションしました。フランシス・レイさんにも<男のこころ>を書いてもらったことがあるし、フリオ・イグレシアスさんの曲<悲しい悪魔>も1曲歌ったことがあります。そんなことをやっていた自分を久しく忘れていたのですが、せっかく私の歌をピンク・マティーニがピックアップしてくださったので、今度はトーマスさんに曲を書いてもらって、チャイナさんと、ふたりでスウェーデン語にチャレンジしようかしら。(ふたりに向かって)一緒にスウェーデンに行かない?」
チャイナ 「基本的に次はどの国に行きたいかという視点で決めてから、その言語で歌えばいいのかも(笑)。そうするとヒンドゥ語、スワヒリ語、スウェーデン語……ああ、私デンマークの家具が大好きだから、デンマーク語もいいですね」
由紀 「ぜひご一緒したいです」
トーマス 「こうしてお会いできて、お話ができて、誰かにこう言ってもらえたらと願っていたことをおっしゃってくださって、本当に感動しています。そして、素晴らしい友情とコラボレーションがこれから始まることを願っています」
──今日が“始まりのとき”ですよね。


司会・構成 / 佐藤利明(オトナの歌謡曲 / 娯楽映画研究家)(2010年3月)
テキスト協力 / 原田卓、佐藤成
撮影 / 高木あつ子

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