2010年のメジャーデビュー以来、2枚のフル・アルバムと2枚のミニ・アルバムをリリース。さらに昨年7月から4ヵ月連続で、渡辺シュンスケ、
冨田恵一、
中島ノブユキ、
末光 篤といった毎回異なるプロデューサーとコラボレーションしたシングルを発表した、シンガー・ソングライターの
NIKIIE(ニキー)。そして5月にはニュー・アルバム
『Pianism』のリリースも決定した。それに先駆けて3月5日には新曲「どこまでも」の配信がスタート。興味深いのはそれが無料で、しかもハイレゾ(ハイレゾリューション)であるということだ。なおかつ、聴き比べ用としてmp3も無料で配信される。ちなみにハイレゾとは、簡単に言ってしまえば、CD以上のサウンドクオリティを有した音楽データのこと。別の表現をすれば、CDというフォーマットに詰め込む前の音、つまりアーティストが実際に録音スタジオで聴いているサウンドに近いというアドバンテージがある。そこで今回はインタビュー・ルームにハイレゾ対応オーディオを用意していただき、ご本人、そしてNIKIIEの作品の多くを手がけるレコーディング・エンジニアの中村文俊氏もお迎えして音質のインプレッションや制作の背景などを伺った。
――新曲「どこまでも」は、卒業や旅立ち、そして新生活など、この季節の出来事ととてもマッチしていますね。
NIKIIE 「知り合いの女の子が、高校を卒業するにあたって、何か贈りたいと思っていました。でも、モノをプレゼントするのではなく、自分にできることをしたいなって。それは、やっぱり歌詞を書いたり、曲を作ったり、歌ったりすることでした。それがこの曲を作るきっかけでした。卒業って、純粋なゴールでもなく、スタートでもありません。そんな少し不安な気持ちに寄り添えるものになればいいなと思っています」
――先日は茨城県にある母校の卒業式でライヴをされたそうですね。
NIKIIE 「そうなんです。じつは今から3年前の東日本大震災の年の文化祭に呼んでいただいて。でも、体育館の天井が地震で全部落ちて使えなかったので、駐車場に特設ステージを作ってくださって、そこでライヴをさせてもらいました。そのときに出会った1年生たちが、今回卒業することになったんです。何かお祝いとして届けに行きたいと思って、シークレットで卒業式に駆けつけました。偶然だとは思うのですが、送辞や答辞に私の名前が入っていて驚きました。だから、卒業式に来た意味があったのかな、少しでも喜んでもらえたのかな、という気持ちになりましたね」
――卒業生にとっては思い出に残るイベントになりましたね。そんな時に披露された新曲「どこまでも」が今回、かたちとなったことで、より多くの人たちや、より幅広い世代の人たちにも届けられるようになったわけですね。
NIKIIE 「私が書いたのは卒業生向けだったんです。でも、社会人でも、短いタームで必ず何かを卒業しているじゃないですか」
――たしかにそうです。
NIKIIE 「なので、そんな時にも、季節を問わず聴いていただけたらと思います」
――新曲のジャケットも、これまでのイメージとは少し違っていますね。イラストを使っていて。
NIKIIE 「はい。自分の手で描きました」
――さて、今回はその新曲を含め、旧譜も一挙にハイレゾ配信されますね。
NIKIIE 「私たちは制作しているとき、クリアないい音で聴いています。だけど、CDになった段階で、そこまでは再現できてないなと気づきました。パソコンのスピーカーで聴いている方も多いですしね。スタジオでこだわって作った音をCDとしてリスナーのみなさんにそのまま届けられていると思っていたのですが、今回ハイレゾを聴いて、“こんなにCDと音が違うのか”とびっくりしました。私がいつもレコーディングで、エンジニアさんと、“ここ、こんなふうな音にしてください”と相談して作った音がそのまま届けられるかなと思っています」
――では、「どこまでも」から。はじめにはmp3、その後にハイレゾを聴きましょう。
(実際聴き比べをしてみる)
――いかがだったでしょうか?
NIKIIE 「とくに歌の部分がハイレゾはmp3と違いましたね。声を出す場所、マイクとの距離を実際には、たとえワンフレーズでも変えることがあります。音質が良いと、そのニュアンスがよく伝わると思いました。声を出したかった部分が、より明確になっていますね。言葉が前に出てきます。なので、できればハイレゾで聴いてほしいと思いました」
――エンジニアの中村さんはいかがでした?
中村 「特にこういった、ピアノと歌が中心のシンプルな楽曲は如実にハイレゾのよさがでてきますね。空間の表現力も高いと思います。mp3はコンプがかかったようで、平面的になってしまうようです。ハイレゾの方は、録音の現場で、NIKIIEやプロデューサーと一緒に聴いているときの状態に近い音だと思いました。それを届けられるのはエンジニアとしても嬉しいですね」
――これまで発表されたアルバムやミニ・アルバムもハイレゾで配信されます。そこから聴いてみましょう。1stアルバム『*(NOTES)』から「LUV SICK」です。 (mp3、ハイレゾ、両方を聴く)
NIKIIE 「この曲のドラムの音がすごく好きで。だけどmp3で聴くと細くなってしまうように思えました。それがハイレゾだと、スネアがよく響いているのがわかりました。空間も見えてきます」
――ハイレゾでは、歌声に伸びや滑らかさも感じられました。
中村 「mp3はその特性上、弱音に弱いんです。小さい音の表現を割り切って圧縮するという発想です。大きい音に隠れている弱音はどうしてもなくなってしまう傾向にあります。ハイレゾではそうした部分がきちんと再現されているように思いました。また、NIKIIEの場合は、音を直接的に耳に届けるのではなく、少し空間を持たせたいと思っています。その点でもこちらの想いが反映された音になっているのではないでしょうか」
――続いて、2ndアルバム『Equal』収録の「LIGHT」を聴き比べましょう。 (mp3、ハイレゾ、両方を聴く)
NIKIIE 「この曲のレコーディングの時に“冷たい感じにしてください”とお願いしていたんですね。歌詞と合うように、冷たい冬のイメージという抽象的なものだったんです。mp3だと、その冷たさに寄り添うような温かい部分が消えてしまっているように思えました。ただ冷たい北風が吹いているような感じですね」
――それに、ヴォーカルやピアノはもちろん、ドラムスやベース、それにストリングスなどさまざまな楽器が盛り込まれていますが、それぞれがくっきり聴こえるのもハイレゾの魅力ですね。
中村 「NIKIIEの言った通りで、冷たい感じは出せたと思います。ハイレゾではそれに加えて、低域のふくらみや空気感などもよく表現されていますね」
――なるほど。この曲でいえば、NIKIIEさんが歌詞の内容に合わせてリクエストした“冷たい感じ”をエンジニア側が受け止め、音として表現したわけですね。つまりサウンド面まで含めたひとつの作品だといえます。音質を損なわずに、リスナーに届けるハイレゾ配信が、本当の意味での“アーティストの想いを伝える”ことにつながるのではないでしょうか。
NIKIIE 「こうしてハイレゾで聴いてみると、私が意図していた音はこういうものだったんだな、とあらためて感じました。自分が作りたかったそのままの音で聴いていただけるのなら、アーティストとしてとても嬉しいことだと思います」