昨年夏のデビュー・アルバムが大きな反響を呼んだ記憶もまだ醒めやらぬなか、
森は生きているの2ndアルバム
『グッド・ナイト』が発売された。じつはこのアルバムは、前作
『森は生きている』発表直後からすでに制作が始まっていた、約1年がかりの労作だったのだ。17分にも及ぶ組曲「煙夜の夢」を含む現代的なトリップ・ミュージックとでもいうべき冒険的な音像。50分足らずのアルバムなのに、まるで長い夢を見ているようにすら思える全9曲がここには刻まれている。“若きルーツ・ミュージックの担い手”という前作での世評に抗うように、ライヴで挑戦的な新曲を繰り返し演奏しながらバンドそのものの純度を磨き上げていった彼らの覚悟と、今鳴らしたい音楽への思いとは? リーダーでほぼ全曲の作曲を手がける岡田拓郎(ギター, ヴォーカル ほか)と、ほぼすべての作詞を受け持つ増村和彦(ドラムス)に聞いた。
――1stアルバム『森は生きている』を出してから、かなり早いペースで2ndの制作に着手しましたよね?
岡田拓郎(以下 岡田) 「去年の8月にアルバムが出て、9月にはもう2ndを作りはじめてましたね」
――「すぐ次を作りたい」と思ったわけは?
岡田 「1stは1枚目だし、よくできたけど、あれが出てようやく、自分にできることとか、もっとこういうのやりたいなという気持ちが出てきたところもあるんです。だから、去年の9月から12月にかけてはデモ曲を4、50書いて、作詞の増村(和彦)に投げてる感じでしたね」
――確かに、1st・アルバムは、何人かのメンバー交替を経てバンドとしての森は生きているのスタートラインに立ってまだ間もない時期に、それまでの持ち曲を中心にアルバムのかたちに投げ込んだようなところがありますよね。そういう意味では、今回の『グッド・ナイト』は、最初からバンドとして取り組んだ作品であるし、なにしろ全部新曲です。じつは1stの曲って、渋谷WWWでのワンマンの第一部で全曲演奏というのはあったけど、それを除けば今年に入ってからは、ほとんどライヴでは演奏されなくなっていってましたよね。気が付いたら、新曲ばっかり。
岡田 「そうでしたね(笑)。結局、根っこのところでは好きな音楽は変わってないのでおんなじことをやってるつもりだし、逆に明らかに違うことをやってるところもあるし、そこはあんまり意識はしてないんです。新作を聴くと60〜70年代のサイケみたいな感じがすると思うんですけど、2ndを作るにあたって僕が意識したサイケさは2000年代以降のUSインディなんですよ。フリーク・フォークとか、新しいフォーク・ミュージックを開拓してるような人たちがいっぱいいて、そういう人たちが音楽を組み立てるような感じで自分たちもやってみたいなと思っていたんです。1stのときのインタビューでは、
ザ・バンドとか、
ジェシ・エド(・デイヴィス)とか、70年代のことばっかり言ってたと思うんですけど、そうじゃなくてリアルタイムでやってる人たちの音を吸収してほしかったし、そういう感覚を持ってほしかったんで、メンバーにも意識的に音源を聴かせて共有しようと試みたりしましたね」
――確かに「ルーツ・ミュージックが大好きな若者たち」というイメージからは、この音は離れましたね。
増村和彦(以下 増村) 「いっぱい、USインディの音源が参考で岡田くんから来た時期はありましたね」
岡田 「あとは、2nd用の作曲を始めたときは、1stを出したばっかりでもあったんで、ポップスを聴くのが自分のなかでもつらい時期でもあったんです。僕が別ユニットの發展(
吉田ヨウヘイgroupの吉田ヨウヘイ、池田若菜とのインプロヴィゼーション・トリオ)でやってるような即興とかばっかり聴いてたときもあったし」
――古い時代の参照とか、同時代への意識とかよりも、岡田くんはむしろ「無時代」みたいな感じを目指してるのかなと感じましたけど。
岡田 「そう聴いてもらえたのならうれしいです。新しい音楽だけを取り入れようとした時期もあったんですけど、それは違うと制作しながらすぐに気づいたし、とにかく自分の言葉で自分の音楽を作りたかったので、そういう点ではある意味、今回のアルバムは僕の色がかなり強いと思います。でも、アレンジみたいな部分はイメージを伝えていて、基本の演奏はメンバーに投げて任せちゃってるんです。みんな、僕が考えないおもしろいフレーズを持ってきてくれるような人たちなんで。だから、ある意味、バンドっぽさと僕のサウンドがうまく収まったような感じはしましたね」
――それって、1stを出したあとのライヴなのに、強情なくらいライヴで新曲を中心にやり続けた成果でもあると思うんです。三部構成の大作組曲〈煙夜の夢〉も、その実践のなかで磨かれてアルバムの軸を支える重要曲になったという感じがします。「組曲か! ついにプログレに踏み込んだ!」と最初は思いましたけど、最終的には、森は生きているのレパートリーとして完成されていった。増村くんは岡田くんから2ndに向かう構想は、どう聞いていました?
増村 「今回は、僕もアルバムの成り立ちにすごく関わっているんですけど、やっぱり、2ndができていくにあたって核になったのは〈煙夜の夢〉だったんですよ。最初に歌詞のない状態で組曲が僕に届いたときから、これはアルバムの核になると思っていたし、僕が歌詞をつけて他のみんなに送ったときもわりとはっきりと反応がありました」
――増村くんが組曲に応えて書いた歌詞を、岡田くんはどう思いました?
岡田 「“また夢?”みたいに言ったくらいですかね?(笑)。まあ、それは冗談ですけど。今回、僕と増村2人に共通してるんですけど、曲作ってても歌詞書いてても、無意識にできた曲ばっかりなんです。そこが結構おもしろいなと思って」
増村 「岡田くんが、曲を書いてるって意識がないせいなのか、僕にもすごい量の曲が届くんですよ。このアルバムを作るにあたって、30曲は届きました。僕はそんなペースでは歌詞は書けないんで(笑)! でも〈煙夜の夢〉ができたからこそ、そのいろんな曲のなかから“こういうのがアルバムの何曲目かにあるとおもしろいんじゃないかな”とか、選んで歌詞をつけていって、徐々に揃っていきました」
――他にどういう曲が必要か、見えていったというわけですよね。でも、曲を作ってる意識をしなかったというのはすごいですよね。1stがかなりの話題になって、イベントやフェスにも呼ばれるようになって、そうすると次に何をやろうかって普通は考えるじゃないですか。
岡田 「そうですね。本当にそういうのはどうでもいいなと思って(笑)。やりたい瞬間を逃したら、もう作れないタイプの作品ってあると思うんです。でなきゃ17分の曲とか作らないですよね(笑)。今回はやっぱりこの時期でないと作れなかったアルバムだし、またこれと同じことやるかっていわれたら二度とやりたくないし」
――1stの方法を踏襲して確固とした力強いものを作る方向に行かずに、混沌に踏み出すというのは、なかなかできない判断だと思うんですよ。変な言い方だけど、“どこかで聴いたような名曲っぽさ”に逃げてないと思いました。
増村 「僕のところに曲がどんどん届く過程でも“すごいな。これはどういうことになるんやろう?”と感じてました。ベーシックなところは1stと変わってないんだけど、いろんな曲が届くのに似たような曲がないんですよ(笑)。僕も結構混乱させられるような世界でした。でも、たぶん、岡田くんがそういう人なんだと思います(笑)」
――それはひとえに、1stを出してすぐ新作に取りかかると決めたからだとも思うんですよ。溜めずに出すという選択ができたから、この変化が提示できたというか。ライヴでも1stの曲中心に自分たちの世界を固めてく方法があったと思うけど、全然そうしなかった。毎回毎回、30分しか持ち時間のないライヴでも「煙夜の夢」ともう一曲新曲をやって終わり、みたいな経験を重ねていて、こうやってアルバムにたどり着いた頑固さと信念に敬服しますよ。
増村 「正直、あの時期は自分たちにも修行感ありましたよ(笑)」
岡田 「目に見えてお客さんも減っていくような気がしたし(笑)。でも、ずっと〈煙夜の夢〉をライヴでやってきたんだから、どこかでそれをブレさせると自分のなかで後悔しそうな気がして。どこかであの曲をライヴでやるのをやめていたら、今のかたちにはなってなかったと思うんです」
――“コンセプト・アルバム”という言葉も今回は意識していたようですけど、岡田くんがそれを思ってたんですか?
岡田 「〈煙夜の夢〉ができた時点で、“コンセプト・アルバムにしたい”という気持ちができたんですけど、そこのなかで僕は曲をある方向に寄せるだけのコンセプト・アルバムじゃなくて、一要素がぜんぜん違う曲同士にひとつのコンセプトが一貫してあるみたいなことができたらおもしろいなと思ったんです。だから曲や音響もバラバラなんですけど、ヴォーカルのエコー処理だったり、テープエコーのサウンドが共通しているのが大きい。僕は言葉を使わないから音でしか自分の世界を表せないんですけど、増村にも作詞について“夢みたいな感じを表現したいんだけど、どう言ったらいいのかな?”みたいなことをずっと言われてました。僕のなかではすごく映像的な音で、記憶のなかにある夢なのか現実なのかわからない映像とか音響を、音で表したつもりのものなんです」
――今回、歌詞は1曲が岡田くんとの共作になっている以外、すべて増村くんですよね。1stのときから作詞の人という役割はあったけど、今回はアルバム全体のコンセプト的な意味でも、さらにそれが明確化して。
増村 「三拍子の曲はちょっと歌詞を書く自信がないなと思って、岡田くんに振ったんですよね。まあ、
はっぴいえんどでも
細野さん、
大滝さんが1曲ずつ歌詞を書いてますしね。あと、1stの時点では僕が加入する以前にできていた曲が2曲あったし、どこまでやっていいのかなというのは正直あったんですよ。年も上だし、後から入ったから、彼らのセンスを消したくないみたいなしょうもない意識は結構あった。でも1stが出て、2ndをわりと早い段階で作ろうとなったときに、1stのときにあったそういう躊躇は完全に吹っきってやろうという気持ちがあったので、そういう意識が反映されているというのはあるかもしれないですね。1stの時点では僕が中心で歌詞を書くということも決まっていたわけではなかったし。さらに、歌詞を書く作業でもみんなの曲を大事にという感覚があったけど、今回はまるっきり新しい曲だけになるんだし、自分を出していいのかなという気持ちはありました」
――あらためて歌詞カードを見ると「影の問答」とかすごいですよね。ほぼ脚本というか。
増村 「おもしろがってやってるという面もありますけど、意図的ではなく、わりと自然に出てくるんです。〈グッド・ナイト〉も歌詞としては変ですしね。でも、文学的な意識を出したいとかではなく、歌詞はあくまで歌詞と思って、音楽に乗るものとして書いてます」
――確かに、こだわりのある単語が変に引っかかったり、字余りになるようなところはないんですよね。ちゃんとメロディに対応した歌として流れていくものになっている。
増村 「そこは意識してますね。自分が日本の音楽を聴いていて一番ひっかかるところでもあるので。僕は欲張りなんですよ。日本語が乗るというのは絶対条件だし、歌詞カードになったときも読めて、意味があって、全曲コンセプト的につながっていて、視覚的にもわりといい感じに見れる。その全部が欲しくて、今回はすごく欲張りにやってみたかったんです。歌詞の良さのどこも落としたくないとは思ってましたね」
――竹川くんのヴォーカルも、ずいぶん変わりましたよね。シャウトするような局面がなくなったし、浮遊感を漂わせつつ、かなり高いレベルでの表現力を要求されていると思いましたし、その結果、歌詞としての意味はあるんだけど、声が伝えるものはもっと音に溶け込んでいるものになりました。
岡田 「その通りなんです。今ふと思ったんですけど、1stまでは僕が曲の枠組みは書くけど、歌のメロディは竹川が乗せるという手法だったんですよね。単純に、僕が歌が下手だったから、自分で歌えないメロディはデモでも歌えないというのがあったからそうしてたんです(笑)。でも、1stに入った〈ロンド〉は、僕がメロディも鼻歌で歌った曲なんですよ。あのときに、僕の音痴なデモでも竹ちゃんがちゃんと歌ってくれるんだとわかった(笑)。今回はそうやって曲を作ることに慣れてきて、曲に対するメロディの乗せ方もわかってきたから、自分の曲は自分で全部メロディを乗せたんです。でも、僕が鼻歌でつけたメロディは、どう考えても日本語がうまく乗らないようなものばっかりだったんで、それ対して増村に歌詞をつけてもらうという、'ほこたて'みたいな感じの作業でした(笑)。その結果、メロディラインに歌詞が乗っても、ひとつの楽器みたいに聞こえる曲ができたのかなと思いました」
――器楽的な要素と言葉の要素すれすれのところにある世界ができていってる感じがします。
増村 「声が楽器化するという松永さんの視点はわかるんですけど、はっぴいえんどでもヴォーカルはそんなに大きくないんですよね。わりと当たり前の方法論だから、みんなもっとやればいいのになって思いますね。僕らも特殊なことをやろうとしたというより、自然とそうなっていった感じでした」
――はっぴいえんどがやろうとしていたことから音響面も含めて現代にすっと線を引くと、こういうことになるのかなって思える部分はありますね。
岡田 「方法が違うだけで」
増村 「そういう意味で重ねられるとしたら僕はうれしいですけどね」
――アナログな作風なようでいて、岡田くんが自宅で手がけたデジタル面でのミックスにも今回は執拗に時間と手間がかけられていますよね。レコーディングを始めたころから「ミックスには最低でも2ヵ月は欲しい」って岡田くんは言ってましたもんね。
岡田 「そうですね。でも最終的にはさらに伸びて伸びて当初の倍の期間やってました(笑)」
――1曲目の「プレリュード」の、パッと音像が開けて突破していく感じとかは、まさにその効果そのものだと思いました。ミレニウムのアルバム『ビギン』の1曲目と同じタイトルだし、あの曲の音像の開け方もすごいから、あれを意識したような気合は感じました。 岡田 「そうですね。音源だと、ダイナミクスが悪い意味での箱庭的なところに陥りがちですから、そうならないようには意識していました」
増村 「でも、我々はあくまで片仮名で(笑)」
――もちろんミックス面では「煙夜の夢」もすごいし、あれがアルバムの中核だと本人たちも意識してるとは傍から見てもわかりますけど、だからこそ、前半の6曲の作り込みや並びもすごく重要だった気もします。
岡田 「〈煙夜の夢〉は、歌に入るまで8分くらいあるんです(笑)。でもその最初の8分に、それまでのアルバム前半の要素をいっぱい出してみました。A面のすべての要素がいったん〈煙夜の夢〉の前半歌はいるまで、コラージュ的に集約されてるようなイメージでもありますね」
増村 「1曲目の〈プレリュード〉は岡田くんから届いた短い曲だったんですけど、それを聴いて、'あ、これ1曲目やな'と閃いたんですよ。それでこの〈プレリュード〉と〈煙夜の夢〉の歌詞の世界をつなげて、LPレコードにしたときのA面とB面の1曲目がつながってるようにしたらおもしろいんじゃないかなとパッと浮かんです」
――前半だと、竹川くん作曲の「風の仕業」もすごくポップでいい曲です。
岡田 「僕が苦労して何十曲も作ったのに、あいつは制作中1曲しか書かなかった(笑)。でも、すごいですよね。サウンド的には明らかに浮いてるんですけど、すごくいい曲だったんでアルバムに入ったんです」
増村 「そうやって、曲が増えていく過程で、わりとA面に入りそうな曲は多かったんです。でも、揃ってきたときに、アルバムの最後の曲がないなと気づいたころに、それを岡田くんが意識したのかはわからないけど、大変な曲が届いたんです。それが〈グッド・ナイト〉になりました。それで、アルバム・タイトルも『グッド・ナイト』にしようと思ったんですけど、そのあと1ヵ月悩みましたね。結構いろんな受け止められ方するだろうなという懸念もあったんですけど、僕は結構気に入ってるんです」
岡田 「『グッド・ナイト』って『おやすみ』だけじゃなく、『お好きにどうぞ』って感覚でもあるし。曲としての〈グッド・ナイト〉は、ジェイムス・ブレイクのつもりだったんですけど、メンバーの誰にもそれが伝わってなくて、おかしいなと思いましたけど(笑)」
――そこがこのバンドのおもしろさでもあるんですよね。若くしてレコード・マニアの集まりなんだけど、それぞれ聴いてるものはぜんぜん違うから、解釈も結構違う。でも、そこがあんまりツーカーでも、幅のあるものは生まれにくくなるかもしれないし。
増村 「それはあるかも。バンドで制作することのおもしろみですよね。1stの〈日傘の蔭〉とか、このアルバムの曲でも1、2回、
ロイ・ウッドの影を感じた瞬間が僕にはあったんですけど、岡田くんはロイ・ウッド聴いたことないって言ってますから(笑)。逆にみんないろいろ聴いてるぶん、柔軟性は結構あるんで、そういうところが混ざり合うのはバンドならではかもしれないですね」
――「こんな感じで」っていう注文の「こんな感じ」が、じつはぜんぜん違うものとして伝わってるんだけど、結果ズレながら成り立ってしまうような(笑)。
増村 「そうですね(笑)」
岡田 「谷ぴょん(谷口 雄 / ピアノ, オルガン, コーラス ほか)は良い意味でそういうところが結構あるよね(笑)」
――しかし、『グッド・ナイト』は、ルーツ・ミュージックから出発したはずの音楽に現代的な揺らぎが備わった、他にはないかたちのアルバムになったんだと思うです。何年か後に、もし森は生きているが全曲再現ライヴみたいな企画をやるとしたら、それは『グッド・ナイト』じゃないかなという気がします。自分たちのなかでも揺れたまま変化していくアルバムとして。もしかしたら、今後1年もかけて1枚のアルバムを作ることはないかもしれないし。
岡田 「この1年くらいずっと制作してきたから、僕はまだ一歩引いてこのアルバムを聴けないんですよ。でも、自分がこの先も音楽を続けていくとして、その分岐点的なところにあるアルバムだと絶対思います」
――この次に進むためには絶対必要なアルバムですよ。ちなみに、もう3rdアルバムを作りたくなってますか?
岡田 「今はいいですね(笑)。まあ、西海岸とか行って、外人に録ってもらえるんならやりますけどね(笑)」
増村 「今すぐ行きたいし、今すぐ曲書くよね(笑)」
取材・文 / 松永良平(2014年10月)
ライヴ写真 / 小田部 伶