[特集] 畠山美由紀『歌で遭いましょう』をアナログで オノ セイゲン(サイデラ・マスタリング)と手塚和巳(東洋化成)によるカッティング現場を覗く

畠山美由紀   2014/11/28掲載
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畠山美由紀『歌で遭いましょう』をアナログで | 畠山美由紀『歌で逢いましょう』インタビュー
 再びヴァイナルが何かと注視を受ける時代になり、リアルかつ自然なサウンド提出を求めて、CD商品だけでなくアナログ・レコードを送り出そうとする動きが出てきている。畠山美由紀の新作『歌で逢いましょう』もCDリリースに続いてアナログが限定発売されたが、それは重量盤2枚組(曲目・曲数は同じ。余裕を持って、各面に2〜3曲ずつ収められる)にてのリリース。その仕様は取りも直さず、今のぞみうる最良の仕様でヴァイナル商品を送り出そうとしたからにほかならない。
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『歌で逢いましょう』(RBJE-2027 / LP)

 そのアナログ化を監修したのは、世界的に活躍するエンジニアであり、ミュージシャンでもある(彼のリーダー作『バー・デル・マタトイオ』のライナーノーツはカエターノ・ヴェローゾが執筆している!)オノ セイゲン。彼によれば、元の録音も手を加えるべくもないほど素晴らしいものであったようが、そこにまずヴァイナル化に適する微調整を施した。そして、それを5.6MHz DSDに取り込み、そのDSDマスターをカッティング工場に持ち込み、ダイレクト・カッティングをしてしまう。マスタリング・スタジオで聴ける音をそのままアナログ再生音で提供することにおいて、それは現在最良のやりかたと言えるようだ。
 さて、その課程の最終段階、ラッカー盤(ダブ・プレートともいう)にカッティングする作業を取材する機会に恵まれた。場所は、横浜市鶴見区にある東洋化成。社屋の一角にスタジオ仕様の部屋があり、アナログのカッティング・マシンが鎮座。独ノイマン社のそれは1970年代に作られたもので、現在日本で稼働している数少ない機械だ。それを扱うエンジニアは、手塚和巳さん。オノがアナログ・カッティングに関して全幅の信頼を置く、アナログ期全盛の時代から第一線で活躍するスペシャリストである。
手塚和巳(左)とオノ セイゲン
 DSDマスターの情報がラッカー盤に刻まれるさまは、通常のレコードを針でトレースするのと同様な作業でなされる。ラッカー盤は黒色でレコード盤に近いが、ツルツルの盤面を刻んでいくために、作業中はシャーッという音がする。そして、その行程は熱を発するため、冷却のためにヘリウム・ガスが用いられ、スタジオの横にはその細長いボンベが置かれていたりもする。それは普通のコーソール卓のあるスタジオ風景と異なるところで、“レコードを作っている”現場という印象を強める。
 じつは、ぼくはカッティッグ・マシンを見るのも、その作業に接するのも、音楽の仕事に30年ほど関わっているにも関わらず、初めてのこと。その重厚な機械形状にせよ、音を溝に切り落としていく実作業にせよ、接していて、興味深いといったらありゃしない。カッティング・マシンには顕微鏡のようなスコープも取り付けられていて、それでラッカー盤の溝が確認できる。ぼくもそれを覗かせてもらったのだが、拡大されたラッカー盤の表面を見て感嘆。思わず、わ〜と声をあげてしまう。ニョロニョロした溝を確認したからといって音が聞こえたり判別できたりするわけではないのだが、なんか“音(楽)が目に見える!”という気持ちをそれは望外に与える。音を捕まえて可視化しているという感じもあって、これはインパクト大。もしかして、今年の音楽にまつわる私的項目のなかの一番のハイライトではないかとも、ぼくは思ってしまった。
 もちろん、カッティングしたばかりのラッカー盤もその場で試聴させてもらったのだが、押し寄せるリアルな波に包まれる感じもあり、それもまた感動的。『歌で逢いましょう』は、アーバン洒脱な感覚も持つ歌手である畠山が日本の演歌や歌謡曲に臨んだ一作だ。言わば、洋楽の延長に位置していたような畠山が足元をしかと再確認するかのようにドメスティックきわまりない楽曲群と真っすぐに対峙した内容を持つのだが、そのプロダクツで露になったのは畠山の情の深さや、言葉や韻の踏み方の細やかさや、歌唱にある艶かしさ。また、さらには、現代日本人女性の業のようなものも、それを浮き上がらせる。それが、デジタル録音を最良の方策でアナログ化した今回のヴァイナルでより鮮やかに、肉感性やまろみや熟れた感覚を増して、仁王立ち。また、原曲の色あせぬ訴求力や生命力もおおいに、それらはアピールする。
 同作のプロデュースと主アレンジは畠山と長い付き合いを持つベーシストの沢田穣治(ショーロ・クラブ)が行なっているが、アコースティック・ギターや弦音などが織りなす伴奏の有機性や間(ま)の妙もまた一段とアピールされているのは間違いない。それは、旧来の日本人の機微と今の生活観が乖離するものでないことも、伝えようか。
 美空ひばりで知られる「悲しい酒」はギターとのデュエットであり、原曲同様に間奏部には語りも入れられるが、生々しくも、身にしみる。ふむふむ、今回のアナログ・レコード商品は限定版ではあるが、こちらこそがデフォルトとなるものではないか。だって、アナログ盤『歌で逢いましょう』には、畠山の今を生きる日本人歌手としてのロマンと意欲が尋常じゃないほどリアルに満ちあふれ、結晶しているのだから。
取材・文 / 佐藤英輔(2014年10月)
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