小曽根 真はバークリー音楽院に在学中の1982年に
チック・コリアと出会い、以来、自分が目指すべき師と仰いでいる。96年に東京のパルテノン多摩で
モーツァルトの「2台のピアノのための協奏曲」を演奏したのを手始めに、共演も重ねてきた。そんななか、この5月に行なうホール・ツアー〈チック・コリア&小曽根 真 ピアノ・デュオ プレイズ・アコースティック〉は永年、構想を練りながらも実現ができなかったデュオ・ツアーとなる。ツアーに合わせて、4月20日には2人の共演録音をまとめたコンピレーション・アルバム
『Chick & Makoto -Duets-』をリリース。
『トレジャー』(2002年)録音時の未発表インプロヴィゼーション4曲などを含み、こちらも注目だ。
――チック・コリアと初めて会ったのは、バークリー音楽院を卒業する頃だったそうですね。
「バークリーには、前半は学生の選抜バンド、後半はゲストの有名アーティストが演奏するコンサート・シリーズがあるんです。このとき、僕は選抜バンドに入っていて、後半はチック、
ミロスラフ・ヴィトウス、
ロイ・ヘインズのトリオでした。僕たちがステージでウォームアップをしているときにチックが入ってきたかと思うと、まっすぐに僕のところに来て、“How's the piano?”って聞かれたんですよ。僕は、チックを前にして学生の僕なんかが評価することはできないと思ったし、“お前はこれをいいピアノだと言うのか?”と言われるのが恐かったので、“I don't know. You wanna try?”と返したら、“No. I asked you”って。それで僕が“It's a good piano”と答えると、チックは座って弾いて、“Oh! Very good. It's a good piano”と。そのときに僕は、“あっ、そうか。言っていいのか”って思ったんですよ。学生の一ピアニストでもチック・コリアに対して、聞かれたら遠慮せず答えていいんだということを、彼はメッセージとして伝えたんですね。それがじつはアドリブですごく大事だということは、何年もしてからわかりました」
――音のやり取りはコミュニケーションということですね。
photo ©篠山紀信
「そうなんです。僕が“チックさんなんかとやらせてもらえて”なんていう演奏をしていたら、彼は楽しくないんですよ。返ってきた音に、“俺ならこう返す”“じゃあ、これはどう?”って、対等のレベルでやらないと音楽って成立しないんですよね」
――一般論として、ピアノ同士のデュオは、たとえばピアノとサックスやピアノとベースのデュオよりも難しさがあると思うのですが。
「ピアノ・デュオに限らず、演奏するときに気をつけなければいけないことは、聴くことなんですよね。いま国立音大で教えていますが、弾くことよりも聴くことが大事ということをつねに伝えています。みんな弾くことばかりに集中しがちだからアンサンブルの音が団子になるんですよ。テンポも和音も合うから表面的には成立していても、気持ちの共有がないんですね。これがピアノ2台の場合だと、二つのオーケストラが共演しているみたいなものですから、お互いに相手の音を聴き、それに反応する演奏ができれば、とんでもないデカい音楽になるんです」
――チックとのデュオはどうですか?
「たとえば、僕から音を出してインプロヴィゼーションをするとき、1個や2個、音を出しても反応がないんですよ。チックはとんでもなくボキャブラリーがあって、音楽のいろんな世界を知っているけど、でも、出さない。僕が物語をしゃべりだすと、音が返ってくる。僕には見えていなかったような景色を映して、バックグラウンドを変えてくれたりとか。つねに、いま鳴っている音によって会話が進んでいきます。自分がいま弾こうとしている音は必要な音だろうか、いま鳴っている音はどう進んでいくだろうかと考えて、相手の音に反応できる音楽家というのは素晴らしいインプロヴァイザーなんですよ。これは本当に一握りしかいないんですよね」
photo ©Toshi Sakurai
――今回、『Chick & Makoto -Duets-』に収録される4曲の「デュエット・インプロヴィゼーション」は充実した演奏で、これまでお蔵入りだったのが不思議に思えます。
「『トレジャー』のレコーディングをしたときに時間が余っちゃったんですよ。2〜3時間あるし、何か遊ぼうよとなって。打ち合わせは一切なく、真っ白なキャンヴァスに2人で絵を描いていきました。楽しかったですね」
――完全な即興のデュオなのにハーモニーがぶつからないのが凄いですね。
「じつはぶつかっている部分もあるんですが、それがなぜぶつかっているように聞こえないかというと、ぶつかったハーモニーからどこへ行くというのを、お互いに聴いているんですよね。凄いスピードで脳が動いているんだと思います。“僕は行きました”と言うところを“僕が行きました”と言ったら、その後、つじつまを合わせるじゃないですか。音楽というのは言語で、こんなに楽しい会話はありません」
――実際の会話では相手の表情を見て考えを察したりしますが、演奏でも同じですか?
「チックも僕もお互いに目を離さないんですよ。鍵盤なんか見ていたら間違える。地下鉄の階段を見ながら降りるとこけそうになるでしょ? あれと同じですよ(笑)」
――作曲家としてのチックについては?
「現代の最高峰じゃないですか。その所以は、とにかく続けているということですよね。止まらないんですよ。チックは家にいると、毎日、譜面に向かって何か書いているんです。いまも“モーツァルトのカデンツァにこんなアイディアがある”って、2日に1回くらいメールが来るんですよ。クリエイトするパワーが凄いですね」
(事実インタビュー中、スマートフォンに譜面が送られてきた)
――『Chick & Makoto -Duets-』にはボーナス・トラックとして、No Name Horsesによるチック・コリア作「クリスタル・サイレンス」の未発表テイクが収められていますが、アレンジをして、どんなところに魅力を感じましたか? 「もともとはスコットランドの
スコティッシュ・ナショナル・ジャズ・オーケストラからアレンジを依頼されたんです。それを僕のバンド用にアレンジし直しました。この曲、ソロ・ピアノでも演奏しますが、ペダルを踏んで、最初のラとミの音をカーンと鳴らして待っていると、いろんな音がブレンドされてくるんですよ。いいホールで、いいピアノで弾くと、たまらなくいい音がします。全部の弦が開放されているので、他の弦と共鳴し始めて、ピアノが勝手に色をつくっていくんですよね。この曲をアレンジするにあたっては、そこをどうやって出すか、ピアノという楽器の無限性を管楽器で鳴らしたらどんなふうになるんだろうと考えて、ペイントしてみました」
――最後に、〈チック・コリア&小曽根 真 ピアノ・デュオ プレイズ・アコースティック〉に向けての抱負をお願いします。
「もちろん、チック・コリアと演奏できるという個人的な歓びはあるんですけど、それ以上に、彼の力を借りつつ、彼の力と共鳴し合いつつ、来てくださったお客さんに、ポジティヴなエネルギーを持って帰っていただくことが目標です。音楽という言語を介して、コミュニケーションと取ることにより、生きている実感を得て、元気になって、それぞれの場所に帰り、明日から生活する。これがコンサートの存在する意味じゃないかと思うんです」
・5月7日(土) 14:00〜神奈川 横須賀 よこすか芸術劇場※お問い合わせ: 同館 046-823-9999・5月10日(火) 18:30〜岩手 盛岡市民文化ホール※お問い合わせ: 同館 019-621-5100・5月18日(水) 19:00〜長野 長野市芸術館※お問い合わせ: 長野市文化芸術振興財団 026-219-3100・5月19日(木) 19:00〜東京 六本木 サントリーホール※お問い合わせ: KAJIMOTO 03-3574-0550・5月21日(土) 15:00〜広島 三原市芸術文化センター ポポロ※お問い合わせ: 同館 0848-81-0886・5月22日(日) 15:00〜兵庫 西宮 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール※お問い合わせ: 芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255・5月26日(木) 19:00〜滋賀 守山市民ホール※お問い合わせ: 同館 077-583-2532・5月27日(金) 19:00〜愛知 名古屋 愛知県芸術劇場 コンサートホール※お問い合わせ: 中京テレビ事業 052-957-3333・5月29日(日) 15:00〜福岡 アクロス福岡 シンフォニーホール※お問い合わせ: ヨランダオフィス 0570-033-337 / 092-406-1771|NHK交響楽団定期演奏会
チック・コリア&小曽根 真(p)
5月14日(土) 18:00〜 / 15日(日) 15:00〜東京 渋谷 NHKホール※お問い合わせ: N響ガイド 03-5793-8161|チック・コリア
ソロ公演
・5月8日(日) 16:00〜鹿児島 霧島 みやまコンセール(霧島国際音楽ホール)※お問い合わせ: 同館 0995-78-8000・5月25日(水) 19:00〜長野 松本市音楽文化ホール ザ・ハーモニーホール※お問い合わせ: 同館 0263-47-2004・5月31日(火) 19:00〜富山 高岡文化ホール ※お問い合わせ: 同館 0766-25-4141