演奏には“情感”が必要――チェリストの中木健二が奏でるJ.S.バッハの『無伴奏チェロ組曲』全曲

中木健二   2016/11/26掲載
はてなブックマークに追加
 ヨーロッパの国際コンクールで数々の優勝に輝き、2010年よりフランス国立ボルドー・アキテーヌ管弦楽団の首席奏者を務めたチェリストの中木健二が、2ndアルバムとしてJ.S.バッハの『無伴奏チェロ組曲』全曲をリリース。現在はソロ、室内楽、弦楽四重奏など幅広い活動に加え、東京藝術大学で後進の指導も行なっている。「いつか録音したいと願っていた」というバッハの無伴奏チェロ組曲の話を中心に、近況をうかがうと……。
――バッハの無伴奏作品は、チェリストのバイブル的な存在だと思いますが、この作品との出合いはいつごろですか。
 「ぼくは3歳からチェロを始めたのですが、バッハの無伴奏チェロ組曲はごく幼いころから耳にしていた作品です。小学生になる前に楽譜を見た感じがします。アマチュア・チェリストのための曲集に、いずれかの曲が入っていたのを覚えています。もちろん本格的に楽譜と対峙し、練習を始めたのは高校生になってからですね」
――そのころは、もうチェリストになりたいと思っていたのですか。
拡大表示
 「いいえ、いろいろ好きな分野がありましたので、どの道に進もうかと悩んでいました。15歳のときに進路を決めなくてはならず、チェロがもっとも長くつきあってきたため、いまやめてしまうと何も達成できないと思い、演奏家になる道を選びました。じつは、ロックギターも好きで、クリームジミ・ヘンドリックスの音楽が大好きだったんですよ」
――クラシックとロックではまったく異なるジャンルですねえ。
 「それが、自分のなかではそうでもないんですよ。ベートーヴェンショスタコーヴィチ、ジミヘンの音楽は、訴えかけるものには同質のものがある。でも、ぼくにとって、よりセンセーショナルに音楽を伝えられるのがクラシック音楽だったんです。ベートーヴェンを聴いていると、ドキドキ胸が高鳴りましたから。でも、最初は普通高校に通い、すぐに名古屋市立菊里高校音楽科に移り、東京藝術大学に進みました。そして大学在学中にフランスに渡り、パリ国立高等音楽院チェロ科に入学しました」
――その後、コンクール優勝を経てオーケストラに入団したんですね。
 「留学中、イタリア・シエナのキジアーナ音楽院のマスタークラスを受けたときに、生涯の恩師ともなるアントニオ・メネセス先生に出会いました。先生は、技術的なことはもちろんですか、音楽家としての姿勢、人間としての生き方、哲学的なことなども教えてくれました。“演奏家は音楽が求めているものに応えるしかない、作曲家の意志に忠実に応えなければならない”という精神を植え付けてくれました。自宅にも呼んでいただき、お酒を飲みながら、食事をしながらいろんな話をしてくれ、演奏には“情感”が必要だということをたたき込んでくれました。その教えがいまのぼくの糧となっています。舞台で何をすべきかを真剣に考えるようになりましたから」
――バッハのこの作品は、各々まったく異なる曲想と特質を備えていますよね。
 「ぼく個人の考えですが、バッハは第1番から順番に書いていったように思います。徐々にスケールが大きくなっていきますから。第4番になると、その時代のチェロの音域ではかなり窮屈になったのでしょうね。第5番は特殊な調弦を要していますから、リュートを想定しているのではないでしようか。第6番は五弦チェロのために書かれており、すでにチェロの領域を超えている感じがします。これら6曲はひとつとして同じものはなく、同じ舞曲を用いていても、まったく異なります。6つの組曲×6曲という考え抜かれた緻密な構成ですが、その枠組みがあるからこそ、バッハはその内側を自由に描き出している。その自由さを表現したいと思っています」
――このバッハの作品は、ほかの録音から学ぶことは多いですか。
 「25歳ころまでは、この作品の録音はCDショップで見かけたものを片っ端から買って聴いていました。昔の名手が好きで、ピエール・フルニエポール・トルトゥリエパブロ・カザルスアントニオ・ヤニグロらの録音はずいぶん聴きましたね。ボリス・ペルガメンシコフ、アンナー・ビルスマ、そしてメネセス先生の録音ももちろん聴きます。それぞれまったく違いますし、勉強になりますから」
――弦楽四重奏も演奏されていますが。
 「2015年に弦楽四重奏団“葦”というグループを結成し、ベートーヴェンの弦楽アンサンブルのための作品全曲演奏が進行中です」
――いまの楽器はいかがでしょうか?
 「いま使っている楽器、1700年製のヨーゼフ・グァルネリがとてもよく音が響くようになり、バランスもよくパワフルなんです。今回のレコーディングでは第3番を最後に録音したのですが、とても開放的な曲ですので、豊かな響きを収めることができたと思っています」
――11月29日には王子ホールで無伴奏リサイタル(第1番、第4番、第5番)がありますね。バッハの演奏、楽しみにしています。
取材・文 / 伊熊よし子(2016年11月)
CD発売記念 中木健二 無伴奏チェロ・リサイタル
www.kenjinakagi.com/concert.html
2016年11月29日(火)
東京 銀座 王子ホール
開演 19:00
前売 一般 4,000円 / 学生 2,500円(税込 / 全席指定)
王子ホールチケットセンター 03-3567-9990(10:00〜18:00 / 土・日・祝日休業)
ぴあ 0570-02-9999(P 310-445)
e+


[曲目]
J.S.バッハ: 無伴奏チェロ組曲
組曲第1番ト長調 BWV1007
組曲第4番変ホ長調 BWV1010
組曲第5番ハ短調 BWV1011



最新 CDJ PUSH
※ 掲載情報に間違い、不足がございますか?
└ 間違い、不足等がございましたら、こちらからお知らせください。
※ 当サイトに掲載している記事や情報はご提供可能です。
└ ニュースやレビュー等の記事、あるいはCD・DVD等のカタログ情報、いずれもご提供可能です。
   詳しくはこちらをご覧ください。
[インタビュー] 中国のプログレッシヴ・メタル・バンド 精神幻象(Mentism)、日本デビュー盤[インタビュー] シネマティックな115分のマインドトリップ 井出靖のリミックス・アルバム
[インタビュー] 人気ピアノYouTuberふたりによる ピアノ女子対談! 朝香智子×kiki ピアノ[インタビュー] ジャック・アントノフ   テイラー・スウィフト、サブリナ・カーペンターらを手がける人気プロデューサーに訊く
[インタビュー] 松井秀太郎  トランペットで歌うニューヨーク録音のアルバムが完成! 2025年にはホール・ツアーも[インタビュー] 90年代愛がとまらない! 平成リバイバルアーティストTnaka×短冊CD専門DJディスク百合おん
[インタビュー] ろう者の両親と、コーダの一人息子— 呉美保監督×吉沢亮のタッグによる “普遍的な家族の物語”[インタビュー] 田中彩子  デビュー10周年を迎え「これまでの私のベスト」な選曲のリサイタルを開催
[インタビュー] 宮本笑里  “ヴァイオリンで愛を奏でる”11年ぶりのベスト・アルバムを発表[インタビュー] YOYOKA    世界が注目する14歳のドラマーが語る、アメリカでの音楽活動と「Layfic Tone®」のヘッドフォン
[インタビュー] 松尾清憲 ソロ・デビュー40周年 めくるめくポップ・ワールド全開の新作[インタビュー] AATA  過去と現在の自分を全肯定してあげたい 10年間の集大成となる自信の一枚が完成
https://www.cdjournal.com/main/cdjpush/tamagawa-daifuku/2000000812
https://www.cdjournal.com/main/special/showa_shonen/798/f
e-onkyo musicではじめる ハイカラ ハイレゾ生活
Kaede 深夜のつぶやき
弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015