シンガーとして14年ぶりとなるアルバム
『竹中直人のオレンジ気分』をリリースした
竹中直人。
原田郁子、
ハナレグミ、清水ひろたか、
木暮晋也、
HAKASE-SUN、田村玄一、
柏原譲、
あらきゆうこという錚々たる顔ぶれとともに、逗子のカフェでライヴ・レコーディングした今作は、ゆったりとリラックスしたサウンドに乗せて、シンガー竹中直人のテンダーで味わい深い歌声を存分に味わえる作品に。一方、
SPENCER名義で6月に初のソロ・アルバム
『SPENCER』をリリースした大谷友介も、竹中とかねてから親交を持つミュージシャンの一人。移住先のドイツから一時帰国していた大谷が竹中の元を訪れるや否や、「うわ〜、久しぶり〜!」と竹中からの熱烈なハグ。そんな和やかな雰囲気の中、対談はスタートしました。
「スタジオじゃなくて、海の近くのカフェでのんびりレコーディングするっていう。長年の願いが叶った感じだね」(竹中)
竹中 「大谷くん、今、ドイツに住んでるんでしょ!? こないだ聞いてびっくりしたよ」
大谷 「そうなんです。去年の2月から住みはじめて。ベルリン面白いですよ」
竹中 「ベルリンは一度だけ映画祭で行ったことあるけど、たしかにいい街だと思った。じゃあドイツ語は結構分かるの?」
大谷 「いえ全然です(笑)。なんとなく相手の言ってることが分かるようになったぐらいです」
竹中 「でも、すごいよ。突然、海外に移り住んじゃうなんて」
大谷 「こうして竹中さんとお会いして話すのって結構久しぶりですよね」
竹中 「そうだね。大谷くんと最初に会ったのは、誰かのライヴの打ち上げだったかな」
大谷 「
SUPER BUTTER DOGの打ち上げだったような気が。竹中さんとはライヴ会場でお会いする機会が多いので、はっきり覚えてないんですけど。そういえば、本多劇場で竹中さんがやった全編
フィッシュマンズが使われたお芝居を観にいったのも覚えてます」
竹中 「ああ、<そう。(6)>ってタイトルの舞台だ。たしか大ちゃんと一緒に観にきてくれたんだよね?」
大谷 「はい。大ちゃんと一緒に。大ちゃんっていうのは僕と竹中さんの共通の友人で」
竹中 「大ちゃん今も元気だよ。こないだも会って飲んだよ。そうか大ちゃんなあ……って、いきなり個人的な話になっちゃったね(笑)」
大谷 「竹中さんのアルバムの話をしましょう(笑)。今回のアルバムは逗子でレコーディングしたんですよね」
竹中 「そうそう。逗子のシネマ・アミーゴというカフェでね」
大谷 「僕は大船(鎌倉と横浜の市境)に実家があって、こないだもドライヴしながら、このアルバムを聴いていたんですけど、まさに逗子とか葉山とか、あのあたりに流れる雰囲気を作品全体から感じたんです。そもそも、カフェで録ろうと思ったのは竹中さんのアイディアだったんですか?」
竹中 「そうだね。逗子で俺が撮影してるときに、犬の散歩をしてる(今作のプロデューサー)
高木完ちゃんに久々にバッタリ会ったのがそもそものきっかけで。完ちゃんには早い段階から普通のスタジオではやりたくないんだって伝えてたんだよね。で、場所を考えてるときに、逗子映画祭で控え室として使っていた、あのカフェのことを思い出して。すごく落ち着ける場所だし、あそこでレコーディングできたらいいなって」
大谷 「僕もあのお店でライヴしたことがあるから分かるんですけど、あの場所の空気感だったり、プレイヤーの雰囲気がすごく自然に伝わってくるアルバムだなと思いました。みんなリラックスしていて、ひとつのバンドのアルバムを聴いたような印象も受けたんです」
竹中 「たとえばドラムのあらきゆうこさんは今回が初対面だったんだけど、すぐに仲良くなっちゃって。すごく相性が合うミュージシャンが集まってくれたんだよね」
大谷 「音の質感もすごく良くて。今回、エンジニアはどなたがやられてるんですか?」
大谷 「あ、パードンさん」
竹中 「参加してくれたミュージシャンは、ほとんど知り合いだよね(笑)。海も近いし、全員が柔らかな気持ちで演奏できて」
大谷 「そういう雰囲気って音に出ますよね。郁子ちゃん(原田郁子)とタカシ(永積崇)と一緒に(不定期で)やってるohanaっていうユニットで、以前、沖縄の米軍ハウスみたいな家を借りて曲作りやレコーディングをしたんですけど、アルバムが出来上がったら、やっぱり、場の空気感みたいなものが伝わってきて」
竹中 「今回は、まさにそういうことをしたかったんだ。スタジオじゃなくて、海の近くのカフェでのんびりレコーディングするっていう。長年の願いが叶った感じだね」
大谷 「これ絶対に楽しいレコーディングだったんだろうなあ」
竹中 「うん、すげー楽しかった(笑)。レコーディングが終わったら、みんなで海に行って、沈む夕日を眺めたり」
大谷 「いいですね。レコーディングは何日ぐらいだったんですか?」
竹中 「3日間。みんなも逗子に泊まって合宿でね。あのレコーディングは本当に楽しかったな」
「今回のアルバムに入ってるカヴァーは、全部まぎれもない竹中さんの歌になってると思う」(大谷)
大谷 「そういえば、今日は久々に竹中さんにお会いするってことで、こんなレコードを用意したんですよ」
竹中 「おお、<レスラー>だ! 懐かし〜。これ俺が最初に出したレコード。27歳のときだよ」
大谷 「ジャケットの竹中さんもお若いですね」
竹中 「これ出して、初ライヴを新宿のシアターアップルでやったんだ。このレコード1枚で、シアターアップルって今思うとすごいよね(笑)。『ストレンジャーズ・イン・ザ・ナオト』というタイトルで、高平哲郎さんが演出で、ゲストが
原田芳雄さんと
松田優作さん!」
大谷 「すげー! でも持ち歌は、1曲だけで(笑)」
竹中 「そう、<レスラー>だけ(笑)。あとはスタンダードをいくつか歌って。そういえば、芳雄さんと、優作さんの3人で、<横浜ホンキー・トンク・ブルース>を歌ったんだ。最初は芳雄さんとふたりで歌うはずだったんだけど、優作さんを客席からお呼びして。懐かしいなあ。でも、本当にこのレコードから始まってるんだよね」
大谷 「歌手としての記念すべき第一歩ですね」
竹中 「うん。2枚目に出したレコードは今回同様、カヴァー・アルバムだったんだ。
桑原茂一さんのプロデュースで『かわったかたちのいし』っていうアルバムを発表して日本青年館で2度目のライヴ」
大谷 「すごいですね」
竹中 「でも、緊張しすぎて1曲目から歌詞が飛んじゃった(笑)。そしたらお客さんがぐわーと引いてゆくのが分かるんだよね。あのときはまいったなあ……。
サザンオールスターズの
関口(和之)くんと
『口笛とウクレレ』というアルバムを出したとき、渋谷のHMVでイベントをやったんだけど、そのときも本番になったら緊張して口笛が出てこない……(泣)」
大谷 「唇が乾いちゃって(笑)」
竹中 「だから去年、再び口笛とウクレレのイベントをやったときは、関口くんに勧められて、ワインを飲んだんだ。そうしたらピューピュー出るんだよ。大谷くんも本番前にお酒飲んでリラックスしたりすることはあるの?」
大谷 「僕は一度飲みはじめると飲みすぎちゃうほうなので、なるべく飲まないようにしてるんです。でも、一度だけ、
シネマ・ダブ・モンクスの
(曽我)大穂と一緒に、緊張をほぐすために本番前に飲みにいったことがあって。そしたら、熱燗とか飲みはじめちゃって、ぱっと気づいたら本番の3分前だったことがありましたね」
竹中 「恐ろしい(笑)。本番前に、そこまで余裕をもって飲めちゃえることが凄いと思う。俺だったら絶対にできない(笑)」
大谷 「僕も、それ以来、気をつけてます(笑)」
竹中 「でも、大谷くんは
Polarisとか、すごくキュンとして可愛いイメージがあったんだけど、そんな豪快な一面があるんだね。人は顔で判断しちゃいけないなあ(笑)。あんなに透明感のある声なのに」
大谷 「ありがとうございます」
――ちなみに大谷くんが感じる、ヴォーカリストとしての竹中さんの魅力は?
大谷 「えー。このタイミングでそのフリ(笑)? ご本人を前にしてそれはちょっと話しづらいな〜(笑)」
竹中 「俺も照れくさいから向こう行ってます(といって窓際に移動し、外の風景を眺めながら、しばし口笛を吹く)」
大谷 「まず、普段、喋っている声もそうですけど、竹中さんは魅力的なローヴォイスの持ち主なんですね。たとえば今回のアルバムに入ってるSUPER BUTTER DOGの<サヨナラCOLOR>もそうだし、フィッシュマンズの<いかれたBaby>もそうですけど、もともと印象が強い歌声の人の曲じゃないですか。そういう場合って、どうしても原曲の歌い方にニュアンスが似てしまったりすると思うんですけど、今回のアルバムに入ってるカヴァーは、全部まぎれもない竹中さんの歌になってると思うんです」
竹中 「(窓際で)やったー!」
大谷 「それが、すごく気持ちいいなと。真面目な感想ですけど、本当に素敵なことだなと思って」
竹中 「すごく嬉しいな……(窓の外を見ながら)今日は夕焼けが綺麗だね」
大谷 「あ、本当だ。ドイツは暗くなるのが遅いんですよ。この時期は10時半ぐらいまで明るいので」
竹中 「いいな、ドイツ。いつか、また行きたいな。……そうそう、ちなみに俺、『のだめカンタービレ』という作品でドイツ人の役やったことあるんだよ(笑)」
大谷 「それ、うちの母親から聞きました。“ユウちゃん、竹中さんがドイツ人の役やってるわ”って(笑)」
竹中 「普段は、どんな仕事もスケジュールさえあえば絶対に断らないんだけど、さすがにその依頼だけは打ち合わせで“えっ!? 俺がドイツ人!?”って思った。でも、カツラかぶって特殊メイクして、なんとかドイツ人に(笑)。だからドイツは身近な国でもあるんだ(笑)。いつか絶対、遊びにいくから」
大谷 「はい。ぜひとも、いらしてください!」
取材・文/望月哲(2011年6月)
撮影/高木あつ子