“お中元”(中 孝介&元ちとせ)誕生秘話〜シマ唄が繋げた奇跡のコラボ・ユニット

お中元   2011/03/07掲載
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 中 孝介元ちとせがコラボレーション・ユニット“お中元”として、シングル「春の行人(ゆこうど)」をリリースした。“アメージング・ヴォイス”と謳われる2人による夢のユニットが放つこの曲は、九州新幹線全線開業記念キャンペーン・ソングとして制作。作曲はスキマスイッチ、作詞はCOIL岡本定義が手がけた、春にぴったりとマッチした楽曲。そこで、奇跡ともいえるこのユニットの結成に至るまで、さらに新曲「春の行人」について話を訊いた。

<地上でもっとも優しい歌声>と<100年にひとりの歌声>
シマ唄をルーツに持つ2人の出会い


 その歌声を聴いているだけで心が安らぐ音楽がある。<地上でもっとも優しい歌声>と謳われる “中 孝介”と、<100年にひとりの歌声>と称される“元ちとせ”。共に、鹿児島県奄美大島出身で、シマ唄をルーツに持つ先輩・後輩であり、現在はレーベルメイトでもある2人の出会いは、元が史上最年少で「奄美民謡大賞」の「民謡大賞」を受賞した1996年に遡る。

中 孝介(以下中) 「当時、僕が高校1年生で元さんが高校3年生だったんですけど、たまたま観に行ったクラシック・コンサートのゲストとして、元さんがシマ唄を歌いにきてて。僕は、そこで初めてシマ唄を聴いたんですね。それまでは年寄り、もしくは、特別な能力を持った人が歌う音楽だと思い込んでいたので、自分と2つしか年齢が違わない高校生が歌ってるのを聴いてすごい衝撃を受けたんです」

 翌年から中は、元が残したシマ唄のCDを基に、独学でシマ唄を歌い始めた。その噂は、高校を卒業し、美容師になるべく大阪に渡っていた元の耳にも届くことになる。

元ちとせ(以下元) 「大阪の美容院に就職してたんですけど、母から“あんたにそっくりなシマ唄を歌う男の子が出てきたから、聴きに帰ってこい”って言われて。それで、奄美祭りっていう大きな夏祭りに出る中くんを見るために帰ったんです。そのときはあまり会話は交わさなかったんですけど、奄美のシマ唄というのは、先輩の唄者のコピーをしながら、時間をかけて自分の歌にしていくものなんですね。だから、私の三味線や節回しを完全コピーしてくれた中くんの歌を聴いて、“歌い継げたな、橋がひとつできたな”って思えて。私としてはちょっとホッとしたし、感動もしたんです」

 お祭りの主宰者に帰郷していることが伝わった元は、“帰ってきてるなら飛び入りで出ろ”と言われ、初めて同じステージに立つことになる。中が高校3年生、元が19歳の時である。その後、パーマ液が体に合わずに美容師になることをあきらめた元は、改めて音楽の道を見つめ直し、決意を固めて上京。高校を卒業した中は沖縄の大学に進学。その頃から、“奄美のシマ唄の唄者”として共演する機会が増えるようになる。




“偶然なのか、必然なのか”
“お中元”誕生のきっかけとは?


 やがて、元はデビューに向けての制作、インディーズ活動を経て、23歳で衝撃的なデビューを飾った。2002年2月にリリースされたデビュー・シングル「ワダツミの木」がチャートで1位を獲得。裏声、こぶしを使った独特の歌唱法のベースとなっている“奄美のシマ唄”の存在を日本全国に広めた。沖縄で“自分たちの琉球文化を外に発信するパワーとアイディア”に驚嘆を受けていた中も元の活躍に刺激を受け、<奄美のシマ唄を歌うもの>として音楽の道に進むことを決意。大学卒業後の2006年3月にシングル「それぞれに」でデビューした。その後の活躍は周知の通りで、イベントなどで同じステージ立つことはあったものの、それぞれのオリジナル楽曲に参加する機会は訪れないまま、<同じシマ唄をルーツにもつシンガー>として、それぞれの音楽の旅を続けていた。

 そして、中孝介と元ちとせによるコラボ・ユニット“お中元”が誕生したのは、2009年の夏。東京池袋の東武百貨店で開催された<奄美物産展>がきっかけである。

 「いつもは鹿児島県の物産展や琉球物産展のなかに、ちょこっと奄美コーナーがあるだけだったんです。奄美大島だけの物産展は初めてだったから、島のことを知ってもらうために、シマ唄を2人で歌おうって思って。そのライヴで“どうも、お中元です”って挨拶をしたのがはじまりですね。“お中元”という名前に気づいたのは、その年の春に一緒に出演したイベントです。ステージの床に“中”“元”って書いてあったので“この中元ってなんだろうな?”って思っていたら、“中さんと元さんの立ち位置です”って言われて(笑)。そこで、初めて“2人合わせてお中元じゃん”って気がついたんです」
 「同じ島の出身で、お互いの名前でこういうユニット名ができるっていうのは、偶然なのか必然なのか……すごいことだなって思いますね」

出会いと別れが交差する春の季節をテーマにした
旅情にみちた桜ソング「春の行人」


 翌年も同イベントで「力を込めて、シマ唄を届けた」(中)と言う“お中元”の2人にとって、初のオリジナル楽曲となるのが、九州新幹線全線開業記念キャンペーン・ソングとして制作された「春の行人(ゆこうど)」である。作曲はスキマスイッチ、作詞はCOILの岡本定義が手がけている。出会いと別れが交差する春の季節をテーマにした、旅情にみちた桜ソングとなっている。

 「奄美では高校を卒業するとほとんどが島を出るんですね。だから、春休みになると、港や空港で、毎日のように誰かが誰かを見送ってるんです。彼らが割れんばかりの大声で見送ってる姿を見ると、いまでもグッとくるんですけど、この曲は、その胸にせまってくる切なさがよく表現されてるなと思って。決して悲しい別れではなく、自分の夢や希望を叶えるための旅立ちを祝福するような優しい言葉が並んでいる。いつかまた、元気な顔で会えることを夢見て、力強く送り出そうっていう勇気と強さを感じる曲だと思いますね」
 「行く人は別れに寂しさや不安を感じながらも、前向きに力強く、自分で勇気を出して踏み出さないといけない。見送る側も切ないけれども、希望に向かって歩き出した人を快く旅立たせてあげたい。この曲を聴いて、私自身、奄美大島を離れるときに、二度と帰れないんじゃないかって思ったくらい寂しかったことを思い出したんですよね。大人になって、たびたび帰れるようになってからは忘れてたけど、<春の行人>を歌ったことで、当時の記憶がよみがえってきたし、そのときに感情を思い返したことで、この春に歩き出す人たちに対して応援したいっていう気持ちがより込められたかなと思ってて。聴いてくれる人の置かれている状況で見えてくる風景は変わってくると思うけど、その人の心に染まってくれたらいいなって思いますね」
 旅立つ人と見送る人。両方の心象風景を感じることができるのは、似て非なる2人の歌声が重なっているからだろう。さらに、お中元の歌声には、この2人の声質と節回しでなくては伝えることのできない悲しみと、故郷の情景がある。日本の春の息吹を鮮やかに感じさせる歌声は、聴き手に人と人、土地と人との強い結びつきを思い起こさせ、胸をうずかせることだろう。いにしえの日本情緒を感じさせる優美な趣を携えた楽曲を聴いて、あなたはどんな風景を思い起こすだろうか? ぜひ、聞かせてもらいたいと思う。


取材・文/永堀アツオ
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