吉澤嘉代子、デビューから5年の集大成『新・魔女図鑑』

吉澤嘉代子   2020/11/23掲載
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 吉澤嘉代子のコンピレーション・アルバム『新・魔女図鑑』は、全18曲中唯一の新録である「らりるれりん」のニュー・ヴァージョンで始まる。2010年11月、"ヨシザワカヨコとりんりんズ"名義で出場したオーディション“The 4th Music Revolution” JAPAN FINALで彼女にグランプリとオーディエンス賞をもたらし、世に出るきっかけを与えた、シンガー・ソングライター吉澤嘉代子の“はじまりのうた”だ。
 2013年6月のインディーズ・ミニ・アルバム『魔女図鑑』にも収録された同曲は、思い人からの電話を待つ女の子が“終いにはあれもこれも/電話のベルに聞こえてきちゃう”という一夜を描いた、1970〜80年代の少女マンガのようなかわいらしいお話。“らりるれりん りるれらりん”のアナグラム(?)が楽しい。赤電話の受話器を手にした吉澤の新しいアーティスト写真も、この曲とイメージがリンクしていそうだ。
吉澤嘉代子
 2014年5月に日本クラウンからメジャー・デビューした彼女は、同社在籍中の5年間にシングル3枚、アルバム4枚、ミニ・アルバム4枚を残してビクターエンタテインメントに移った。移籍第1弾シングル「サービスエリア」と同じ2020年11月25日に発売される『新・魔女図鑑』は、キャリア上では日本クラウン時代の集大成という位置づけになる。
 タイトルからして『魔女図鑑』を踏まえていることは明らかだ。『魔女図鑑』はいま聴いても一抹の危うさも込みですばらしい作品だが、そこに収録された6曲は吉澤にとっても大切な曲のようで、「未成年の主張」「泣き虫ジュゴン」(『箒星図鑑』2015年3月)、「化粧落とし」(『東京絶景』2016年2月)、「ぶらんこ乗り」(『屋根裏獣』2017年3月)、「恥ずかしい」(『女優姉妹』2018年11月)とすべて再演・再録されてきた。もちろん本作にも収録。「らりるれりん」は最後の再録となる。
 これまでの5曲のアレンジは『魔女図鑑』のヴァージョンを大なり小なり下敷きにしていたが、「らりるれりん」は石崎光編曲のオールディーズ調から君島大空によるアコースティックなドリームポップへと完全に変貌している。ハスキー成分多めの落ち着いた歌声も、言葉遊びのユーモアを少し突き放したクールな表現も、オリジナルのうら若き風情とは対照的。どうしたって成長、成熟といった言葉が浮かんでくる。
 『魔女図鑑』のキャッチ・コピーは「吉澤嘉代子、ただいま魔女修行中。」だった。外界とのつながりを遮断して妄想の中で生きていた小学生のころ、魔女にさらわれる夢を見た彼女は、あのときさらわれていたら外の世界に飛び出せていたかもしれない、と思い、再び魔女に迎えに来てもらうために魔女修行を始めた。父の経営する工場の屋上にのぼって、祖母にもらった黒い服を着てペットの犬やうさぎと話したり、ほうきに乗って空を飛ぶ練習をしたり。ファンにはおなじみのエピソードだろう。
 かつては“黒歴史”だったという魔女修行時代の先に、いまの吉澤の立派な姿はある。魔女と再会できたかどうかは知らないが、彼女がいまもそのことを忘れていないのはたしかだ。“魔女”という言葉は彼女の思春期〜青春期の象徴であり、『新・魔女図鑑』は日本クラウン時代の集大成であると同時に、2020年6月に30歳になった吉澤嘉代子の"第1期"、少女から大人へと成長/変化してきた20代のクロニクル=年代記でもある。
 “誘いかけるネオンに馴染めなくて/私たち家出した子供みたい”(「綺麗」)、“陽に焼けた肌に 何度も思い知るの/たったひとりで 焦がれてきたのだと”(「よるの向日葵」)、“かき氷いろのネイルが剥げていた/造花の向日葵は私みたい”(「残ってる」)、“青い蕾を指さして 君みたいと笑うから/わざと膨らませた頬向けて いじわるとふざけた”(「がらんどう」)、“野良猫が漁るゴミ棄て場に 額縁を嵌めてみる”(「東京絶景」)――脳裡に情景を鮮やかに浮かび上がらせる描写力は圧巻であり、古風な言葉遣いもあいまって時代を超えた色彩感がある。初めて耳にしたときの心持ちや、披露されたライヴ会場の空気感も甦ってくる。
 タイアップのお題にかけて“月”のひと文字から想像力を飛翔させていく「月曜日戦争」や、“電話が途絶えたのはきっと 会うまえに餃子を食べたせい”と歌って“はぁ〜”と洩らす吐息に餃子臭を漂わせる「化粧落とし」、夢中になれる対象を求める気持ちをラブソングに重ねた「美少女」、“ムダ毛”処理への疑問をユーモアたっぷりに展開した「ケケケ」など、珠玉の18曲と言える。ことに吉澤一流のストーリーテリング力が彼女自身の思いと交錯した曲の感動は出色で、13〜15曲目、「泣き虫ジュゴン」「ストッキング」「movie」の3連打には感涙を禁じ得ない。
 僕はこの3曲を勝手に“さよなら少女時代”3部作と呼んでいるのだが、ひとりの若者が外の世界と徐々に折り合いをつけて大人になっていく過程のかけがえのない一瞬をこれほどいきいきととらえた歌はあまりない。「泣き虫ジュゴン」では少女の思いが言葉と歌を得て世界に飛び出し、「ストッキング」では“もうわかっているよ わたしは特別じゃない”と現実と折り合いをつけることで“魔法”の意味合いが変わり、「movie」では、亡くなった愛犬ウィンディの視線を継承して“見守られる”から“見守る”へと立場を移す。よくできた青春小説にも通じる趣がある。
 2019年11月の地元・川口への凱旋公演〈吉澤嘉代子のザ・ベストテン〉のクライマックス(順番は違ったが)を思い出させるこの3曲で感無量にさせて、「えらばれし子供たちの密話」「地獄タクシー」で再び物語の世界にいざない、いしいしんじの短編をモチーフに夢の中で書いたというファンタジーの極み「ぶらんこ乗り」で締める。コンサートのセットリストをイメージしたような流れが見事だ。
 “女性”をテーマにした2年前の『女優姉妹』は、脳内で完結していた吉澤の作品世界に“他者”が入ってきて、過去にない開放感と力強さを湛えたアルバムだった。それから2年が過ぎ、なにかと面倒の多い“少女から大人へ”の青春期を渡りきって、無事30歳を迎えた吉澤嘉代子。(あえて単純化すると)これからは大人の時間である。新曲「サービスエリア」では、世界に2人しかいないかのような幻想を旅する恋人たちを描いているが、今後も外の世界との距離を測りながら、どんどん成熟した作品を発表し続けてくれるはずだ。
 「らりるれりん」には、“Licensed by Victor Entertainment”という文言がクレジットされている。揺るぎなくアダルトなこのヴァージョンは、吉澤嘉代子の“第1期”を完結させ、このアルバムを『新・魔女図鑑』と名乗らしめた最後のピースであると同時に、大人になったビクター吉澤から少女のしっぽを残したクラウン吉澤への贈りもの、置きみやげのようにも見える――と言ったら、思い込みが過ぎるだろうか。
文/高岡洋詞
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