馬喰町バンド
『遊びましょう』
2007年に結成され、2010年からはギターの武 徹太郎、ベースの織田洋介、パーカッションのハブヒロシという現在の編成で活動を続けている
馬喰町バンド。わらべ歌や民謡も含む独自のレパートリーをアコースティック・アンサンブルによって聴かせる彼らの4作目
『遊びましょう』が目を見張るほどに素晴らしい。汎アジア的なトラッド / フォルクローレの世界を過去誰もやったことのないやり方で実現してしまったこの作品を聴き、まったく新しい民族音楽が突然目の前に現れてしまったような感動を覚えるのは僕だけではないだろう。
また、前作
『ゆりかご』からハブは“遊鼓”というオリジナルの打楽器を導入していたが、今回は武も“六線”という独自の弦楽器を開発。それら風変わりな楽器を使って彼らが奏でるのは、西洋音楽を前提としたポップ・ミュージックの制約に囚われることのない、スリリングで前代未聞の日本のトラッド・ポップである。バンド史上最高傑作とも言えるアルバムを作り上げた馬喰町バンドの3人に話を聞いた。
――今回のアルバムの制作に入るにあたって、3人のなかで共有していたヴィジョンやテーマはあったんですか。
武 徹太郎(以下 武) 「前作から“遊鼓”という自作打楽器でやるようになったんですけど、その段階から決まったビートを刻むことから離れて、呼吸とか間合いを重視してリズム体系を組み立てていこうということになったんですね。今回はさらに平均律(註: オクターブを等分した音律)に対しても違和感を感じるようになってたので、その制約も取っ払いたくなった。僕自身、六線というフレットレスの三味線みたいな楽器を作ったところだったし、ギターを使うにしても西洋的な調性をどうやって越えていくかということを考えていました。そうやって制約をできるかぎり取っ払ったところで作りたいというのと、自分たちが作っているものはあくまでもポップ・ミュージックだと思っているので、聴きやすいものを作りたいと」
――そもそも六線ってどういう楽器なんですか?
武 「三味線ってボディーが和太鼓でできていて、そこに棹を通してるんですけど、六線もボディが桶太鼓で、フレットのない棹を通してるんです。三味線って中国の楽器が江戸に流れ着いて、それを江戸の人たちが創意工夫してできたって言われますけど、もしも同じころにウードやリュートみたいな楽器が江戸に入っていたら、江戸っ子は六本の弦で新しい弦楽器を作っていたんじゃないかと思うんですね。しかも一番安価な桶太鼓を使ってたんじゃないかという仮説から、僕も桶から作りまして」
――えっ、桶から作ったんですか。
武 「そうそう。そこにアフリカのヤギの皮を貼って。(
SHUREの)57のBETA(というマイク)を中に入れてるので、音も結構出るんです。ただ、音はいいんですけど、打楽器の音の渦の中だと埋もれてしまう。ということで、今の六線のエレキ版を作ってます」
――電化六線!
武 「結構エグイ音が出るんですよ(笑)。次のアルバムでは使うかも」
――そうやって既存のリズムや音律から自由になるというのが今の馬喰町バンドの課題?
武 「自分たちが聴いてきたポップ・ミュージックの語法に対する違和感からそういうことをやってるわけじゃないんですけど、自分たちがやりやすいようにやっていたらこうなってしまった。以前、インドの伝統音楽家と話したことがあって、インドでは基本的にラーガに基づいた即興音楽をやるんですね。そのうえ彼らは季節や時間帯によって使う音階も異なるんです。音楽は時間芸術だし、時間も一定じゃないと思うんですけど、そこに一定のリズムを刻んでいくことに不自然さを感じるようになったんですね。インドの伝統音楽家のほうが自然というか」
――なるほど。
武 「たとえばBPM120なら120、440kHzなら440kHzの音楽を人工的にコントロールすることは簡単なわけですけど、そのフォーマットの中だけでやってると自分たちは気持ちよくなれない。自分たちの呼吸やタイミングに合った“本当のテンポ”というものがあると思うんですね。テンポがそれだけ揺れるのであれば、音程も必ずしも決まった音程にこだわる必要もなくて、自分たちが気持ちよくなれる音程があるんじゃないかって。民族音楽を聴いていると、そういうものってたくさんあるじゃないですか」
――そのなかでだんだん既存のコードやリズムが窮屈になってきた、と。
武 「そうですね。それだけだと表現しきれなくなってきてる。もちろんコードやリズムのなかで気持よくできるのであれば何も変える必要はなかったんですけど」
ハブヒロシ(以下 ハブ) 「みんなドラマーとか打楽器奏者に対して厳しいじゃないですか。“あいつ、(テンポが)走ってるぞ”とかすぐ言うでしょ(笑)」
武 「気持ちのいい走り方と気持ちのよくない走り方もありますけど、何をもって“走ってる”とするかですよね」
織田洋介(以下 織田) 「馬喰町バンドの場合、リズムの入り口と出口が合っていればオッケーという曲もあって。彼(ハブ)の場合は意図的にそのなかをかき混ぜてくる傾向がある(笑)。彼のリズムを頼りに演奏すると崩壊しちゃうんだけど、演奏しているとそこにおもしろさがあるんですよね」
武 「韓国の伝統打楽器奏者の演奏を聴いていても思うんですけど、各国の民族音楽って意図的にテンポが速くなっていくものが多いんですよ。ガーッと時間軸を圧縮していく。それは“走ってる”というものとはちょっと違うんですね」
――そうやって各国の民族音楽のミュージシャンと競演することで得られた感覚が現在の馬喰町バンドの演奏スタイルには反映されてるわけですね。
武 「うん、それはすごくありますね。海外の民族音楽家とセッションすると、通常のギターの弾き方じゃ追いつかないんですよ。ピアノにしてもギターにしても“万能の楽器”みたいに言われますけど、全然そんなことない。沖縄の民謡の人とやっても、江戸囃子とやってもギターじゃ対応できないんです」
ハブ 「既存の楽器って洗練されてるものばかりで、隙間がないんですよね。自分で“こうしたい”と思ってもなかなかできない。僕らみたいな溢れ者にとってみては息苦しくて仕方ないんです。音楽なんてもともとは溢れ者がやってたものなのに(笑)」
武 「楽器そのものには無限の可能性があるのに、それを狭めちゃってる気がするんですよね。人間ってそもそもものすごく微妙な音階やリズムの変化に対応できるものだと思うんですけど、楽器がそれに対応できていないというか」
ハブ 「優秀な人たちはちゃんとできるんですよ、既存の楽器でも。僕らみたいにできない人たちはどうするか?というところでこうなっちゃってる」
――でも、普通のミュージシャンからしたら六線にしても遊鼓にしても不自由で仕方ない楽器ですよね。
武 「そうそう、弾きづらくて仕方ないんですよ(笑)」
ハブ 「遊鼓なんかちょっとでも湿ったら音が出ないし(笑)。民族楽器って、太鼓なのに全然鳴らないものが結構あるじゃないですか。シケせん(註: 湿気った煎餅)みたいな楽器というか(笑)」
――あるある。沖縄のパーランクとか。
ハブ 「そっちのほうが好きなんですよ。昔のアフリカの楽器なんかもそう。ベコベコの太鼓を叩いていたのに、だんだんハイファイな音になってきてる。今じゃジャンベもキンキンな音になってますよね」
武 「和太鼓もそう。パンパンに貼った締め太鼓だからメチャクチャ鳴るんですよね。それを手数と音圧で攻めるか盛り上がるんだけど、家に帰ると全然音が記憶に残ってない」
ハブ 「馬喰町バンドはシケせん派なんです(笑)。それが電子楽器には出せない生楽器の特性だと思うんですよね」
――今回のニュー・アルバム『遊びましょう』についてなんですが、音の空間や説得力が前作と段違いな感じがするんですよね。ひとつひとつの音がすごく豊かになっている。
織田 「前回と同じヤマピー(山本尚弘)っていうエンジニアにやってもらったんですけど、彼自体の解釈力がアップしてて。前回はヤマピーとの認識の違いを摺り合わせる作業が多かったんですけど、今回はベコベコの音でもそのまま録ってくれて。あと、前のアルバムでは防音設備のあるスタジオや公民館で録ったんですけど、今回は八ヶ岳にあるただの小屋で録ったんですよ。そこも影響してるかも」
武 「前作と今作の間にとある映画の音楽をやったんですけど、それもヤマピーが録ってくれたんですね。そのレコーディングで劇的に音が変わったという感覚はありますね。一発録りの方法論がそこで確立できた感じがあったし、すごく手応えがあった。それを踏まえての今回のレコーディングだったんです」
――収録曲についても触れたいんですけど、1曲目の「源助さん」は 岐阜県郡上市白鳥町の盆踊り“白鳥おどり”で歌われている同名曲をモチーフにしてるんですよね。
武 「大好きなんですよ、この曲が。家でも三味線を弾きながら歌うぐらい大好きなんですけど、あまりに好きすぎて曲にしちゃったんです」
――「いだごろ」も民謡だそうですけど、どこの歌?
武 「これは(宮崎県東臼杵郡)
椎葉村の歌で、向こうに行ったときに知ったんです。椎葉村ってすごくたくさんの歌が歌われている場所なんですけど、向こうの民謡の人でもこの歌を知ってる人はいなかった。僕はたまたまおじいちゃんがアカペラで歌ってる昔の音源を耳にして、それで自分たちでもやってみようと。“いだごろ”っていうのは魚の名前から取られたという説と、“いいだごろう”という男から取られたという説があるんですけど、歌詞からすると完全に魚の歌ですね」
――あとはオリジナル?
武 「そうですね」
――なかでも「わたしたち」なんて本当に名曲だと思うんですよ。馬喰町バンドにここまでメッセージ性というか、強い言葉の歌ってあまりなかった印象があって。“さあさ語りませんか、間に合うように、私たちの語り方で”とか、なんだかグッときちゃって。
武 「アジテーションというか、自分たちの思想や感情を訴える歌って馬喰町バンドでは避けてきたんですよ。そういうものじゃなくて、民謡やわらべ歌みたいに個人を越えてみんなで歌える歌をやっていこうと。でも、突き詰めていくと自分たちのなかに言いたいことはやっぱりあるし、そこを避けられなくなってきた。それで、自分のなかにあるものを直接的な言葉で歌にしたのがこの曲なんです」
――なるほど。
武 「僕としては、トラディショナルなものを志すとだんだん孤独になっていっちゃうような感覚があるんですよ。日本を含めどの国にも豊かな音楽があるけど、突き詰めれば突き詰めるほどそこに自分たちの居場所がないということも分かってくる。“じゃあ、自分たちが一番気持ちのいいやり方で音を出そう”というのが馬喰町バンドの原点なんですね」
――今回のアルバムって今まで以上にオリジナルとカヴァーの間に差がないですよね。「鬼の子の夢」なんかも最初どこかの土地のわらべ歌かと思ったぐらいで。
ハブ 「確かに。今までは少し差がありましたもんね」
武 「地方のライヴ後の打ち上げでは即興でラップ・バトルなんかもやってるんですよ(笑)。ああいうとき、ネタがなくなってくると即興で民謡を歌うんですね。韓国の人たちも本当によく歌を歌うんですけど、こちらとしては負けるわけにいかないから、やっぱり即興で歌う。そうやって即興で歌えないと海外の人たちとは勝負できないんですよ」
――それがたとえ打ち上げの場だとしても(笑)。
武 「そうそう。そういうことを遊びのなかで学ぶ機会が多くて、そのなかで既存の歌と即興で作った歌の境目がだんだんなくなってきちゃったのかも」
――今回のアルバムって今まで以上に風通しがいい気がするんですよ。これまでは3人だけで作り上げてきた世界に基づいた作品だったけど、今回は海外の人たちも含むいろんな人たちと演奏してきたことが反映されてるから、世界観がすごく広くて豊かなんだと思う。
ハブ 「無意識のうちに反映されてるものがあるのかもしれませんね。成長した部分もあると思うし、韓国のミュージシャンだったり邦楽の人だったり、感覚が似たミュージシャンがだんだん集まってきて、一種のコミュニティーみたいなものができつつある気がする。めざしてる方向性が一緒だったり、同じものを共有できる人たちが増えてきてるというか」
――ところで、『遊びましょう』というアルバム・タイトルはどうやって決まったんですか。
武 「僕、(平安時代の今様歌謡集である)『梁塵秘抄』の一節にある“遊びをせんとや生まれけん”というフレーズが大好きで。“遊びをしないと何も生まれてこない”と思っている僕としては本当にその通りだと思うんですね。今回のアルバムもそのまま『遊びをせんとや生まれけん』というタイトルにしたいぐらいだったんですけど、現代的に『遊びましょう』というタイトルにしようと」
――こうして新作が完成したわけですけど、できあがってみてどうですか。
ハブ 「今までのアルバムのなかで一番力が抜けてる気がしますね」
武 「レコーディングも一気にやっちゃったので、そんなに時間かけてないんです。力んでもいないですしね。最初のアルバムのころの力み方なんて凄かったですよ(笑)。それがだんだん楽になってきてる。いろんな制約を取っ払ってやることによって時間がかかるんじゃないかとも思ってたんですよ。コードやBPMに頼ったほうが楽なわけで、もっと苦戦するかと思ってた。でも、今のところはより自由かつ楽しくやれるようになってますね」
――六線の電化ヴァージョンも作ったことだし、次のアルバムへのアイデアも出てきてるんじゃないですか。
織田 「音だけで表現するものじゃなくてもいいような気はしてます。映像と一緒だったり、そういうものも作りたい」
武 「僕はすぐにでも作りたいんですよ。それこそもうコードを使わなくてもいいと思ってるし。でも、自分たちがやってるのは広い意味でのポップ・ミュージックだと思ってるので、大衆性は失いたくない。芸術性を追求して難解なものを作りたいとは思わないんです」
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