2週連続企画 ジョン・レノン『ジョンの魂』 50周年を記念したアルティメット・コレクションの見どころ聴きどころ

ジョン・レノン   2021/04/23掲載
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 コロナの影響もあってか、51年目になってしまったが、『ジョンの魂』の発売50周年記念盤が、2018年の『イマジン』に続いて『アルティメイト・コレクション』のタイトルで4月23日に発売となる。
 『イマジン』の記念盤と同じく、オノ・ヨーコの全面監修のもと、“音作り”に関しても同じ音響スタッフ――ポール・ヒックス(エンジニア)と、ロブ・スティーヴンスとサム・ギャノン(ミキサー、エンジニア)が作業にあたっている。
 「プラスティック・オノ・バンドのアルバムでは、ジョンと私は、本当に生で、ベーシックで、正直な現実を、世界中に発信しているという事実が気に入っていた」と今回のブックレットの序文でヨーコは語っているが、ポール・ヒックスはこの記念盤についてのヨーコのこんな思いを伝えている。
 「ヨーコは、このアルティメイト・ミックスでは、3つのことを達成するべきだと熱心に語っていた。オリジナルに忠実で、オリジナル音源に敬意を表したものであること、全体的にクリアな音にすること、そして、ジョンのヴォーカルをより明瞭に聞かせること。“ジョンが肝心だから”と彼女は言っていた。そして彼女は正しかった。彼の声こそ、このアルバムに感情的なインパクトを与える最も大きな要素だった」
 その結果、これまでは写真も含めてあまり公になっていなかった『ジョンの魂』のスタジオ・セッションの様子が、ようやく明らかになった。ポールの脱退宣言によってビートルズの解散が世界中のファンに知れ渡った後、ジョンはどのような“態度”で『ジョンの魂』を作り上げていったのか? その過程が窺える貴重なレコーディングの模様をドキュメンタリーとして実感できるのが、本作の意義を強く伝えるものとなるだろう。
 発売形態は「スーパー・デラックス・エディション」「2CDデラックス・エディション」「1CDエディション」「2LP」と種類がいくつかあるが、セッションの様子を知るには、CD6枚+Blu-ray2枚=計8枚11時間にも及ぶ「スーパー・デラックス・エディション」がやはり最適である。セッションの全容を伝える132ページの豪華本やポストカード(“Who Are The Plastic Ono Band?”“You Are The Plastic Ono Band”の2枚)も付いている。
 では、「スーパー・デラックス・エディション」について、ディスクごとに聴きどころを紹介する。
ジョン・レノン
『ジョンの魂:アルティメイト・コレクション』UICY-79517/スーパー・デラックス・エディション(6CD+2Blu-ray)
ジョン・レノン
『ジョンの魂:アルティメイト・コレクション』UICY-79529〜30/2CDデラックス・エディション
ジョン・レノン
『ジョンの魂:アルティメイト・コレクション』UICY-15983/1CDエディション
【CD1 - The Ultimate Mixes】
 2018年に発売された『イマジン』の記念盤と同じく、ジョンのヴォーカルを特に明瞭・明快にしつつ、それぞれの楽器の鳴りも際立つように、全体的に鮮明な演奏が繰り広げられる。ほとんどの曲がジョン、クラウス・フォアマン、リンゴ・スターの3人で演奏されているという音数の少なさなので、それだけでも各楽器の鮮明度が高く、三者のぶつかり合いが存分に楽しめる。
 中でも「マザー(母)」のジョンのヴォーカルがくっきりと力強い。「ウェル・ウェル・ウェル」はザクザクと刻むギターが前面に出ていて、これまで聴いてきた曲の印象とは大きく異なる。「マザー」と同じように、おまけのシングル曲「コールド・ターキー(冷たい七面鳥)」ではジョンの声の震えまではっきりと伝わってくるので、“麻薬の禁断症状の悶え”がよりリアルだ。
【CD2 - The Ultimate Mixes / Out-takes】
 こちらは、オフィシャル曲とはテイクの異なる演奏をまとめたもの。以下、CD1枚に、『ジョンの魂』収録曲+おまけのシングル3曲を各1テイクずつの計14曲を原則としてまとめている。その構成の(風通しの)良さも、各曲の違いをじっくり味わえる大きな魅力だ。
 また、1曲目の「マザー」がヴォーカルも演奏もあまりに強力なので、その曲が違いを知る上でのある種の“基準”となる。ここに収録されているのはなんとテイク61。CD4には原則としてオフィシャル・テイクの加工なし版が収録されていて、その演奏は「テイク64/93」とあるが、その数テイク前のこのテイク61も、完成形に近い仕上がりとなっている。
 他にも“こんなふうにやっていたのか”と思わせるテイクが目白押しだ。たとえばリンゴが16ビートにリズムを一部変えた「しっかりジョン」(テイク2)や、最後にジョンが「ヨーコ!」と連呼する「悟り」(テイク1)、ジョンの二重唱が聴ける「孤独」(テイク23)、テンポの遅い「思い出すんだ」(リハーサル1)、フィル・スペクターのピアノが加わっていない「ラヴ(愛)」(テイク6)、スリー・フィンガーではなく普通のストロークでの弾き語りによる「ぼくを見て」(テイク2)などだ。
 中でも、ハープシコードのような鍵盤楽器を加えて重厚かつ荘厳な雰囲気が増した「ゴッド(神)」(テイク27)が素晴らしい。おまけのシングル3曲も、すべて初登場となる別テイクだ。『ジョンの魂』収録曲ではないが、「アルティメイト・コレクション」の中で個人的に最も耳がそばだったのが「コールド・ターキー(冷たい七面鳥)」のテイク1である。ジョンとエリック・クラプトンの左右チャンネルに振り分けられたファンキーなギターのやりとりだけでノックアウト、である。鍵盤は誰が弾いているのだろうか?
ジョン・レノン&オノ・ヨーコ
Photo by Richard DiLello ©Yoko Ono Lennon
【CD3 - The Element Mixes】
 聞こえなかったり、使われなかったりした要素を際立させ、曲に新たな表情を与えることを試みた音源をまとめたもの。いわば、部分拡大&未使用楽器が楽しめる一枚である。
 コンガ入りの「悟り」、オルガン入りの「孤独」、(音は小さいが)口琴をフィーチャーした「思い出すんだ」、マラカス入りの「ウェル・ウェル・ウェル」などを耳にすると、『ジョンの魂』の簡素なサウンド作りは、いったん化粧を施したものの、それをやめて“素顔”で勝負することに決めたアルバムだったということがわかる。
 ヴォーカルだけを取り出した「マザー(母)」もいいが、ここでは1オクターヴ下げた低音で試しに歌ってみせた「ゴッド(神)」と、ヴォーカルをオフにして楽器を前面に出したことでドラムのロールまではっきり聞こえる「コールド・ターキー(冷たい七面鳥)」が特に印象的だ。
【CD4 - The Raw Studio Mixes】
 『ジョンの魂』のレコーディング現場となったロンドンのアビイ・ロード・スタジオでアルバム・セッションを楽しんでいるかのような雰囲気を味わえる――ロブ・スティーヴンスがミキシングを担当したThe Raw Studio Mixesは、そうした意図で作られたという。そのため、テープ・ディレイやリヴァーブなどのエフェクトのないさらに“生身の音”をここでは堪能できる。しかも、ほぼすべてだと思うが、オフィシャル・テイクを使っているので、『ジョンの魂』を、ジョン、ヨーコ、フィル・スペクターがミックス作業に関わる前の“スタジオ感”たっぷりの演奏が味わえるのだ。
 各曲のテイク数の記載もあるが、それを見ると、ビートルズ時代のジョンとは大幅に異なるのは、数の多さだ、すべて完奏したものではないとはいえ、(ポール・マッカートニーとは異なり)素早く仕上げるのが常だったジョンにしては異常なほど多い。手の込んだ曲はまだしも、たとえば「しっかりジョン」(テイク32)や「ぼくを見て」(テイク9)も、それ以前だったら数テイクで終わらせていたに違いない。それほどジョンは、“もう一度レコーディングし直したい”などと将来に思わなくて済むように、『ジョンの魂』を納得のいくまでじっくり仕上げたのだろう。
 フェイドアウトせずにきっちり終わる「マザー(母)」や、ジョンの独唱のみの「孤独」と「思い出すんだ」のほかに、エクステンデッド・ヴァージョンを収めた3曲――エンディングの長い「悟り」と、ブレイク後もフィルがピアノを“1曲分”弾き続ける「ラヴ(愛)」、ブレイク後の(唸りのような)喋りがヨーコの声だとはっきりわかる「ウェル・ウェル・ウェル」もいい味わいだ。これぞ“ネイキッド”と言えるジョンのヴォーカルが艶やかで眩い「ゴッド(神)」と、スタジオ・ライヴ感がさらに増したおまけのシングル3曲も必聴だろう。
【CD5 - The Evolution Mixes】
 エヴォリューション・ミックスは、最終形に至るまで、どのような変遷を経てきたかを音で綴ったドキュメンタリー的なミックスとなっている。サム・ギャノンが作業にあたり、オリジナルの8トラックのマルチ・トラックや、1/4インチのライヴ・レコーディングやミックス、デモ用のカセット音源をもとに編集してまとめあげたという。
 たとえば「マザー(母)」ではジョンがリンゴに曲のテンポやビートを伝えたり、“Mother, Father, Children”と歌詞の順番を指示したりする場面があるなど、これから新曲のレコーディングに臨むスタジオでの臨場感に満ちたやりとりを聴くことができる。また「マザー(母)」のある場面ではジョンが“この曲を世界中の母に捧げたい”と曲紹介をしたり、“クラウス、お前こそプラスティック・オノ・バンドだ”と褒め称えたりという興味深い場面も出てくる。ジョンの30歳の誕生日(70年10月9日)に行なわれた「思い出すんだ」のセッション中にスタジオにやってきたジョージ・ハリスンに対し、「ジョージ!」と声をかけるジョンの一声と、それに続く“Happy Birthday to me”という替え歌も聴き逃せない。
 フィル・スペクターやヨーコとのやりとりも多く、言われていたのとは異なり、フィルはもっと(もう少し)早くからスタジオにいたということもわかる。“メイキング音源”が味わえるこのThe Evolution Mixesは、The Raw Studio Mixesと並ぶ「スーパー・デラックス・エディション」の大きな聴きどころのひとつだ(おまけのシングル3曲のエヴォリューション・ミックスはBlu-rayの2枚目に収録)。
【CD6 - The Jams Live & Improvised】
 CDの最後のディスクは、スタジオでのジャム・セッションと新曲のデモ音源を収めたもの。
 ジャム・セッションは、『ジョン・レノン・アンソロジー』(98年)に収録された「ロング・ロスト・ジョン」や、80年代から90年代にかけてラジオ番組『ロスト・レノン・テープス』で放送された「ハニー・ドント」をはじめ、『ジョンの魂』セッションで演奏された本チャン前の息抜きセッションの模様を収めたものだ。カール・パーキンスのカヴァー2曲「ハニー・ドント」「マッチボックス」と、エルヴィス・プレスリーを茶化して歌う「エルヴィス・パロディ」のメドレーがやはりいい。『イマジン』に収録される「兵隊になりたくない」の初期テイクも、まさかここでやっていたとは思わなかった貴重なテイクだ。最後に収録された「ドント・ウォーリー・キョーコ(京子ちゃん心配しないで)」は、幻惑的な曲調が耳に引っかかる、唯一収録されたヨーコの曲。シタールを弾いているのはジョージだろう。
 デモ音源では、リヴァーブ深めの、たゆたうようなエレキ・ギターの響きが異色の「マザー(母)」と「ラヴ(愛)」が、本番ではこういうふうにならなくてよかった、という意味も含めて興味深いアプローチとなっている。
【Blue-ray Audio】
 Blu-rayには、CD6枚の全曲が収録され、CD1枚目の「The Ultimate Mixes」全14曲は5.1chサラウンドで楽しめる仕上がりとなっている。
 またディスク2には、先に触れたようにシングル3曲の「The Evolution Mixes」が入っているほかに、このディスクの目玉となる『ヨーコ・オノ/プラスティック・オノ・バンド(ヨーコの心)』の、スタジオでのありのままの音源が収められている。
 これは70年10月10日(ジョンの誕生日の翌日)に、『ジョンの魂』と同じメンツで自由気ままに行なった実験的なジャム・セッションの模様を収めたもの。ヨーコのオリジナル・アルバムの3倍の長さになる膨大なセッションをサム・ギャノンが新たにミックスしたもので、18分にも及ぶ「ホワイ」のほかに、「ライフ」「Omae No Okaa Wa」(!)「アイ・ロスト・マイセルフ・サムホエア・イン・ザ・スカイ」というアルバム未収録の即興演奏も収録されている。
 69年1月のゲット・バック・セッション時に、ヨーコのヴォーカルをフィーチャーした演奏に興奮していたジョンは、この『ジョンの魂』セッションでヨーコのバックを務めた10月10日の演奏にも、同じような思いを感じていたに違いない。
文/藤本国彦
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