ジャズ・フィールドから気鋭のミュージシャンが集結したスーパーバンド、itelluがデビュー

itellu   2015/08/10掲載
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 おもにジャズのフィールドで活動してきた気鋭のシンガー / ミュージシャンによる、きわめて質の高いポップス・バンドが登場した。シンガーの市川 愛が同世代のジャズ・ミュージシャンたちと結成した新バンド“itellu”。メンバーは市川のほか、彼女とバークリー音楽大学で同期だったギタリスト金澤悠人、2014年にニューヨークから戻り、ドラマー / 作曲家として才能を示してきた桃井裕範、そして、逗子三兄弟関口シンゴなどのサポートをつとめるなど幅広く活躍しているベーシスト片野吾朗。ジャズのエッセンスを反映させたサウンド、キャッチ―なメロディ、そして、透明感のある市川のボーカルがひとつになったitelluの音楽性は、ジャンルを超え、より大きなフィールドに浸透していく可能性を秘めている。1stアルバム『Planets』を聴けば、誰もがそのことを確信するはずだ。
 今回は市川、桃井にインタビュー。バンドの成り立ち、メンバーの関係性、将来的なヴィジョンなどをたっぷり語ってもらった。
――1stアルバム『Planets』、本当に質の高いポップス・アルバムだと思います。メンバーのみなさんのキャリアからすると、もっと先鋭的なジャズになるのかと思いきや、しっかりとポップに振り切っていて。幅広いリスナーにアピールする作品ですよね。
市川 「そういうバンドを目指しているので。そうなれるかどうかは、CDジャーナル次第かな、と」
――(笑)ジャズのフィールドで活躍する気鋭のミュージシャンが揃っていますが、itelluはどういう経緯でスタートしたんですか?
桃井 「去年(2014年)の夏に2回ライヴをやったんですよ」
市川 「ニューヨークで活動してるギタリストの金澤悠人くんが(市川と桃井の)共通の知り合いで、“作曲もできるドラマーがいるから、愛さんに紹介したい”って言ってくれたんですよね。桃井くんも自分のCD(『Liquid Knots』/2013 年)を発表したばかりで、曲を聴いてみたらすごく良くて。で、私といっしょにDa Luaというポップスのバンドをやっているベーシストの片野吾朗くんを誘って、4人でライヴをやったんですよね」
――そのときに演奏した曲は?
市川 「私のソロの楽曲、桃井くん、片野くんの楽曲を持ち寄って。そのときのサウンドもすごく良かったし、“バンドでやってみない? ”ということになったんです。私としてもソロ活動以外の新しいプロジェクトをやってみたいタイミングだったし、すごいスピードで始まって」
桃井 「僕は1年半前に帰国したんですけど、ニューヨークにいた時期から“歌モノをやりたい”と思っていて。いい時期にいまのメンバーと出会えましたね」
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市川 「桃井くんは、ヴォーカルを入れたライヴもやっていたんですよね。ドラマーで歌モノに興味がある人って、まわりにはあまりいなかったんですよ」
――ポップスというテーマも当初からあったんですか?
市川 「そうですね。私はこれまで、たぶん“ジャズのヴォーカル”というカテゴリーにいたんですけど、“このまま進んでいいのかな”っていい意味でも悪い意味でも迷走してたんですよ。“何がしたんだろう?”って自信を持って悩んでいたというか。そういうときに桃井くんたちとライヴをやったことで“同世代の魅力あるミュージシャンとやりたい”と思ったんです。バンド名を決めるだけでも相当大変だったし(笑)、リーダー不在というか、みんなが同じ立場なのでまとめるのは大変なんですけど」
桃井 「(笑)ジャズのフィールドでやっていたといっても、それぞれの背景は少しずつ違うんですよね。僕はもともとJ-POPや歌モノが好きだったし、大学に入るまではロック・バンドで曲を書いてたんです。その後、ジャズしか聴いてない時期もあったんですが、このバンドをやることで自分の本来の音楽が戻ってきた感じもあって。悠人くんはもともとメタルから入ってるみたいだし」
市川 「そうだね」
桃井 「僕はバンドを1回諦めたことがあるので、そこに戻れているのも嬉しくて。ジャズはどちらかというと、個人の名前が前に出ることが多いと思うんです。でも、このバンドは“まず曲がある”という感じなんですよね。メンバーが誰で……とかよりも、曲が良くて、バンドが良ければそれでいいっていう」
市川 「うん、そこに行きたいよね。私もジャズをやるようになったのは大学からで、その前はカラオケでJ-POPを歌ってたので」
――市川さんのスタンスも、あくまでも“バンドのヴォーカリスト”なんですか?
市川 「そのことは桃井くんともよく話すんですけど、(ソロ・シンガー)“市川 愛”との違いをいつも考えてるんですよ。レーベル(APPOLO SOUNDS)にもジャズのミュージシャンが集まっているし、itelluからジャズ色が消えることはないと思うんだけど、同時に“そこから離れたい”という気持ちもあって。ライヴにしても、“ジャズ箱”以外のところでやりたいし」
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――音楽の具体的な方向性については?
市川 「悠人くんと最初にバンドの話をしたときは、“グレッチェン・パーラトとか、エスペランサ・スポルディングみたいな感じで”という話も出ていたんですよね。私としては、自分のソロはオーソドックスなジャズというか、キレイな曲が中心だから、もっとエネルギーのある感じの音楽をやりたいという気持ちもあって。今回のアルバムは桃井くんの曲が多いんですけど(10曲中7曲が桃井の作曲)、彼の作品は枠に入りきらない感じがあって、そこに魅力を感じてるんです。私が“この人の曲はいい。いっしょにやりたい”と思った最初の曲は〈コルクの中で〉なんですが……」
――「コルクの中で」はたしかに大事な曲ですよね。itelluにとってのポップスが示されているというか。
市川 「うん、いい曲ですよね」
桃井 「去年の夏のライヴ前にメールでやりとりしていて、間違えて送ってしまったのが〈コルクの中で〉の音源なんです」
市川 「その時点は歌詞がなく、メロディとオケだけだったんですけど」
桃井 「この曲をライヴでやるつもりはなかったし、送ったことすら気づいてなかったから、(市川に)“あの曲がいい”って言われても、最初は何のことかわからなくて(笑)。でも、このバンドで曲を完成させてら、すごくシックリ来たんですよね」
市川 「あと〈Jet〉も良かった。これは桃井くんがニューヨークにいるときからライヴでやってた曲で、すごくジャズなんですけどね。7拍子だし」
――メンバーの演奏がたっぷり楽しめるインスト的なパートもあるし。「Undo」はロック・テイストが強い曲だし、たしかにジャンルの枠は超えてますよね。
市川 「そう、彼の曲はジャンルをいい意味で無視していると思っていて。または“全部入ってる”というか」
桃井 「〈Jet〉〈コルクの中で〉〈Undo〉の3曲を並べると、何がやりたいのかわからない感じがするかも(笑)。作曲が好きだし、歌モノをもっと書きたい気持ちが強かったから、結果的にそうなったんですけどね。愛ちゃんのヴォーカルも、透明な感じというか、すごく曲に溶け込むんですよ。ジャンルで言えばバラバラかもしれないけど、愛ちゃんの歌によって、バンドとしてのカラーが成り立っているんじゃないかなって」
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市川 「“透明な感じ”と言ってもらえるのは、私としてもすごく嬉しくて。最近は開き直ってるんですけど、“(ヴォーカリストとして)どっちにも行ける”っていうのが悩みだった時期もあるんです。私はいろんな声を出したいし、いろんな声に興味があるんですけど、“市川 愛の声って、どこにあるんだろう? ”と考えてしまって……。でも、彼が“音楽的に透明”と言ってくれたことで、それが自分の強みなんだなって思えるようになってきたんですよね。あと、桃井くんの曲を音楽的に通訳できる気もしていて」
――桃井さんの楽曲の魅力をわかりやすく伝えるというか。
市川 「音楽は言葉にできないですけど、得体の知れないものを形にするのがヴォーカルだとしたら、その役割はできているのかなって」
桃井 「itelluでは愛ちゃんが歌うことを念頭に置いて曲を作ってるんですけど、いろんな曲調があっても“お腹いっぱい”みたいにはならないんですよ。僕としても聴いてくれる人のために余白を残しておきたいから、すごくいいんですよね。全員がもともとジャズ・ミュージシャンだから、けっこうエグい演奏もしてるんですけど、それほどしつこい感じには聴こえなくて。それも彼女の声によるところが大きいと思うんです」
市川 「エゴイスティックな歌は歌いたくないんですよね。私、気を抜くとがんばって歌っちゃうんで」
――“気を抜くと、がんばっちゃう”っておもしろいですね。
市川 「(笑)でも、ホントにそんな感じなんですよ、ライヴもレコーディングも。桃井くんからも“やりすぎないほうがいい”って注意されることがあって、そういうときはがんばっちゃってるんですよね。このバンドでは、とくにそういう意識が強いです。“市川 愛”としてはまた別なんですけど」
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――桃井さんはほとんどの曲で作詞も担当していて。ポップスにおける歌詞の役割はとても大きいと思いますが、itelluの楽曲の歌詞を書くうえで何か意識していることはありますか?
桃井 「そうですね。まず、自分と離れている歌詞のほうが書きやすいんですよ。個人的なことがもとになっていたとしても、女の子の目線だったり、自分とは違うフィルターを通したほうがいいなって。歌詞だけで完結してしまうのは、つまらないと思うんです」
市川 「そうだね」
桃井 「たとえば絵画を見るときって、解説などを読むにしても、能動的に見ないといけないと思うんです。音楽は何もしなくてもスッと入ってくるけど、リスナーの側も」
――能動的に聴く姿勢が必要だ、と。
桃井 「啓蒙みたいな意識は一切ないんですけど、リスナーの意思が入って初めて完成するというところもあると思うんですよ。曲だけでは、まだ95%くらいじゃないかなって」
市川 「私も“曖昧さ”みたいなものが好きなんです。それは言い切ることが好きじゃないということでもあるんだけど、何事も表と裏があるし、立体的にいろんな面があると思うんですよ。自分の性格的にも決めるのが得意ではないし、メンバーも“意思はあるけど、白黒はハッキリさせない”というタイプが多いような気がして。それは音楽にも出てるんじゃないかって……こじつけてみました(笑)」
桃井 「(笑)」
市川 「女の子目線の歌詞を書くのも桃井くんの特徴だと思いますね。小説家みたいな感じもあるし、歌詞の話をしていると国語の授業を受けているような雰囲気もあって」
――歌詞についてレクチャーするんですか?
桃井 「質問されたら答えるくらいですけどね。細かい部分に関しては、そこまで話さないかな」
市川 「〈When the Moon is Square〉は唯一、桃井くんの曲に私が歌詞を付けた曲なんですけど、かなり“添削、添削”で。個人的にも勉強になりましたね」
桃井 「添削というか、最初に書いてきてくれた歌詞がかなり一般的な感じだったから、市川 愛の個人的なところをもっと抉りたかったんですよね」
市川 「私に合った言葉をいっしょに選んでくれたというか」
桃井 「“歌詞でここまで聴こえ方が変わるのか”って気付けたのも大きかったですね」
市川 「……あの、金澤くん、片野くんのことにも触れたほうがいいですよね?」
――ぜひ。まず金澤さんですが、とても多彩なギター・プレイを聴かせていますよね。オーセンティックなジャズ・ギターもあるし、ロック・テイストのディストーション・ギターもあって。
桃井 「ジャズのミュージシャンが歌モノのバックをやってます、という感じではないんですよね。曲によって違うサウンドが出せるのも彼の強みだし」
――金澤さんの作曲による「Shielded by the Winter」のギター・プレイも素晴らしいですよね。
市川 「それこそグレッチェン・パーラトの曲をやりとりしていた時期にできた曲ですね。金澤くんはアルバムが出来上がってから“このバンドに向いてるかも”と思ったみたいです。さっき仰っていた通り、ジャズ・ギタリストとしての一面も出せるし、歪み系の音も表現できるっていう。片野くんは私の音楽人生のなかでも、彼ほど信頼できるベーシストはいないと思ってるんですよ。人間的にも素晴らしいし、いっしょにバンドをやるなら、やっぱり彼しかいないなって。リーダー気質ではないんですけど、こぼれ球をしっかり打ってくれるタイプだし」
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桃井 「バンドに対してどれだけコミットできるか? っていうのが大事になってくると思うんですよ。いまライヴのリハーサルをやってるんですけど、最初に譜面を見ないでも演奏できるようになったのは吾郎くんで」
市川 「そこはキーポイントですね。ジャズの現場では譜面を見て演奏するのが普通なんですけど、バンドではそれはやりたくないし、曲が入っている状態で表現するべきだと思うので。吾朗くんが覚えてきたときは“やばい。早く覚えてないと”って(笑)」
――アルバムの最後を飾る「Among」片野さんが作曲、市川さんが作詞ですね。
市川 「この曲はもともと、私がアメリカに留学するときに吾朗くんが餞別みたいな感じで作ってくれた曲なんですよ。Da Luaでも演奏してたんですが、今回のヴァージョンはもっと激しいイメージになっています。吾朗くんはもともと今回のような雰囲気でやりたかったみたいだし、ふたりとも気に入ってますね。あ、そうだ、ピアニストの大林武司くんのことも言っておかないと。レコーディングには大林くんが参加してくれてるんですけど、JUJUさん、トランぺッターの黒田卓也さんの現場にも呼ばれている売れっ子なんですけど、もともとはバークリー時代の友人なんですよ。今回のレコーディングでも素晴らしいピアノを弾いてくれて」
――気鋭のジャズ・ミュージシャンが揃ったスーパーバンドですよね。それぞれのソロ・プロジェクトもあると思いますが、ぜひ継続的に活動してほしいなと。
桃井 「そうですね。“個人の活動の合間”ではないバンドにしたいと思ってるので」
市川 「そうだね。さっきも言いましたけど、ジャズ箱以外のライヴハウスにもどんどん出たいと思ってるので。金澤くんはニューヨークにいますけど、このバンドが日本での活動の中心になればいいなって思います」
取材・文 / 森 朋之(2015年7月)
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itellu
『Planets』発売記念ライヴツアー

www.itellu.jp/tour

■ 2015年8月12日(水) 東京 渋谷 JZ Brat
ゲスト: 宮川 純(p, key)

■ 2015年8月13日(木) 愛知 名古屋 StarEyes
ゲスト: 宮川 純(p, key)

■ 2015年8月14日(金) 大阪 梅田 ロイヤルホース
ゲスト: 宮川 純(p, key)

■ 2015年8月15日(土) 岐阜 Jazz Spot After Dark
ゲスト: 清水行人(g)
他出演者: Taichick(p)安田さおり(p)渡辺 敦(ts)長野詩織(vo) ほか


■ 2015年8月21日(金) 福島 いわき The Queen
ゲスト: ノア・マクニイル(from New York)

■ 2015年8月22日(土) 福島 白河 Jack & Betty
ゲスト: ノア・マクニイル(from New York)

■ 2015年8月21日(金) 福島 いわき The Queen
ゲスト: 宮川 純(p, key)
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