エミリー・サンデー
【Interview】
成功したのは「私の曲を自分の人生の一部と
重ね合わせてくれているから」
英国音楽シーンにおける2012年の顔と言えば、間違いなく
エミリー・サンデー。デビュー・アルバムが全英初登場1位をマークし、ロンドン五輪ではただひとり開会式と閉会式の両方で印象的なパフォーマンスを披露した。また先頃のブリットアワードでは最優秀ブリティッシュ・アルバムなど2部門を受賞。そんな彼女が2012年の締めくくりとして行なったのが11月のロイヤル・アルバート・ホール公演であり、この模様を収めたCD&DVD作品
『ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール』がリリースされた。公演前日、ロンドンで話を聞いた。
――ロイヤル・アルバート・ホールでの初公演はあなたにとって特別な意味を持つものなんでしょうね。
エミリー・サンデー(以下同) 「そうですね。1年ほど前に
アリシア・キーズのオープニング・アクトとして初めてあの場所で歌ったとき、“いつかこの会場のメイン・アクトになれたら”と思ったことをよく覚えています。昔から大好きで私の活動のひとつの基準にもなっている
ニーナ・シモンもあの場所で歌っているし、やはり大ファンである
ジャクリーヌ・デュ・プレもあそこで演奏した。そういう場所なので、私にとって非常に重要な公演になります。ストリングス・セクションを入れてのライヴは初めてなんですよ。私はストリングスの音色が大好きで、実はいま自分でもチェロを習っているところなんです。生のストリングス・セクションと一緒にロイヤル・アルバート・ホールでやることを、私はずっと夢見ていました」
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Emeli Sande - Next to Me (Live At the Royal Albert Hall) |
――多くのアーティストはあの会場で公演できるようになるまでに長い時間を要するわけですが、あなたはデビューから9ヵ月。あっという間でしたね。このようにとんとん拍子で物事が進んでいく状況をどう感じていますか? 怖くなることはないですか?
「あまりにも速く事が進んでいるなと思うことはありますし、たしかに怖さを感じるときもあります。勢いは大事だし、できるならそれを維持したいものですが、曲を書くための題材は必要ですし、曲作りには時間をかけたい。そのためには普通の生活もしていなければならないと思っています。なにしろ感謝の気持ちを忘れないようにしながら、いまはこの状況を楽しみたいですね。自分が自分に対して正直であるとわかっている限りは大丈夫だと思います」
――この成功の要因を、ご自身ではどのように考えていますか?
「まず私の書く歌詞の内容。多くの人が共感し、私の曲を自分の人生の一部と重ね合わせてくれているからでしょう。それとアプローチの仕方も関係あるでしょうね。自分の音楽はなるべく多くの人に聴いてもらいたいと思ってきたし、そうなることで意味を持つものだと思ってきました。クールになりたいと思ったことは一度もないし、特定の人だけに聴かれればいいと思ったこともありません。そのための機会は逃さず、いかにして大勢の人の耳に届くようにするかを考えてきました。でもまぁ、一番大切なのは、結局は人の心に響くメロディと深みのある歌詞を書くことに尽きるのでしょうけど」
――ところであなたは音楽の世界に入る前に、一度、医学の道に進まれたんですよね。医学を学んだことがいまの音楽活動にも役立っていると感じるところはありますか?
「少しはあるかもしれません。私は出会った患者さんたちから、人生において何が本当に大切なのかを学びました。音楽業界にいることでストレスを感じると、私は病院に通っていた頃に出会った、助けを必要としている人たちのことを思い出すんです。医学を学ぶ際に持っていなければならなかった自制心を音楽作りにも活かそうとしています。前進するためには常に学んでいなければならないし、世の中とちゃんと関係を持っていかなくてはならない。それは医学を勉強したときに学んだことですからね」
――さきほど深みのある歌詞という話をされてましたが、現在の音楽シーンはそういう歌詞を歌う誠実なシンガー・ソングライターと、いかにもティーン向けのダンス・ポップ・グループとに二極化されている印象があります。それについてどう捉えていますか?
「おっしゃる通り、その両面でいまの音楽シーンは成り立っていると私も感じます。人々を感動させ、深いところで共感させてくれるアーティスト……たとえば
エド・シーランや
アデルの音楽は私も大好きで、特にイギリスは近年そういうオリジナリティを持ったアーティストがたくさん登場しています。一方でダンス・ポップ的なものも相変わらず盛んですが、人はちょっとの間でも楽しみたい、いい気分になりたいと思っているものなので、そういうタイプの音楽が存在できる場所は常にあるものなんです。私に言わせれば、大切なのはそのバランスなんですよ。土曜の夜にダンスしていい気分になれる音楽もやっぱり必要なわけで、よくないことに音楽が使われない限り、私はそれでいいと思ってます」
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Emeli Sande - Clown (Live At the Royal Albert Hall) |
――そのときどきの流行などで変わっていく音楽の面白さというのもありますが、あなたの音楽は時代の変化に対する耐久性もあり、長く聴き続けることのできるものだと思います。作る際にそうしたことは意識されていますか?
「そういう音楽でありたいというのは常に目標としているところです。私が子供の頃から忘れずにいる音楽というのは、つまり自分の人生の一部になっているようなもの。難しいことですが、次のアルバムではそういう曲を作れればいいなと思ってます。1〜2ヵ月で忘れられる音楽を作ることは、私には意味のないことですから」
――次のアルバムの構想はもうありますか?
「現時点で具体的にはありません。曲のアイディアはいくつかあって、アルバムの前にEPやミックステープにするかもしれないけど……。2ndアルバムは、“これだ!”というコンセプトが見つけられるまで待ちたい。少し時間が必要ですね」
――そういえば最近ご結婚されたそうですね。結婚が音楽性や歌詞に変化を及ぼしそうな気はしてますか?
「結婚して安定したことで100%音楽に集中できる立場になった気がしています。それが音楽性にどう影響を及ぼすのかはまだわかりません。物事の見方がクリアになったので、それが音楽性にも表われるかも。とにかく感じるままに音楽を作っていきたいですね」
取材・文/内本順一
(2012年11月 ロンドンにて)
【Review】
『ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール』
からみる“本物の歌”
文/服部のり子
ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール
エミリー・サンデーは、昨年11月11日に初めてロイヤル・アルバート・ホールのステージに立った。ロンドンの由緒ある会場だ。観客は、20代、30代が中心だが、年齢や性別、人種を超えた、ジャンルの枠に縛られていない幅広い客層。まさに彼らこそがエミリーのデビュー作
『エミリー・サンデー』がなぜ2012年UK年間チャートで1位を獲得したのか、それを証明する存在だと実感する。
興奮の中で幕を開けたコンサートは、バンドとストリングス、コーラスという編成で、ダンサーや派手な演出はなく、あくまでも歌が主役の構成。「ダディ」から始まり、全英ヒット曲「ヘヴン」やロンドン五輪の開会式で披露した讃美歌「アバイド・ウィズ・ミー」、閉会式で歌った自作曲「リード・オール・アバウト・イット(パートIII)』を
プロフェッサー・グリーンとの共演で披露する。中盤では彼女の憧れであるニーナ・シモンの代表曲のひとつ「アイ・ウィッシュ・アイ・ニュー・ハウ・イット・ウッド・フィール・トゥ・ビー・フリー」をピアノの弾き語りで。
エミリーにとってニーナ・シモンをはじめとする60年代、70年代のシンガー・ソングライターが書いた社会的メッセージを持つ歌が大きな目標。「生涯自分にとって、また人々にとって意味のある歌を歌っていきたい」と語る。そんな彼女の視線は、主に愛する家族や社会的弱者に向けられており、その歌は、共感を呼び、自分がちっぽけな存在に思えるような時に大きな励ましになってくれる。
MCでも歌詞について触れることが多く、「リヴァー」では7歳の少女がどういう言葉をエミリーにかけたのか、愛らしいエピソードなどが紹介された。
また、この日は彼女の故郷スコットランドから家族や親戚がこぞって駆けつけていて、「ブレイキング・ザ・ロー」の曲紹介で、「妹のルーシーに捧げる歌」と語ると、家族が座るバルコニー席が映しだされる。初めてのライヴ盤
『ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール』のDVDにはそんな微笑ましいシーンも出てくる。
コンサートの前日に行なわれたインタビューでエミリーは、「パフォーマンスは、私がエモーショナルになれる唯一の場所」と語っていたけれど、彼女のパワフルな熱唱は、自己顕示でも、派手なアクションでもなく、歌に命を注ぐためのもの。最先端の流行とか、ファッションとかではなく、心に響く本物の歌とは何か。『ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール』でそれに触れられる。