妹尾美里『La Blanche』宇野亞喜良が描きおろした絵と音のコラボ作品が生まれるまで

妹尾美里   2016/08/25掲載
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 CDブックというよりはCD絵本、いや絵本CD。宇野亞喜良(イラスト)&秋田和徳(デザイン)によるその豪華な作品『La Blanche』を発表したのはピアニスト妹尾美里。これで5作目となるが、メロディの良さと音の響きはこれまで同様格別で、静謐な世界が全13曲にわたって描かれている。採算度外視の豪華な仕様によるデュオ・アルバムがこうして出来上がったのは、まさに熱意の賜物。“絵本CD”はどのようにして誕生したのか。デザイナー秋田氏にもご登場いただき、宇野亞喜良のイラストが曲ごとに描かれた“世界にひとつしかない”音と絵のコラボ作品が生まれるまでの裏話も含めてうかがった。
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――妹尾さんは“ジャズ”という括りで紹介されていますが、音を聴かせていただくと、ジャズっぽくはないですよね。
妹尾 「最初に出したアルバム『ローズバッド』がピアノ・トリオ編成だったので、それでジャズの括りになったんですが、インプロヴィゼーションを含んだ自由な表現という意味ではジャズっぽいかなとは思います。でも、私自身は自分の音楽がジャズだとは思っていません。4ビートやスウィングはほぼありませんし、ジャンルはなんでもいいなと。新作の『La Blanche』は、ピアノ、ベースとのデュオということで、これまで以上にジャズから離れた音になっていますね」
――これまでとサウンド面での違いはありますか?
妹尾 「聴く人のイメージだと思うので、それほど意識はしていませんが、今回は“ベーゼンドルファー・インペリアル”をどうしても使いたいと思いました。良いタイミングでベーゼンドルファーのピアノ・サロンにインペリアルが2台あったので、それを使って、一緒にやりたいと長年思っていたピアニストの中嶋錠二さんとライヴをやってみたんです。その2台で演奏するのはめずらしいそうですが、そうしたらイメージにぴったりあったので、それを形にしたいと思ったのが、このアルバムを作るきっかけになりました」
――中嶋さんとはレコーディングでは初めての顔合わせだったんですか?
妹尾 「はい。ピアノ同士でやることはあまりなかったのですが、一緒にやってみてすごく楽しかったんです。演奏していても聴き惚れてしまうくらいに。曲を作る時には、感情をそのままメロディにしているので、主旋律は自分で弾くことを前提にしています。また今作では、2作目の『ラヴィ』で共演した鳥越啓介さんとベースとのデュオもやってみたかったんです。最終的にはいろいろ録音してみてバランスを見て曲を選びました。今回は“デュオ”がコンセプト。これまでにもアルバムの中で数曲はあったのですが、全編デュオは初めてです」
――録音はいかがでしたか?
妹尾 「今回録音したピアノ・サロンはレコーディング・スタジオではないので、特殊な環境だったと思います。ピアノのセッティングをいろいろと変えて、音色がいちばんいい場所やピアノの向きを探しました。2台のピアノでは音響的に難しい部分もあったので、曲によってスタジオ録音を取り入れたりと、エンジニアの赤川新一さんと試行錯誤しました」
――ベーゼンドルファーが気に入った理由は?
妹尾 「低音の豊かさと、信じられないくらいに美しい高音の繊細さ、多彩な表情にすっかり魅せられました。自分の曲は高音でのメロディなどが多く、あまりゴリゴリしたものではありませんが、ベーゼンドルファーだとどっしりした感じが出て、逆に合うように思いました。インペリアルは楽器が大きいし、鍵盤が重くて鳴らすのがたいへんだと言われるピアノですが、でも同じインペリアルとはいえ、やはり個体差があって、それぞれぜんぜん音色が違ったんです。クリアな音をメロディに持ってくるなど工夫も凝らしました」
――レコーディング期間は?
妹尾 「いままでは2〜3日続けて録ることが多かったんですが、今回はまず録ってみて、聴いてから“こうしよう、ああしよう”と膨らませていったので、時間はかかりました」
――念願の猫ジャケですね。
妹尾 「そうなんです。小さい頃から猫が家にいますが、フォルムが大好きですね。フワフワなところも気まぐれなところも可愛いなと」
――アルバムのアートワークは宇野亞喜良さんが手掛けていますが、宇野さんとの出会いを教えてください。
妹尾 「母が宇野さんのファンで、『白猫亭 追憶の多い料理店』の絵本を母から贈られたのが初めての出会いです。その絵にすっかり魅せられてしまい、宇野さんが美術を手掛けていらっしゃるお芝居を観にいったりもしました。いつかこんな猫を描いていただけばと思っていたんです。それで今回“ダメもと”でお願いしてみました」
――どういうふうに縁がつながったんですか。
妹尾 「いくつかご縁に恵まれましたが、最終的に宇野さんが懇意にしている本屋さんが間を繋いでくださいました。“依頼したい人がいるみたいよ”って。最初は宇野さんの奥様と話をし、そうしたら少し時間を取ってもらえることになったんです。そこで直接やりとりをさせていただいたら、話がどんどん膨らんでいって……」
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――デザインを担当した秋田和徳さんは宇野さんからの紹介ですか?
秋田 「そうです。去年の12月くらいに宇野さんから電話がかかってきました」
妹尾 「宇野さんとの打ち合わせ中にいろいろアイディアが膨らんできて、形にしてくれるデザイナーさんが必要だということになり、それなら秋田さんがいいとその場で電話して下さって、紹介していただきました」
――秋田さんはBUCK-TICK『RAZZLE DAZZLE』で宇野さんと組んでいますからね。
秋田 「ぼくはその前にMERRYというバンドのCDをデザインする時に宇野さんとご一緒させていただきましたが、その時は“死ぬ前に一度でいいから宇野さんと仕事がしたい!”と思ってレコード会社に無茶振りして、つないでもらったんです。バンドにプレゼンする前に(笑)。だから個人だと最初のきっかけがもっとたいへんだと思っていたんです。売り込みは山ほどあると思うし」
妹尾 「無理だと思っても、やらないと後悔すると思って。断られてあきらめるのはいいんですけど、やらずにあきらめるのは……」
――死ぬときに後悔するのはごめんだと(笑)。この豪華な装丁のCDブックはどのように完成したんですか。
秋田 「宇野さんのイラストを大きく使いたいと最初から思っていたので、通常のCDサイズでは小さくなるからそれはやめようと」
妹尾 「サイズや形も随分悩んだのですが、CDショップだけじゃなく本屋さんにも置いてもらいたいなと思って、最初はほんとに絵本くらいのサイズも考えました」
秋田 「ぼくが持っていたディヴァイン・コメディのCDがかがり綴じの上製本仕様で、7inchシングルと通常のCDのちょうど中間くらいの大きさだったんです。それを参考に、だったら7inchシングルの大きさがいいんじゃないかと。LPと呼応するサイズだし、7inchのレコード棚にもぴったり!上製本の仕様は妹尾さんのこだわりです」
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妹尾 「絵本とCDが一体化した形にこだわったのは、画と音楽の融合でひとつの作品を表現したかったからです。でも本にするとなると、ある程度ページ数も必要になって……。どうやってディスクを収納するのか、それも悩みました」
秋田 「CDを入れるポケット部分はとても苦労しました。本が特殊なサイズで、CDのサイズじゃない。それでディスクが取り出せなくなってしまわないように工夫しつつ、CDがメインなので、表2(表紙の次のページ)にディスクをもってくることにしました」
妹尾 「こうして完全オーダーメイドで、世界にひとつしかない仕様ができたんです(笑)」
秋田 「普通は色校は2回ぐらいで終わりですが、今回は8校まで出しました。色味が難しくて、なかなか思った色が出なくて……。とにかく納得できるまでやりました。既成の型もなかったし」
――CDのブックレットを開くと、宇野さんのイラストが曲ごとに描かれていますが、当初からのアイディアだったんですか?
妹尾 「いえ、そんな贅沢は無理だと思っていました」
秋田 「普通はありえないです(笑)。描いてもらえて1枚くらいですよ」
妹尾 「そうですよね、本当に幸せです。宇野さんに曲を聴いていただき、自由に描いて
いただきましたが、曲に合ったイラストや、後からイメージを膨らませたイラストもありました。そのあたりは秋田さんと一緒に作っていきました」
――こんなにたくさん宇野さんのイラストを使ったアルバムは他にはありませんよね。さて曲についてですが、ピアノの音がとてもきれいなことがまず印象に残ります。メロディが美しいのも特徴ですね。
妹尾 「〈Bonbori〉はふわふわでコロンとした咲き始めの桜の花のイメージと、言葉の響きからですね。桜の花は好きですし、幻想的なイメージがあります。お花見をするのに好きなスポットがあって、花びらがぱーっと落ちてくる、そのお気に入りの場所での幸せな気持ちを表現したいと思いました」
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――猫に向けた曲は?
妹尾 「猫の曲はこれまでの作品にも入ってます(笑)。〈Chatora〉や〈U〉は猫の曲です。〈Franc〉も家に来た捨て猫の名前です」
――最後に収められている「Toma」も印象的な曲ですね。
妹尾 「“トマ”って私の小さい頃のあだ名なんです。“ミサトマル”って呼ばれていたからなのですが、懐古的なサウンドが昔を思い起こしてなんだか自分の曲みたいになっていますね」
――『La Blanche』というタイトルについては?
妹尾 「このアルバムは茶トラとシロの2匹の猫がテーマでもあり、白猫の白(ブランシュ)のイメージや、その曲を作っていたときが春だったので、新しい生活が始まるという希望を込めてアルバム名にしました」
――妹尾さんは音質にもこだわりがあるんですね。通常盤以外にSHM-CDと、さらにUHQ-CDもまもなく出ますね。
妹尾 「アルバム制作をするようになってから、どんどんその魅力にはまりました。SHM-CDやUHQ-CDは私も初めての試みで、すごい冒険でした。CDの盤面のイラストもとても気に入っているので、レーベルにプリントができるということと音質も良いその2つの方式を選んだんです」
――こうして形になって、とくに気に入っているところは?
妹尾 「どんなものができるのかワクワクしていましたが、デサインもイラストも、もうイメージどおりというか、期待を上回る驚きを何度ももらいました。ロゴも、盤面やそこにあしらわれたイラストも、そのこだわりや美意識のすべてに意味があってできているということに感動しています。……でもこれ、秋田さんのテイストではないんですよね(笑)」
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秋田 「最初はまるで違ったんですよ。なにも打ち合わせしないで見本を作ってみたら、まったく方向性が逆だった(笑)」
妹尾 「秋田さんの最初の案はわりとレトロな感じだったんですが、私は時代や空気を吸わないものにしたかったんです」
秋田 「いつもは、デザインはお任せでと言われることが多くて、ミュージシャンから“NO”と言われることがあんまりないんですよ」
妹尾 「いえいえ“NO”だったのではなくて、私の中に具体的にイメージがあったんです。最初はどこまでお任せするものなのかもまったくわからなかったし」
秋田 「ぼくも最初は部外者というか、妹尾さんからしてみたら“もう勘弁して”って感じだったんじゃないかと(笑)。“ロックっぽいのとか、ほんとやめて”って思われてるんじゃないかと覚悟してました。宇野さんのお手伝いをさせてもらいますというスタンスだったので、最初はお互い遠慮しあって(笑)」
――初対面だと最初は手探りですからね。その丁々発止のやりとりが唯一無二の作品を生み出したと。
妹尾 「そのこだわりが、実際に作品を手にしていただいた方に伝わって感動があれば、と願っています。CDショップで実際に見ると、自分でも“でかっ!”って思いますが(笑)」
取材・文 / 藤本国彦(2016年5月)
妹尾美里 x 中嶋錠二 La Blanche 発売記念ライヴ
クリックすると大きな画像が表示されます
・2016年8月30日(火)
大阪 梅田 Mister Kelly's
メンバー: 妹尾美里(pf) / 鳥越啓介(b) / 岡部洋一(per)
開場 18:00 / 1st 19:30〜 / 2nd 21:00〜
※入替なし
チャージ 4,000円(税込 / ご来店者限定ライヴ特典付き)
※お問い合わせ: Mister Kelly's 06-6342-5821
www.misterkellys.co.jp

・2016年12月10日(土)
東京 中野 ベーゼンドルファー東京
メンバー: 妹尾美里(pf) / 中嶋錠二(pf) / 鳥越啓介(b)
15:00〜/17:00〜入替制
チャージ 3,000円(税込)
※定員30名様

※お問い合わせ: ベーゼンドルファー東京 03-6681-5189
boesendorfer.jp
2016年8月中旬発売予定
『La Blanche』高音質スペシャル・ヴァージョン
リマスタリング / UHQ-CD盤 再プレス


初回リリース(通常盤 / SHM-CD)を経て、さらに音色を追求。
新たにリミックス&リマスタリングを施した再プレス盤がUHQ-CDで登場。

2016年12月発売予定
『La Blanche』LP

宇野亞喜良 x 秋田和徳によるアートワーク、新録曲をプラスし収録内容がリニューアル。
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