俺のことを知らないのは損なんで――YUKSTA-ILL、『NEO TOKAI ON THE LINE』に込めた“原点回帰”の想い

YUKSTA-ILL   2017/02/01掲載
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 2009年にミニ・アルバム『KARMA』で“NEO TOKAI”の礎を築いたヒップホップ・グループ、TYRANTに在籍し、CREATIVE PLATFORMとのプロジェクト「#WhoWannaRap?」から2作アルバムを披露した“SLUM RC”ことRCSLUM RECORDINGSの中心人物としても知られるラッパー、YUKSTA-ILL。地元である三重県鈴鹿市を出発点として、たゆむことなく遊び、学んできた彼が、2作目となるソロ・アルバム『NEO TOKAI ON THE LINE』をリリース。自ら“原点回帰”と語っているように、その日常やリアルな原風景をも歌った、新たな代表作だ。
――『NEO TOKAI ON THE LINE』は5年ぶり、2作目となるソロ・アルバムですね。冒頭の3曲は、その立ち位置や決意を的確に伝える楽曲が並んでいますが、YUKSTA-ILLさんのこれまでの活動を知らない方へ向けての意思表示でしょうか?
 「はい、このアルバムは仕切り直しって感じなんで。今は動きが止まっているTYRANTとか、もしかしたらその前から俺を知ってくれてるヤツもいるかもしれないけど、それ以外の人にとって、俺はルーキーですよね。でも、俺のことを知らないのは損なんで。1st『QUESTIONABLE THOUGHT』から5年が経っていて、その間もリリースはありましたが、ラッパーはフル・アルバムを出してナンボだと思ってるし。そこにまた戻ってきました」
――先日、東京で行なわれたCampanella『PEASTA』のリリース・パーティでも思ったのですが、いわゆる“NEO TOKAI”と呼ばれるシーンは、TYRANTが活動していた頃を知らない、若い人たちの注目を集めていると感じました。
 「TYRANTは……。あのテンションでまたやるのは……俺はエライかなあって思っていて(笑)。もちろんまたやりたいとは思っているんだけど、みんなが揃ってないし、できたらいいなくらいですけど。久しぶりに曲を聴いたらすげえテンション高くて、あれは異質だったんだなって思い返しました。全員がライヴとかもテンションMAXで主役のヤツをつぶすくらいの重ね方をしたり、エネルギーがあったなって」
――今回のアルバムはラップがすごくクリアで、リスナーに伝えようという姿勢を感じます。歌詞カードがなくても、大切なところを受け取れる作品ですね。
 「意図的にやってます。ヒップホップは、どの音楽よりも、言葉に力のあるものだと思ってるし。『TOKYO ILL METHOD』とか『QUESTIONABLE THOUGHT』ではもっとテクニカルなことをやっていましたね。全て日本語だけど一聴しただけでは分からないように、“誰も真似できねえだろう”というテンションでやってました。でも今回は、突き詰めていくっていう意味でも、原点に立ち返ったと思います」
――FACECARZ(鈴鹿を拠点とするハードコア・バンド)のスキット「FCZ@MAG SKIT」がとても嬉しかったです。
 「ハードコアもヒップホップもストリートのものだし、互いに共鳴し合えると思います。鈴鹿のイベントもFACECARZと一緒にやってたり。4月はFIGHT IT OUTISSUGIくんを呼ぶつもりで、いけてるやつはみんな呼ぼうって。ハードコア・バンドを呼んだら男祭りになりそうなんだけど、女の子も来てくれるし。なんていうか“ピースでヴァイオレント”ですね、モッシュが起こってもそんな雰囲気で」
――フッド・カルチャーを作っていく意識と動きがあるんですね。
 「絶対数は少ないんで、人も場所も必然的に一ヵ所に集まった方がいいってところはありますね。鈴鹿だとゑびすビルって建物にFACECARZのヴォーカル、トモキくんがやってる服屋だったり、他にもライヴハウス、TATTOO STUDIOとかが全部集まっていて。名古屋のプルマンさかえと一緒に、聖地巡礼的な感じで遊びに来て頂ければ(笑)」
――鈴鹿はブラジル系のお店も結構ありますよね。
 「今はイオンになっちゃったけど、地元ではいまだに愛情をこめて“ベルシ”って呼ばれてるショッピング・モールがあって、今は落ち着いてますけど、当時そこのフードコートはブラジル系の人に占拠されてました。簡単にいうと田舎なんですけど、インターナショナルではありますね。鈴鹿は、どことなくゆるくて良い感じの人が多くて、ゆったりしてる。街並みは背の低いイメージで、横長の景色。アーティスト写真を撮った道路は、戦時中は滑走路だったって話もあるところで、鈴鹿のタワレコのスタッフがすごいアガってくれて」
――「HOOD BOND」では、その鈴鹿がテーマになっています。欲しいもの、街やカルチャーを自分たちで作って、暮らしてるんだなと伝わってきますね。
 「自分も、これだけ地元に特化した曲は初めてかもしれない。TYRANTは“所在不明”を打ち出してたので。“あいつどこのヤツ?”って思わせたかった。それが『QUESTIONABLE THOUGHT』までの自分でしたね。どこから来たのかではなく、とにかく“やべえだろ”って判断してもらいたかった。地元をレップしていないつもりはなくて、リリックを読んだら匂わせるところはいっぱいあったんですけど。東海くらいは言っておこうかなっていうか。雑誌とかで“名古屋のTYRANT”って書かれるのは……まぁ東海の中心で証明しようとしてたからなんだけど。実際のところ自分は三重にずっと住んでますね」
――天むす的なジレンマですね(笑)。
 「天むすは、三重県民は誰しも心の闇として抱えてますね(笑)。実際俺らより前に、三重から東海ヒップホップの表舞台に出ていくヤツってそんなにいなくて、ハードコアでFACECARZだったり、レゲエでARSENAL JAPANはいたんですけど。三重については地元だからこその負じゃないけど、そこから抜けられない感じってのはあったと思います。同業者に対してはもちろんピースだし、止めて欲しくないと当時から思っているけど。そこから抜け出したかった、ギラギラしたヤツらがTYRANTですね。若いころのほうがもっとそういうことを考えていたし、姿勢は攻撃的だったと思います」
――残っている人たちがいるからこそ、出ていけるっていうことでもある。
 「それは間違いない。しっかり根を張ったイベントを続けている人はいるんで。田舎って落ち着くのも早いから、イベントに来なくなるのはさみしいですけど、もちろんそれぞれの人生だから。リタイアした人たちにもピースをおくりたい。比較的、名古屋のほうがある程度年齢いってても遊んでる人が多いのかなって」
――アルバムの中でも印象的なパーティ・チューンでクラブ・バンガー「LET'S GET DIRTY」についてはいかがですか?
 「名古屋に丸美観光ビル、通称“女子大”って呼ばれてる場所があるんですけど、そこにクラブがいっぱい入ってて、まさしく現場で。自分はほんとにそこが好きで。TYRANTで出だしたころとか、掃きだめ中の掃きだめって感じでワチャワチャしてましたね。俺も悪さをしていた……かもしれない(笑)。この曲は、そんな丸美に捧げました」
――女の子、怒る人は怒りますよ(笑)。こんなの歌われちゃったら。でも、これこそがヒップホップと思うんです。時にはトイレで女の子がゲロまみれで倒れていたり。
 「怒らしてたんですよ(笑)。俺は皆にちょっと便乗してたくらいですけど。でも俺が行きだす前とか、もしかしたらもっと酷かったのかもしれない。楽しんだ結果、あの頃のムードをリヴァイヴしたいっていう感じですね。今も下手したら毎週いる……いや……まあまあいるんですけど(笑)。ぱっと一人で遊びに行く感じです。曲順でいうと〈OVERNIGHT DREAMER〉は、鈴鹿(HOOD BOND)から、名古屋の丸美(LET'S GET DIRTY)に向かって車を走らせているところですね」
――ロード・ムービーなんだ! だいぶメロウな気分ですね(笑)。
 「はい(笑)。比較的、自分の運転で向かうので、いろいろ考えたり、音楽聴いたりして、大事な一人の時間ですね。やたらメロウで黄昏ちゃってますけど」
――おもしろい(笑)。そしたら、遊び明けの苦しいところも。
 「〈WEEK-DEAD-END〉は、次の日です。昔ほど落ちてなくて、月曜の仕事(RIPJOB)にちょっと前向きになってますね(笑)。流れとして起承転結があるのがすごい好きで、今回はこんな感じ。結末を迎えたように思わせといてまだ続いている、エピローグみたいなものもイメージしたかも」
――余韻まで含めて、このアルバムに描かれているのはひとつの日常であって、ストーリーなんですね。
 「シングルの寄せ集めみたいなのが俺は嫌いで。通して聴いたときに、違う表情が生まれるものがいいなと思ってます。“ここに収めるとこんな風に聴こえるんだ”っていうのが好きで、大事にしたくて。こうであって欲しいというか。昔はテープで買って聴いてたから、通して聴くのが身についてる。もちろん強度の高い曲を作るのは心がけているけど、やっぱり流れは大事にしてますね。俺は、そういう作品に惹かれるし、魅せられる。自分の作品もそうであってほしいと思ってます」
――映画なんかもお好きだったり?
 「なんでも片っ端から観るってタイプの映画好きではないですね。たまたま観たら、すごくハマっちゃうタイプ。ホラー映画嫌いだったのに『CUBE』はすごい考えさせられましたね。相方のKOKINちゃん(KOKIN BEATZ THE ILLEST)の家に行くと、いろいろ観せられるんですよ。製作費かかってなさそうなのに奥深いし“どうなるんだろう”って」
――ほかにはどんな作品が印象深いですか?
 「10代のころペンシルバニア州の山奥に住んでいたことがあって、物価が安いから黒人の多い街で『JUICE』がやたらと放送されてたから、何度も観てましたね。正義と悪が描かれていて。2PACも役にはまりすぎてて。ヒップホップだったと思うんですよ、あの映画も。あと俺はバスケが好きなんですけど、スパイク・リーの『HE GOT GAME』(邦題: ラストゲーム)は今でもたまに観ますね。ゲットーに住んでる黒人家庭で起こったエピソードを描いていて、NBAの選手も出演していたり」
――リリックにステフィン・カリーの名前や、ブザー・ビートなんて言葉が出てくるので、バスケがお好きなことはわかりました(笑)。バスケとヒップホップって密接なカルチャーだと思ってたんですけど、最近バスケをモチーフにするラッパーはあまりいませんね。
 「隣接してるカルチャーだと思うんですが、忘れられてる感じはありますね。自分は何よりもアレン・アイバーソンから影響を受けました。地元のチームだったから毎週試合も観てたし。ヒップホップのカルチャー・アイコンでもあったと思う。『NEO TOKAI ON THE LINE』は原点回帰がテーマだったから、俺には切っても切れない存在でした。彼は先日殿堂入りしたので、祝福の意味を込めてこのアルバムを捧げたいと思って。〈LET'S GET DIRTY〉の冒頭のサンプリングは、アイバーソンが試合前にREDMANの〈LET'S GET DIRTY〉をラップして“やるぞ!”って自分を鼓舞してるところですね。試合終わってパーティして、翌日もちゃんと試合して点を取るっていう、まじめにやるだけの選手よりも相当タフなことをやってたんで、そこにも憧れてました」
――「LET'S GET DIRTY」を手がけたPUNPEEさんと以前にコラボしていた「Where I Belong」(『TOKYO ILL METHOD』収録)とはあまりに雰囲気が違っていたので、なにか打ち解けたのかなと思いました(笑)。
 「PUNPEEくんはすごくフラットに向き合ってくれる人なので、打ち解けたのは最初から。実はこのビートは、『TOKYO ILL METHOD』の時に〈Where I Belong〉と一緒に渡されていて、予約していたもの。やっと世に出せたんです。こういう内容で、SOCKSくんとやるってイメージまで、実はもう決めてました。楽しめましたね……パーティすることもヒップホップだと思ってます。地元でやる自分たちのパーティ、例えばMETHOD MOTELであったり、三重ならALL FOR ONEに来てもらうのが一番どんなことをやっているのかを分かってもらえるんじゃないですかね。そこがあるから、ほかのパーティに呼んでもらったりできるし」
――東海のみなさんは話す機会があると、必ず「うちのパーティにも遊びにきてください」って誘ってくれるんです。それ、とても嬉しいんですよ(笑)。
 「はい、ほんとにどんどん知らない人に遊びにきてほしいし、もっとみんな楽しんだほうがいい。俺のこと知らないヤツは損してるんで(笑)」
取材・文 / 服部真由子(2017年1月)
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