1985年から2009年まで開催されていた〈東京の夏〉音楽祭は、各国の伝統〜古典芸能および民族音楽を幅広く紹介し、国際的にも知られた一大音楽祭だった。その企画担当者のひとり、飯田一夫さんがプロデューサーとなって今回開催されることになったのが、第一回目となる
〈東京[無形文化]祭 〉だ。主催・企画・制作は公益財団法人・日本伝統文化振興財団。理事長である藤本 草さんは世界各国の伝統文化〜芸能を紹介する〈JVCワールド・サウンズ〉シリーズを手掛けたビクターの元ディレクターである。
そもそも“民族芸能”や“伝統芸能”と聞いて、退屈で難解で保守的なイメージを持たれる方も少なくないだろう。だが、そんな方には“ちょっと待って!”と強く言いたい。たしかに民族〜伝統芸能はどの国・どの民族のものでも大抵は地味なものではあるものの、そこに横たわるプリミティヴなエネルギーはすべてのポップ・ミュージックのルーツと言うべきもの。そして、その奥底でグツグツと沸騰するエネルギーや生命力を感じた瞬間、ド渋の伝統芸能が最高のダンス・ミュージックに聴こえてくることだろう。僕は世界各国の伝統リズム / 文化に触れるなかで何度もそういった経験をしてきたし、今回の
〈東京[無形文化]祭 〉にも巨大フェスや野外パーティに持つものと同類のワクワク感を感じている次第。
さて、プロデューサーの飯田さんの発言を交えながら、各公演を紹介していこう。
ララム・ノーリミット(Raram NoLimit)
今回用意されている海外企画は3つ。まず、カリブ海はハイチのアフロ系伝統祭祀ララをポピュラー化したグループのララム・ノーリミットを招く
〈ハイチのカーニバル音楽 〉(7月11日、12日)。このララはハイチのポピュラー・ミュージックのルーツのひとつで、人口の90パーセントを黒人が占める同国ならではのアフロ・グルーヴが圧倒的だ。
「ハイチにはとてもおもしろいカーニヴァルがあるんですけど、その後に行なわれる農村儀礼がララなんです。ヴァクシンという竹製のトランペットを鳴らすんですよ。それが都市化して、カーニヴァルでもひとつの要素として入り込んでいる。今回は総勢14人来るので、かなり迫力があると思います。カーニヴァルはヨーロッパと土俗的なものが融合してますし、ラップ的なアジテーションも入っていて、下から上がってきた力強さがあるのではないかと。ヒップホップとかストリート・ミュージックのリスナーにも体験してほしいですね」
「これは今回のメインにしたいと思ってるんですよ。最初はアビダ・パルヴィーンという女性版ヌスラット(・ファテ・アリ・ハーン)を呼びたいと思ってたんですけど、どうも体調が万全でないらしくて。そうなるとサナムしかいないだろうと。彼女は今25歳ぐらいと若いんですけど、お父さんもスーフィー歌手なので音楽的素養もあるんですね。その一方でポップス的な曲もやっていて、YouTubeの再生回数も一番多い曲で70万回ぐらい。そのクラスの人なので、日本で次いつ観られるかはわからないですね。アルゴーザー(双管木製フルート)のアクバル・ハミースー・ハーンもNo.1の人で、シンド州の出身。彼もバカテクで凄いんですよ」 珍島シッキムク
(写真提供: 韓国国立文化財研究所)
〈韓国の珍島の死と祝祭 〉(7月20日)は韓国のシャーマンおよび珍島(チンド)の歌を紹介するもので、これまた非常に貴重な公演となる。
「珍島は芸能が盛んな島なんですが、この島の芸能が日本にやってくるのは20年ぶりぐらいだと思うんですよ。韓国の伝統音楽ではシャーマンの芸能が一番音楽的な技術が高いとされていて、そこに深い儀礼と素晴らしいテクニックが残っているんですね。今回はシッキムクッという死者を弔うクッ(祭り)の保存会、演劇性の高いダシレギという葬儀芸能の保存会が来ます。子供のころからシャーマンとしての教育を受けてきた方たちが減ってきてますし、なかなか観る機会のないものだと思います」
「宮古の神歌は東京でも過去2回公演を企画したんですが、今回来るのはそのなかでも厳選メンバー。ハーニーズ佐良浜は本当に力のあるグループですし、譜久島淳慈さんは沖縄音楽の未来を担う存在。淳慈さんは唄も三線もほれぼれするぐらい素晴らしいですよ。あと、今回は半世紀以上にわたって宮古に通い続けてきた谷川健一先生(民俗学者)が宮古島の人頭税について1時間しっかりと話して下さることになりました。谷川先生は91歳になられるんですが、普段から本当に話が聞き応えがありますね」
「いわきのなかでじゃんがらは弔いの行事として今も盛んに行なわれているんです。昨年はいろんな方のお宅にお邪魔して、各地域のじゃんがらも拝見できました。じゃんがらの基本編成は太鼓と鉦(かね)なんですけど、北茨城はそこに笛が入るんです。それがすごく格好いいんですよ。じゃんがらの中心になっているのは若い人たちですし、日本の地方にもまだまだ面白いものがあるということを知ってほしいですね」
その他にも神楽〜民謡〜能楽〜邦楽を代表する囃子の第一人者が競演する
〈「囃す」――囃子の競演 〉(7月23日)、能楽のさまざまなヴァリエーションを一夜にして体験できる
〈「踊る」――舞の競演 〉(7月24日)、そして説教節〜浪花節〜女流義太夫節の競演
〈「語る」――節の競演 〉(7月27日)という3公演が開催。こうした日本の伝統芸能は一般的には普段接する機会の少ないものだが、実際に触れてみると、そこに横たわっている未知のリズムとメロディに新鮮な衝撃を覚えることもあるだろう。
伶楽舎「舞楽」 (写真提供: 伶楽舎)
普段伝統芸能や古典芸能に縁のない方にもお勧めしたい
〈東京[無形文化]祭 〉。ひょっとしたらあなたにとって新たな音楽の扉を開くきっかけになるかもしれない。