北村早樹子 は恐らく今の日本で最も大胆で、かつ、最も奥ゆかしい女性アーティストではないかと思う。男女の秘め事を豊かで情緒的な表現で艶かしく描いたかと思えば、そういう自分がなかなか愛されない、幸せになれない、いつまでも孤独なままでいることの不安を訥々と綴る。言ってみれば、現代の都会で性愛に苦悩しながら日々を暮らす淑女と、平安時代、男性の夜這いを待つだけのお姫様とが同居しているような、そんな女性。それを昭和初期の歌声喫茶で聴けたようなくすんだ風合いのメロディに包まれた楽曲で表現する北村早樹子というシンガー・ソングライターは、もしかすると、誰よりも女性の性(さが)や宿命たる悦びや哀しみを理解し愛おしく描くことのできる最高の表現者なのかもしれない、と。
昨年リリースされた
『グレイテスト・ヒッツ』 に続く新作
『わたしのライオン』 は、最近、テレビ番組での
マツコ・デラックス らとの絡みが一部で大きな話題になったそんな北村の世界を180度アングルを変えて伝える問題作であり意欲作だ。プロデューサーに
中村宗一郎 (
坂本慎太郎 ,
OGRE YOU ASSHOLE ほか)を迎え、北村自身全く交流のなかったバンド・メンバーと共に録音。次にどういう方向へ行けばいいのか迷いが生じていた彼女を作品性の高いアルバムに落とし込むことで、作り手、語り部、アーティストとしての新たなアングルへと導いた。交流のある女優、
森下くるみ の作詞曲も含む、その『わたしのライオン』における北村早樹子の大変身の手応えはいかに。
――『グレイテスト・ヒッツ』で一区切りした後、まずどういう方向で次に向かおうとしたのですか?
「去年はライヴの数を減らしたんですね。正直言って、アルバムがそんなに売れたわけでもなくて、ライヴをやっても心が折れるっていうか、何やってるんやろ私?って気になってきていて。おまけに、お芝居をやるようになって、そっちはやりがいを感じてしまったんですね」
――もともとお芝居に興味があった?
「いや全然。女優になんてなりたいと思ったこともなかったし……。たまたま声をかけてくださった方がいて、それに出たらすごく面白くて、で、そのお芝居を見てくださった方が今度はまた別の作品に出てみないですか?って声をかけてくれて……。でも、それで考えさせられることが多かったんですね。これまで私はずっと一人ぼっちで音楽に向き合ってきたんですけど、お芝居って究極のチーム・プレイで、それがすごい面白かったんです。みんなで何かをやり遂げるってことに感動して。千秋楽終った日の帰りとかにも“これで終わりなの?!”って感極まって電車の中で一人泣いちゃったりして。でも、そこから考え方が少し変わったんですね。それまでは全部自分主体で、自分がやりたいことを好きなようにやるって感じでやっていたのが、演出されることの醍醐味みたいなものに目覚めたっていうか。その人の要求に応えるのが気持ちいいって思えるようになったんですね。で、今回のアルバムでは中村宗一郎さんにプロデュースしてもらったんですけど、中村さんに“こういう風に歌って”とかって言われて、それに応えていくことが面白いって感じるようになって。自分でも想像つかない方向に進んでいくことが刺激的だし。10年前の自分だったら“そんなの絶対イヤ!”って思っていたのに、30歳になって変わったっていうか、受け入れられるようになったんです」
――過去の活動、制作の中で、誰かと一緒にやってみよう、誰かに任せてみようって思ったことはなかった、と?
「なかったですね。今回、次のアルバムをどうしよう?って考えていた最初の段階でも、まだそこまでは考えていなかったんです。曲はちょびちょび出来ていたんですけど、これをどうしようか?ってずっと悩んでいて。普通に一人で弾き語りでやってもパッとしないんじゃないか?って思えて、何かしら劇的な風が吹かないとアカン!って。新しいアイデアが欲しかったんですけど思い浮かばなかったんで、誰かプロデューサーにお願いしようって思ってはいたんです。で、最初は坂本慎太郎さんにお願いできないものだろうか?ってことになって、坂本さんと親しい中村宗一郎さんに頼んでもらったんですけど、坂本さんはプロデュースはやらないってことでダメだったんですね。そしたら“じゃあ、僕が(プロデュースを)やりますよ”って中村さんが言ってくれて」
――中村さんとはつきあいが長いんですか?
「いや、前回の『グレイテスト・ヒッツ』を出した時にマスタリングをやってもらってからです。それまではお名前しか知らなくて。最初お会いした時はすっごく怖そうに見えたんですけど、一緒に作業をすると“なんて面倒見のいい、なんて頼りになる方なんだろう!”って驚いて。ギャラに見合わない働きをバンバンやってくださる方だなあって(笑)」
――中村宗一郎さんは坂本慎太郎さんとつきあい長いですから、感覚としては坂本さんにプロデュースしてもらいたいと思った最初の北村さんの思惑を汲み取ってくれたのかもしれないですしね。ちなみに、最初坂本さんにお願いしたいと思った理由はどういうところにあったのでしょうか。
「私、普段あまり音楽を聴かないから、バンドっぽい音を想像した時に坂本さんしか“好き!”って思える方がパッと思い浮かばなかったんです。イビツでカッコいい音!っていうか……うまく言えないんですけど、例えばゆらゆら帝国とか坂本さんのソロのそういう部分に惹かれていたんですね。自分でもどうなっていくかわからないっていうか、自分の曲が考えていない方向に変わっていくことを望んでいたんで…。でも、中村さんもそこのへんの私の意図を理解してくださって」
――中村さんとは具体的にどういう形で作業を進めていったのですか?
「去年の6月くらいですかね……森下くるみさんに作詞をお願いした〈みずいろ〉という曲を除いては全部私の弾き語りの形で最初のデモは既に用意してあったんです。それを中村さんに聴いてもらってミーティングをした時に、私からは“弾き語りだけはナシで”って伝えました。もうそういうの壊したくて中村さんにお願いしたいんですって言って。そしたら、中村さん、バンド・サウンドではなくて、最初は打ち込みで全体を構成したアレンジにしてくださったんですね。それを後から生で録音していくって流れをとることになったんです。その理由のひとつとして……私の歌、“キェ〜!”みたいな高い声出すじゃないですか?中村さん、それがイヤだって最初に仰って(笑)。あれが聴いてくれる人を遠ざけてるっていうのも、もしかしたらあるかもって思えたし、弾き語りだとその歌が直接的に出ちゃうので、中村さんは打ち込みとかバンド・サウンドでマイルドに聴きやすく聴かせるような方向にしようって、そういう風に思われたんですね」
――あれ、ライヴを見ていると歌ってて高音部分が苦しそうだなって思う瞬間もありますからね。
「そんなこと全然ないんですよ!私自身は歌っててとっても気持ちいいのあれ(笑)。でも、中村さんはそこをまず音でカヴァーしようって思われたんですね。で、キーを下げようか、みたいに提案してくださったんですけど、あのヴォーカルは私の数少ないアイデンティティのひとつなんで、“それだけはできないです”って言って。あとは何でも変えてもらっていいですけど……って。そこで、中村さんが次に提案してくださったのが、まずは打ち込みで作って、その後に生演奏で録音する、というものだったんです。その後、私が新潟でお芝居をやらなければいけなくてしばらく時間が空いてしまったんですけど、次に東京に戻ってきたらもう全曲打ち込みでアレンジが仕上がっていたんですよ。中村さんが私のいない間に自分で全部やってくださってて。生ピアノが一切入っていないアレンジに変わっていたんですけど、全然それがイヤじゃなかったんです。〈マイハッピーお葬式〉なんて最初エレクトリカル・パレードみたいになってて(笑)。一瞬“ウソでしょ〜?”って思ったんですけど、私はこういうことを求めてるんだなって思えてきたんですよね。そこから次に生演奏で仕上げて行くって流れでした」
――メンバーの方々はどのように決めたのですか?
「もう全て中村さんの紹介です。私は初対面の方々ばかりでした。
ドラム 、
ベース 、
ヴァイオリン が女性なんです。私入れると4人が女性で、スタジオでもお菓子を食べながらキャッキャ言ったりして、ああ、ギャルバンってこんな感じなのかな〜って思ったりしながらね(笑)」
――そもそもバンドで録音すること自体に馴染みがないのに、さらに初対面の方と一緒に音を出すという体験は、北村さんにとってどういうプラス効果があったと思いますか?
「そう、どういう演奏をされるのか全く知らない、見たこともない方々ばかりだったので、本来の私だったら抵抗もあったと思うんですけど、中村さんの紹介なので信頼できたっていうか、不安なところはなかったですね。もちろん、一緒に音を出すって言っても、その場で全員で演奏することはなくて、みんな別々に録ったんですけれど、そういう意味では新鮮だったし、私自身、例えば生々しい歌詞も弾き語りだったら歌詞の内容にばかり耳が行ってしまって“ギョッ”ってなっちゃうところも、例えば〈すずめのお宿〉みたいなエロい歌詞も、
イエモン みたいなバンド・サウンドになっていたから印象が全然違って聴こえるようになったのには驚きました。ああ、こういう聴かせ方もあったんだなあって。あの曲はもともと『明るみ』に入れる予定だったのにハズれていたということもあって、いい形で成仏できたなって思いますね(笑)」
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――その「すずめのお宿」とか「わたしのライオン」のような歌詞は、確かに男女の秘め事、エロスをダイレクトに表現したもので、闇の部分を大胆に表出させる北村さんの真骨頂とも言える曲ではあるわけですが、そういう歌詞がバンド・サウンドで中和されることに対しては抵抗はなかったですか?
「いや〜、そういう部分って絶対自分一人では気づかなかったことですしね。本来、そういうエロい話とか人間の汚い部分とか隠しておきたい部分とかを言葉にして歌いたくなる性格なんですよ。別に自分の性報告を友達とかに積極的にする方じゃないんですよ(笑)。“昨日こんなセックスしてね……”みたいな人の話を聞くのは興味深いですけどね(笑)。でも……もちろん、全て自分の体験を歌っているわけでもなく、そこから物語に発展させているものも多いですけど……なんでしょうね、性格なんですよやっぱり(笑)。本来なら隠したくなることも歌にしたくなっちゃう。でも、それを今回は中村さんというプロデューサーの方にアレンジを全てお任せすることによって、外へ伝わる時にかなり印象を変えることができたと思います。そこは今回のアルバムで大きかったことのひとつですね」
――しかも中村さんは男性。過去、プロデュースしてもらったこともある豊田道倫 さんもそうですが、女性視点で描かれた生々しい性描写などを男性の客観的感覚で仕上げられるという図式。しかも、歌詞の世界と音の世界に乖離があるのがむしろ今回はすごく良い結果を生んでいると思います。 「そうですね。中村さんってたぶん歌詞の内容にそれほど興味がないんじゃないかと思うんです。“この歌詞のここがいいよね”とかって言われたこともないですし。でも、そのくらいの方が面白いことをやってくれると思うし、実際、作品としてこれまでにはない感覚のものになった。歌詞の世界にすごく興味を持っている方だったらこうはならなかったかもしれないです」
――そういう意味では、パーソナルな体験が歌に直結しやすい北村さんにとって、もしかすると第三者的な視点の介在によって初めて作品性の高いアルバムになった、そんな1枚かもしれないですね。
「いや、本当にそうだと思います。でも、一方で、この作品を作り終わった後、もう自分のボキャブラリーの貧困さを思い知らされて、この後どういうことを歌って、書いていったらいいのかわからなくなってしまったんですよ。中村さんには、アルバム・タイトルを決める時に、“北村さんの暗くて卑屈なところが全部ダメ”みたいに言われたんです(笑)。私から暗くて卑屈なところを取ったら何も残らないぞ!って思いましたけど(笑)……だって最初実はこのアルバム、『オールドミス楽しい』ってタイトルだったんです(笑)。でも、中村さんに却下されて。今回、実は歌詞のテーマは“30女の泣き笑い”だったから、そう思って『オールドミス楽しい』にしたかったんですけどダメだって言われて……。今回のアルバムを一緒に作ってくれたバックのメンバーたちとのバンド名も“IKAZUGOKE”っていうのにしたいくらいだったんですよ(笑)」
――(笑)。その開き直りと紙一重の自虐的な感覚は北村さんの神髄ではありますが。
「そうなんです!でも、中村さんはご自身のスタジオ名(PEACE MUSIC)そのままにピースな方なんですよ(笑)。僕が好きで紹介したメンバーたちが参加する作品のバンド名が“行かず後家”なんて冗談じゃない、みたいに仰って(笑)。メンバーの方々は結構喜んでくださったんですけど……でも、そうやって私から暗くて卑屈なところを取っちゃったら、もう言葉にすることがない!って、最近はそんな風に感じたりもしていますね……。思えば私、もともと感覚が年老いてるっていうか、10代の頃からキャピキャピした感覚がなくて。同世代と仲良くなれないんですよ。40代、50代のおじさんと遊んでいる方が楽しいって女性に気づいたらなっていて。でもね、本当は年相応にキャピキャピしたかったんですよ。孤独や孤独やって言いながらも普通に愛されたいって思っていたんだな、全部思いの裏返しなんだなってってことに気づいたっていうのもあって……それで、ああ、これからどうしよう?って。素直な感情表現ができないことが私なのに!って(笑)」
――ただ、北村さんは歌の中で自身の女性性を割と積極的に見せる方じゃないですか。女性の作り手によってはそこを覆い隠して、“僕は〜なんだ”みたいに男性口調で歌ったりもする。でも北村さんは違う。ある意味で女性であることを謳歌もしているし、成熟していることを自ら証明しても要ると思うんです。それを今回のアルバムでは少し見せ方のアングルを変えてみた、ということであって、根源的には変わらないし、変える必要はないし、変えることではない、と思いますけどね。中村さんもそこを理解しているから、こういう大胆な作風のアルバムにしたのではないでしょうか。
「ああ、そうかもしれないですね。私、一番の根底にあるのが“面白い”って思われたいってことなんです。感動した!みたいな反応とかはそんなに求めてなくて、面白い曲だね!って言われた方が嬉しい。シリアスなものもどこかしら面白く書きたいって思っちゃうんですよ。そこがずっとある以上、どういうことを歌っても大丈夫かなって最近は思っていますけれどもね!」
2016年3月20日(日) 東京 東高円寺 U.F.O.CLUB 出演: 北村早樹子 with 大バンド 開場 19:00 / 開演 19:30 前売 2,500円 / 当日 2,800円(税込 / 別途ドリンク代) [ご予約] U.F.O.CLUB 03-5306-0240www.ufoclub.jp